JAは防衛仕様ということで特化された機体であった。
本来、宇宙のような上下左右のない空間戦闘においては、地上兵器のような形状はとても不利に働いてしまう。
同じ速度が出せるのならば、横を向いていても、後ろを向いていてもかまわないのが、宇宙で使用される機体に求められる形状である。
このことを前提にして、最初に考案されたのは円盤形の機体であった。
空間を立体的に飛び回る戦闘機として、機動性を重視するとそうなるのである。メインエンジンを後方に配し、サブノズルで回転を行い、メインエンジンを進行したい方向に合わせ、転進をくり返す。
このためにコクピットは機体中央へと考えられた。
しかしこれには、とても大きな問題が見つかった。
宇宙戦艦の開発に伴い、その設計が見直されたのである。
その様な機体を着艦させるための滑走路は無駄である。また滑走路は最も被弾しやすい場所である。これを破壊されただけで収容に問題が生じるのでは話にならない。
その点を考慮した結果が足であった。
減速の為には加速と同等以上のエンジンを必要とする。それは宇宙では無限に加速が可能だからだ。
また円盤型では、転進用に、全方向にいくつものバーニアを設置する必要性が出てくる。このためのバイパスを考えると、意外と大型化してしまうことがはっきりとわかった。
それならば……と、足にメインエンジンを搭載することが決定されたのである。これによって滑走路は不要となり、ただ格納するための蜂の巣のような小型ドックがあればよいと喜ばれた。
こうしてフレキシブルに可動するメインエンジンが誕生し、それに伴って姿勢制御用のバーニアが最低限に削られていったのである。また機体そのものも小型化の方向へと進み始めた。
コクピットは中央から前頭部へ戻され、バランスの見直しも計られた。機体移動の軸となるのは中心部だが、わずか十メートルのサイズでは中央にあろうと前方にあろうと、かかる荷重には大差がない。
またドッグファイトを考慮した場合のこともあった。追いつ追われつの状態では、流線型である方が敵に狙われる面積が減るのである。
そして何よりも広い面である中央部よりも安全性が高い。
こうして飛行機に足の付いた『戦闘艇』が生み出された。しかし、これはあくまで広大な空域を戦闘地区と想定しての、空間戦闘用機に通用するアイディアでしかなかった。
地球やステーションのような拠点を防衛するためには、高加速性能は必要ないのだ。逆に低速度でありながら、安定した機動性を示す機体が求められた。
しかしこれがまた難しかった。
物というものは高速であればあるほど安定する。二輪の車体と同じである。後輪の回転速度が上がれば上がるほど、前に押し出そうとする力がふらつくだけの前輪を安定させる。
低速……それもほぼ静止状態にある機体が反動砲を用いた場合どうなるか?
高速機動兵器ですら一瞬進行軌道がズレるのだ。跳ね飛ばされたかのように吹き飛ぶのは目に見えていた。
この反動を殺すために、腕が求められたのである。そして特殊な運用をすることを考えると、やはり足は外せなかった。
こうして人型兵器であるJAが設計、採用されたのである。
「でもやっぱりかっこわるぅ……」
それがマナの感想だった。
シンジは大あわてで自分たちを前後に挟んでいる計五人の兵隊の顔色を窺った。前方に三人、後方に二人である。しかしかれらも苦笑するだけで怒らなかった。
ほっと胸をなで下ろすシンジである。
ここは地球圏の外輪部にある軌道ステーションであった。四つの小惑星を連結して建造された人工の軍事惑星でもある。
七人を運んでいるのは自動通路である。かなり高速なのだが、無重力に近いのと、周囲を覆う壁があまりにも無機質であったために、シンジ達にはその感覚がなかった。
正面に扉が見えた。
足下は徐々にその速度を遅めていたのだが、宇宙に慣れていないマナは失敗した。
「きゃ!」
コンベアへの接地には当然マグネットシューズを用いているのだ。うまく歩かないと外れてくれない。マナはつんのめるようにして倒れ……運悪くその拍子にマグネットが外れてしまったがために、目的の部屋の中に放り込まれるような恰好になってしまった。
