──もうだめか!
 シンジはぎゅっとまぶたを閉じた。
 それでもレバーからは手を離さない。
 システムもなにもない。後は機体が耐えてくれるのを祈るだけだ。
 できるだけ逃げることを選んでしまった。今からATフィールドの展開に切り替えるのは無理だった。
 爆発が生む物は衝撃波だけではないからだ。空間にもひずみを生む。その中でATフィールドを展開するような出力調整が行えるとは思えなかった。
 最初から展開していれば、その安全領域の中で集中することもできただろうが……。
(今更思ったって!)
「え!?」
 突然レーダーが悲鳴を上げた。
「正面に重力場変動!」
「こんな時に!」
 横に逃げれば衝撃波を横向きに受けることになる。すでに爆発の波に乗ってしまっている状態なのだ。
「ぶつかる!?」
 正面に開いたのはゲートだった。
 そこから白い船が飛び出してくる。
「なんだよ!?」
 入れ違いになった。
「今の船! ATフィールド張ってたよ!?」
「僕にもそう見えた!」


 ──クォン!
 アスカは出た場所の惨状に悲鳴を上げた。
「なんなのよこれぇ!」
 センサー類が悲鳴を上げている。
「爆発!?」
 それも自分達はそこへ飛び込もうとしている。
 どこかの機体とすれ違ったようだったが、かまっているような暇など無かった。
「ミサキ!」
「消し飛ばす!」
 威勢良く、ミサキは重力を操って、疑似的なブラックホールを生成した。
 爆発も衝撃波も、光も熱も吸い込みながら、突き抜ける。
「やるじゃない!」
「どうも!」
 二体は離れて漂った。
「なんなのよ? この状況は」
 これが本当に地球なのか? 確かに地球はあるのだが、あまりにも宇宙は汚すぎた。
「ゴミばっかりじゃない……」
「アスカ、あそこに何か居るみたいよ?」
 アスカはそこに黒い巨人を見つけて剣呑に目を細めた。
「エヴァンゲリオン3号機……」
 反応したのはリョウジだった。
「なんだって?」
 黒いエヴァは、左腕に白いエヴァを抱えていた。失った右腕のちぎれ目から触手のような物を出して、量産機の胸のコアに打ち込んでいる。
 浸食し、ユニットとして使用したのだ。
 共振によるATフィールドを展開し、爆発を回避したのだろう。
「エヴァンゲリオン弐号機か、あれは」
 ゲンドウもまた驚いていた。
「くっ……、くく」
 そして顔を伏せ、笑い出す。
「リリスズエッグでは、無理だったが」
 顔を上げる。
「俺は運が良い!」
 量産機を捨てる。触手が回転しながら巻き上がって棒状になる。先端は五つに分かれていた。
 ──腕になる。
「げぇ……気持ち悪ぅ」
 アスカは素直な感想を述べた。
「ま、どうやら敵みたいね」
「エヴァンゲリオン弐号機」
 アスカは一般回線で送られてきた声に回線を開いた。
「誰? ──司令!? んなわきゃないか」
 ほぉっと驚いたのはゲンドウだった。
「アスカ……キョウコ君のところのアスカか」
「あたしを知ってるの?」
「無論だ」
 アスカは片方の目を引きつるようにし、細めた。
「あんた……知ってる。あたし知ってる」
 母と共に研究所から逃げ出したときに……。
「そうよ。あたし知ってる」
 ──宇宙船の、事故。
「あんたがママを殺した!」
「その反応……。彼女が逃がしたセカンドではないな。オリジナルネクストか」
「なんの話よ!」
「まあ、良い。だが、なぜ君がそこに居る。その弐号機の中に」
「はん! これはあたしんだからよ」
「違う! その機体はかつてこの世界が形作られる前にあった、真なる世界の『チルドレン』が所有していたものだ!」
「だからあたしんで良いってのよ!」
「なんだと?」
 はんっとアスカは鼻で笑い飛ばした。
「アンタ、何も知らないのね……」
「…………」
「哀れんであげるわ。あんたがなにを求めてなにをしでかしたのかは知らない。でもね、あたしはシンジに逢う。あんたは邪魔よ」
「……まさか」
「なによ」
「惣流・アスカ・ラングレーなのか」
「そうよ」
「キョウコ君の娘のはずだ!」
「その通りよ! あたしはアスカであり、惣流・アスカ・ラングレー……そして惣流・碇・アスカ・ラングレーでもあるわ!」
「魂が宿っているとでもいうのか!」
「違う! 元々あたしはあたしよ!」
「では……では!」
 ゲンドウはつばを吐き散らし、大声で喚いた。
「キョウコ君が研究所に転属してきたとき、わたしはすでにこの世の真実に近づいていたというのか! それをむざむざと見逃し、このような大事を」
「はっ! とんだ道化師みたいね、あんたは」
 屈辱に歪んだ顔を見せる。
「ああ……どうやらそのようだな」
 翼を広げ、右腕を横へ伸ばす。
 飛来してくる物体。
「ロンギヌスの槍か」
 アスカは顔をしかめた。
『前回』、その槍には痛い目に遭わされている。
 その記憶が蘇ってきたからだ。
 ミサキが専用チャンネルで割り込みをかける。
「なんなの?」
「あれはATフィールドを無力化する兵器なのよ」
「そんなものがあるの!?」
「ま、こっちにもあるけどね」
 にやりとして、アスカは3号機の真似をした。
 3号機の、そしてガギエルのコクピットに警報が響き渡る。
「なんだ!?」
「木星方向から光速を超えて飛来する物体!?」
 ──コォン!
 それは弐号機の真横に来て静止した。
「何かと思えば、槍か……」
 ゲンドウはあからさまに失望の色を顔に浮かべた。
 灰色と赤。色は違えど同じ物に見えたからだ。
 だがミサキは違っていた。
 がくがくと震えだしていた。
「おい、ミサキ」
「リョウジさん……手、手を」
「ああ、しっかりしろ!」
 だが、なんだ?
 リョウジは血の気が引き、白くなっているミサキを訝しく思った。
(あの槍か?)
 リョウジにはその恐ろしさがわからない。
 だが、ミサキは違っていた。
(魂から震えが来る? なんなの……)
 魂。そんな曖昧な物を意識したことなどこれまでにはない。
 だが、ミサキは今初めてその存在を知覚していた。
 確かに、彼女の芯は、おびえていた。
「さあ、やりましょうか」
 不敵にアスカ。
「これが本物の、ロンギヌスの槍よ!」



続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。