「うわああああああああああああ!」
 ──ドクン!
 まるで鼓動のような振動が伝わった。
 シートから直接伝わるリズムが、より酷くシンジの心をかき乱す。
 ──零号機はネクストのための試作体なの。でもわたしは初号機にフィールドシステムを搭載したわ。
 ──ドクン!
 MAGIから解析されたパーソナルデータを基に創られたの、それがあなたよ。
 ──ドクン!
 S機関はあなたでなければ動かないわ。
 ──ドクン!
 バカね、あんな人形にも勝てないなんて……。
 ──ドクン!
 あなたには二人のお姉さんがいるのよ。
 ──ドクン!
 一人はキョウコ博士が連れて逃げたわ。
 ──ドクン!
 お願い、あの人を止めて。
 ──ドクン!
 不器用な人なのよ。誰かに認めてもらいたがって。
 ──ドクン!
 わたしじゃダメだった……。
 ──ドクン!
 後のことはリツコに頼みなさい。
 ──ドクン!
 あなたには力を上げるわ。
 ──ドクン!
 あなたにだけ……あなたになら引き出す事のできる力を。
 ──ドクン!
 だから心を解放して。
「うわあああああああああああああああああああ!」
 シンジは空に向かって大きく叫んだ。


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Evangelion another dimension future:6
「……知らない、天井だ」



 ──フォオオオオオオオオ!
 機械にはありえない咆哮が、レイの神経を逆なでした。
「くっ!」
 ヒュウウウウウウ!
 翼の血脈、エネルギー伝達回路を赤い光が駆け抜ける。
 それは大きな目に集中して、光の柱を屹立させた。
 ゴォオオオオオオオ!
 ほんの数秒で初号機のフィールドをはぎ取り、外郭部分を溶かし、行動不能に陥らせることができるはずだった。
 ──だが。
「なに?」
(うわああああああああああああ!)
 空気の震動によるものではなくて、頭に直接雄叫びが響いた。
「叫んでいるのは、彼」
(わあああああああああああああ!)
 ──キィン!
「なんだ……、あれは」
 ゲンドウもまた、軍事衛星からの映像に目を見張っていた。
 金色の壁だった。
 黄金色に輝く八角形の壁が、大地と平行に広がり、零号機の攻撃を受け止めていた。
「ありえん……」
 零号機が絞り出している出力は、地表を溶かし、地殻へと達する事も可能な程のものである。
 だが熱も、粒子も、光さえもその壁は遮っていた。
「これがリアルチルドレンとS機関の力なのか……」
 ニヤリと唇の形を歪める。
 ──やがて光の柱が消失した。
 がくんとその巨体が安定を失う。
 零号機は持ちこたえるために、再び翼によるエネルギー充填を開始させた。
「……出力80%ダウン。今の攻撃により電装系に問題発生」
『レイ……』
「はい……」
『帰れ』
「はい」
 彼女はちらりとだけ初号機を見下ろした。
(あなたは……)
 初号機の右腕が持ち上がった。内蔵されていたガトリングガンが火を吹き、彼女に対する牽制行為を行った。
 バララララ……。
 もちろんこの高度への攻撃にしては初速が遅過ぎる。
 たまに届く弾もあるが、カン、コンと力無く装甲を叩いて落ちていくだけで、意味はない。
「さよなら」
 それを行けと言っているのだと判断し、レイは機体を反転、飛翔させた。


