「え────!? あたしに地球へ向かえですってぇ!?」
 しーっと指を立てるリョウジである。
 この先には初号機の格納庫があるだけだが、それでも誰が通りがかるかはわからないのだ。
「頼む!」
 パンと手をあわせて拝むリョウジに、アスカは慌てた。
「だって……これ、修学旅行で……」
「だが君が行ってくれなければ、戦争が起こって、君は一生火星から動けなくなるかもしれないんだぞ?」
 そんなぁとアスカは落ち込んだ。
 彼女の本当の目的地は地球である。確かに一足先にと考えればそれだけのことなのだが……。
「アスカちゃん」
 横からカヲルが話しかけた。
「君はなにか考え違いをしているね」
「え?」
「君はどうしたいんだい」
「どうって……」
 目を細くし、カヲルはきつく問いかけた。
「選ぶんだ……このまま皆とともに平凡に生きるのか? 彼と会うことを選ぶのか」
「なによ……それ」
「彼と会うということは、二度とこの平凡な日常へは戻れなくなると言うことだよ。友達や、仲間と楽しく暮らすことはできなくなる。彼と会って、彼とともに、ここに帰ってこれるとでも思っていたのかい? 友達に紹介して、共に生きていくのだと思っていたのかい? それは儚い夢というものだよ」
「おいおい、カヲル君……」
 ふぅとカヲルは息を吐いた。
「君には失望した」
 アスカの体がビクンと震える。
「彼を見るのことのできる君は……と思ったんだけどね。どうやら僕の間違いであったようだよ」
「何の話だ?」
「こちらの話ですよ。だけど、それは地球の老人方や、あなたが請け負った仕事、あるいは現在起こっている事件、そのすべてに絡んでくる一人の少年の話ではあります」
「……エンジェルキーパーか?」
「彼は天上の人ですよ」
「なに?」
「この広い世界の中で、たった一人の孤独な君。そう……本来ヘヴンズキーパーは、彼の願うこの平和な世界を調停するために存在し、僕たちは彼の大切な人たちを守るために生まれ落ちた者」
「……キール議長ですらか?」
 はっはとカヲルは笑って見せた。
「あの人はただの人、そう、人間ですよ。ほんの少しばかり事情を知っているだけに過ぎません」
「そうか……」
「さあ、行きましょう……エヴァは僕が」
「動かせるのかい?」
「彼が認めている、友達であれば」
「友達?」
「そう……彼が幸せになって欲しいと願った人の中でも、特別に大切だと思っている相手であれば」
 アスカの体が震えている。
「彼は、そのために死を選んだのですからね」
 アスカはその場から逃げ出した。


 ガギエルの中にミサキが居る。
 とても狭いコクピットだが、パネルやスイッチの類はない。
 ただ、左右の手の置き場所に、ボールが二つあるだけだ。
「ガギエル……か」
 膝を抱えて座っている。
 膝頭に顔を隠し、泣いている。
「所詮……道具か」
 いつか人であったことを忘れ、人とは思えぬ暴虐の限りを尽くすようになる。
 それは間違ったことではないのだとあの人──キールは言っていた。
「いいか? お前たちは使徒と呼ばれる生き物になる」
「使徒?」
 まだ幼い頃……自分の頭三つ分ほどの体しか持っていなかった、幼い頃。
 緑の芝生の庭に、老人がチェアに腰掛けていた。自分の頭を撫でてくれたのは、しわがれた手だった。
「そうだ……人はかつて使徒と呼ばれた生き物だった。お前たちは先祖返りを起こしている」
「センゾ?」
「人が忘れてしまったものを、また取り戻しているのだよ」
「それってチョーノーリョク!?」
「ああ……そうだな」
 にぱっと笑った女の子に、老人もまたやさしく微笑んだ。
「あたしは……知らなかったのよ」
 一人、うめく。
「なんのための……力かなんて!」
 だんっと壁を叩く。
「碇シンジ? 惣流・アスカ・ラングレー? そんなの知らない! あたしは……」
「でも、代償は必要なんじゃないかな?」
「カヲル……」
 声だけが聞こえる。
「盗み聞きなんてしないで!」
「悪いね。彼女は使えなくなった」
「……なんですって?」
「彼女は、だめだ。この世界への執着心が強すぎる」
「そんな……」
「決して、彼を選びきれる人間じゃない。たとえ選んだところで、この世界のことを懐かしがる……。彼は、きっと、そんな彼女のために、またくり返すよ」
「そんなの嫌よ!」
「悪いね。できれば君がまだ人である内に終わればいいとは思っていたよ……でももうだめだ。次の機会には、君はもう人ではないだろうね」
「うう……ああ……」
「人の定めか……シンジ君。君の勝手さが、この悲しみを生んでいるんだよ?」
「…………」
 恨めしい。ミサキは強く少年を呪った。
 人のままでありたかった。人であるためにはすべての歯車を止めるしかない。
 そう、碇シンジという少年を、伝説から現実のものに変えるしかない。
 そのためには、彼が、もっとも抱き合いたい人を……だが。
「くっ!」
 もうだめなら、いっそ!
 ミサキの思考が、触れたボールからガギエルへと流れる。
 強い感情が、攻撃指令となって力を集める。
 ──だめだ。
 ミサキはビクンとふるえた。
「あ……」
 自分の手に、誰かの手が重なっている。
 少年の……手。
(だめだよ)
 透けている。少年の声が、耳をくすぐる。
(君は、そんなことをしちゃ、いけない)
「でも憎いのよ!」
(そんなことをするために……僕は力をあげたんじゃない)
「なにを!」
(思い出して……君が、本当に欲しかったものを)
「お父さん……」
 か細い声がコクピットに消える。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。