──ア−──アァ──−────アア−──……。
 アスカは斬り結ぶのをやめて、声の方向に振り返った。
「なに!?」
 ゲンドウもまたその隙を突く真似を忘れて反応した。
「体がしびれる。フィードバックか? これはエヴァが怯えているのか? いや……」
 ──歓喜。
「興奮しているだと!?」


「なんなの? これ、なんなの!?」
 エヴァンゲリオンであったものが、徐々にふくらみ、巨大化していく。
 その周囲に量産機が集まり、舞った。破壊されてしまったはずの機体までもあった。
 臓物をこぼし、脳漿を振りまきながら踊っている。
 翼を広げ、回転し、あるいは身を伸ばして、規則的な軌道を描き、飛び回る。
 いくつもの円を、奇妙な形で描き上げる。
「シンジ! 初号機が」
「ええ!?」
「吸い寄せられて行くよ!」
 シンジは焦り、ブーストレバーをたたき込んだ。
 人型のままであったのだが、背のバーニアだけで事足りた。
 徐々に巨人となっていくものから遠ざかり出すが……。
「まだ大きくなるの!?」
 手元の情報板に、背後の物体のアニメモデルが作成されている。
 すでに全高が二百メートルを超えている。
 シンジは背部のカメラでそれを確認した。胸部装甲を押し上げているのか? 隙間からふくよかな胸肉がはみださんとしている。
 鎖骨から、みぞおち、カメラはその辺りを捉えるだけで精一杯で、全体を見せてくれてはいない。
 それは対象物が、あまりにも大きすぎるからであった。


「ええい、邪魔よ!」
 アスカは次々と開くウィンドウを、右手で押しのけ隅へとやった。
「セカンドインパクトのデータに酷似してるけど、同じじゃない。何を起こそうってのよ、あんた!」


「レイ!」
 ゲンドウは恐怖心から焦っていた。
「一体なんなのだ、お前は!?」


 量産機が次々と背部の……翼の付け根、旧型機においては電源コネクタの存在していた場所へとぶつかり、とけ込んでいく。
 その刺激に体をのけぞらせて、巨大なレイとなりつつあるものは、興奮に頬を染めて、啼いた。


「きゃあああああ!」
 その声が時空震を巻き起こす。ジェネシス初号機は巻き込まれ、激震の中、機体のあちこちをスパークさせた。
 次々と画面が死んでいく。レッドに塗り潰されて、ERRORとDAMAGEの文字だけになる。
「くっ、機体制御が! マナ!」
「動かないよぉ!」
 バンと音。それはマナがコンソールを叩いた音だった。
 ブラックアウトした画面はいくらキーを叩いても反応してくれない。スイッチを押してもなにも戻ってこない。
(だめなのか? もう!)
 シンジは死を覚悟した。
 ──まだよ。
 顔を上げる。
「君は!」
 最後の一ブロックが消える寸前……。
 シンジは飛んでくる青い見慣れたロボットを確認した。

 ──ガクン!

 震動と、荷重。加速していく感覚。
「どうして君が!」
 接触回線を通して話をする。
「頼まれたから」
「頼まれたって、誰に!」
「あの人……ゲンドウを殺して欲しいって」
「なんだよ、それ!」
 マナは声を出そうとして、やめた。
(後ろのとか、もう!)
 わけがわからない。
 殺してしまったと思った相手が生きていて、自分が殺したのはコピー、クローンで、ロボットまで同じ顔で……。
 ──シンジはその相手と平然と言葉を交わしていて。
「どうして君が!」
「わたしには、なにもないもの」
「なにもって……」
「なにもない……だから、あの人の命令を受けていた。でも、それも終わったわ。わたしが受けた最終命令は、あの基地の攻撃だった」
「…………」
「だから、そこで終わり」
「それで?」
「なにもない……。わたしは終わるだけだった。でも、わたしは新たな命令を受けた」
「誰に!」
「エンジェルキーパー」


「アタシまで取り込むつもりなの? レイ!」
 アスカは引き寄せられる感覚に必死に抗っていた。
 吸い込むような風を感じる。それは引力によるものではない。
 レイである。巨大化するために宇宙を構成している組成物を吸収しているのだ。
 隕石や宇宙船の残骸までも取り込んでいる。
 光の翼はますます大きくなって、六対十二枚に分岐している。
「レイ!」
 ゲンドウもまた吼える。
「なぜだ! なぜ俺のためにそれをせん!」
 モニタいっぱいに映っているレイであるものは、両腕を広げて、へその下……股間に当たる位置を捧げんとするかのように、のけぞり、地球に対して突きだしている。
 まるでそこにいる誰かの陵辱を望んでいるかのように。


