「さあ行こう」
グリップを握る手に力を込める。
反応した機体が機首を巡らす。
「勝ったからってなにがあるわけでもないけど」
「でも生活の不安はなくなるんじゃない?」
「そうだね」
苦笑する。
「ただ笑って暮らせるようになるだけでも」
──フッ。
男は世界を冷笑する。
「政治屋にはわかりやすい理由の方がいいだろう……誰もわたしの真意など理解できまい。この世界の真実もな」
それでも人は動こうとする。
「ソーラーレイによる直接破壊か」
「しかし残り六時間で実現可能な、唯一の策でもあります」
「MAGI様々だな」
何万枚というパネルが展開されて、巨大な十字型を形成しつつある。その一枚一枚は戦闘艇よりも大きいものだ。
パネルの裏側には制御用のバーニアが設置されていた。これを制御しているのは地上にあるMAGIである。
「人の手では正確に配置し、照射ポイントが合うよう制御することなどできませんからね」
「もしこの作戦がうまくいったなら……」
「地球はまた一つ巨大な力を手に入れることになりますな」
それも未来があってのことだがと、彼らは星の彼方に目をやった。
遠く何億キロの彼方であるというのに、光のやりとりが確認できる。
もはや止めようがないのだろう……阻止限界点までは近かった。
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Evangelion another dimension future:13
「撃つ!」
「うわぁああああ!」
機体をローリングさせてビームの周囲を回るようにかわす。
敵要塞艦の名称は『レッドノア』であると告げられていた。地球からの情報である。
(なんでそんな情報があるんだよ!)
シンジは政府高官とゲンドウとの繋がりを疑わざるを得なかった。しかしちっぽけな自分が介入できる問題ではない。
それは大人の仕事だった。
(だから、僕は、僕にできることをやる!)
何キロもある船体に肉薄する。その黒い表面には油膜のようなゆらめきが確認できた。フィールドシステムだ。
(この大きさを全部覆ってるのか!?)
それを成すエネルギーが、一体どれほどのエンジンからひねり出されているものなのか?
想像するだに怖くなる。
(もしも核エンジンだって言うなら、こんなものが地球に落ちたら、地球は人の住める星じゃなくなる)
だが本当に?
そんなに簡単なことをするために、こんな要塞を造ったのだろうか?
それだけならばガーゴイルだけでも十分なのだ。あの船なら地球の防衛ラインを単独で突破して、核ミサイルを撃ち込むこともできるはずなのだから。
ならばなぜ?
シンジは考えるゆとりをなくしてしまった。
「対空砲火がゆるくなった?」
「シンジ、来る!」
要塞の表面装甲が鱗状に展開された。
その裏面にあるのは人型兵器であった。零号機に似ていながら、さらにスリム化された白の機体群。
「あれもジェネシス!?」
シンジの驚きに合わさって、機体の首裏に接続されていた端子が抜かれた。同時に機体の目に光が宿る。
「来る!」
シンジの後を追って来ていたJA部隊が、放出された第一陣の放ったビームに華と散った。
多くの発光の中を初号機が飛ぶ。
「量産機? 量産型ってことなのか」
浮かんでいるだけだった機体が三機編隊を組んで飛び回り始めた。その動きはレイが使った反射兵器に告示している。
マナは素早くセンサーでスキャンし、無人であることを確認した。
「なのに……あんな動きができるなんて」
「行くよ!」
初号機を高機動モードへと移行させる。
それは下半身はブースターモードのままに、上半身だけを人型化させる形態だった。
「回避は僕が、マナは攻撃をお願い!」
「まかせて!」
シンジの意図を見抜いて回避先にあったJAの残骸から銃をもらう。
初号機のマニュピレーターには多少大型であったが、それでも握れないほどではない。
マナは目標がターゲットスコープの中心に入るようレバーを操作した。
「目標をセンターに入れてスイッチ! 避けられた!?」
「でもネクストじゃない! ただの回避運動だ」
シンジはあっさりとその背後に機体を回り込ませた。
左手のガトリングガンでウィングを破壊する。
「フィールドシステムも持ってない!」
「でも数が多すぎるよ!」
マナは悲鳴を上げて、でたらめに撃った。十発撃って二発当たった程度だったが、めくら撃ちでも撃墜できるというところに、相手の性能のほどが見えていた。
「こんなおもちゃで」
爆発が起こった。
「え?」
JAが四機、囲み込まれて集中砲火を浴びていた。
「どういう……こと?」
「シンジ! 何機か動きの違うのがいるよ!」
「ええ!?」
量産機は三機で一編隊を組んでいた。
それらが三つ集まって部隊を作り上げている。この部隊単位で見ると、一機だけ余っている機体があった。
一つのグループには、十機あるのだ。
「ネクスト……だめだ、ネクストを起動すると機動性が落ちる」
機体の一面には巨大な要塞艦の姿があるのだ。
小型機での戦闘に移っているために、戦艦からの砲撃は消えている。
黒々とした物体が流れていく様は圧巻である。
(手を伸ばせば届きそうなのに)
どうにも止めようがない。
触れようとすれば速度差によってはじき飛ばされるだけだろう。
(どうすればいいんだよ!)
