──その怪物には、もはや人としての知能など残されてはいなかった。
 それでもゲンドウという人物であった頃の魂、意識のようなものは残されていたから、その最期の想いを遂げようとしていた。
(わたしはこの時を待っていた)
 気が酷く、急く。
(もうすぐだ……ユイ……ユイ!?)
 そんな彼の消失しかけている自我をたたき起こすものが現れた。
『ユイ!』
 ──グゥオァアアアア!
 喉を開き、怪物は吼える。
 碇ユイの姿をしたものが、両腕を広げてにこりと微笑む。
「今だ!」
 シンジは叫んだ。
 投影機を使って零号機を人の姿に偽装していたのだ。そして気を引かれた怪物の隙を突いて弐号機は背後から激突した。
 槍を引き抜く。
「こんのぉ!」
 まるで堅さというものがない眼球の上に足を埋もれさせた状態で、彼女は二度三度と槍で突いた。
 猛りの中で、ゲンドウは自分を取り戻した。
 腰を伸ばし、上半身を背部へと届け、弐号機につかみかかった。
『貴っ様ぁ!』
「きゃあ!」
 両肩を掴まれて、弐号機は振り回された。アスカもまた首を痛める。
「このっ!」
 敵の腹に足の裏を当て、ゆっくりと押すように力を込め、引きはがしにかかる。
「離しなさいよ!」
『ユイをっ、彼女を愚弄する気か!』
「あんたのもんじゃないでしょうが!」
 結局は弐号機の足の力が勝った。蹴り離す。
「横恋慕野郎がなに言ってんのよ!」
『聖母とは、慈愛に満ちた女とは誰のものでもない!』
「そんなのっ、男の勝手な夢想でしょうが!」
 長大な胴をくねらせ、ゲンドウは右腕を剣化して襲いかかった。
「この!」
 槍の柄で受ける。
「清楚で、可憐で、優しくて、その上インラン? ふざけんじゃないっての!」
『彼女こそがわたしの母になってくれる人なのだ!』
「マザコンが!」
 振り払い、横になぐ。
 3号機の胸の甲羅がはじけ飛んだ。
「そんな都合の好い女なんて、いるわけないでしょうが!」
『それはお前が堕落した人間だからだ!』
「なんですってぇ!?」
 このぉと突き刺す。
 しかしゲンドウの左腕は盾化してこれを弾いた。
『自分がそうであるからと、理想のものなど夢の中だけのものなのだと他人を蔑み、諦めさせる。わたしは信じん! この世に救いがないなどとは!』
「くっ!」
 突き出される切っ先。だが剣は三つに割れて蛇化し、襲いかかった。
 長く伸びて鞭となり、下がり逃げようとする弐号機の後を追いかける。執拗に。
『お前のことは知っているぞ、セカンドチルドレン!』
「なによ!」
『貴様に人のことが言えるのか!』
 痛いところをついてくれる……それがアスカの感想だった、だが。
「だからシンジに一言いってやろうと思って、こうして出張ってきてるんでしょうがぁ!」
 三匹の蛇の首を一度に刈り取り、アスカは弐号機を突撃させた。
「弐号機……いえ、シンジ! 力を貸して!」
 弐号機の姿がぶれるように変化する。
 怪物は目を見開いた。
『エヴァンゲリオン初号機!?』
「でぃやぁあああああ!」
『サードチルドレンか!?』
 炎の翼が光量を増して光に変じる。
 それは十二枚の羽となって輝いた。
 ──衝突。
「くぅううう!」
『おぉおおお!』
 爆発の光の中で、二機は刃を斬り結んだ。
「あんたは負けるのよっ、このあたしに!」
『それがこの世の(ことわり)だからか!』
「違うわ! あたしが『勝つ』からよ!」
 ブシュウッと、槍の柄のねじれが開き、呼吸した。
『なんだ!?』
 ゲンドウの右腕──剣が接触面から溶けていく。
『くっ!』
 左腕の盾の先に三本の爪を生んで、ゲンドウは弐号機の脇腹に突き刺した。
「ぐぅ!」
 顔をしかめる。赤くなるプラグ内。画像が揺れる。内壁に巨大に映し出されている凶悪面にアスカに吼えた。
「あんたなんかに負けてぇ!」
 風の吹く丘──。
 微笑むシンジが振り返る。
「あたし、あいつに、なんて言えばいいのよぉ!」
 感情が爆発し、赤光(しゃっこう)をまとったロンギヌスの槍が変化した。
 ──あ、シンジだ。
 穏やかな気配に酔いしれる。
『くぉおおおお!』
 槍から一本の剣へと変貌していく。そして発散される熱量だけで、ゲンドウは体を溶かされた。
『俺は、俺はっ、俺はぁ!』
 初号機を突き飛ばし、逃げようとする。
 そして目を剥き、驚いた。
『エクセリオン!?』
 そして反対側からも──。
『オーバー・ザ・レインボウだと!?』
 半壊し、鉄のかたまりと化しているそれらの残骸が、元の形状を取り戻しつつ押し迫ってくる。
 挟まれる──ゲンドウは急ぎ逃げ離れようとした。
 眼光を瞬かせ、二度三度と初号機化したエヴァンゲリオンに爆発を叩きつける。
 そして身を翻して逃げようとした。
『グァア!』
 その顔面にミサイルが叩きつけられた。
 直上よりジェネシス零号機が降下し、パスして行った。
『シンジィイイイイ!』
 はっと我を取り戻す。しかしわずかに遅かった。
『ァアアアアアアア!』
 巨大な鉄のかたまりに挟まれた。ATフィールドを展開しようにも力が集まらず、飛び去ろうにも翼はもはや動かなかった。
『馬鹿な! 俺が!』

