そしてマナとシンジの特訓漬けの日々が始まった。
 最初はシミュレーターでの操作訓練である。
「どうしてこんなにボタンがあるの!?」
「ほとんど必要じゃないよ。その辺と、この辺と……」
「うう……、脳味噌スポンジー!」
 キャノピーを閉じればシンジが走らせたデータから適当なコースが選択される。
 画面は限りなく実写に近いCGで構成され、マナは今までのハンドルを忘れ、操縦桿に慣れるのにてこずった。
「グリップが微妙過ぎるって!」
「それぐらい敏感でないとこいつの性能は生かせないよ?」
 マナがパイロット席、シンジは後ろのシートでコーチをしている。
「性能って……、そう言えば改造したって、シンちゃんが?」
「そうだよ?」
「ええ────!?」
 ガシャン!
 マナが驚き振り返った隙に、車は壁面に突っ込んだ。
 そこでCGもストップする。
「だってこれって宇宙艇でしょ!?」
「こういうの好きなんだ」
 何を照れているのか、頭を掻く。
「好きって……、だからっていじれるものじゃないと思うけど」
「軍の……、母さんの友達って人とかにも、色々と教えてもらってるんだよ」
 凄い……。
 マナの瞳がキラキラと輝く。
「もしかしてシンちゃん。そっちの才能あるんじゃないの?」
「……そっかな?」
「うん……。ねえ、あたしたちって良いコンビニなれると思わない?」
「へ?」
「シンちゃんが作った車をあたしが動かすの!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
 ガシュン……。
 マナはシンジの言葉を聞かずにキャノピーを開いた。
「汗かいちゃったからシャワー使うね!」
「うん……」
 タンクトップにノーブラ、色はカーキなので見えるわけではないのだが、汗で張り付いた感じは刺激的だった。
「あ〜〜〜、シンちゃん赤くなってるぅ」
 胸を抱き隠す……、と言うよりは寄せてあげて強調する。
「か、からかわないでよ……」
「う〜ん。まだ成長前なんだけど、シンちゃんには十分か」
「もうっ、匂うから早くして!」
「ひっどぉい!」
 べっと舌を出してコクピットから飛び下りる。
「まったくもう……」
 シンジも続いて下りた。シャワールームは倉庫の隅にカーテンで敷きって無理矢理部屋を作っていた。
 分岐させた水道のパイプを湯沸かし器に繋いで、その先をジョウロか何かからかっぱらって来たらしい怪しいもので、適当にシャワー状にしてしまっている。
「コクピットからだと丸見えなんだよな……」
「見たきゃ見せてあげようか?」
「うわ!」
 開くカーテンに驚いた、慌てて背中を向けたのだが、シンジは目に焼きつかせてしまっていた。
 マナの追っかけ達が倉庫の中から響く正体不明の音……エンジンのアイドリング音に驚いている頃、マナの乗り捨てた車は踏み潰されていた。
 ズシャッとなにかがそこに降り立つ。それは青い巨人であった。
「局地戦のデータも欲しかったのだが、問題は無いようだな?」
 滞空しているヘリの中で、眼鏡に髭面の男がその巨人を眺めている。
「二足歩行型兵器は駆動系に問題が多いため、巨大になればなるほど地上での運用は……、っと、これは釈迦に説法でしたか? ゲンドウさん」
 彼、ゲンドウは、返事をせずに計測器を睨んだ。
「レイ、マップは手にしているか?」
「……はい」
 返事をしたのは少女の声だった。
 巨人がヘリを見上げるようにした。全高は十五メートル程度で、特徴的なのは背中にある翼であった。今はたたむようにしてしまい込んでいる。
「ドームナインはわかるな?」
「はい」
「戦力は駐屯中の金星軍一個師団だ。二分で出て来る。全て破壊しろ」
「了解しました」
 事も無げに言ってのける。
「げ、ゲンドウさん!?」
 案内役の男は慌てた素振りを見せた。
「それはいくらなんでも!?」
「声明はヘヴンズキーパーのものを使う。問題は無い」
「しかしですな!」
「あそこには厄介なものがあるのでな、回収する」
「うわ!」
 グラグラとヘリが揺れた。
「どうした!?」
 雲が直立に立ち、上方で直角に折れ曲がっていた。
「……飛んだの、か? あれが?」
 巨人は高く舞い上がると、翼を開いて滑空を始めた。


