光の泡が高速に流れている。
 いや、それらはなにも動いてはいない。動いているのは自分の意識だ。
 自分が()く飛んでいるのだ。
 シンジはそれを自覚して、流れの中に身をゆだねた。


 記憶の気泡が飛んでいる。
 その中には自分の知るもの、知らないもの……。
 覚えているもの、忘れているものが含まれている。
 レイはそれらにうちふるえる。


 やがて二人は邂逅する。
 そこには地球があり、月があり、太陽があった。
 星々があり、すべては金の色に揺らめいている。
 頭の上にも、足の下にも、海面であろう揺らめきがある。
 ここは意識の海の中であり、上に飛び出せばシンジの、下の面を抜ければレイの肉体の領海となる。
「これが、システムネクストなのね」
 シンジは下になっていた。
 そして腰の上にレイが座っていた。二人とも裸で、シンジの腰は、レイの腰と溶け合っていた。
「これが、本当のネクストなんだ」
 そしてシンジの胸に手を突くレイは、その手をシンジの肉に取り込まれていた。
 奇妙に混ざり合い、繋がっている。
「思考の海?」
「魂の海だ。僕たちはいま一つになってる」
「あの人とも?」
「嫉妬してるの?」
「そう……あの人ともこの感覚を共有したのね?」
「いや、もっと表層的なものだったよ」
「そう……」
「安心した?」
「不思議ね……わたしは今まで、こんな感情を知らなかった」
 レイはシンジの胸に体を倒した。
 手を胸から抜いて、シンジの脇へと……そして背中へと回す。
 同時に腰の融合もほどけた。だが抱き合う二人は、別の面で共有し合う。
 ──意識を。


「システム、起動」
 現実のレイが、その口からぼそぼそとつぶやいた。
「S機関作動。リンケージ正常」
 シンジもだ。まるでコンピューターが合成音で答えているかのように、抑揚というものがかけている。
 零号機背部の翼、その左右にある球形の盛り上がりが回転する光を放つ。
 そして翼全体を基盤として、お互いの発生させているエネルギーを交換し合う。
 これもまたS機関であった。それも、エンジェルキーパー製の。
「行くわ」
「行こう」
 同時に口にする。しかし操作はお互いに別々のことを行っている。
 いや……一つの意識で、二人分の操縦をやってしまっている。
(このシステムのためには、感情なんてない方が良い)
(でもこのシステムのためには、恐れを知り、そして喜びを知る心が必要)
(でなければ、未来を望みはしないから)
(先を不安に思う心が、先を夢見る気持ちが、この力を発動させる)
(時を見せてくれている……)
(愚かなのはわかっている)
(それでも、僕は)
(認めてあげる)
(この力を)
(使わせてあげる)
((復讐のために!))


 零号機が飛ぶ。
 その様を見て、モノリスたちは会話する。
「この母なる星、地球」
「真実は、その裏側にある」
「この星より居出たるものは、この星のある世界で生きるべきなのだよ、だが」
「帰りたい……その思いもまたあるからこそ」
「この星を裏返し、その内にある真なる宇宙と」
「入れ替えてしまいたいと」
「還りたいと願ってしまう」
 01のモノリスが口にする。
「決めるべきは、この世界の者であるべきだ」


「ゲンドウ────!」
 シンジとレイが共に吼える。
 零号機背部の砲身が起きあがり、前へと倒れる。
 S機関の回転数を示す外部リングが激しく回って、その砲身へとエネルギーを送り込む。
「なに!?」
 アスカはそのエネルギー反応の巨大さにぎょっとした。
「暴発寸前じゃないの!?」
 慌てて3号機からの距離を測る。
「シンジか!? レイも!」
 その機体の砲身から、巨大なエネルギーが放たれた。
「過粒子砲だと!?」
 身をよじってかわす。ATフィールドは役に立たなかった。金色の光は破られ、散ってしまった。
「こんな出力を持たせた覚えはないぞ!」
 剣を振って追い払おうとするが、大きさの違いからか、小回りを利かされて捉えられない。
「そのバックパック、なんだ!?」
 後ろに回り込み、砲身を頭の上に倒した零号機の、ほんの少しの静止状態を見逃さず、ゲンドウは剣を横向きに振るって斬り捨てようとした。
 ……いや、実際に斬り捨てた、なのに。
「ぐわぁ!」
 激震にシートの上で振り回される。
 左腕を押さえる。しびれて動かない。3号機の左腕はなくなっていた。ついでに左の羽ももぎ取られ、消えていた。
「手応えはあったぞ!」
 探す。居た、また砲撃を加えようとしている。
 確かに斬ったはずなのに、まるでダメージは確認できない。
「どういうことだ!? 質量を持った残像? 違う、もっと別の!」
 背後から直撃を食らった。
「前にいるというのに!」
 前からも食らう。
「どういうことだ!」
 確かに二体の零号機が存在している。
「なんなのよ、あれ……」
 アスカはシートから身を乗り出してしまっていた。
 アスカは見ていた。一機の零号機がぶれるような現象を見せた後、二機に別れてしまうのを。
 S機関部、コアは、右の羽、左の羽と、各機に一個ずつとなっている。
「この出力! 次元分離ってこと!? 強力なエネルギーで存在を維持して、双方を影と本体にしてしまってる、これって!」
 ──イスラフェルの技能。
 ミサキは完全にシートから降りて、リョウジの膝の上に丸くなりながら口にした。
「こんなところに居たなんて」
「どういうことだ?」
「イスラフェルは誕生していたけど、わたしたちにコンタクトしてきたことはなかったの……。なにか理由があるんだろうって思ってたけど」
 ──こんな馬鹿なことが!
 ゲンドウは自分を中心に鏡のごとく正対する動きを見せる『化け物』に、レバーから放してしまった手を震わせていた。
 こんな設計はしていない。こんな機能は搭載していない。
 自分は誰よりもあれの能力を知っている。なぜなら作ったのは自分だからだ。
(なのに、これはなんだ!?)
 前と後ろから、あるいは右と左、上と下から、同時に攻撃がやってくる。
 二体に分離しているからか? 初撃ほどの威力はないが、その砲撃はATフィールドを打ち破り、確実に機体に損傷をもたらしてくれている。
 装甲はともかく、素体の回復は問題ない。S機関がある限り、無限に回復させることは可能だった。
 だが──精神が持たない。
 ATフィールドを強力にしても、どちらか一方を受け止めるのが精一杯で、結局は直撃を食らってしまう。
 その上、フィードバックから来る痛みが、神経を消耗させて、精神力を削ってくれる。集中力が失せていく。
(くそっ)
 毒づく。疲労からか目がぼやけてきてしまっている。
 剣で受ける、が、とうとう握力を失い、撃ち飛ばされてしまった。
「だが、このままでは死なんぞっ、レイ!」
 ゲンドウは残った一方の翼を羽ばたかせた。
 その翼を二条の光が交差して撃ち抜いた。しかし飛翔行為そのものに必要なものではないらしい。ゲンドウはまっすぐに──今だ巨大化し続けて、地球とほぼ同等の質量に達しつつある怪物の元へと直進した。
「させるもんですか!」
 アスカも追う。そして……。
「もう、たくさんだ!」
 シンジの言葉に頷いて、レイも零号機を向かわせた。



続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。