「初号機のコクピットロックを外して」
「ジェネシスを捨てろっていうの!?」
「それはもう鉄くずよ。動かないわ」
「でも!」
「あなたはわたしの零号機に、わたしと共に乗りなさい」
 シンジははっきりと息をのんだ。
「僕と……リンクするつもりなの!?」
 肯定の気配が伝わってくる。
「そんなのできるわけ!」
「できるわ」
「どうしてわかるんだよ!」
「わたしと、あなたは、そのために生み出された姉弟だもの」


「……ミサキちゃん?」
 リョウジは恐る恐る彼女の肩に触れた。
 その刺激に反応してか、がばっと身をよじって、彼女はリョウジに抱きついた。
「ミサキ!?」
 首にかじりつき、震えながら彼女は言う。
「あれは、世界を壊すモノよ」


「…………」
 うなだれたまま、動かなくなってしまった。
 そんなシンジに、マナはシートに体を伸ばした。
「あ〜〜〜あ」
 わざとらしく口にする。
「やっぱり、こうなっちゃうのか」
「マナ?」
 怪訝そうな声? 違う、認めたくないと怯えている声だった。
「シンジも、わかってたはずでしょ?」
「だけど!」
「シンジの半身は、そこにいる」
「…………」
「大丈夫よ! 半身とパートナーは違う、でしょ?」
「……マナ」
「シンジと仲良くできたんだもん……そこの子とも仲良くできる……と思う。自信ないけど」
 てへっと聞こえたが、いつもの元気さはなかった。
「だから行って!」
 ごまかすように声を張る。
「シンジはシンジのやるべきことをやって! あたしはその手伝いのために来たんだから!」
「……けど」
「あたしを足手まといにしないで! それじゃあ着いてこなかった方がよかったって、あたし」
 マナはレイに向かって呼びかけた。
「こっちのシステムは死んでるの! そっちから強制排除を」
「マナ!」
「……了解」
 ──外側。
 零号機は以前と少しだけ形状が違っていた。それはバックパックのためだった。
 基本的には同じ形をしているのだが、前部に被さるような増加装甲が追加されている。
 それに合わせて、二本のプロペラントタンクが尻尾のように取り付けられており、背筋の部分には、砲身らしきものが収納されていた。
 レイは零号機の手を使って、コクピットブロックの接合部付近にあるレバーをつまみ、回転させた。
 爆発ボルトがはじけ飛ぶ。
 そうして後部を捨て去って、レイは外したわと彼らに伝えた。
「ありがとう」
 マナは素直な気持ちでそう告げた。
「さ、次はシンジの番だよ?」
「マナ……」
「行って! ……それで帰ってきて、ね?」
 シンジはくっと唇をかんだ。
 それから叫んでハッチを開いた。
「マナとはシタいんだから!」
「……待ってる」
 虚空に吸い出されるエア。ベルトを外したシンジも共に投げ出される。
 その体は零号機がつかまえた。
 シンジは慌てて振り返ったが、ハッチはもう閉じ始めていたので、マナの姿は確認できなかった。
「マナ……」
 マナと出会ったときの、あの状態にコクピットは変形する。
 脱出用として、多少の機動力は備えている。そのシステムは初号機とは別に保護されているので使えるはずだった。
「乗って」
「うん……」
 腹部のハッチが開かれて、シンジは零号機の手のひらを蹴り、そこへと飛んだ。
 レイは後ろの席に座っていた。彼女が操縦を担当するつもりらしい。
 シンジは特にこだわらずに前に座った。
 シンクロは瞬時にお互いの境界線を消失させる。もしその時にお互いの思想を認められなければ、生理的な拒絶反応によって、システムは起動しないままとなる。
 だから、繋がることができたのなら、お互いの考えは完全に一致した状態となっている。どちらかが選択する権利を握ることはない。どちらも同じ選択をするはずだからだ。
 前に座ろうが後ろに座ろうが、変わらないのである。
 ──シートベルトを付けている間に、正面ハッチは閉じられた。
 内壁がメインモニターになるのは初号機と同じのようだ。操作系統はレイアウトがまるで違うが、これもシンクロできれば情報は与えてもらえる。
 初号機のコクピットブロック。その左右のパーツが火を吹いた。
 加速して遠ざかっていく。
「良いのね?」
「今更!」
 シンジは力を抜いて身をゆだねた。
「やってよ」
「了解」
 様々な機器が明滅を起こす。
 そしてレイが、シンジと同じように力を抜いた。
 二人ともに顎を上げた状態でまぶたを閉じる……そうして見ると、二人の顔は、非常によく似た作りをしていた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。