赤い瞳と聞いた途端、シンジの中で漠然とした不安が弾けていた。
 真直ぐな視線、青い髪、直感。
 無意識の内にリアルチルドレンとしての能力が発動し、弾けた光の中に一人の少女の姿を見ていた。
 ──君は誰!?
 シンジは駆け出していた。
 ここに来てるんだ!
 来ているとすれば何処に?
 当然、初号機の元へだろう。


 モスグリーンの作業服をまとえば、レイの身長でも十分に少年兵として護魔化せた。
 基地ではジープなどの清掃担当員として、アルバイトを雇い入れているのだ。
 もちろんその身元は厳重にチェックされている。だがそれだけに内部に招き入れた者に対しては甘い。
 一度侵入してしまえば、警戒は実に弱かった。
 レイは目深に帽子を被り、少しだぶついた服で体のラインを隠していた。
 目標は……あそこね。
 倉庫の一つから灯が漏れていた。
 皆興味があるのだろう、幾人かの子供が中を覗き込んでいる。
 レイも混ざって入り口のすき間から中を見た。
「あー、もう嫌ぁ! 腕が太くなっちゃう、握力ついちゃう、筋肉女になっちゃうってぇ!」
「後でシンジ君がマッサージしてくれるわ」
「ほんと!?」
「あまり誘って、全身をマッサージされないようにね」
「ええ〜、どうしてぇ!? シンちゃんとの協調が大事なんでしょ?」
「あなたが良くても、霧島大佐に殺されるわよ? 彼」
「むぅ……」
「ほらほら、時間が無いのよ? それとも実戦でいちかばちか……の方が好いの?」
「はぁい」
 ぶちぶちとシートに座り、マナはまたキャノピーを閉めた。


 それをきっかけに、皆、あの子がどうとか話し出す。
 レイはすっとその輪から離れ、倉庫の裏へと回るように移動した。
「……何処へ行くのさ?」
 びくっと反応する。
「君が……、その」
「ファーストチルドレン」
 振り返り、帽子のツバの下からシンジをねめつける。
「そう、なんだ……」
 シンジはその視線に悲しみを覚えた。
「研究は続いているもの……」
 裏切り者。
 そう責められている様な気にさせられる目だと感じた。
「そんなに初号機が……、そんなに欲しいの?」
「分からない」
「どうしてさ?」
「そう、命じられただけだもの」
 シンジは深く深く息を吐いた。
「……君は僕と同じだね」
「同じ?」
「そうだよ……、ネクストのために感情を潰されてる」
 レイはハッとした。
「あなた……」
「僕も同じだったから」
 泣き笑いの表情をする。
 こうしている間にも、二人の間では色々な計算がなされていた。
 背を向ける。
 駆け出す?
 つかまるから。
 飛び掛かって来るの?
 力ではかなわない。
 でも僕は訓練を受けてない。
 勝てるかもしれない。
 でも騒ぎは大きくなる。
 チルドレンとしての力が、なんとか相手の二手先を読もうとしている。
 一手先を読む度にまた一手先を読んでいる様な状態では、お互いに手の出し様がない。膠着した状態が水面下で続く。
「あれを手に入れた父さんが何をするのか……考えた事があるの?」
「ないわ」
「どうして?」
「「必要ないから」」
 重なったシンジの言葉に黙り込む。
「君の考えるようにすればいいよ」
「なに?」
「君はどうしたいの?」
「わたしは……」
「命令を遂行したいんじゃなかったの?」
 ビクッと脅えるように立ちすくんだ。
 レイは一瞬、「自分が」どうしたいのかと考えていたからだ。
「他人の命令に従うロボットでありたいの?」
「わたしは」
「父さんの言葉に従っていればいいよ。何も悩まなくてすむからね?」
「わたしは」
「それが君の望みなの?」
 動揺しているのか? 瞳が奇妙に揺れている。
「わたしは……、人形じゃない」
 この人は、知っている。
 わたしの心を。
 想いを。
 なぜ?
(同じだね?)
 同じって、なに?
 何が同じなの?
(ネクストのために)
 ネクスト?
 わたしはチルドレン。
 なぜネクストが必要なの?
 力だから。
 絆だから。
 そのためにわたしは作られたから。
 作られた?
(僕も同じだったから)
 同じ?
 この人と、わたしは、同じ?
 痛い!
「ど、どうしたのさ!?」
 急な頭痛に膝をついた。
 同じ、同じ? 同じ……。
「違う……」
 瞳に狂気がちらついた。
「わたしは、あなたじゃ、ないもの……」
 そのまま背を向け、ふらふらと壁にもたれ掛かりながら去って行く。
 シンジは黙って見逃した。
「そう、君は僕とは違うから」
 とても寂しそうな悲しみを浮かべて。


