「三機!」
 螺旋の渦を描きながら、エヴァ量産機が向かってくる。
 シンジはその中心へと機体を突貫させた。
「ATフィールドは!」
 一番先頭の機体へと機首を向ける。
「フィールドシステムよりも、安定してない!」
 バチッと頭の中で音が鳴った。
 耳の奥で鳴るよりも、遙かによく聞こえる音だった。
 それはまた一本、神経の焼き切れた音だった。
 量産機の内部より発生している、不可思議なものが、頭の中に流れ込む。
 それは人よりも原始的な……獣が発するもの、本能的な野生だった。
 機械が感情を持っている。だがナオコ、リツコという二人の科学者との交流が、それもまたあり得ることなのだと受け止めさせていた。
 だから、疑いはしなかった。
(感情が激発する一瞬、物理的な攻撃が利かなくなる。逆に!)
 量産機の振りかぶる剣をかわして次へと抜ける。
 そこで急速反転をかけて見れば、仲間がフォローしてくれるとでも思っていたのだろう。油断している背中があった。
「そこだ!」
 ロックオン、そしてガトリングガンを一斉射。
 そしてスモーク弾。
 反転をかけて、離脱する。煙から抜け出してきた量産機の剣が、止まりきれずにいた仲間の体を袈裟切りにした。
「回復する時間はぁ!」
 三機目のことはあえて無視して、人型に変形し、左拳で誤認攻撃をしてうろたえている量産機の後部ユニットを殴りつけた。
 ──ガッ!
 一瞬、びくりと痙攣する量産機。
 その隙に、大破寸前にあるもう一機にもとどめを刺す。
 頭上からのバルカン。それだけで、ユニットを破壊された量産機は停止した。
 まるで石のように体を硬くして、動かなくなる。
「あと……うっ!?」
 シンジはヘルメット越しに口元を押さえてしまった。
(なんだこれ!? 頭の中に入ってくる……)
 ──アナタ、ダレ?
 シンジはその声の主を捜して、ゲンドウの船の上に立つ、青い巨人へとたどり着いた。
 ──巨人に赤い瞳が被さって見える。
「綾波……レイ?」
 次の瞬間、シンジは物理的な衝撃を受けた。
 それは零号機から発せられた、あまりにも強すぎるATフィールドの波動であった。


「どきなさい」
 エントリープラグから出たカヲルは、いきなり下方からそう告げられて困惑していた。
「それに乗って良いのは、あたしだけよ」
「逃げ出した君が、今更それを言うのかい?」
 カヲルは誤ってしまっていた。
「ふん……。シンジを傷つけ、絶望の淵にたたき込んだ奴が、よく言うじゃない?」
「……君は!?」
 アスカは少女の域を脱している笑みを浮かべた。
 いやらしく、人を見下す、そんな笑みを。
「重ねて言ってあげるわ……。あんたが今そこにそうしていられるのは、シンジが甘い、それだけのことよ。それを好意の表れだなんて思いこんで、勝手に親友面して、シンジのためになにやろうっての? バッカじゃないの?」
 カヲルの顔に苦渋の色が表れる。
「……その通りかもしれないね」
 ふんとあざ笑う。
「あんたも、シンジも、馬鹿よね。未来だの、希望だの、夢だの、要は笑ってられればそれで良いのよ」
 床を蹴って宙を泳ぐ。その速度はなぜだかカヲルのそばで弱まった。
 まるで引かれるようにエントリープラグの縁へと降下する。
「君は一体……」
「どきなさい……あたしは、あんたなんて嫌いなのよ」
 トンと彼の胸を押して、格納庫の出入り口へと遠ざける。
 アスカは彼がどうするのかを見届けないまま、エントリープラグへと乗り込んだ。
 ──プラグが格納され、固定される。
「シンクロ開始……」
 アスカの言葉と共に、LCLが注水され、システムが手順通りにクリアしていく。
 ここなら誰にも見られないからか、アスカの表情が、変わっていた。
 カヲルに向けたような険のあるものではなく、少し自嘲めいたものへと落ち着いている。
 プラグの壁面モニタに、困惑しているカヲルが居た。
 初号機を見て、行動を決めかねているようだった。アスカの思念に、その顔がアップになる。
(ごめんね……)
 素直に謝る。
(でも『あたし』の中でのあんたってポイントが高すぎるのよ……。でもその分だけ、じゃあなんでって気持ちが高まる。あたしは知ってるからね……。シンジがどれだけ苦しんでたか。あんたのこと話しながら、泣いたのよ、あいつは)
 ──僕はっ、臆病で、弱虫で!
(わからない。自分の気持ちが、感情が把握できない。だから手に力を込めてしまった。潰してしまった。終わりにしてしまった。だけどそのせいで、あいつは一生答えを得られなくなってしまった。開き直ることもできずに、どれだけ悩んで、苦しんだか……それを知ってるあたしが、さも理解者のように振る舞ってるあんたを、許せるはず、ないじゃない)
 心がざわめく。
 それをうるさいとしかりつける。
 今のアスカは、あのアスカだった。
 誰もいなくなった世界で、シンジと二人きりで過ごしていた、あのアスカだった。
 だから、この感情は、邪魔なのだ。
 ──カヲルに好意を抱くような、側面などは。
「さあ行きましょうか、弐号機!」
 外で見ていていたカヲルは、なんだと大声を発してしまった。
「これは!?」
 素体の肉付きが変化して、多少の女性らしさを身につけた。
 さらに装甲に揺らぎが生じて、その形状が変化していく。
 二つであった目が四つへと。角が無くなり、兜が変わる。
「エヴァンゲリオン弐号機!? まさか!」
 装甲が紅に染まっていく。
「素体の影響か……装甲までも浸食して、エヴァンゲリオンという個体形状に取り込んでいた? それが呼び寄せられた弐号機の意志、魂に呼応して、変質しようとしているのか」
 ──アスカは瞑目していた。
「……エヴァの素体は所詮は使徒と同じもの、ただの構成物質に過ぎない。その形状や存在を決めているのはあくまで魂。シンジのママは……ここにはいない)
 ──だって。
(本物は、外だから)
 よくわからないことをアスカは考える。
「ブリッジ? こちらエヴァンゲリオン・アスカ、発進します!」


