「次の定時連絡まで十二時間です」
「ふむ……、マヤ君も休憩に入りたまえ」
「え? あの……」
 マヤはブリッジをちらりと見回した。
 確かに誰もおらず、居るのは艦長であるコウゾウとリョウジのみだ。
「じゃ、すぐ戻りますから」
 そう言って、童顔のオペレーターは去ることにした。しかし空にすることには抵抗感があるらしく、どこか心残りのある様子であった。
 浮き上がり、スーッと宙に浮いていく。リョウジは彼女のお尻を見送ってから、改めてコウゾウに話しかけた。
「せめて潜行ができれば、少しは安心できますか?」
 潜行とは軍が使用しているステルス技術のことを指していた。
 船体を薄く覆うように微弱な電波を発してレーダー波を吸収する。それと同時に外部へと漏れ出てしまうエネルギー波を封じ込む。
 この技術は太陽風や重力、磁場の乱れに対しても有効であった。これにより、あらゆる観測装置から姿を消すことが可能となるのだ。──ここまでして初めて航跡を消すことができる。唯一の発見の方法は、目視によるものだけであった。
「しかしヘヴンズキーパーには見破る装置があるようだからな。気休めにもならんよ」
 どれほど性能が上がったとしても、微妙な揺らぎまでは消しきれない。そんなわずかばかりの不自然な『自然現象』の変動を見付け出し、確定後人工的な『波風』を立てる事で黒いマントを引きはがす。これをヘヴンズキーパーは重力兵器によって行っていた。
 船体を軋ませるほどの局所的な重力波というものは、とても潜行装置などでは吸収しきれるものではないのだ。だからこそ軍船はなすすべもなく弄ばれてしまっていた。
「もっとも潜行装置など、民間船では望むべくもないがね」
「通常兵器が効いてくれれば……」
「軍にでも横流ししましょうか? 情報を」
 カヲルだった。いつやって来たのだろうか?
 入り口からであればドアロックの外れる音で気がつきそうなものなのだが……。
(瞬間移動か……)
 超常能力を頭から否定するほどリョウジは固い人間ではない。
「それが本当ならありがたいが……。知っているのかい?」
「フィールドシステムといいます。一応防御システムなんですが、余剰エネルギーをうまく使えば軍艦を沈めたような攻撃もできます。……これのおかげで、戦闘が一気に原始的なものに逆行してしまいましたがね」
 くくっと楽しげに笑う。その戦闘方法とは、ミサキがおのが半身半身とする船で行ったようなものであった。
「確かナオコ……。博士の論文が始まりだったはずです」
「ナオコ君? 金星軍技術開発部顧問のナオコ君かね?」
 コウゾウが驚く。
「元、です」
「しかし彼女は死んで、その研究は……」
「試作品程度のものについては完成を見ていたんですよ。もっとも……」
 興味を引かれている様子のリョウジに微笑みかける。
「彼らが使っているものは、盗み出した設計図からなんとか再現しただけのものでしてね。ナオコ博士が作り上げたという試作品は、なんと十倍以上の出力をたたき出していたそうですよ?」
 だが今は、その試作品は、どこかへと行方知れずになっていた。


「うわあああああああああああああ!」
「きゃあああああああああああああ!」
 バルルルルルルルルルルルルルル!
 トリガーを引き続けるシンジも、シートにかじりつくマナも、等しく覆い被さって来るような影に脅えて声を上げてしまっていた。
(右の関節!)
 曲げようとする挙動が見えた。
 ライフルで撃ち抜くつもりだ!
 コンマ何秒かの間に思考が直感のごとく閃いた。
 勘よりも少しだけ理にかなった判断を下す。ええい! ……限界近い速度で手を動かして、隠していたモードを起動する。
 ──!?
 レイは目を見開いて驚いた。
 慌てて機体を引き起こす。
 右手のライフルでコクピットを撃ち抜き、左腕で本体を確保する。
 ほんの一瞬で終わるはずの作業……それを予想外のことを目の当たりにして、彼女はあわてふためき完遂できなかった。
 ライフルを向ける。引き金を弾く。そこにあったはずのコクピットが無い。
 どこ? 下方向へと折れ曲がっていた。なぜ? 胴部に巻き込むように収納しようとしていた。変形しているの? 変形!?
 垂直尾翼だと思っていたものが角型アンテナだったと気がついたのは、半回転したそれに真正面から殴られた後のことだった。