 ビーーーーー!
 非常警戒警報が発令された。
 ウーっと警報が鳴る中を、一機の戦闘機が飛び立っていく。
「どうした!?」
「敵兵が侵入していた模様です!」
「迎撃チームは?」
「僕が出ます!」
 突然の通信割り込み。
「いや、しかしシンジ君……」
 焦るのは霧島だった。
「マナさんをそちらへ呼び出してください」
「だ、だが!?」
「……ネクストを使います、迷いはありません」
 幾らシミュレーションを重ねた所で、体は普通の女の子なのだ。
 訓練を積んでいなければ容易に壊れてしまうだろう。
 そして霧島は……父としての判断を下した。
「リツコ君」
「聞いていました」
「頼む」
「はい」
 それから数分をして、マナと入れ代わりにシンジがコクピットへと乗り込んだ。


 パイプや配線が外される。
 リツコが使っていた計測機器が隅に運ばれ、燃料や弾薬補給をしていた車が遠ざかっていった。
 シンジはスロットルをしぼり込み、ゆっくりと滑走路へと初号機を進めた。
 トラックの上に戦闘機が乗っていた。
 下部にあるアームでトラックを挟み込んでいる。
 離陸位置に移動させ、加速、下部が滑走路から離陸する一瞬、幻が見えた。
 ネクストシステム。
 円筒形に見えるシステムは斜めに固定され、なかには二つの座席があった。
 座る組み合わせは様々で、その時には軍人二人が乗っていた。
 屈強な黒人と、痩せ型だが黒人とは親友だった男だった。
 二人はヘッドセットによって表情を隠されていたが、その口元は苦痛に歪んでいた。
「うわあああああああ!」
 突然痩せている方の男が立ち上がった。
 ガン!
 ヘルメットごと黒人の頭を蹴り飛ばす、一撃で首が折れていた。
「ひゃぁは! ははっ!」
 すでにその男は狂っていた、笑いながら涎を飛び散らしていた。
 目はギョロッと大きく剥かれ、毛細血管が破裂していた。
 タン!
 軽い音、銃声と共にその男は崩れ落ちた。
 彼は死んでも笑っていた。
「第254次試験を終了する、続いて……」
 今度は幼い兄妹だった。
 妹が前に座り、兄が後ろの座席に座らされた。
 二人とも脅えていたが、それまでは兄が守るように妹を抱きしめていた。
「A10神経接続開始」
「パルス逆流」
「精神汚染開始」
「ふ、あ、やああああああ、ぁ……」
 少女が始めての絶頂を迎えて気を失う。
 欲望の眼差しに犯されて。
 兄はシートから降ろされた途端、妹に向かって駆け出した。
 この二人がどう処理されるのか? シンジは見なくても視えていた。
 同じ部屋に居れておけばよい。
 兄は自らの命がなくなるまで妹を犯し続けるだろう。
 妹が行為に耐え切れずに、壊れて息をしなくなっても。
 シンジはそんな実験を全て見ていた。
 見せられていた。
 ゲンドウは可能性のために研究を続けていた。
 シンジは一人しか居ないのだ。
 二人目のシンジを作り出そうと言う行為は、当然のように行われたが何故か失敗していた。
 シンジ以外の肉体には魂が宿らなかったのだ。
(僕は……、誰なの?)
 やがてシンジには、何者かの魂が宿っているのだと結論づけられた。
(僕は、なぜここにいるの?)
 シンジは黄色の液体の中に浮かんでいた。
 その前でナオコが、リツコの母が泣いていた。
 シンジの隣や、上や、下に浮かんでいたはずの、シンジと同じ形をした者たちは崩れていた。
 壊れていた。
 リモコンを取り落とすナオコ。
 銃口を向けているゲンドウ。
 タン!
 銃声と共にその幻を突き抜ける。
 風と共に後方へと幻影を置き去りにして、シンジは虚空へと飛び立った。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。