──シンジ達が緊迫した戦闘を演じていた頃、こちらでは別の緊張感に包まれていた。
ザワザワと騒がしい食堂でのことである。
「おい、あれ……」
「あんな子いたっけ?」
「一般乗客じゃ」
「ばか! 今回貸し切りだろ?」
もちろん噂の女の子はミサキであった。両手で頬杖をつき、クリームソーダのストローを咥えてピコピコと遊んでいる。
アンダーシャツに作業ズボン。それらは着替えが無いので適当に失敬して来た物だった。
「はあぁ、ええのぉあの胸」
「あの腰」
「あのおみ足!」
ズボンで見えないじゃない……。
ばぁかと冷ややかな目で見るアスカだ。
ヒカリはちらちらと様子を窺う度に、いやんいやんと顔を隠して振っている。
「何処の人やろか?」
「クルーなのかな? それらしい服だし」
「うそやぁ! 反則やであないな……」
「美人がって?」
ばっかじゃないの?
アスカの不機嫌さが増していく。
ちらりとミサキを横目で窺う。
すると小さく手を振っていた。
「あ、わ、わしですか!?」
アスカの手前に座っているため、そうとも見える。
でれでれと手を振り返すトウジ。
ほんとにバカね……。
アスカは呆れて溜め息を吐いた。
「下りて来るぞ!」
「滑走路空けろ!」
いい腕だな……、と言ってもらいたい所だったが、なにしろトラックを抱えた戦闘艇である。
その着陸がどうなのか? 誰にも判断できなかった。
「シンジ君!」
金髪に泣きぼくろの女性が駆け寄って行く。
白衣の裾が初号機の生み出す風に流される。
シンジは惰性で動く初号機のコクピットハッチを開け、下に叫んだ。
「リツコさん!」
「あなたのお父さんはヘヴンズキーパーを名乗ったわ!」
「そんな……」
「とにかくこっちへ! その間に武装を強化するからっ」
はい! っと飛び降りようとして、シンジはくいっと引っ張られた。
「あ、えっと……」
「あたしも一緒に行く」
まあ軍の施設だし。
場合によっては保護しておいてくださいと、頼んでおけばいいかと考えた。
ブリーフィングルームに通される。
「彼が!?」
「はい、リアルチルドレン、シンジ君です」
いかついパイロット達の中ではかなり浮く少年に見えた。
「お養父さん!」
「マナ!? どうしてここに……」
しかもシンジと腕を組んでいる。
「昨日から一緒に暮らしてるの!」
ほぉ? っと言うどよめきの中、霧島大佐のこめかみだけがピクピクと動いた。
「……その件については後ではっきりさせよう」
シンジの両肩をぐっとつかむ。
「いいね? シンジ君」
はいって言えばいいのかなぁ?
みなが笑いを堪える中では、それもまたドツボにはまってしまいそうで、シンジは乾いた笑いで護魔化した。
「簡潔に言えば、あのロボットは倒せません」
「なぜだ? 初号機は比較的戦いらしいレベルを維持していたと思うが……」
ここに居合わせる人間の考えることは皆同じだった。
あの機体があれば。
それをリツコが否定する。
「フィールドは問題にはなりません、それは初号機で破れますから」
「ではなんだね?」
室内が暗くなる。
あれに乗ってたんだ……。
映された二機の戦いに、マナは初めて初号機を見た。
「この通りです」
「しかしこれは彼が格闘の専門家では無いからだろう?」
ふうっとリツコは頭痛を堪えた。
「彼はリアルチルドレンですよ?」
だがそれは一部の科学者と高官だけが知っている存在だ。
「ヒューマンアームでの戦闘とヒューマン同士の格闘は違います」
「それはそうだが……」
「リアルチルドレンは人の手を先読みします。ネクストはそれと同様の効果を生むシステムです」
「そんな便利な」
どっとバカにした笑いが起こる。
「あら? じゃああなたたちはどうしてあんなに大きなものに、一発の銃弾も当てることができなかったの?」
笑いが乾き、ムッとする者が出る。
「現在敵は?」
場を取り繕う霧島大佐。
「北の樹海に逃亡後、行方をくらましました」
オペレーターが衛星からの地図を展開する。
「また来るか?」
「来ます。ここにジェネシス初号機がある限り」
断言するリツコである。
そしてシンジ君が居る限り、ね?
