リョウジはブリッジに入ると、コウゾウの元に泳ぎよった。
「なんです?」
「地球からの通信だよ」
 シートの手すりに投影型のウィンドウが開かれていた。
 リョウジはその内容に目を通して唖然とし、次に呆れた様子を見せた。
「本気ですかね」
「火星から動いたという衛星については、こちらでも確認できているよ」
「ですがこっちはまだ火星にも届いていないっていうのに、この協力要請ってのはなんなんです?」
 リョウジは露骨に顔をしかめた。
「この船は民間船でしょう? 武装もないってのに」
「アテにしてるんじゃないのかね? 君が持ち込んだアレを」
「アレですか? しかしパイロットが居ませんよ」
「向こうには報告しているんだろう?」
 吐き捨てる。
「この際だ、動けば誰が動かしているかなんて、問題ないとでも思っているんじゃないのかね?」
「まだ学校に通っているような子供でも、使えるものは使うべきだと?」
「使おうとしているのは地球方面軍だろう?」
「どうですか」
 リョウジは懐疑的な反応を示した。
「あれは木星で見つかった物ですよ? 調査のためにMAGIが必要だってんで地球に移送する途中なんです。まだ軍の預かりになったわけじゃない」
「君は軍人だろう?」
「違いますよ……俺は政府の出向でね」
「同じだと思うがね」
「それは勘ぐり過ぎってもんですよ」
 おちゃらけてごまかす。
「とにかく、あてにしてるものはアレでしょうね……けど」
「なんだね?」
「後ろから追いつけってんですかね? とりあえず」
「まあ無茶な話だな」
 普通はな……と目で伝える。
 それができそうな船が、付近に潜んでずっと着いてきているはずなのだ。
「俺は報告してませんよ」
「なら……なんなのだろうな?」
「わかりません……。動かしたのが学生の少女だってのは報告しましたがね」
「ふむ……」
 コウゾウは考え込むそぶりを見せた。
「しかしこれでなにもしなければ、後で営業停止処分をくらいそうだな」
 これでますます退職金が遠のくと苦悩する。
「……少しはあがくか」
「はい?」
「嫌がらせ程度のことはできる」
「なにをするおつもりで?」
 コウゾウはウィンドウ下部のタッチパネルに二・三触れた。
「小惑星のコースがこう……そして我々と地球の位置がこれなら、交差するポイントはここだ」
「で?」
「カーゴの一つを空にして撃ち出す。予備のブースターをすべて付けてね」
「そりゃ……この船の加速状況とカーゴの重量を考えれば、十分な質量弾になりますがね」
「相手が軌道を変えるか、あるいは衝突を選ぶか、それはわからんがね」
「まさに嫌がらせですね」
「それ以外の何者でもないよ」
 さてととコウゾウは船長の証である帽子をかぶった。
「だがどのみち今ある船外作業艇だけではどうにもならん。そこでだ」
「わかりましたよ」
 リョウジは嫌々ながら了承した。


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Evangelion another dimension future:9
「ま、リョウジさんのためですから」



「軌道計算のシミュレートを急げ!」
「備品の一つも見逃すなよ!? 全部移すんだ!」
 船の外周を装甲のようにコンテナが取り付けられている。その一つは子供たちが宿泊しているブロックであり、あるいは巨人を納めている物である。
 取り外されることになったのは、非常時に使用される備品の詰まっていたコンテナだった。七十メートルと中型なのだが、内容物の半分は燃料タンクである。
 それもここに来るまでの間にほぼ消費して空に近い。後は再利用できる物をできる限り回収しておくだけだった。
「さてと……」
 そんな慌ただしさの中で、リョウジはまずミサキに話しかけることにした。彼女が一番見つけやすかったということもあった。
 彼女は目立つので、話を聞けばすぐにわかった。食堂にいるということだった。
「やあ」
「おじさん」
「おじ……」
「あ、ごめんなさい」
 ケラケラと笑う。
「退屈だったもんで、ついね」
「ちょっと傷ついたよ」
「でももうおじさんって歳でしょう?」
 座ったら? 彼女は自分の前の席を勧めた。
 彼女の前にはカレーライスの皿が二つ空になって残っていた。他にジュースが入っていたとおぼしきコップもある。
「どうもねぇ……」
 ほうっと頬に手を当てて吐息を漏らす。
「無制限チケットなんて持ってると、食べ過ぎちゃって」
 反対側の手はおなかをさすっている。
「ありきたりだがいっとくよ……太るぞ?」
「ありがたくいただいておくけど……で?」
「なんだい?」