 幻を見ているように、レイは彼と彼女を同時に見ていた。
「あれは誰? あなた?」
「いいえ。わたしのオリジナル」
 続いてレイは、彼と対峙している者を見た。
「あれはわたし?」
「あなたのオリジナルに近いもの」
 じゃあ……とレイは問いかける。
「どうしてわたしはここにいるの?」
 にやにやとして彼女は答える。
「使い捨てのできるものも、必要だから……。だからあなたは生み出されたの」
「そう……」
「彼にとって、あの女は偶像と同じ。自らの崇める神。その神の移し身としてかつて存在していた者、ファーストチルドレン。それを復活させたのは、愛でるものが欲しかったからよ」
「……哀れね」
「そうね。でもあなたはどう? これまで、あなたこそが歪んだ愛情を向けられているものだとして、喜んでいたんじゃなかったの?」
「…………」
「だから、死んで欲しかった。ゲンドウに、あの男に」
 だったら……と向かい合う。
「どうだというの?」
 待っていましたと、彼女は喜びいさんで、口にした。
「あの男を殺して」
「…………」
「あの男は、神の御許へと旅立つつもりよ。でもそんなことさせない」
 狂気をすべてあらわにする。
「自らが望んだものを、目にすることなく、哀れに、この世で朽ち果てる。願い叶わず、無念の中で……」
「憎いのね」
「そうよ! あいつは……ママの敵だから」


「A……T……フィールドって、一体!」
 機体がきしみを上げている。
 まるで空間が固体化したようになってしまって、まるで身動きが取れなくなっている。どれだけエンジンを噴かそうと、零号機を基準にした一定位置から、まったく動けなくなってしまっていた。
(ただのバリアじゃないって言うのか!?)
「うう……ん」
 かすかに、ノイズのような声が聞こえた。
「マナ!?」
「……シンジ? え? どうなってるの!?」
 起きた途端に、パニックに陥る。
「敵は!? ゲンドウは!?」
 そのゲンドウから通信が入る。
「やはり来たか、シンジ」
「父さん!」
「ふ……。憎しみが足りないな」
「なんだよ!? どういうことだよ!」
「憎いのなら、父などとは呼べぬはずだ」
「別に憎いわけじゃない!」
「ほぉ? ではなぜ追ってきた。復讐のためではないのか?」
「ナオコさんはそんなこと望んでない!」
「偽善だな」
「なんだって!?」
「憎しみがある。だがそれを素直に口にしては自分が悪人に落ちてしまう。だからこそ別の理由を立て、他人の望みであるとすり替えている……。それではわたしは止められんな」
「止めてみせるさ!」
「わたしがなにをしようとしているのか、わかって言っているのか?」
「それは……」
「勢いだけでは……なんだ?」
 零号機による金縛りが働いていたとしても、宇宙に静止していたわけではない。
 レッドノアごと、地球の引力に引かれて漂っている状態にあったのだが、ゲンドウは、モニタの一角から来る眩しい光に顔をしかめた。
「太陽……ではない、まさか!」
「その通りだ」
 ──地球方面軍主力艦隊。
 すでに瓦解寸前である……が、艦隊司令はソーラーレイの再使用準備に成功していた。
 ゲンドウが余裕を見せて通常回線を開いたところに、彼は割り込みをかけたのだ。
「初号機と、エヴァンゲリオン? ……との戦闘記録は解析させてもらった。その上でのソーラーレイだ。ATフィールドとやらで防げるものなら防いでもらおう!」
「くっ! レイ! どうしたんだ、レイ!」
 返事がない。
「マインドコントロールは!? くあ!」
 複数のミサイルが突き刺さり、爆発する。
「なんだ!?」
「あたしはしつこい女なんだよ!」
 ゲンドウは目を剥き、唸った。
「エクセリオン級!? 生きていたのか!」
「無理やりさぁ!」
 エクセリオンの後尾に、十二隻のガーフィッシュの姿があった。
 ノーズをエクセリオンに突き刺している。
「戦闘艇を使い捨てのブースター代わりにして追ってきたのか!?」
「あんたの好きにはさせないよぉ!」
 エクセリオンが突撃を敢行する。なぜだか、ATフィールドによる干渉がない。
「レイぃいいいい!」
 ゲンドウが悲鳴を上げる。しかし、零号機のパイロットは取り合わず……。
 ──タン。
 それどころか、零号機は、艦から離脱するよう、足を蹴った。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。