──ATフィールド、全開!
 アスカの気合いに伴って、艦の前方に位置する初号機が、両腕を広げてATフィールドを展開した。
「衝撃波、来ます!」
 マヤの言葉に被さって、アスカの歯を食いしばる声が通信機に届けられた。
「くぅ!」
 初号機の正面で巨大な八角形の光が瞬いた。
 艦がその光に白くなる。
 初号機の脇にはガギエルが控えていた。こちらもATフィールドを展開している。
「抜けるまで後何秒だ!」
「十五秒です!」
 衝撃波というものは、爆発点より遠ざかるほどに、後に長い帯を作る。
「エヴァンゲリオンの収容体制を整えておけ! ガギエルとの接舷もだ」
「整備班と救急チームに出動を要請します!」
「抜けました!」
 ゴォッと音が聞こえた気がして、穏やかな宇宙が帰ってきた。
 しかし、コウゾウが心配したようには、初号機に疲労の色は窺えなかった。こんなものなのかとあたりまえのように泳いでいる。
 首を巡らし、艦橋がある位置へと目を向けた。
 戻って好いのかと訊ねているのだ。
「とんでもない代物だな……ATフィールドというものは」
「まったくです」
 だからかとリョウジは納得していた。それはカヲルに協力を要請しに行って、断られたことがあったからであった。


「カヲル!」
 アスカはうつぶせにして排出したエントリープラグから、直接床面に居るカヲルの元へと飛び泳いだ。
「お帰り」
 苦笑しながら受け止める。
 慣性の流れを殺しきれずに、アスカの両肘をつかんだままで、くるりと回すようにしてしまっていた。
「僕の出番はなかっただろう?」
「ホント、信じられない!」
 興奮している。
「エヴァンゲリオンって凄いんだ!」
「まあ……ね」
 なぜだかカヲルの顔には、喜びよりも影のようなものが差していた。
「なに?」
「う? うん……」
 僕は心配性でねぇとカヲルは付け加えた。
「君はどのくらい……彼とのことを思い出しているんだい?」
「え?」
「それがちょっとね……心配になった。それだけなんだよ」
 どうしてそんな目をして見るのよ?
 アスカにはその理由がわからなかった。


 ──彼女は忘れてしまっているよ。
 マナはまた声を拾った。
「あの悲しい時を忘れて、はしゃいでいるよ」
「…………」
「彼女はまたエヴァにとりつかれてしまうんだろうか? わからないよ。僕はそれほど人の感情にはさとくないから」
「かわいそう」
「君はそういうのかい?」
「ええ」
「では、そうなのだろうね……」
「そう……だって、彼女はあの人であって、その移し身でしかないもの。魂は心の器にすぎないわ。そして肉体の従属物でもある」
「だから……か」
「そう……あの子はこの世界での歴史を刻んでしまっているから、その恐怖心を前にしては」
「あの穏やかな頃のことなど忘れてしまって、今の気持ちよさに浸ろうとする」
「……かもしれないね」
「……いいのかい?」
「わからない……けど、みんなには迷惑なだけかもしれないけどさ、僕はアスカが幸せになってくれるのなら」
「君はまた眠るのかい?」
 それは責めるような声だった。
「それはただの自己満足よ」
「そうかもしれない……」
「自己犠牲の精神は、あまり過ぎると美しくないよ?」
「でも僕にはなにも上げられるものがないから」
「だから?」
 その少年は寂しげに笑う。
「アスカが幸せになってくれれば、それでいい……」
 なんという嘘つきな少年なのだろうかとマナは思った。
 本当はとても人恋しくて寂しがり屋なのに、と。

