「しぶとい!」
 零号機が左右から低出力ビームを浴びせかける。しかしこれはATフィールドによってはばまれてしまった。
 その間隙を縫って弐号機が突貫する。両腕を広げて抱きつくように、真上から。
「これなら!」
 そして3号機に気づかれる直前に、両手をたたき合わせるように顔の前で腕を閉じた。
 ──バン!
 不可視のなにかが3号機の体を左右から叩いた。そのまま圧迫し、身動きも取れないように固める。
「どうよ!」
 力比べ。アスカは閉じた手を開かぬように全身に力を込め踏ん張りに入った。
 かつて見た空から落ち来るモノ、サハクィエルを真似たものだ。
 ATフィールドの密度を変化させて、圧縮をかける。
 パキパキと弐号機を中心にした放電現象が発生していた。それはもやを寄せ付けず、追い払っていく。
「凄い……」
 直径二百メートルの球形バリア。その内部で対峙する二体のエヴァ。
「凄いわ。あのロボット」
 攻守交代と口にされたが、手出しができない。
 赤いロボットには見た目ほどの余裕がない。よくよく観察してみれば、黒いロボットはすぐにでも拘束を打ち破って逃れそうな雰囲気だ。
 体をよじって抜け出そうとしている。
『でも抜け出すためには相当の無理をするはずだ』
「そうね」
『パワーダウンしたところを狙う』
「わかったわ」


「でぇい!」
 畜生となじる。全身全霊をかけた攻撃を打ち払われて、さしものアスカも落ち込みを見せた。
 くじけたわけではない。
 だから弐号機の脱力とはさほどの関係はないのだが、それでも隙を見せてしまったことには変わりがなかった。
「あ!」
 3号機が残る力を振り絞って槍を投げた。
 柄の尻尾に触手を取り付けたままだ。
 やられる! アスカは身構えた。その槍を零号機のビームがたたき落とした。
「ナイス!」
 弾かれ、どこへとなく消えようとする槍。それを引き戻させはしないとばかりに、アスカは弐号機に回転蹴りを放たせた。
 くるりと回って、半ばかかとから落とすようにして触手を寸断する。そして槍へと手を伸ばして彼女は叫んだ。
「来い!」
 力を取り戻した槍が、身震いをして軌道を変えた。
 本来の持ち主の元に帰れるのが嬉しいのだろうと思わせる動きだった。白く輝き、己を犯していたものを払う。
 背後から飛んできたものをつかみ、アスカは穂先を3号機へと向けた。
「ありがと!」
 後方の零号機へと謝辞を述べる。
 しかし返答は感に障るものだった。


「あなたのせいよ」
「へ?」
「あなたが弱いから」
「ちょ、ちょっとなによ!? それは!」
「あのロボットがパワーダウンしたところを狙おうと思ったのに……パワーダウンしたのはあなただった」
「こっちはねぇ! 必死にやってんのよ! それを」
「結果が伴わない努力ほど、無意味なものはこの世にはないわ」
 なんて腹が立つ女だろう? きっとノイズだらけで顔がわからないからって舌出してやがるに違いない。
 アスカは確信した。あるいは決めつけた。
「あんた後で話があるから覚悟しときなさい!」
「それはこっちの台詞よ」
 ──気を抜くんじゃない!
 身をひねるように二機は回避運動を行った。
 その間を巨大な光線が通過する。
「なによっ、今のは!?」
 直接脳に届けられた忠告の話ではない、ビームのことだ。
「なによ……あれ」
 アスカはぎょっとした。
 レイも切れ長の目を大きく見開いた。
「なに?」
 光源はもちろん3号機であったが、異様な変貌を見せていた。
 胸部装甲を左右……やや上方に開き、さらにその下にある蛇腹状の腹部装甲も展開していた。
 内部に収まっていたらしい赤い玉……コアをむき出しにしてさらしているのだが、その状態が尋常ではない。
 腹部の肉は大きくえぐれて無くなっていた。胴回りとほぼ同じ大きさの赤い玉が、半ばはみ出して揺れている。
 支えているのは紅玉背面に張り付いている筋肉だった。元は腹部のものだったらしい肉が、筋状に束になって胴体につなぎ止めようとしている。その様にアスカは眼球を思い出した。
「目……そのものじゃない」
 よく見れば赤の中央には黒の澱みがあるように見受けられる。
 光を放ったのはこの眼球であろう。ベコンと3号機の四肢が枯れた。内容物を吸い上げられたらしい、目に。
 ぼこんと筋肉束がふくらんで、吸い上げたものを玉に送り込んだ。その分だけ玉がふくらむ。
「赤い……玉」
 ズキンと酷い頭痛に呻く。
「痛い!」
 額を押さえて身を折り曲げる。
「なにっ、これ!」
 頭痛に合わせて現実じゃないものが目に見える。
 原因は右目かとたなごころで押し込むと、黒の中に映像が見えた。
 ──歓喜に震える白い堕天使。
 ──血をこぼす黒い玉を捧げ持つ手。
 ──そして破られる右目。
 ──赤い瞳孔から抜け出す鬼。
 ──横たわる巨大な顔。
 見たはずのないもの。見覚えのない光景。だが現実にあったことだと直感できる絵の数々。
「目……右目!?」
 アスカは手をレバーに戻し、体を前に倒し、叫んだ。
「レイの右目なの!? あれは!」
 ──ぎょろん。
 アスカの声に反応したかのように、それは黒目を彼女たちに向けた。
「逃げなさい!」
 レイたちに叫んでアスカも回避運動を行わせた。
 パパッと光の筋が見えたかと思えば、一瞬遅れて大熱量の電磁波が通過する。
「くっ、この……」
 恐怖心がとにかく逃げろと警告を発する。
 距離を開けと意識に働く。背後へ背後へと後退して、アスカは霧の世界から抜け出してしまった。
「外に出た!?」
 そして愕然とする。
「うそっ!?」
 自分が出たのはレイの右胸上部と鎖骨の間にある場所からだった。
「いつの間にこんなに上に!」
 戦闘に夢中になってしまっていたらしい。どうやら相当上に移動してしまっていたようだった。
 はっとし、上を向くと、巨人の顎があった。
 アスカは3号機のことなど忘れてその顔が見られるように飛んだ。そしてやはりなのかと唖然とする。
「右目が潰れてる……」
 それどころか薄く薄く拡散して無くなろうとしている。
「あいつ、ここに収まる気なの?」
 なにをするつもりなのだろう?
 嫌な予感がさらに増す。
「させるわけにはいかないじゃない!」
 アスカは巨人の額から、再び中へと舞い戻らせた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。