「変形だと!?」
 うるさい男だ。……そうゲンドウが思ったかどうかは別として、ゲンドウもまたその様子をカメラで見ていた。
 腹から下はないものの、頭と胸と腕。それは人型兵器の上半身であった。
 殴りつけた後、フルブーストをかけて飛び越える。ぐらりとバランスを崩した敵機を無視して、シンジは再び機体を飛行形態へと戻し、逃げに掛かった。
 ──ひっ、ふっ!
 荒い息はマナのものだった。シートからずり落ちそうになりながら、乱れる鼓動に目尻に涙を浮かべていた。
 対してシンジは冷静に機体のチェックを行っていた。そこに届けられたものは通信であった。
「トレーラーよりプレーンへ、フェイズを移行されたし」
 ぐっ!
 マナは血液全てを背中へと持っていかれた。それは急加速のためのも野だった
 どうして気を失えないんだろう?
 マナは間抜けな事を考えた。
「我慢して!」
 シンジは叫ぶと、アスファルトに突っ込む寸前にまで、機体をほぼ垂直に降下させた。
 ぐえ!
 急な引き起こしにマナが悲鳴を上げる。
 涙で滲む目に映ったものは、真正面からやってくる、トレーラーサイズの車であった。
(なんだかこの飛行機と感じが似てる……)
 マナは気を失う寸前で、ぼんやりとそんなことを考えた。


 デザインのラインがどこか同じセンスを感じさせるトレーラーだった。
 工業用のコンテナ車ほどある。太いタイヤはこの荒れ地に負けないためのものだろう。その後部部分が左右に割れた。そして尖った運転席が、内側へと収納されて、あろうことか足と腰に変形した。
 ──きゃあああああああああああああ!
 マナは声に出せないので心で叫んだ。
 ぐるんぐるんと縦に横にと回される。
 変形、合体、突っ込む勢いを利用して立ち上がる。
 ザザァ!
 膝を下り曲げ腰を屈める。
 爪先がアスファルトをめくり上げてブレーキをかける。
 ぐん……。
 一回だけ沈み込んだ。
 立ち上がる、首を巡らせる。
 そこには紫色の巨人が生まれていた。


「ジェネシス初号機……」
 ゲンドウが歓喜の声を上げる。
「ナオコ君が作り上げたたった一機だけのコアシステムと、わたしのネクストの融合体」
 震える手でマイクに触れる。
「レイ……」
「はい」
「データを収拾する、無理をするな」
「はい」
 それは気づかうような意味合いでは無く、始めから勝てないと確信しての言葉であった。


「はあああああ……、今度はなにぃ?」
 落ちついたと思いシンジに尋ねる。
 ふぅ、ふぅ、ふぅ……。
 激しい呼吸だけがくり返される。
「し、シンちゃん?」
 マナの股の間にシンジのシートがあった。
 両腕をギブスの様なブロックに突っ込み、顔はレイのものと同じヘッドセットに包まれている。
 ふぅふぅふぅふぅふぅ……。
 呼吸が早くなる。
「あっ!」
 ズシャッと正面に青いロボットが降り立った。
 ふぅーーーーーー……。
 シンジの呼吸が敵に合わせて変わっていく。
うわああああああああああああああ!
 シンジはマナが震え上がるような雄叫びを上げた。


