──ゴォ!
白い闇を突き抜ける。
いびつな天使と成りはてたもの。シンジはそれを霧だと感じた。
薄く、薄く、もやのように広がっている。それが人の形でとどまっているのだ。
内側は視界が千メートルとない。星の瞬きはおろか、すぐそこにあるはずの地球の姿すら確認できない。
(居るな)
なのに、ゲンドウの存在だけははっきりと感知できるのだ。
「居るわ……ゲンドウ!」
叫んだのはレイだった。
操縦桿を握り込んで機体を引き上げる。
白の闇を切り裂いて、真正面から黒いエヴァが現れた。大きく右腕を振りかぶっている。その手の指は三倍にまで伸び、残虐性を示すかのような爪を長く生やしていた。
「ATフィールド」
二基の主機関がフルドライブする。
展開される障壁が、その爪を受け止めて瞬いた。
──ギッ!
しかし耐えたのも一瞬のこと。
金色
(
こんじき
)
の障壁は引きちぎられて、干渉光となり四散した。
『シンジィイイイイ! レィイイイイイ!』
3号機の顎が開き、ゲンドウの声を直接吐いた。
声が伝播しないはずの宇宙空間に、怨嗟の叫びが響き渡る。
──彼は何かを憎んでいた。
あるいは運命を憎んでいた。
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Evangelion another dimension future:20
「Gehen!」
後進しながら背部パーツからマイクロミサイルを発射する。
そして零号機は二機に分離して右と左にそれぞれ飛んだ。ミサイルによる足止めが功を奏して、ぎりぎり3号機の爪から逃れることに成功する。
振り返った3号機は再び一つに戻った零号機の過粒子砲の直撃を受けた。
──頭部が壊れる。
下あごと舌を残して上半分を失う。しかし喉から吹き出した肉汁がじゅくじゅくと気泡を生んでは固まって、元の形状を取り戻していく。
「その程度の再生能力で!」
動きが止まったところを見計らって、アスカの駆る弐号機が突撃した。
3号機の腹にロンギヌスの槍を突き立てる。
──ァアアアア!
長大な二つの棒に貫かれ、3号機はもがき、逃れようとする。
しかし自身の長さほどもある穂の半ばほどにまで差し込まれてしまい、もがくだけでは動けない。
背に翼を広げて羽ばたかせる。
一瞬弐号機が引きずられる。
「逃がすかぁ!」
アスカは柄を肩に担ぐようにして槍を振り回した。背負い投げの要領で背後へと。
──また!?
そこにはあの正体不明の機体が居た。零号機だ。
すでに過粒子砲の発射準備に入っている。
「任せた!」
アスカは瞬時に判断して槍から手を離した。
そのまま下がりつつ、3号機のフィールド除去は忘れない。
「ゲンドウ……」
レイは静かにシンジの憤りを口にした。
過粒子砲の先端部が光り出す。背中のエンジンは臨界点を突破していた。
──カッ!
