「きゃああああ!」
マナの悲鳴にも頓着せず、また振り回されるような衝撃にもシンジは耐えた。
船はゲンドウによって沈められたものだった。レーザーによって外装は溶けた状態で固まっている。内部もそうだった。
強力な電磁波を照射するビームは、たとえ壁があったとしても透過するのだ。内部に人の姿ない。ただ、人の形をした跡や、炭が粉末となって漂っていた。
「レイ!」
シンジは押さえ込んだ機体から人が泳ぎ出るのを見て体を起こした。
ベルトに気が付いて慌てて外し、キャノピーを開く。
マナが頭を振って起きあがったのはそれからだった。
「シンジ?」
泳ぎ出て行く彼の背を見ても、彼女はまだ正気を取り戻すには遠かった。
「レイ!」
シンジは狭い通路を漂いながら、腰にある銃を抜いて呼びかけた。
彼女がどこにいるのかはわからない。だがこちらに居るのは感じられる。
「レイ、どこだよ、レイ!」
反響してぼやけた声が返ってきた。
──気安く呼ばないで。
「父さんがなにをやろうとしてるのか知ってるの!? どうして協力なんてするんだよ!」
──わたしには他になにもないもの。
「そんないいわけ!」
──あなたにはわからないわ。
「どうして!」
──お母さんと呼べる人を持っているあなたには。
「うわ!」
ドンと爆発が起こり、炎が正面より流れてきた。
シンジはそれをドアが壊れて開きっぱなしだった部屋に飛び込んでやり過ごした。
「父さんは自分のことしか考えてない! 君のことだって」
そっと覗くと、正面のT字路から銃弾が飛んできた。慌てて首を引っ込め、両手で銃を握って深呼吸する。
「く!」
飛び出して三射。そしてできるだけ勢いを付けて飛ぶ。
通路の終わりである壁に足をついて左右を見るが姿が見えない。シンジは上にも道があるのに気づいてそちらへ上がった。
「利用してるだけだって!」
襲いかかられて飛び下がる。レイが持っているのはナイフだった。銃口を向けるが切り落とされる。
「プログレッシヴナイフ!?」
「死んで」
右腕を伸ばし、切っ先を突きつけるようにする。左手は右の手首に添えている。
その状態でお願いをするレイに、シンジはそれはできないと答え返した。
「僕には父さんを止める理由があるんだ!」
「それはなに」
「ネクストジェネレーション……僕たちは宇宙って空間に適合している人類を作り出すって名目で、遺伝子操作をして作り出された生き物なんだ」
「知ってるわ」
「足が下にあるのは地上で生きるものだからだよ。でもそれじゃあいつまでも上下にこだわってて宇宙じゃ生きていくことなんてできやしないんだ!」
「環境適応能力の話はわかっているわ」
「それがエゴだ、誤りだっていうんだよ! 人はちゃんと宇宙で生きていくためには、宇宙で生きていけるようになっていくものなんだよ! だけど父さんを自由にさせていた人たちは、それでは主導権を得られないからって」
彼らのような世代を作ろうとした。
宇宙に適合した人造人種を、道具として。
「あの人は、お父さんよ」
「そうだよっ、だからこそ僕が行かなくちゃいけないんだ!」
「どうして?」
「僕は放っておいて欲しかったんだ、でも君は来ちゃったじゃないか!」
シンジは足下を蹴って後方に逃げた。手を突きだした状態にあってはそれを追いかけることは難しい。無重力であるからだ。ヘタに動くと体が流れてしまうことになる。
「放っておいて欲しかったんだよ! だけど父さんは追ってきた、僕はあのまま何もなければいいなって思ってたのに!」
死んだ兵士のものらしい銃を見つけてマガジンを抜く。シンジはそれを追ってきたレイに投げつけた。
──ナイフが閃く。
「きゃあ!」
高分子カッターであるプログレッシヴナイフはこれを寸断したが、発生した熱が残っていた火薬に火を付けた。レイは暴発に襲われてスーツに穴を開けられてしまった。
「父さんだからって、僕を作った者だからって、僕を好きにする権利があるからって、僕は、普通に、生きていこうって思い始めてたのに!」
シンジはレイに飛びついて両腕を押さえた。
二人のヘルメットが衝突し、ゴンと堅い音が鳴る。
「わかる!? 僕ももう後には引けないんだよっ、父さんが僕を巻き込んだんだ、これはもう、僕の戦争なんだ!」
レイはぎゅっと唇をかみしめていた。目にはシンジを嫌悪する光が宿っている。
しかしそれも時間の問題に思われた、彼女のスーツの胸元からは、粒となった血が漏れだしてきている。残っている酸素の少ない船内である。早く処置しなければ傷がなくとも死ぬことになる。
「お願いだから、教えてよ」
「…………」
「父さんはなにをする気なんだよ!」
「…………」
「父さんはなにを思って僕たちみたいなのを作ろうって……お願いだから答えてよ!」
レイはここまでかとまぶたを閉じてくっとあごを上げた。
「……離してくれる?」
「レイ……」
「教えてあげるわ……あの人のことを」
シンジはわずかに躊躇したが、彼女を信じることにして拘束を解いた。しかし、それは甘かった。
カッとレイが目を見開く。プログレッシヴナイフがグリップのスイッチに反応して一瞬で白熱する。レイはそれを突き立てようとした。
──ガン!
