『ま、リョウジさんのためですから、お手伝いしようかなぁって』
じゃあっと通信が切れるまでも待たず、ブリッジの空気は冷ややかなものになっていた。
「ふむ……」
こほんと咳払いするコウゾウである。
「君の節操のなさも役に立ったということかな?」
「ご冗談を……」
「この際ほんとうに囲ってみてはどうだね。エンジェルキーパーを落とした男として、それはそれで伝説になるぞ?」
「やめてくださいよ……、もう」
でもねぇと口を挟んだのはカヲルだった。
「思いこみの激しさでは、子供と女の子には勝てないと言いますからねぇ」
「ふむ、その両方のようだからな」
「だからっ、もう勘弁してくださいって!」
とうとう泣きが入ったリョウジに、そうだなとコウゾウは切り上げた。
──光にも質量はある。
ところがこの質量はあまりにも小さいために、エネルギーとして利用するためには、相当な高効率の転換炉が必要になる。
そういったわけで、推進力として期待できる物ではない。
それでも利用方法がないわけではなかった。光は信号として使えるものである。普段光として認識されている質量体に、高密度のデータを保存して送り出す。それもさらなる加速をくわえて。
これが一般的に、超高速通信と呼ばれているものであった。
『ってわけでだ』
彼──霧島大佐は、凛々しく決めようとしている娘に、こうして話をすることができるんだと説明した。
『でも電気代が高すぎてな、そうそう長くは話していられないんだ』
「変なの……だって電気って基地で発電してるんでしょ? どうしてお金かかるの?」
『そりゃ電気を作るにも、発電所を動かすエネルギーが必要だからさ』
どうして作った電気で発電所を動かせないんだろうと悩むマナだが、そもそも基地にあるのは発電所などではなく『炉』である。
だが霧島大佐はあえて説明しなかった。からかっているのだ。
『こちらの状況はアーカイブで送信した』
「受信しました……けどたぶん基地の方にコピー取られてますよ?」
『かまわんさ、報告の手間が省ける』
そういうものなのかなぁとシンジは首をひねった。
「今見てます……けど、大丈夫なんですか?」
『わからん』
「…………」
『トチ狂ってる連中については、なんとか押さえようとしてるんだが……そうなると強引な方法も必要になる。だがそうすれば向こうも乱暴な手段に出てくるからな、今のところは膠着状態だ』
「そうですか……」
『ま、一時は占領されかかったんだ、そのイメージに踊らされてるだけだからな、すぐに収まるよ』
「イメージ?」
『ああ……惑星規模でも、十分な戦闘艦があれば占領できるんだってな? 浅はかな連中だよ』
「…………」
『ま、こっちのことはこっちでやる。だからそっちを頼む』
「はい」
『地球は俺の故郷でもあるからな……なくなってもらっちゃ困るんだよ』
第一と告げる。
『金星はまだまだ開発段階にあるんだ、戦争なんてやれる余力はないんだが……どうしてそこまで頭が回らないんだか』
そんなの簡単じゃないとマナが言った。
「そんなこともわからない馬鹿だから、金星にまで飛ばされたんでしょ」
遠回しに自分の父のことまでけなしたマナだったが、彼女はそれに気が付くことはなかった。
(おじさん……傷ついてたなぁ)
不憫に思い、シンジは成仏してくださいと両手を合わせた。
「なにやってんの?」
「……お祈り」
「ふうん? それって風習?」
「じゃないんだけど……」
人も宇宙にまで広まると、宗教というものは二極化の一途を辿っていった。
すなわち信じる側と、意識を持たない側とに別れたのだ。
「あたしやだなぁ……そういうので夫婦間にトラブルとか起こるのって」
「夫婦って……」
「あ、シンちゃん逃げる気?」
「どうしてそうなるんだよ!」
「ん〜〜〜なんとなく」
「……なんか疲れるんだけど」
「疲れることは後でしよう」
「……そうだね」
シンジは気合いを入れ直し、グリップを握る拳に力を込めた。なぜだかマナが「よっし!」と言ったのはあえて無視する。
機体にはトラックと接続した爆撃機形態を取らせていた。正面には巨大な岩石が浮き、その向こうに無数とも思える光点が飛び交っている。陣形を組もうというのだろう。
「まるで網だね……」
「あんなので止められるの?」
「それなんだけど……」
シンジは手元で行っていたシミュレーションの結果を、頭上のモニターに表示した。
「これを見て」
地球に向かって矢印が伸びる。
「これってゲンドウの船?」
「そう……で、こう来るんだけど」
月と地球の間を通ろうとしている。
「でもこれじゃあ……」
「そう……」
航跡を示す矢印は、そのまま月と地球の引力圏から離脱してしまった。
「どうやっても地球圏にとどまれないんだ」
「じゃあ」
マナは指を差して動かした。
「こういって、そのまま火星とかに逃げるっていうのは?」
「うん……それもあるかもって思うんだけど」
グリップの頭に付いているスティックを親指で操作する。
するとモニタが変化して、別の情報を付け加えた。縮図を変化させたのだ。
「父さんが呼び出した基地がこっちに向かってるから」
「合流する気かな?」
「いや……これは地球に落ちるコースに乗ってる」
「そんな!?」
「まあ地球軍には核とかあるはずだから、軌道をそらすのは簡単だろうけど」
「うん?」
「そうなったら、父さんには帰る場所がなくなるんだよ……隠れる場所、逃げ込む場所がね?」
「他に隠れ家があるのかな……」
「でなければ、絶対に地球を落とせる算段があるのか」
「ああもう!」
ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。
「システム使って調べちゃうとか」
「疲れるんだよ……戦闘中のハイな時なら使用に入れるけどさ、戦闘前に使うのはね」
「不便なんだから……」
「でもそれでいいんだよ」
「ん?」
「未来を先読みして、うまく立ち回って生きたって面白くないよ、きっと」
「そっかな……」
「そうだよ」
「あたしは知りたいことあるんだけどな!」
「僕との未来?」
「わかるぅ?」
「それでお別れしてたら?」
「う……嫌かも」
「でしょ? そういうのがわからないから、希望を持って生きていけるんだって……そういう部分ってあるんだと思うんだ、僕は」
だからあまり知りなくないとシンジは言った。
(そうさ……)
見ても大丈夫だったのは、まだ感情というものを理解していなかった頃だけだった。
(今の僕は……発狂しかねない)
シンジの手は震え始めていた。
戦いが近いことを感じていたのだ。
──戦闘が始まると、何十人と一度に死ぬ。
時には最初の数十秒間に。
そして終結する頃には、千に達することもある。
そんな大きな戦闘は、もう戦闘ではなく、戦争と呼ばれるものに分類される。
しかし今、これから行われようとしているものは、戦争規模の戦闘であった。
そこで一度に人が散る様を見てしまうのだ。そして手が届かない以上は切り捨てるか、見捨てなければならない。
わからなければ、気づかないでいられる。だが見えてしまう以上は、自分の意志で割り切りを行わねばならないのだ。
──僕はそんなに強くない。
だが慰めてくれる誰かは居ない。
シンジは感情を押し隠そうとしていた。少なくとも……。
マナと繋がり、繋がりの中でマナに知られてしまう、その時までは。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。