ガン! っと半回転してお尻を壁にぶつけてしまった。
「マナ!」
シンジは慌てて飛ぶと、反動で戻ってくるマナを受け止めた。
「大丈夫!?」
「大丈夫じゃなぁ〜い……」
弱々しい。
そんな二人にクスクスという笑いがかけられた。コホンという咳払いもだ。
『あ……』
二人はまともに赤くなった。
「もう! シンちゃんのせいだからね……」
「マナが悪いんだろう?」
もう一度、こほんと咳払いがかけられた。
「修学旅行生でもまぎれこんだのかと思ったが、こちらの勘違いかな?」
「ごめんなさい……」
「いやいや、君たちのような子供の相手をできて、久しぶりに若返ったような気がするよ」
皮肉にも聞こえる言葉を放ったのは、帽子を目深にかぶった男だった。中年太りをした腹をしているが、威厳を損なうほどではない。
帽子のつばの下から見える目も眼光が鋭かった。
白い軍服にはたくさんの勲章がつり下げられている。マナはシンジがピッと敬礼したのに合わせて、慌てて自分もとそれに倣った。
「碇シンジです」
「き、霧島マナです」
ここは管制室だった。数名のオペレーターが詰めている。しかし椅子が空いていることから、今は通常の勤務態勢にあるのだと知れた。戦闘配置にはないらしい。
「話は聞いている。機体の整備と補給は行わせているが、君たちの出撃を認めるわけにはいかん」
「それは何故ですか?」
「我が守備隊の練度は地球圏一だと自負しておる。そこに素人を混ぜ入れるわけにはいかん」
「邪魔になる……ということですか」
「そうだ」
思わず言い返そうとしたマナを、シンジは腕を横に出して押さえた。
「ですが僕たちには僕たちに課せられた義務と責任があります」
「義務と責任だと?」
「はい」
若く、じっと見返すシンジを、彼はふんと鼻で笑った。
「子供と秘密兵器が地球を守るというのか? アニメではあるまいし」
「最後尾でかまいませんので、出撃は認めてください」
「……ならばこの『コロンビア』の後方だ。それより前に出ることは認めん」
「わかりました」
マナは不満だった。移動用のレバーを持って通路を泳ぐシンジのお尻に、今にもガウと吼えたかった。
シンジにもその感情は伝わっていたのか、彼は苦笑交じりに口にした。
「なに怒ってるんだよ?」
「なんで怒んないの!」
レバーを離して正面のT字路の壁に足を突く。そして一旦床に降りてから、今度は左へと向かうレバーをつかんだ。
マナはぷんすかと頬をふくらませて、そのシンジの腰に巻き付いた。
「あれって馬鹿にしてる!」
「そりゃそうだよ……ああいう人たちはヘヴンズキーパーのことだって認めてないんだ。フィールドシステムにも勝てると思ってる」
「……それじゃあ」
二人の先には大きな空間が開けていた。格納庫である。
そのまま飛び出すと、上下何百メートルという巨大な洞窟に出た。鉄骨によるフレームが縦横に組まれており、何百機という機体が固定されていた。
宇宙用作業服を着込んだ千を超える人間が働いている。あちらこちらで鋼材のぶつかるガチャンという音と、溶接による火花の音が鳴っていた。
マナはその様子にゾッとした。ここは基地としても大きい部類に入るだろう。この待機状態にある機体に乗る全ての人たちが、そして施設に従事している何千人という人間が、ゲンドウとの戦闘によって散ることになるかもしれないのだ。
「どうするの?」
「無視するよ」
二人はまっすぐに自分たちの機体へと泳いだ。
「どうせ逃げることにはなるんだから」
「え? そうなの?」
鉄骨に右手をかけてシンジは制動をかけた。マナという荷物があるためにぐるんと半周してしまう。
シンジは機体の傍では聞かれてしまうと思ったからか、そのまま鉄骨に腕を巻き付け、マナを軽く抱き寄せた。
「いい? 一応地球軍に組み込まれたことにはなってるけど、金星じゃエンジェルキーパーに手助けしてもらってるんだよ? それに初号機のこともあるんだ。無事解放……なんてしてもらえると思う?」
