まっすぐな通路をとにかく走る。
 息が切れるほど、胸が苦しくなるほど必死に走る。
 酸欠を起こしてなにも考えられなくなっていく。しかし、それこそが今の彼女にとって、一番居心地の好い状態だった。
 ──しかし。
 すぼまる視界に誰かが居たのはわかっていたが、それが誰かまでは理解していなかった。
 腕を掴まれて、アスカはその場に引き留められた。
 反射的に振り向いて、誰に止められたのかを知り、泣きそうになる。
「あ……」
 きつく腕を掴んだのは……。
「トウジ……」
 一瞬、時間が静止した。


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Evangelion another dimension future:17
「まるで生き物……」



「ATフィールドがなくったって!」
 初号機を第一次形態にまで退行させる。
「こっちには機動力ってものがあるんだ!」
 白い巨人機の脇を抜けるようにして背後に回り、そこにマシンガンの弾を撃ち込む。
 砕けた弾丸が煙を作る。振り返るエヴァンゲリオン量産機、どこかに目があるのだろうか? ふさがれた視界にとまどうような仕草を見せた。
「そこだ!」
 さらに背後に回り込んで、シンジはナイフを突き立てた。
 ──!
 初めてダメージらしきものを与えられた。
 首の後ろに突き立っているナイフが、派手な火花を散らしている。
 悲鳴を上げているのかもしれない。大口を開いてもだえ、量産機はなんとかしてそのナイフを抜こうと腕を回していた。
 だが、届かない。
「そこなのか!」
 足のバーニアを全開でふかし、強力な制動をかけて目標を定める。
 ──スロットルを全開に。
 体当たりをかけて、ナイフの柄をマニピュレーターで内部に押し込む。その瞬間、シンジはそこに、円筒形のものが差し込まれてあったのを確認した。
(これが自動制御システムの中枢!)
 ナイフを引き抜き、変わって左腕を突き込む。
 ゼロ距離からのマシンガンの連射。ATフィールドは関係なかった。
 弾ける火花。内部から火が吹き出し、やがて変形した背部装甲が爆圧にはじけ飛んだ。
 ──鮮血が噴いた。
 それを浴び、初号機は赤黒く染まった。
「カメラが!」
 敵機を蹴って距離を開ける。
「この! メインカメラ停止。サブカメラに切り替え──連結。フォローできるのは六十パーセント!? 狭いよ!」
 サブカメラを複数組み合わせることによって、メインカメラ並みの視界を確保する。
 しかしメインカメラと違い、精度の点での問題が激しい。
 複数の角度からの合成となるだけに、まずは誤差が大きくなる。そしてそれ以上に、距離感が大きくずれることになる。
 地上のように比較対象物がない宇宙空間では、敵機との距離が計りづらい。
 正確な距離を測るためには、敵機のデータと、精度の高いカメラがどうしても必要となる。
 全長と比率、この二つから割り出すのだ。
 JAのようなレーザーやビームが主体の兵器であれば、さほど大きな問題になることはない。
 エネルギー兵器にとって、減殺の少ない宇宙空間では、距離は問題にならないからだ。もちろん、予測射撃のためには必要となるが……。
 しかし対して、シンジの乗るジェネシス初号機は違っていた。ミサイルに、バルカン……ナイフ。
 ジェネシスは、あまりにも近接戦闘兵器へと特化されすぎていた。
「どこだ!」
 手と足のバーニアを使って方角を定める。
 ゲンドウの船が見えた。しかし距離がわからない。
 とにかく飛ぶしかないのだが、いつまで経っても近づかない……ということにもなりかねないのだ。
 すぐそこにいると見えて、本当は追いつけないほど遠く離れてしまっているのかもしれない。
(それでも行くしかないんだから!)
 シンジは初号機を、ブースターモードへと変形させた。


 ──離してよ!
 いつものアスカならそう叫んでいたかもしれない。
 だが今のアスカには、それはできないことだった。
 腕を掴んで引き留められた状態のまま、彼女はトウジの顔を驚いたように見つめていた。
 ──ギリ。
 歯ぎしりの音。
「なんちゅう顔しとるんや……」
 トウジはなんでやとわめいた。
「どこに行くんや!」
「…………」
「あいつのとこか!」
 アスカはびくりと身をすくめた。
「やめとけ……。そんなんお前らしゅうないで」
 優しく、そして悲しい目をしてトウジは見つめていた。
「お前は、お前らしゅうしてたらええやないか……。誰かに振り回されたりせぇへん。自分で決めて、自分の好きなようにする。なんでお前らしゅうできんのや」
 アスカの中で、様々な感情が爆発していた。
 あたしらしいってなに?
 あたしが泣いちゃいけないっていうの?
 あたしだってわけわかんないわよ!
 なんで責められなくちゃいけないのよ!
 泣かなくちゃいけないのよ!
 自分勝手にしたくってもできないのよ!
 ──アスカ。
 すべてを託すような笑顔が、青空を背に……。
(あいつ……)
 ──幸せも、喜びも。君が感じてくれたなら。
「アスカ?」
(僕はいらない、なんて、そんなの!)
「そんなのってない!」
「アスカ?」
 アスカは泣きそうになりながら訴えた。
「あいつ……笑ってた」
「……なんや」
「笑ってたのよ、あいつはぁ!」
 離してと、彼女は彼の腕を振り払った。
「あたしのためにって」
「あいつか……」
「あたしさえ幸せなら、いいって」
「そんなん、勝手な言いぐさやろ!」
「でもあたしはうれしかったのよ!」
「あいつが勝手に言うとるだけやろ! なんでお前が」
「あたしは悲しかったのよ!」
(なんや!?)
 トウジは何かが彼女に重なるのを見てたじろいでしまった。
 アスカの髪はこんなにも赤かっただろうか? 彼女はこんなにも背筋を伸ばして立つ子だっただろうか?
 自分が知っているアスカは、甘えるように、上目遣いをする子だったはずだった。それも、妹のような感じがぬぐえない、そんな子だった……はずなのに。
(誰や……こいつは)
 胸を張り、冷めた目をして自分を見る。この女は誰だろうか?
「じゃ、ね」
 彼女は短いお別れを告げると、颯爽として歩き出した。
(シンジ……)
 渦巻いていたものが、消えていく。
 それよりもさらに大事なものが、渦の中心から見え始める。
(あんたの自己満足には、飽きが来るのよ)
 ──だから叱ってやらなくちゃ。
 トウジ、ケンスケ、ヒカリ、そして多くの知り合いたち。
 彼らはこれからも生きていく……平凡に、幸せに。
 彼らと生きたい……と願うことは、単純に自分のわがままに過ぎない。アスカはそのことに気が付いてしまった。
 気が付いてしまったから……彼女は目覚めてしまっていた。
(あたしと……『あんた』で暮らした時間。あたしはそこで満たされた。それ以上を望んだのは、ただのあたしのわがまま、だから)
 欲を消せば、シンジなのだと。
 アスカはエヴァの待つ格納庫へと歩き向かった。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。