「ナオコ」
「キョウコ……」
薄暗い実験室の中。
二人の女性が顔を合わせる。
「ゲンドウさんが探していたわ」
「そう……。どうせ、この子の生育のことでしょうけど」
二人が見上げるのは金色の液体が詰まっているシリンダーである。
その中には幼い子供が身を丸くして漂っていた。
「シンジ君か……」
「ええ」
「不憫な子ね」
「可愛そうだと思う?」
「わたしにもあの子がいるもの」
「セカンドね……」
そろって考えていることは同じだった。
「この子……」
キョウコの手がシリンダーの表面を撫でる。
「人の感情を組み込んだって、本当なの?」
「ええ……それがあの人の望みですもの」
「ネクスト……人の直感力というものは、危機的意識や生存本能に根ざした感情の度合いによって的確さを変動させる……。人らしい感性が、人らしい思いこみが、より明るい未来を求めて勘というものを発動させる……。でも」
「それ故にもろいわ」
「でも愛を知ることができるなら」
「キョウコ?」
「わたしの子は……愛を知ることはないもの」
「セカンドは……そうなの?」
「あの子には、アスカの遺伝子を加えてあるわ。その特徴は容姿の点に現れてきてる」
「アスカちゃんか……」
「ナチュラルに発生したネクスト……。そう口にするには鈍いけれど、片鱗は見せ始めているわ……。あの子は時々何かに守られているかのように危機を読みとり、察知するもの」
「シンジ君……」
「あの子が口走る名前。そしてあなたがこの子に名前を付けることになったときに選んだもの」
「シンジ君が言ってる……か」
「偶然だと思う? MAGIの中に納められていたジーンマップ。その所有者、『イカリシンジ』」
「……偶然よ」
「でもわたしにはなんらかの作為的なものを感じるわ」
「だとしたら……」
ナオコは行きましょうと促した。
「わたしは、この子に恨まれるのでしょうね……」
「みんなで地獄に堕ちればいいのよ」
そして実験室は無音に満たされ……。
少年はその十ヶ月後にまぶたを開いた。
●
「ゲンドウ────!」
初号機の突撃に反応したのは量産機だった。
「なに!?」
慌てるマナ。
ガーゴイルとの間に割り込んできた白い巨人とぶつかってしまう。
──ガン!
互いの光がせめぎ合う。
「ATフィールド!?」
巨人だった。大型に部類される第二形態のジェネシス初号機よりもさらに大きい。
「え? ATフィールドが消える? 中和される!?」
慌てて機体を引き起こすが遅かった。
背後にも巨人機が回り込んでいた。腕を伸ばす量産機。その手が初号機の肩をつかんで拘束する。
「この!」
肘関節を逆方向に曲げて仕込み銃を使用する。毎秒2千発を誇るガトリングガンの掃射に量産機も腹を折った。
拘束する手がゆるんだところで、上方に飛ぶ。
「なんなの!?」
先ほどから動きが読めない。
まるで先がわからないのだ。
この巨人たちの動向が察知できない。
「どういう! 邪魔!」
ヒートナイフを腰から引き抜き、脇に飛び出てきた巨人に斬りつける。
腕を押さえて巨人機は飛びすさった。羽をバサバサと動かして下がって行く。
マナはその動きに鳥肌を立てた。
なによりも漂う血に唖然とした。
「生き物なの!?」
しかしマナは気がついていない。
宇宙空間である。ならば血液は瞬間的に沸騰するか凍結するかするはずなのだ。
なのに赤いままで漂っている。
「こんなのって!」
狼狽、そして動揺。
それがシンクロを切断させた。
「あ!」
とたんに意識レベルが低下する。
気を失う寸前で、彼女は何とか踏みとどまった。
(くそっ!)
シンジは心中で毒づき、コントロールを取り返した。
そして変形を第一段階に戻し、抑える。
(ゲンドウの兵器じゃない。ゲンドウを押さえるつもりの誰かのものだろうけど……人工知能による無人機なのか? こっちを味方だと認識してない!)
ならば第三者の介入が行われているのかもしれない。
シンジは執拗に手を伸ばしてくる量産機にナイフを振るった。
手のひらを傷つけられては離れる量産機。しかし再度舞い戻ってくる頃にはその傷は消えている。
「なんなんだよ!」
その様子を、青い髪の少女は見ていた。
九本もの槍に串刺しにされている巨人。
なのにまるで意に介した様子がない。
首を巡らし、その一つ目で、逃げ惑っているものを見ている。
口元に笑みが浮かんだ。
「碇君の匂いがする……」
そしてもう一人、その様子を見ているものがいた。
レイだ。
醒めた目をして、行く末を見定めようとしている。
「ゲンドウが、勝つわ」
「…………」
「もう、間に合わないもの」
くすくすと赤い髪の少女は笑った。
「だめ……。自分でも信じていないことを口にしたって、通じない」
だってと彼女は顔を上げた。
「わたしも、あなたと同じ……、仕組まれし子供。ネクストだもの」
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。