 夢を見ていた。
 とても辛くて悲しい夢を。
「シンジ?」
「はい……」
 黄色い液体から出て来たシンジを、ナオコは白衣で拭ってやるように抱きしめた。
「あなたは一人なの……沢山の体を作ったけれど、魂はあなた一人にしか宿らなかったわ」
 今更な事実だけに、シンジは何も感じなかった。
「これは遺言よ? わたしもかりそめの肉体を作ってあるの」
 しゃがみ込み、ナオコは目線の高さをシンジに合わせた。
「体の名前はコア」
 ピクッと、シンジの体が反応する。
「え……」
「そう、フィールドシステムを起動させるためのコアには、わたしの心が移植してあるの」
「お母……、さん?」
 シンジは動揺を隠し切れずにこぼしてしまう。
「……あなたに心を持たせたこと、後悔はしていないわ」
 ただその事はゲンドウにも隠していた。
「疲れたのよ……、わたしはね?」
 フッと自嘲気味の笑みを浮かべる。
「コアシステムのキーはあなたよ?」
 だがそのような顔になったのも一瞬のことで、彼女は毅然とした表情を作り直した。
「わたしの心があなたを認める事が起動の条件。でもね? もう一つ、S機関を得て初めて使用できる力があるの」
「それは……、なに?」
「わたしの……、あなたに唯一あげられるものよ?」
 シンジは優しく抱きしめられて……不安になった。
「教えてよ。母さん……」
 シンジはガタガタと震えながらもナオコに尋ねた。
「愛よ?」
「愛?」
 すがり付くシンジに優しく囁く。
「そう……あの人に魂を売った、わたしに残された最後の心」
 だからこそ、彼女はいま辛い選択をしようとしていた。
「わたしの心があなたを包む時、それは害意を及ぼすものを弾く絶対の壁となるわ」
「どうして?」
「……わたしは死なないわ」
 ナオコは決意を込めてシンジに答えた。
「死と同時にもう一つの体……、コアへと魂は移るから」
「母さん!」
「それもまた……、母としてのわたし、女としてのわたし、科学者としてのわたし……、全てのわたしがあなたのためだけの存在になるために必要なこと」
「本当に?」
「ええ」
 いつしか、二人とも泣いていた、自覚もしないで。
「コアとなったわたしは、あなたのために心の……、体では成しえなかった力を振るうの」
「そのために必要なのがS機関……」
「フィールドシステムはあの人を欺くためのダミーにすぎないわ。シンジ、あの人はあなたでなければ起動できない訳に気付くでしょうね」
「うん……」
「そしてフィールドシステムを解き明かした後、きっとあなたを廃棄しようとする」
「うん」
「その時に全てを賭けなさい、いいわね?」
「わかったよ……」
 母さん……。
 その時シンジの顔は、いつもの無表情からはかけ離れていて……。
 そしてそれを見たナオコは、とても穏やかな微笑みを浮かべていた。
 お互い、頬を涙で濡らしたままで。


 三年前。
「ナオコ君、君は本当に……」
 ──銃声が響き、ナオコが倒れた。
 シンジは唯一生き残った源体として引き上げられた。
 初号機に関するデータが洗われ、フィールドシステムが解明される。
 そしてその日がやって来た。
「シンジ、初号機のネクストにはプロテクトがかけてある」
「はい」
「これはチルドレンであるお前とネクストとの勝負になる」
「はい」
「では5分後にテストを開始する」
 そう言って通信が切れた。
 シンジは全ての通信をカットすると、心のある自分に戻ってくつろいだ。
 母さん……。
 ここに居るんだよね?
 シートを撫でる。
 父さんは僕を捨てるみたいだ……。
 わかってる。僕のは模擬弾だけど、試作機にはこちらを撃ち落とせるほどのエネルギーが計測できたよ。
 シンジは身を乗り出し、グリップを握った。
 でも戦うよ? 母さん……。
 もう嘘を吐くのは嫌なんだ。
 人が死んでいくのを、ただ黙って見ているなんてもう嫌なんだよ!
 だから、動いてくれるよね?
 母さん……。
 そして戦闘が開始された。
 左手には火星と、資源衛星にカモフラージュされた研究施設が見える。
 真正面から飛び込んで来るオレンジ色の機体。
 フィールドシステムは生きてる、これしか無いんだ!
 シンジは徐々に加速をかけた。
 試作機は一秒近くでとてつもない速度に到達していた。
 一撃目はかわす!
 バッ!
 閃光で前が見えなくなった。
 試作機のビームが右舷をかすめる。
 ……火星へ!
 左へ逃げる、それを自然に追いかける試作機。
 こい……、こい、こい、こい、来た!
 余剰パーツをパージする。
 同時にフィールドシステムを全開にし、反転して自機を飲み込ませた。
 母さん、僕を守って!
 ブン! っと初号機の姿が消えた。
 半瞬を置いてビームが初号機の残した外装を直撃、爆発を演出する。
 破片は火星へと落ちていく。
 大気摩擦で燃え尽きるだろう。
「……ネクストのテストを終了する」
 ネクストそのものは一人用に改良されていた。
 コンピューターで増幅した予測映像が、果たして人間の限界とも取れる直感力に打ち勝てるのか?
 これはそう言った実験であった。
「……試作機は?」
「パイロット身心喪失状態です」
「実戦はまだ無理だな、回収しろ」
「はい」
 ゲンドウはシンジの散った空域に目をやった。
 まあ、それも良かろう。
 ゲンドウは気がついていた。
 シンジがうまく逃げおおせたということに。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。