レイは荒い息を吐きながら、通信機の周波数をあるチャンネルに設定した。
「……リアル、チルドレンとの、接触に、成功」
「そうか……」
「初号機は……」
「捕捉している。お前を追っているようだ」
 はぁ……。
 苦しい息が漏れて出た。
「零号機、を……」
「わかった。試作機と共に待て」
「はい……」
 通信を切ると同時に脱出用のレバーを引く。
 シートごと放り出されたレイは、しばし夜の冷たい空気に晒された。


 レイ……。
 ファーストチルドレンって、言ったよな?
 その単語も植え付けた知識の中に刻み込まれていた。
 タイムスケールの問題から、計画は破棄されたはずだったのに……。
 余計な思考を持たぬよう、調整され生み出された子供達。
 初めからあの歳の子供を作ったの?
 他にも幾つか知りたくは無い情報が連鎖的に浮上して来る。
 ……感情制御のための脳改造、精神コントロール。
 しかし最も大事な事はコアシステムだ。
 コアシステムは僕をキーとして稼働する。その原理が解明できなくて父さんは僕を捨てたのに……。
 取りに来た、すなわち何らかの方法をあみ出したか、見付けたと言う事だろう。
「来るかな?」
 ──ビシュン!
 下方向から火線が上がって来た。
 可粒子砲?
 軽く機体を揺らして降下に入る。
「変形、初号機、起動!」
 空中で変形ドッキングを行った。そのまま広大な大地に降り立つ。
 グィン……。
 顔を向ければ森がある。
 その向こうからまたも火線が伸びて来る。
「ん……」
 軽く横へ走らせかわす。
「どういうつもりなの?」
 この距離の攻撃など当たるはずが無い。
 それは分かっているはずなのだ。例え直撃があったとしても、初号機のフィールドを撃ち破れるほどではないことも。
 フィールドは無敵ではない。衝撃やエネルギーの総量、質量によっては、透過させることができないこともある。
 銃弾はかわせても、ヒューマンフォームによる攻撃をかわせないのはそのためだった。
 腕と言う巨大な質量を透過させることはできない。フィールドの表と裏は繋がっている。
 腕を透過させれば、引き抜かれるまでの時間、連続的にフィールドを維持するために、莫大なエネルギーを消費し続けなければならなくなる。
 だが極小であったとしても、ワームホールを維持し続けることは難しいのだ。
 コアシステムはそのエネルギーを供給し続けるだろう。
 しかしフィールドシステムは焼きついてしまう。
「肉弾戦しか無いって、わかってるはずなのに……、時間稼ぎ!?」
 気付くのが遅かった。
「上!」
 大型のステルス爆撃機のような物が降りて来る。
「うわぁ!」
 ドォン!
 爆撃に晒された。
 その隙に機体は変形して降り立つ。
「……あれもジェネシスなのか」
 試作機がそれを背中にとドッキングしていた。
 初号機の飛行機部分がコアブロックであったように、ジェネシスの試作機もまた零号機と呼ばれるシステムのコアブロックだったのだ。
 逆三角形を描く翼。
 ゴキィン……。
 背中から新しい頭が覆い被さった。
 それはのぺっと山椒魚のような顔をしていた、口元がにたりと嫌らしく笑っている。
 これこそがジェネシス零号機の姿であった。
 ──グィン!
 翼の裏側が奇妙な赤い光を灯した。
 それは瞳の形を描き出す。
「来る!?」
 シンジは迷わずネクストを起動した。
(うっ!?)
 知覚が塞がり、狭まっていく。
 その分対象がしぼり込まれる。
 翼から光が迸るビジョンが見えた。
 毛細血管のような赤いラインを光が走り、目玉へと輝きを収束させていく。そしてそれは強烈な閃光となって襲いかかってくる。
 避けた所へと、左手に持つ可粒子砲を撃ち込まれた。
 シンジはフィールドシステムでそれをかわすが、その隙に距離を詰められる。
 また同時に別の世界が視えていた。
 敵の光をフィールドで透過する。
 反撃、だが敵の光は消えない……そのための大容量エネルギー供給装置が背後の翼なのだから。
 フィールドを張り続けての戦い……敵の目はずっとシンジを追いかける。
 やがてはエネルギー切れを迎え……。
 同様に三つ、四つと違う世界が襲いかかった。
 この!
 シンジはその中から、最良の結果が得られる選択をした。
 敵の右手へとかわす、こちらに可粒子砲は備わっていない。
 ズシン、ズシンと、鈍重な地響きを立てて初号機が走る。
 巨大な翼を背負っているためか? 零号機の動きはさらに鈍いものだった。その場の回頭ですら苦労している。
 背中はダメだ!
 危険を感じる。
 横から!
 武器選択、右腕の内側がスライドし、中からガトリングガンが姿を現した。
「このぉ!」
 通常の弾であれば、フィールドシステムによって弾かれるだろう。だがその弾は特別製で、フィールドに触れたとたんに、反応爆発を起こすような代物であった。