銃声がとどろいた。
レイの体が泳いだ。シンジはそれを抱き受けながら、彼女の向こうに肩で息をしている少女の姿を見つけてしまった。
「マナ……」
「だって……だって」
マナはいやいやをするようにして首を振っていた。
「だって……シンジを、殺そうとしたから」
マナは泣いていた。
戦闘機による戦いは結果を爆発として知らせてくれるもので、このような残虐な手応えは知らせてくれない。
マナはシンジとの繋がりによって、敏感な感覚を手に入れてしまっていた。レイの体から生気が抜けていく。それが感じられて、自分を見失いそうになってしまっていた。
「くっ」
シンジはヘルメットを脱いだ。多少息苦しかったが、まだ酸素はあった。
レイのヘルメットも取る。
「レイ!」
床に座るようにして彼女を抱く。ヘルメットを外して呼びかける。
「レイ……」
レイは微笑した。なぜだろう? 能面のように見えた。
「レイ?」
唇が動く。
シンジは彼女の唇へと耳を寄せた。
──わたしが死んでも、代わりはいるもの。
シンジは弾けるように顔を離した。ぞっとするような笑みがそこにはあった。
言葉を失ってしまう。そんなシンジに満足したのか、レイの体からは力が抜けた。
「し……死んだの?」
まだ銃を放せないでいる。両手で握ったままがたがたとふるえている。
シンジはぎゅっと唇をかみしめると、彼女の体を横たわらせた。
ぐっと右手を握り込む。
「行こう」
立ちあがる。
「父さんを追うんだ」
ヘルメットを装着し、泳ぎ寄ってマナの手から銃を奪う。
「マナ!」
「ひっ!?」
「お願いだから、しっかりしてよ!」
「でも、でも!」
シンジは彼女のヘルメットの左側を触ってスイッチを押した。バイザーが解放される。
同時に自分のヘルメットも同じようにして無理やり彼女の唇を奪った。
目を白黒とさせるマナが居る。
「あ……あう」
「しっかりしてよ!」
彼女の両肩に手を置く。ヘルメットが邪魔でとてもキスとは言えなかった。唇の先がかする程度に触れただけだったが、効果は十分に現れていた。
白くなっていた顔に赤みが戻っている。
「シンジ?」
「そう……僕は碇シンジ、わかるよね?」
こくこくと頷くマナに言い聞かせる。
「彼女は……彼女じゃない。まだ死んでない」
見てと促す。
「あ!?」
マナはそこにあるものに愕然とした。
スーツが徐々にしぼんでいくのだ。体だけではない、死体の頭も崩れ始めていた。
頭部が液状化していく。抜ける髪までも崩れていく。
「組織崩壊してる」
「な……な」
「彼女は……彼女は、……なんだ」
「え?」
シンジは繰り返しマナに告げた。
「彼女は、僕と同じなんだ」
その言葉に被さるように、ズズッと艦が大きく揺れた。
抱き合う二人が悲鳴を上げる。腐汁を詰まらせているだけの袋となったスーツのそばにあったヘルメットから、さよならという言葉が聞こえたが、彼らの耳には届かなかった。
──そのころ。
艦の外では、逃げだそうとしている零号機にJAが群がっていた。コクピットには死んだはずのレイの姿が確認できた。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。