こちらは気付かれないように目配せをで語る。
「そのジェネシス初号機だが……」
霧島大佐は現実的な模索に入った。
「ヘヴンズキーパーに対抗しうる兵器だと言う話しだが?」
ざわめきが起こる。
「システムのコピーは出来ませんでした」
「君がかね?」
「マスターアップをなんとか……、それすらもシンジ君がいなければなんとも」
「それがわからんのだ……」
この問題をクリアしなければ、誰もがあの機体を渡せと言い出すだろう。
リツコも心得ているのか小さく頷く。
「問題は初号機が複座式だということです」
「副操縦士が居るのか?」
「いえ、必要なのはパイロットです」
コクピットの設計図を表示する。
「このように初号機はリアルチルドレンがネクストと直結する事により、数瞬ではなく数秒から数十秒先の展開を予測する事が可能になります」
おおっと驚きの声が上げられた。
中には半信半疑のものがまだ残っていたが……。
「そしてパイロットは、その模擬画面に対して操作を行わなければなりません。このために、熟練のパイロットが必要になるのです」
「ならパイロットは誰でも?」
「いいえ、シンジ君とパイロットにはA10神経で繋がってもらう必要性が……、有り体に言えば心を繋げてもらう必要が有ります」
「なぜだね?」
「そこに生まれるのは嘘、虚構の世界です」
「表示されるのだろう?」
「眼球と脳内へ直接投影されるのです。ほとんどが信号の世界ですね? 霧島大佐は他人の思考が頭を駆け巡るという状況に耐えられますか?」
むうっと腕組みをして唸り声を上げる。
「質問があるのですが……」
一人が立ち上がる。彼は試作機に撃墜されたパイロットだった。
「その場合、彼の存在はどの様に位置付けられるのですか?」
復讐に燃えているのだろう、その思い込みの強さがうかがえた。
リツコはシンジを見た後で、頷きを確認してからはっきりと答えた。
「……生体コンピューター」
「は?」
「ただの情報の集積と解析を行い、処理し伝えるだけの存在よ?」
シンジは冷静に見える。
だがマナだけが気付いていた。
シンちゃん……。
先程から無表情を繕っているのだ。
右手が強く握り込まれていた。
「脳にはかなりの負荷がかかるわ……パイロットとの神経接続がうまくいかないと抵抗が生じる。これも彼の脳を傷める原因になるのよ」
「そんなっ!? 子供をシステム的に扱えと!」
「子供でも大人でも同じ、危険過ぎるシステムよ」
これで母さんも死んだのよね……。
自分ならそんなシステムに触れるのはまっぴらだった。
「……パイロットには?」
「他人の思考に犯されるのよ? 精神汚染の危険性は否定できないわ」
「そんな!」
「ネクストはシンジ君だけでも起動できる……でもその場合には情報処理が散漫になって、どうしても予測の範囲が狭まるのよ……」
同時に操縦も行わなければならないのだから。
「人間の脳はそんなに便利にはできていないわ。未来を予測しながら未来に対応する現実の操作を行うなんて事はできないのよ」
さて、どうするの?
そんな感じで、リツコは一同の顔を見渡した。
「……その初号機とやらが狙われる理由は?」
またも間を繋げるのは霧島大佐だった。
「コアシステム」
「コア?」
「母の残した究極の機関です。正式名はスーパーソレノイド機関、これを組み込んだ初号機ユニットをコアシステムと呼んでいます」
「なるほどな……」
だがそれがどんな深刻な事態に繋がるのか理解できない。
「S2機関が生み出すエネルギーは事実上無尽蔵です。これにより形成されるフィールドはご覧のとおり」
弾丸が初号機をすり抜ける。
「ワープ理論をご存知かしら? これはそれを可能にするシステムです」
「あの機体が丸ごとか?」
頷く。
「先刻木星艦隊が全滅しました」
最重要機密を爆弾として使う。
「我々が現在直面している敵機と同じ防御システムを持った戦闘艇、ただ一機にです」
「まさか!?」
何人かが腰を浮かせる。
「そしてそのシステムの完成体がここにあります……さて、どうしますか?」
誰もが答えを探して忙しく視線を漂わせる。
中には目を閉じ、深く考え込む者も居たが。
「あの〜」
っと間抜けに手を挙げるマナが居た。
ジャングルの中、同等以上の高さを持つ木々に試作機がもたれかかっていた。
青い髪の少女が飛び下りる。
見上げると、初号機に殴られた部分の塗装が剥げ、下地のオレンジが見えていた。
「大丈夫か? レイ……」
スーツの腕の部分が通信機になっていた。
「ライフルの弾が切れました」
「情報の収拾に入れ。ドームナインに潜入、以後連絡はそちらから行うまで取らん。いいな?」
「はい……」
レイは無感動に通信を切った。
先に落としていたバッグには着替えが入っていた。
冷房機能を備えたジャケットに、短くカットされたジーンズ風のパンツ。
スーツを脱ぐ、下着は着けていない。
そのままアンダーシャツに袖を通してジャケットを羽織る。
下着も履かずにパンツをはいた。少々お尻が見えている気もする。
靴はごついが流行のものだ。
もちろんその中はクッションから何から特別なあつらえになっている。
「潜入と工作、目的はシンジの拘束と初号機の奪取」
伝えられていた命令をくり返し、バッグから出したシンジの写真をじっと見る。
わたし、知っている様な気がする……。
数秒見つめていたが、ぐっとお尻のポッケに押し込んだ。
ここから街まではかなりある。
とりえあえずは道路まで出るのが先決だ。
そこには車が用意されているはずだった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。