「おっそいなぁ……、ねえリツコさぁん。シンちゃんはぁ?」
「初号機の最終チェックらしいわ……もう少し待ちなさい」
「はぁい……」
 パイロットルームで子供用のパイロットスーツに着替えている。
 こういう物が用意されていること自体、普通じゃないって事なのよね……。
 もちろんそれはシンジのために用意していたものである。
 シンジが初号機と共に金星へ降り立った時から、リツコはこの日のために準備して来ていたのだ。


「ぐ、う……」
 シンジは酔い始めていた。
 嘔吐感がこみあげてくる。
 自分の予測した未来に沿って走らせる。
 ビジョンでは走り出しているのに、まだ震動が来ない。
 止まる、銃を撃つ。
 その時になって、ようやく走る震動に襲われた。
(く、そ……)
 それでも我慢して銃を撃つだけ撃ち、次の未来へと行動した。
 知覚と感覚器官の伝える情報がずれている。
 ゴウ!
 突然零号機が土煙を上げた。
「空!?」
 高みへと昇っていく。
「なんだ? 嫌な予感、これって!?」
 翼の下の瞳。
 高出力の機関。
 高々度からの攻撃。
 フィールドシステムの限界近い熱量。
 初号機のフィールドシステムを壊すつもり!?
 オーバーロードによる破壊をもくろんでいるのだと察する。
(くっ! フィールドシステムが無くなっちゃったら……)
 コアなどに意味は無くなる。
 鎧を剥がされればただのロボットだ。
 変形、上昇、だめだ、間に合わない!
 攻撃を予測できても、いまできる事には限りがある。
 ──わあああああああああああああああ!
 光が屹立する。
 シンジは終わったと思った。
 まだ全ては現実ではない。
 なのにもう諦めて、シンジは被っていたヘッドセットを押し上げ、ネクストを停止した。
「やだなぁ……」
 シンジは初号機に見上げさせた。
「ここで終わりなの?」


 なぜ逃げないの?
 レイはグリップを握り締めた。
 既にエネルギーの充填は終わっている。
 ネクスト──そして自分の能力の全てが、勝利を現実として教えてくれていた。
 なのに撃つ寸前、ほんのわずかだけ迷ってしまっていた。
 あなたは、何を望んでいるの?


 突然誰かの声が聞こえた。
 あなた、誰?
 わたしはわたし。
 違う、あなたはわたしの姿をしているもの。
 ならわたしはあなた?
 あなたがわたしの形をしている。
 それは逆よ。
 逆、なに?
 だってあなたは人形だもの。
 わたしは……。
 心を返して。
 心?
 体を返して。
 体?
 わたしは還るの。
 還る?
 わたしの心に。
 少女に一瞬、少年の姿が揺れ重なる。
 あなた、誰?
 その答えは、今は無い。


 シンジは溜め息を吐いていた。
 体をリラックスさせている。
 僕は……、死ぬのかな?
 ちらりと赤い髪が思考をかすめた。
 そうやってまた自己満足して、あたしを捨てて。
 君は、誰?
 あんたそれで満足なわけ?
 違うよ……僕は。
 何処まであたしを裏切れば気がすむのよ!
 僕は、なに?
 あたしを傷つければ気がすむのよ!
 そんなこと……。
 嫌、もう嫌なのよ……。
 だって……。
 寂しいのは、嫌なのよ……。
 僕だって!
 一人にしないで、ばかシンジぃ!
 シンジは瞼を開いてグリップを握った。
「こんな時にプロテクトが解けるなんて!」
 記憶の深層部分に、もう一つの情報が隠匿されていた。
 まったく、母さんは用心深いんだから!
 シンジが母さんと呼ぶのはナオコのことだ。
 コアシステムを解放する。
 初号機の胸元が開き、赤い玉が露出する。
 フオオオオオオオオオオオ……。
 初号機の口元から、雄叫びのように排気音が漏れ出した。
「ネクスト、再起動!」
 だがシンジはヘッドセットを被らなかった。
 その必要はもはやなかった。



続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。