システムを起動しなくともシンジ自身の『勘』がある。
「マナ! コントロールチェンジ!」
「はい!」
変わって回避運動に入る。フィールドシステムがあるのだから、マナの操桿でも問題はない。
だが当てられなければ意味がないのだ。
(上、上、下、そこ)
「直撃させる!」
コンピューター制御の機体にライフルの直撃弾を見舞う。爆発──発生した衝撃波が編隊の列を乱した。
「お願いします!」
まるで任せろとでも言うように、JAの一団が飛び込んできた。
両手に持っているショートライフルを乱射しつつ、さらには胸の装甲を開いてマイクロミサイルを発射する。
片胸には五つの射出口があり合計十発のマイクロミサイルが撃ち出された。白く雲を引いて巣のような形状を編み上げながら量産機を追い込み、爆発させる。
あるいはAJを特攻させ、自爆させた。
「ダメだよシンジ! こんな勝ち拾ったって、数は減ってないし、あれは止まらないし!」
「わかってるよ!」
わかってるけど……シンジは戦域から少し離れた場所で初号機を制止させた。
ぷかりと浮かんだ状態で、ゆっくりと回転しながら離れていくレッドノアを眺める。
その周囲ではいくつもの華が咲いては散っていく。
「地球の準備は進んでるみたいだけど……」
「それで止められなかったら終わるんだ」
できればその前に止めたいと欲をかく。
シンジはごくりと生唾を飲んだ。
「……シンジ」
はっとする。
「マナ?」
「やりたいこと……わかるよ」
「でも……だめだっ、やっぱり無茶だよ!」
パシュンと音がして、キャノピーが開かれた。
「マナ!?」
マナはシンジのシートの背もたれを基点にして、くるりと踊り、彼の膝の上に落ちようとした。
しかし勢いを殺しきれずに、外へと流れ出てしまう。その体を戻したのは、シンジが閉めたキャノピーの裏側だった。
「なんて無茶するんだよ!」
シンジはマナの体を抱きしめて、ヘルメットをごんっとぶつけた。
「マナのバカ!」
「ごめん」
てへへと舌を出している。
「でも初めてだよね……そんな風に叱ってくれたの」
「怒られてなに喜んでるんだよ」
「でもうれしいな」
「マナ?」
「それってあたしのこと、大事に思うようになってくれたってことだよね?」
「そうだけどさ……」
「でもそれじゃああたし、重荷なんだって思うしかないんだよ?」
「……マナ」
マナはヘルメットを脱いだ。そしてシンジのヘルメットも取り払う。
先ほどキャノピーを開いたばかりだ。だからまだ酸素は十分にこもっていない。
まるでそれを補うように、マナはシンジへと口を押しつけた。彼から酸素を吸い上げようとするかのように。
「な!?」
シンジはマナを押し離した。その顔は真っ赤になってしまっていた。
「なにするんだよ!?」
怒ったシンジだったが、マナの寂しげな表情に言葉を失ってしまう。
「……お別れのキス」
「お別れって!」
「さよならのキスでもいいけど」
「マナ!?」
「そうならないようにしてねってこと!」
シンジの頭に、強引に自分が被っていたヘルメットをかぶせる。
そのバイザーを開いて、マナはシンジの顔をのぞき込んだ。
「もしあたしが死んだら、これが最後のキスになるんだから」
「マナ……」
「そういう悲しいことにはならないようにって……後悔なんかしないようにって、全力でやって」
シンジはマナの瞳に決意というものを見つけて、わかったよと頷いた。
「僕だって、ちょっとだけ……」
「なに?」
「金星じゃ避けてたけど、今はマナとそういうコトしたいなって気持ちになってるんだよ!」
恥ずかしいのか怒鳴りつけて、シンジはマナにヘルメットを押しつけた。
「戻って! ネクストを起動するから!」
「うん!」
うれしそうにシンジのヘルメットを被って首周りのファスナーを閉める。
シンジもファスナーを閉めてから、キャノピーを開いてマナが戻るのを手伝った。彼女の腰を両腕で押す。
シンジはパイロットスーツ越しだというのに、その腰の量感に興奮してしまっていた。
(いつまでも僕みたいなのにつき合う人は不幸だなんて言ってたら、きっと傷つけちゃうだけなんだよな)
ここまでして戦えと言ってくれている。尻をけっ飛ばしてくれている。だから。
(答えなきゃな)
シンジはすぅっと……大きく息を吸い込んだ。
「マナの匂いがする」
バカ……と通信機越しに小さく聞こえた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。