「エンジェルキーパーか」
「ん?」
「なんであたしたちの味方してくれたんだろ?」
 コクピットで、機体の最終チェックの途中、マナはそんな風にこぼしていた。
「ほんとはわかってるんだ……シンジ君」
「マナ」
 シンジはマナの手元にある小型のモニタに顔を写し、そっと小さくかぶりを振った。
 今は考えないで、そうお願いしたのだ。
 マナはきゅっと唇をかんだ。彼女も本当はわかっていたのだ。
 ──自分はシンジのパートナーではない。
 それがわかってしまっていた。


「やあ」
 カヲルはやって来た二人に手を挙げた。
 アスカも気が付いた。
「なんだ、手間が省けたね」
「そうだな」
 ミサキの足取りが軽い。はずむようだと思って、カヲルはリョウジとを見比べた。
「ふぅん?」
「なにかな?」
「ミサキ、気を付けた方が好いね」
「なんのこと?」
「君は特殊な香りがするからねぇ……その人に移ってしまっているよ?」
「え? そっかな……」
「げ……リョウジさんって、そういう趣味の人だったんですかぁ?」
 アスカの言いぐさに、リョウジはどういう意味なんだいと引きつった。
「変態のようにいうのはやめてくれないかな……」
「でぇもぉ……」
「で、本当はどうしたんだい?」
「ちょっと泣かされちゃった」
 てへっと目元に指を一本当ててぬぐう仕草をする。
「それはそれは……」
「おいおい、誤解を広めるようなことは」
「でもリョウジさんが初めてだったんですぅ、あんなに優しい言葉かけてくれたのって!」
 きゃっと恥じらう。
「怪しい……」
「そうだねぇ……」
「おいおい!」
 明らかにからかわれているのがわかっていても、慌てるしかないリョウジであった。


 ──簡単な話。
 彼女はリョウジに秘密を明かしたのだ。
「エンジェルキーパーって、名乗るとかそういうものじゃないの……ある日突然、自分はそうなんだって気づいちゃうのよ」
「気づく?」
「そ、頭にね? 線があるの……それは生まれつきみんなにある線なんだけど、普通の人は断線してる。それが突然にパシンッて繋がってスイッチが入るのよ。ああ、あたしはエンジェルキーパーって呼ばれるたぐいの人間で、同種の人間が居て……ってね?」
「信じられない話だな……」
「でも……これが辛くてね」
「ん?」
「わかるかなぁ……それでもあたしはこの家の子で、って必死に思いこもうとしたのよ。突然鏡に映ってる自分は本当の自分じゃないなんて気づいたからって、変えられないでしょ? あたしには友達も家族もいたんだもん」
「そうだな……」
「でも結局化けの皮ははがれた……あたしは演じきれなかった」
「だから逃げ出したのか?」
「逃げ込める場所はここしか……エンジェルキーパーしかなかった」
「ふん……」
「でも、それはまだ始まりだった。調子に乗って勢いづいたり、どんなことにも加減ってものがあったのに、その程度がわからなくなったりして、あたしは普通の人からは感覚的に遠のいていった」
「それが君を苦手に感じる理由か……」
「そういうこと」
 腕、組んでも好い? 訪ねる彼女に、リョウジはああと差し出した。
「ありがと……でね? その感覚ってのは力が強くなると加速するのよ。どんどん狂ってるような……おかしくなってるような、キチガイみたいになってくの」
「そりゃ……しかたないのかもな」
「……そう?」
「ああ……なにも特別なことじゃないさ、(マネー)と同じだな。小銭しか持てなかった頃はジュースを飲むのも迷ったもんさ。ちょっとした小遣いにも感謝して……。ところが札束を握るようになると、他人を見下してばらまいたりして、人が浅ましい姿をさらしてくれるのを喜んだりするようになる」
「…………」
「大切なのは、昔自分はどうだったか、何をどう感じてたか、それを忘れないことだよ」
「あたしはもう忘れかけてる」
「そうかい?」
「うん……だけどカヲルは違う。あの子は特別。だからアスカちゃんを守る役目はカヲルになったの」
「……誰かを特別だなんて考えるもんじゃないさ」
「でも……」
「そういう考え方をする人間は、自分が特別になりたいか、自分を特別な人間だと思ってるか、どっちかの人間なんだよ。大丈夫、まだ君は人間だよ」
「ほんとに?」
「悩むってのは、人間らしいってことさ」
「そっか……」
「そうしてる方がかわいいよ」
「ありがと……」
 きゅっと巻き付けている腕に力を込める。
 そんな少女らしさに、確かにこれじゃあまずいよなぁと思ってしまったリョウジであった。