 ──だが同時にこうも思うのだ。

 この世界の裏側には、一体何があるのだろうと。


 光の膜を突き抜けて、マナたちは空間跳躍を終了した。
「あ……」
 まだ遠い……しかし、そこには確かに星があった。
 特徴的な……青く光る、水の星。
「地球だ……」
 なんとも言えない感慨を抱く。
 映像では見たことがある。厳密に言えばこれもまたカメラ越しの画像であるというのに、胸にわき上がってくる郷愁はなんであろうか?
「どうしてこんなに……懐かしいんだろう」
 ふるえた言葉に答えたのはシンジであった。
「それはきっと……あれが僕たちの生まれた星だからだよ」
「人類が?」
「みんなきっと、心のどこかでは思ってるんだよ……ああ、あれが故郷(ふるさと)なんだって」
 シンジは感傷を打ち切ると、モニタを操作してなにかを探し始めた。
「ゲンドウ?」
「うん……追い抜いてるわけはないんだけど」
「でも減速を計算に入れると、こっちよりも早く空間跳躍を終了してなきゃならないんじゃない?」
「だけど……」
「虹!」
 唐突にわめいたマナにびくりとしながらも、シンジはマナが指さした場所を拡大していた。


「このぉ!」
 AJとドッキングしているJAが、さらに二機のAJを使って一機の人型兵器を囲い込む。
 しかしその人型兵器は足から小型兵器をはき出して、AJ二機にぶつけて壊した。
 宇宙空間である。止まっているように見えても実際には相当な速度で運動している。そこでの相対速度は、小石であっても特殊装甲を打ち抜けるほどのものとなっている。
 残ったJA本体に肉薄して、その機体──零号機に似たボディの白い機体は、手に持った巨大な剣を振り抜いた。
 柄を中心に上下に大刃が取り付けられている剣だった。それがJAの胴部をなぎ払う。
 二つにちぎられたJAが、火球となって闇に消えた。
 それは零号機、初号機をベースとした量産機であった。コクピットに人の姿はない。乗せられているのは『REI−00』と書かれているカプセルであった。
「ダミーシステム……思っている以上に使えるな」
 ゲンドウは腹の上に手を組み合わせてほくそ笑んでいた。
 大きなスクリーンには十三体の量産機が縦横無尽に飛び交っていた。一機が同時に三機以上のJAをあしらっている。圧倒的だった。
 ネクストが人でなければならない理由は、人の感覚器官の精巧さと多様さにあった。
 その総合的なものが経験の蓄積によって未来の結果を想像させるのだ。だからこそ、同じことを機械に任せようとしても、情報不足で見当違いの判断をさせるだけに終わっていた。
 ──ダミープラグは、それを解決するものだった。
 零号機には偵察機なみのセンサーが搭載されている。これらはダミープラグと有機接合されていた。
 ダミープラグの正体は、レイの素体を用いた有機コンピューターである。これはゲンドウがMAGIから引き出したMAGI式コンピューターの設計理念が基礎母胎となっていた。
「思っていたとおりに核を使用してくれて助かった。おかげで労せずして減速することができたからな」
 貴様と通信機から声が聞こえた。
「太陽風を利用するソーラーパラソルには、このような使い方もあるのだよ」
 ソーラーパラソルは太陽風をつかむためのもので、燃料を節約するときなどによく用いられているものである。
 ゲンドウはそれを使って、核の風を減速材料に利用したのだ。
「貴様はやっていることがわかっているのか!」
「地球に対する反逆だとでも言いたいのだろう?」
「そうだ!」
「滑稽だな」
「なに?」
「世界の真実も知らない愚者に用はない」
「貴様!」
「次は貴様らが破壊の味を知る番だ」
「なに!?」
「わたしが核程度のものを用意できないとでも思っていたか?」
「待て! 待てゲンドウ! 貴様地球に核を……」
「いや」
 にやりと笑う。
「わたしはそこまで悪党ではないよ」
「そ、そうか……」
「しかし地球には一休みしてもらわねばならんから、人口の九割は削減させてもらおう」
「なにをする気だ!」
「Nが余っている。好きなだけ味わえ」
 絶句する通信相手に、ゲンドウは高笑いを上げてみせた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。