「用もないのに話しかけてきたの?」
「ナンパしちゃいけないかな?」
「ナンパできるほど話しかけやすい人間だとは思えないんだけど?」
「自分でいうかい?」
「ま……お酒ならつき合ってあげてもいいんだけど」
「お? いけるクチかい?」
「五十度くらいまでなら水と同じ」
「そりゃすごいな……」
 リョウジは本題に入ることにした。
「ま……今日のところは謝っておくよ」
「ん?」
「目当ては君じゃなくてね、カヲル君だよ」
「……そういう趣味なの?」
「遠回りだけどね、本命はもう一つ先さ」
「アスカちゃんね」
 ふうんと目を細める。
「なにか面白いことになってるの?」
「なんでわかる?」
「あたしはあたしの船と繋がってるの。ガギエルっていうんだけどね……この船がなにか騒がしくなってきてるって教えてくれてるのよ」
「なるほどね……ま、とりあえずは君たちには関係のないことだよ」
「でもアスカちゃんに関係あるなら、あたしたちにも関係してくるはずなんだけど?」
「大丈夫、あの子には手伝って欲しいだけだよ」
 リョウジは手短にことのあらましを話した。
「ゲンドウ?」
「そう……地球政府に対して、MAGIの引き渡しを要求してる」
「……そのために、小惑星を」
「ということらしいんだが……どうした?」
「変ね」
「うん?」
「おかしくない?」
「なにが?」
「だって……ゲンドウって確か、何かの研究をやってて、それが非人道的だからって追放された人でしょう?」
「ああ」
「その人が戦争を仕掛けるの?」
「…………」
「なんだか正面突破を狙うのって、合わない気がするんだけど……」
「そうだな」
 考え込む顔になる。
 その真剣な顔つきを見て、ミサキはわずかに顔を赤らめた。
「ふぅん……」
「ん? どうした……」
「そっちの顔の方がかっこいいなと思って」
「そ、そうかい?」
「そのにやけてあごに手を当てるような古くさいポーズやめて」
「…………」
「そういうのやめて、真剣に生きたら? その方がもてるのに」
「そういうのはやめたんだ……疲れたからな」
「ふうん……」
「ま、時間がないんだ。嫌がらせの方はやっとかないと……ただでさえ船長には迷惑かけてるしな、退職金どころか賠償金なんて話になって、首を吊られても後味悪いんだよ」
「そうね……」
 ミサキは皿をまとめて立ち上がった。
「迷惑かけてるし、でもどうして直接アスカちゃんのところに行かなかったの?」
「そりゃあ……」
 言いづらそうにする。
「あの子が居るのは貸し切りのブロックだからな……君ならともかく、『おじさん』みたいなのが呼びにいったら、噂になるだろ?」
「あたしならいいの?」
「君と俺と?」
「そう」
「そりゃあ無理さ、そういう関係には見えないよ」
「どうして?」
「俺が緊張してる……警戒しちゃってるからな、違うなって見られるだろうな」
「そうかもね……」
「ん?」
「ねぇ……どうしてあたしにじゃなくて、カヲルに呼んでもらおうと思ったの?」
「そりゃあ……」
 リョウジは同じ学校の生徒同士なら……と言いかけて、それが理由になっていないことに気がついた。
 それならば彼女にカヲルを呼んでもらうのもまたおかしいのだ。
「アスカちゃんの保護者っぽいから……彼を交えないのはまずいかなと思ったんだ」
「それだけ?」
「…………」
「なにかあたしって苦手だから、違う?」
 リョウジは否定しようとしたのだが、厨房に食器を返そうとする彼女の目を隣から見下ろして、適当な言葉で受け流してしまうのをあきらめた。
「……その通りだな。君はなにかつき合いづらいイメージがあるんだ」
「だよね……」
 はぁっとため息を吐く。
 その流れで皿を乗せたトレーを返却してしまった物だから、カチャンとちょっとした音が鳴ってしまった。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「エンジェルキーパーって、なんだと思う?」
 泣きそうだな──リョウジは年相応の姿を見せる彼女に、たばこが欲しいなと思ってしまった。
「犯罪者の大ボス。それも謎が付く……そんな感じかな? イメージは」
「でもあたしまだ十七なんだけど」
「……カヲル君もそうだな、エンジェルキーパーってのは十七人居るって聞いてる。どれだけ時間が経っても十七人だ。じゃあ襲名してるとか拝命してるってことなのかと思ったんだが、それも違うみたいだな」
「うん……」
 二人は食堂を出て歩き出した。
 ミサキの向かう方向に、リョウジが歩を合わせているという感じであった。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。