 ──ゴシャ。

 そんな音が聞こえたようだった。
 ぶつかった二隻の船が、一つの固まりへとまとまっていく。
 そしてとうとう機関部に火が点いたのか? 爆発した。
「きゃ────!」
「うわぁ────!」
 爆発に翻弄されるエヴァとジェネシス。
 そして徐々にその光は収束し、世界は穏やかな静けさを取り戻していった。


 シンジははぁはぁと荒ぶる息を落ち着けて、ふぅっとシートに体を預けた。
「シンジ……」
 背後からの声にうんと応える。
「終わったんだ……これで」
「まだよ……」
「え?」
 見ればエヴァンゲリオンが上方を見上げていた。
 何かに惹かれているかのように昇り始める。
「なにかあるのかな?」
「行ってみましょう……」
 レイは勝手に操作した。


 ──トン。
 エヴァンゲリオンはその足を地に着けた。
 霧の世界を抜けて、『彼女』の頭の中であるはずの場所に出ると、そこには広大な大地が広がっていた。
 地平線の彼方まで、ただただ平らなだけの地面が広がっている。そして先にあるのは星空だった。
「レイ……」
 一歩踏み出す。
 初号機の表皮が千々に剥がれて吹き流され、消える。
 すっと足を開き、エヴァだったものはアスカとしてそこに立った。
「来たのね」
 アスカの視線の先には彼女が居た。
 数日、数十? 数百年? 数千、数万、数億年の以前のままに、そこに居た。
 あの懐かしい制服に身を包み、そこに立っていた。
「シンジは?」
 彼女はすっと手を挙げると、地平の先を指さした。
「この先にいるのね?」
 こくんと頷く。
「今も見ているわ……海を、空を」
「そう……」
「風を感じて、あなたは今頃どうしているのかって、想像して……泣いているわ」
「…………」
「一人は寂しいって、微笑みながら、泣いているわ」
「ほんと……」
 微笑する。
「馬鹿なんだから」
 目尻をこする。
「あたし、行かなきゃ」
「そう……」
「あんたが居なきゃ、意味なんて……違う」
 昔の勝ち気な表情を見せた。
「あんたが一緒に笑っててくれなきゃ、意味なんてないって、つかまえに行かなきゃ」
「そう」
 柔らかく微笑み、レイは駆けだしたアスカの背を見送った。
 その姿がかすれて見えなくなるのを待って、彼女はゆっくりと振り向いた。
「あなたたちは、どうするの?」





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。