一条の閃光が伸びて、3号機を飲み込んだ。
『シンジぃいいいい!』
3号機が、その中にいるゲンドウが。
死の間際の絶叫を放つ。
「うそっ!?」
しかし頭部と上半身の右側半分をもぎ取られてなお、3号機は羽ばたきを止めなかった。
「槍は!?」
3号機の左手が握りしめてつかまえていた。
手首から触手を伸ばし、槍のねじれを埋めるように這わせて巻き付かせている。全体では癒着していた。
「取られた!?」
槍の柄を向けられてアスカは弐号機に腕を交差させた。その部分にATフィールドを突き破った閃光を受ける。
「くうっ! やるじゃない!」
強がりを言って距離を取る。
3号機の背部ブロックは完全に崩壊している。エントリープラグの姿もない。
(なのにこの感覚……)
憎悪が一段と増幅している。そんな嫌な気配を強烈に感じる。
「なに?」
と同時に、レイもまた躊躇した。
精神世界で繋がっているシンジが相手になる。
『ゲンドウ……生きてるんだ。あいつ』
「でもコクピットは破壊したわ」
『あれはそういうものじゃないんだ……きっと』
「どういうこと?」
『生き物なんだよ。ゲンドウの精神を取り込んだんだ』
アスカも同様の結論に達する。
「死の恐怖がシンクロ率を跳ね上げたの? エヴァと同化してまでやるつもりなのね」
3号機周辺の霧が薄くなる。3号機は濃霧から失われた体を再生しようと吸収していた。
「させるもんですか!」
オープンチャンネルで怒鳴りつける。
「ちょっとそこの機体!」
レイ、あるいはシンジは驚いた顔つきになった。
「なに?」
代表者はレイとなった。
お互いコクピットの画像は結合しない。電磁波の影響でノイズが酷く、声を拾うので精一杯だった。
「あなた、誰?」
「そんなの関係ないわよ! あんた地球軍の人間なんでしょ!?」
「違うわ……」
「じゃあ地球軍の敵なの!?」
「それも違う」
面倒だというシンジの意識に、レイは軽く嘘を吐くことにした。
方便も必要だと説得されたからだ。
「でも、協力者ではあるわ」
「なら上等! 手を貸しなさいよ!」
「なぜ?」
「あたしも協力するようにって頼まれてるからよ!」
「……了解」
アスカは通信相手のしゃべり方に、苦手な相手のことを思い出したが、まさかと意識しないことにした。
その相手は自分達が入り込んでいる『モノ』になっているのだから。
「作戦は簡単! あたしとあいつが組み合ってる間に、もう一度ビームを撃ちなさい。こっちはそれを待ってATフィールドを中和しつつ退避するから」
「わかったわ」
「それでだめならさっきの分離攻撃をお願い。攻守交代で行くわよ? わかったわね?」
「ええ」
「……オーケイ、それじゃあ行くわよ? Gehen!」
弐号機の背面の霧が渦を巻き、電源コネクタのスロットへと吸い込まれていく。
──電磁スパーク。
そしてもやはドンと吹き払われた。突撃する弐号機の背には炎が見られた。
四つの炎が推進力となって弐号機を押し出している。それはあたかも四枚の羽を広げているかのような光景だった。
「うわぁああああ!」
加速によってギシギシと骨が鳴る。ともすればシートに押し付けられてしまうそうになるのを必死に堪えて、アスカはレバーを握り続けた。
腕力を総動員して、体を前に引き起こし、倒す。
「行っけぇ────!」
姿勢制御が甘いらしく、モニタの先にいる黒い機体は回転して見えた。実際に回っているのは自分であろうが、アスカには気にしていられるだけの時間はなかった。
──激突。
抱きつかれた衝撃のすさまじさに、3号機の胴は伸びきった。
加速によって張り付く弐号機の左肩の上でもがき苦しむ。
「ナイフ!」
弐号機は左武器庫からナイフをつかみ出すと、それを3号機の腰に突き立てた。
「今よ!」
すでに零号機は射撃体勢に入っていた。
過粒子砲が火を吹く。
アスカはわざと姿勢を崩した。それだけで3号機を捕らえている加速は方向性を失い、狂う。
アスカは3号機から投げ出されるような形を取って退避した。
「直撃!」
青白い火に飲み込まれる3号機を見る。
「ええ!?」
が、黒いエヴァを飲み込んだ炎は、電磁力の奔流を打ち破られて流れ散った。
「嘘!? あのビームを……」
舌打ちする。
「学習したっての?」
ATフィールドで打ち払ったわけではない。それは目で見て確認している。
もっと別の力を働かせてビームを裂いたように感じられた。
「やっかいな奴ね!」
作戦通りに、零号機が分離攻撃に入っている。
とにかく、槍を取り戻さなければ……アスカはそこに集中することにした。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。