「う〜、お尻いったぁい……」
 ショートパンツの上から揉む。
 立った状態でやられると非常に迷惑。少なくとも頭ではそう考えるのが青少年だった。
 しかしちらちらと目がいってしまうのも事実である。
 その心の裏切りもまた、少年特有の青臭さだった。
「シンちゃんクッション変えようよぉ?」
 シャツは更に薄くなり、今度ははっきりと透けている。
「大気中の戦闘を考慮すると、あれ以上は柔らかくできないんだよ」
「なんでぇ?」
「クッションが柔らかいと過重で沈み込んじゃうだろう? だからさ」
 そう言ってまた雑誌に目を戻した。
 ギシッとスプリングの抜けたソファーが揺れる。
 ぽてんと濡れた髪が肩口にのっかかって来た。
「あの……」
「パートナーって、通じ合ってる方が良いと思う」
 膝を抱え込み、口を尖らせてすねている。
「……そっか、そうかもしれない」
 シンジの言葉にマナは表情をうかがったが、望んだ感じは見つけられなかった。
「……あたしって、魅力ない?」
 聞くまでも無い事だった。
「無かったら……、こ、こんなに恥ずかしいとは思わないと、思う……」
 必死で生唾を飲み下さないように我慢していた。
「じゃあどうして?」
「多分、僕が……」
 フィー、フィー、フィー……。
 急な警報に驚いた。
「な、なに!?」
「非常警戒警報!? 敵が来たんだ」
「て、敵ぃ!?」
 シンジが慌てるので、一緒にコクピットへと這い上がる。
 シンジは外からスイッチだけをいじって、軍の周波数にチャンネルを合わせた。
 ──データに無い機体ですが、熱反応から攻撃準備を終えているものと思われます。画像、送ります!
 マナはシンジとは反対側に噛り付いた。
「ろ、ロボット!?」
 人型の青い機体だった。
「……ジェネシスの試作機、改造したんだ!」
 知ってるの!?
 マナが問いただすよりも早く、シンジの体はパイロットシートに移動していた。
「もう!」
 マナもコ・パイロット席にはい上がった。
「マナは下りてて!」
「パートナーでしょ!」
「でも……」
「やっと見付けたの。いきなり居なくなるのは無しね!」
 シンジはキャノピーを閉じてアイドリングをスタートさせた。
「無茶やるけど、文句言わないでよ!?」
「分かってる!」
 倉庫施設に電力供給するために、アイドリングをさせていた。
 そのおかげで暖気はしなくてもいいぐらいであった。
「行くよ?」
 シンジの抑えた声は、機体とマナのどちらへと向けられたものなのか、判然とはしなかった。
 真実は自分を鼓舞するために吐いた言葉であったのだが。


 青いロボットが真下へ落ちながら戦闘機を狙う。
 右腕に持つライフルから、三発ずつ劣化ウラン弾を撃ちだした。
 命中──撃ち抜くというよりは機体を衝撃波で破壊する。
 結果は同じ、爆発なのだが。
「目標地点に到達」
 足元にドームの天井がある。
 踏み抜いたとしても、快適な環境が失われるだけで、建物の中にいる限り死ぬことは無いだろう。
 それでも逃げ遅れる人がいるかもしれない……なのに。
 カシャン!
 わりと軽い音を立てて、彼女は硬化ガラスの天井を突破させた。
「どこ?」
 マップを確認するのはあの青い髪の少女だった。
 レイは白いパイロットスーツを着込んでいたが、ヘルメットは付けていない。
「そこね?」
 着地と同時に首を巡らし、次いで銃口を倉庫へ向ける。
「熱反応が高い?」
 バラララララ!
 弾が建物を分解した。
 きゃあああああああああ!
 一般回線に悲鳴が響き渡る。
 それはマナの声だったが、すぐにやんだ。
 ドン!
 建物が内部から突き上げられて崩壊した。破壊して飛び出したのは紫色の機体であった。
「ジェネシス初号機の……」
 レイはその航跡を追うようにして弾をばらまいた。
 しかしシンジがドーム外へ逃げ出す方が早かった。


 ゲンドウの手元のパネルに、平静を保つレイの様子が映し出された。
「……すみません」
「かまわん。存在を確認できただけでも十分だ。金星軍を先に押さえろ」
「わかりました」
 通信が切れる。目の前の男はあまりにも端的で、無駄なことをしゃべらない。
 本当に協力していていいのか?
 ゲンドウをここまで案内して来た男は、完全に態度を硬化させていた。


「きゃあああああ! シンちゃん! 地面が下になってるっ、下ぁ!」
「大丈夫、水平に保ってるから」
「じゃあ上下も直してって、首がぁ!」
 マナはキャノピー側に『落ちて』いた。
 仕方なしにローリングさせるシンジである。ドサッとお尻の落ちる音が聞こえた。
「まったくもう……」
 かなり毒づきたかったのだが、マナはシンジの必死な様子に気がついてやめることにした。
 代わりに急いでベルトを締める。
「ちょっとそこの機体!」
 地上からの通信が入った。
「リツコさん!」
「やっぱりシンジ君ね? どうなってるの。あなたの家、ぼろぼろじゃない……」
 シンジは気がつかなかったが、マナの追っかけがレイの攻撃とシンジの離陸により、茫然自失に陥っていた。
 へたり込んだり、頭を抱えたりと様々だった。おかげで避難誘導が進んでいない。
 ドームの天井が破れているのだ。早く非難しなければ危険であった。
「多分……、前から言っていた通りですよ」
 リツコという名の人は、シンジの声音に息を呑んだ。
「じゃあどうするの? ジェネシスは……」
「初号機、使います」
「シンジ君、それは!」
 シンジは続きを聞かずに通信を切った。
「……何をするの?」
「あの青いのはこの機体を追いかけて来たんだ」
「うそ!?」
「ごめんね、付き合わせちゃって……、いて!?」
 何かが頭に降って来た。
 サンダル?
 マナが投げたのだ。ベルトをしていなければ、直接叩いていた事だろう。
「巻き込まれたって言ってるんじゃないの! 車壊されちゃったら困るって言ってるの!」
「そ、そうなの?」
「ついでにあたしのパートナーも! 自分から乗っておいて文句言わないよ」
「はは……、強いんだね?」
「シンちゃんだってそうでしょ?」
「僕は……」
 シンジは言葉に詰まってしまった。
「良いから! 自分の命は自分の勝手でも、あたしの命には責任持ってね?」
「わかったよ!」
 マナとレースをしたあの道路に沿って機体を飛ばす。
 必要だから取りに来たんだろう? その機体が『父さん』を苦しめる。面白いじゃないか!
 シンジは半分、切れていた。



続く





[BACK][TOP][NEXT]



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。