「……と、そんな話をしに来たんじゃないんだよ」
 リョウジははぐらかすことにした。
 しかしはぐらかした先が本題なのだから、それも妙な話であった。
「え〜〜〜!? またあれに乗れっていうんですかぁ!?」
「すまん! この通りだ!」
「でぇもぉ……」
「なにも戦闘してくれっていうんじゃないんだよ。船外作業をするのにあれだけ便利な物もないからな」
「確かに」
「あんたねぇ……」
「でもそうは思わないかい? エヴァの手先は器用だからねぇ」
 体を揺すってカヲルは笑った。
「まあ、悪い話じゃないんじゃないのかい? あれに乗ると彼のことを感じられるはずだよ? 思い出せることもあるかもしれない」
「う……」
「ずっと彼を感じやすくなってる今なら……」
「わかったわよ!」
 タッと駆け出す。
「どこへ行くんだい?」
「着替えてくるの!」
 イーだっと舌を出したのはミサキにであった。
 恥ずかしい目に遭わされたことを根に持っているらしい。
 ミサキは駆け去るアスカに、おなかを抱えて笑った。
「ほんと、可愛いんだから」
「そうなってくれることが、彼の願いでもあったからね」
 リョウジは彼というのは誰のことなのだろうかと思ったが、口に出して訊ねることはしなかった。
 なにか特別な人物であるらしいと感じたからだ。
「しかし……意外だったな」
 カヲルに言う。
「反対されるかと思ったんだが……」
「なぜです?」
「それは……」
 言いかけて、リョウジは首をひねることになった。
「どうしてだろうな?」
「……あれの管轄はあなたで、アスカちゃんのことはアスカちゃんが決めることですよ。僕はアスカちゃんを地球に連れて行く。与えられた役割はそれだけです」
「でもまぁ、ずいぶんとなつかれちゃって」
「……そう見えるかい?」
「手ぇ出しちゃだめだからね?」
 カヲルはミサキに肩をすくめて見せた。
「ちょっと、妬けてくるね。ほんとうに可愛いんだよ、はしゃぐところなんて『きゃぴきゃぴ』としてて。でも一番惹かれかけたのは、募る想いにはちきれそうになっている姿だったよ。ほんとうに始末に負えないね……」
「ぐらっと来たんだ?」
「切ないというのはこういうことなんだろうね」
 わかるわぁと同意するミサキに、リョウジはなぜだか悪寒を感じた。
「ま、あたしも船に戻っておくわ。なにかあったらサポートするから」
「悪いね、なにもないとは思うんだが」
「いいんですよぉ、リョウジさんのためになるなら
 ウィンクをしてスキップして行ってしまった。
「はは……まいったな」
「……あこがれなんですよ、しばらくはつき合ってあげてください」
「あこがれ?」
「ええ……」
 両手をポケットに入れて胸を反らす。
「彼女は初恋をする前に運命に目覚めてしまいましたからね……本当の意味ではしゃぐということを知らなかったんですよ」
 リョウジは言葉に困ってしまって、まるで関係のないことを口にした。
「君はまるで……年寄りのように話すんだな?」
 曖昧な笑みに、まさかと思う。
 本当に見かけ通りの歳ではないのかもしれない。リョウジは知らず緊張していた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。