 紫色の巨人が駆けていく、ジェネシス試作機はライフルを構えて迎え撃った。
 ──ガガガガガン!
 試作機の銃が火を吹く、初号機は腕をクロスさせて防御した。
 しかしその必要は無かった、初号機には着弾すらしなかった。
 銃弾は全て初号機をすり抜け、後方へと現われる。
「コアシステムによるフィールドか!」
 呻くゲンドウ、それこそがナオコの完成させた本物のフィールドシステムだ。
 コアと呼ばれる機関によって導き出される膨大なエネルギーが、空間を歪めてワームホールを作り出す。
 不完全なフィールドでは滑らせる、弾くなどと言った現象にとどまるのだが、コアと言う究極の機関を得る事によって、初めてフィールドは真の力を発揮する。
 しかし……。
「シンジ、お前には失望した」
 通信機からの声、だがシンジは構わず試作機の拳をかがんでかわし、お腹へ向かってカウンターを叩き込んだ。
 ガン!
 しかしその拳は折り曲げられた肘の迎撃によって避けられた。
「なぜネクストを使わん」
 それはレイも使っているシステムのことだった。
「それともリアルチルドレンの余裕か?」
「違う!」
 シンジは人間らしい声で否定した。
 ゴガン!
 その隙を突くように、ライフルの柄に殴られる。
「この……」
 ガン!
 今度は顎先を殴打された。
 人は人の考えを読むことができる。
 それは先読みという神懸かり的な力では無く、人の顔色を窺うと言ったようなありふれている能力だ。
 機体の反応から相手の精神状態を読み、その駆動系から次の攻撃を予測する。
 一つのパーツが動けば、連動した部分が動きを見せる。
 一手二手では無く、もっとミクロな範囲を予測する。
 それをより大きなレベルで行えばどうなるだろう?
 人が操作を行う、コンピューターが処理する、油圧、シリンダー、電装系、間に入る段階は複雑な機械になればなるほど多くなる。
 そのタイムラグを無くすためのシステムが、ゲンドウの作り上げたネクストだった。
「くっ!」
 ボディブローを腕でブロックされ、シンジは焦った。
 向こうの方が上手(うわて)なの!?
 パイロットは多かれ少なかれそう言った読みを見せる時がある。
 人型になれば重心の移動があるのだから、そう不自然な動きは見せられない。
 さらにはこの重量を安定させるために、蹴りは絶対に放てないのだ。
 何処を殴るかに限定された戦い、シンジが後手を取っていた。明らかに慣れの差が出てしまっていた
「うわぁ!」
 パンチが顎先に当たり、初号機は派手に尻餅をついた。
 人の脳内信号を読み取り、数瞬先の世界を構築する。
 作られた未来の世界。
 その世界での反応をレイとシンジは行っている、つまりシンジは試作機が殴りかかる前に防御の為のコントロールを行っているのだ。
 ズン!
 踏み潰そうとする試作機。
 シンジはブースターを限界まで吹かして背を擦りながら飛び下がる。
 仮想世界での戦い、衝撃は少し遅れてやって来る。
 ライフルの弾がアスファルトを穿って追いかけるが、弾痕は初号機をすり抜けて道路に刻まれた。
 このままじゃやられる!
 有効な攻撃方法が殴り合いしか無い以上は、逃げるかネクストを使うかの二者択一である。
 なら!
 踏み込もうとしていた試作機がたたらを踏んだ。
 初号機が分離変形する。
 慌てて顔を庇うように両腕を使う試作機、その足を走り出したトレーラーが払い、さらに肩口を狙って戦闘艇がぶつかった。
 ドガン!
 試作機はトレーラーの上に倒れる、トレーラーは試作機の下から慌てて抜け出す、おかげで試作機はもう一度背中を打った。
 ぐぅ!
 レイの口からくぐもった声が漏れた。
 その隙を逃さずトレーラーを抱くように戦闘艇がドッキングする。
「あ、れ?」
 不覚にもマナは状況が飲み込めなかった。
「えっと……」
 また元の様にシンジの後頭部が見えている。
「逃げちゃうの?」
「……勝てないからね」
 なんだ……。
 マナはちょっとがっかりした。
「初号機は僕一人じゃ戦えない……、もう一人、パイロットを見つけないと」
 この不用意な独り言がマナに与えた影響は、決して小さいものではなかった。





[BACK][TOP][NEXT]



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。