見て……と、シンジは二十メートルほど下方にある初号機に対して顎をしゃくった。
「ああやって、整備してる振りをして、情報を集めてるんだよ」
確かにマナの目にも怪しく映るほど熱心に見えた。
「いいの?」
「大丈夫、あれくらいでわかるようなら、とっくにリツコさんが量産してるよ」
「そうなの?」
「そういう人だからね」
で……と話を戻す。
「父さんを……ゲンドウをなんとかしたら、僕たちはここを逃げ出さなきゃならないんだよ。でもそうすると今度は……」
「なに?」
「お尋ね者になる」
はぁ!? マナは目を丸くした。
「なんで!?」
「だって、逃げるって事はやましいことがありますってことじゃないか」
「そんなぁ……」
「まあマナはなんとかなるんじゃないかな……金星に戻ればお父さんに保護してもらえばいいよ」
「シンジは?」
マナはなにか他人事のように話すシンジに不安を感じた。そしてシンジからの返事はマナをさらに不安にさせた。
「ケースバイケース……金星軍も地球軍と同じかもしれないからね。状況に任せるしかないんだよな……」
ゲンドウは星の流れに酔っていた。
ブリッジは床と天蓋によって構成されており、周囲を外の景色を映し出すように設計されている。
星が流れていくのは、そのままこの船の速度が光速に近いことを表していた。現存する艦にはあり得ない性能を持っている。それがこの『ガーゴイル』だった。
ガーゴイルは二等辺三角形の形をした船である。前方から見ると微妙なラインを描く菱形をしているのだが、どこか実用性よりも、鑑賞美を優先しているような印象を与えさせた。
全体の色は赤黒く、そして船の上部二面、下部二面には、翼のようなものが斜めに展開されていた。
「レイ」
「はい」
レイは呼びかけられて、ゲンドウの後ろから彼のシートの隣へと移った。
「この船のすばらしさがわかるか?」
無言のレイに、ゲンドウはふんと鼻を鳴らした。無知なる者に教えてやろうという傲慢さが匂っていた。
「この船にはな……二器の磁気コイルが搭載されている。この二つがそれぞれに起こす磁流は互いを巻き込み、加速させ合う。そして無限に加速された磁流は空間に川を発生させるのだ」
実際にはそう単純なものではない。磁気コイルと言い表しているが、ただの磁気コイルではないのだし、電磁波をただ方向付けて回転放出させているだけでもないのだ。
しかしその理屈自体は単純なものであった。回転する二つのプラスの電磁波を放出すれば、互いに反発力によって加速し合う。ただそれだけのことだった。
だがこれにより作成された『カタパルト』は、亜光速に近い速度で物体を投げ出してくれる。
「わかるか? レイ……初号機のシステムはこれの完成のために不可欠なものなのだ」
理論上は亜光速航行も可能でありがなら、そこに至れない理由がある。
問題は船は川に乗り、そしてその先に放り出して貰うだけ……というところにあった。川がいつも穏やかであるわけはないし、微妙なミスが磁流に巻き込まれて粉砕されるという結末にもたどり着きかねない。
それだけではない。そのような高速で飛翔するのだ、その先がどんな空間なのかわからない。危機感知能力はレーダーを頼っていても足りないのだ。
危険を感知し、回避する。そのためにこそ完璧なフィールドシステムと、ネクストが必要であった。
「…………」
しかしレイはその語りのほとんどを聞き流していた。
彼女もシンジと同様に力の持ち主である。彼が語ることなどとうの昔に理解していた。
それでも逆らわずに耳を傾けているのは、その方が考えの内に没頭できるからだった。
(シンジ……碇シンジ)
レイの思考は、彼のことで埋まっていた。
(わたしと同じ感じがした……)
そしてレイは眉をひそめた。
急に視界が狭まって、真っ黒になるかと思われた瞬間、そこに異形の仮面を見たからだった。
──真っ白な円盤に、目とおぼしき二つのくぼみがあるだけの仮面。
それは彼女の運命を表していた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。