Episode:12E





「さて、今日で終わりにするわけだが…」
 シンジの解答に満足している冬月。
「よくやったな、シンジ君」
「それじゃあ!」
「ああ、これなら十分合格ラインをこえている」
 この集中講座で、シンジは三年分の授業内容を完全に叩き込まれていた。
「よかったぁ〜」
「しかし安心してはいかんぞ?、後の軽い復習をわすれんことだね、でないとどんどん覚えたことが抜け落ちていくからな」
「はい」
 シンジは生真面目に答えた。
 ほっとしているのを見て、冬月はおもわず苦笑する。
「解放されたのがそんなに嬉しいかね?」
「あ、いえ…、ごめんなさい…」
「ま、君達の年頃はそんなものだろうな…」
「でも、やっぱりこの一ヶ月頑張ったし、それを認めてもらえたってことも嬉しいですよ、ほんとに」
 シンジは照れながら答えた。
「ふむ…、そうだな、だが友達と遊ぶ暇も無かったんじゃないのかね?」
「それはそうでしたけど…、一緒の高校に行けないことの方が嫌ですし、それよりはよっぽど良いですから」
「気を抜きすぎんようにな、ほっとしていると危ないぞ?」
「あとの復習だけならアスカたちと一緒にできるし、大丈夫です」
 それが一番嬉しいらしい。
 勉強道具を鞄の中へとしまいこむ、中にB5サイズの、いかにもプレゼントと言った感じの紙袋が三つ入っていた。
 シンジはちょっとだけ顔をほころばせた。
 喜んでくれるかなぁ?
 それを思うと、ついにやけてしまう。
「シンジ、終わったか?」
 ゲンドウが覗きに来た。
「うん…今、どうしたの父さん?」
 ネクタイが曲がっていた、慌ててきたのか息を切らし、上着も何だか決まってない。
「なんでもない、帰るぞ、支度しろ」
「う、うん…」
 シンジは慌てて冬月に貰った復習用のプリントを鞄につめた。
「紙とは…、また古い方法を選んだものだな」
「何でもかんでもデジタルならば良いというものではない、やはり手を使って書くことこそが、最良の学習方法だからな」
 先に部屋を出ようとする冬月。
「…また香水の香りがしているぞ」
 シンジはどうしてゲンドウが一生懸命排気ガスを浴びるのかわからなかった。






「ばーかーしーんーじー…」
 どよどよと重苦しい空気を振りまいている。
「アスカさん飲み過ぎですぅ…」
「あによー」
 ふみーんっと、レイを盾にする。
「まーまー、シンちゃんだって色々とやることがあるんだろうし…」
「約束…」
 ぼそっと呟く。
「なに?」
「約束したでしょうが、温泉で〜」
「温泉…、ああ!」
 遠い記憶を呼び覚ます。
「そんなこともあったっけ…」
 ちょっとだけひたる。
「なーのーにー、なによこの体たらくはぁ!」
「「体たらく」って何ですかぁ?」
「さあ?」
「そこぉっ!、何ぶつぶつ言ってんのよ!」
 うひぃっと首をすくめた。
「なんかいつもよりキレてない?」
「いっぱい期待してましたからぁ、きっと反動ですねぇ…」
 うっさい!っと空き缶を振りかぶる、だがその手がぴたっと止まった。
「あ、帰ってきたみたい」
「ほんとですぅ」
 玄関が騒がしくなった、ミズホが一番に出て行く。
 レイはアスカが動こうとしないので声をかけた。
「アスカ、迎えに行こうよ?」
「知んない!」
 ぷいっとそっぽを向いた。
「アスカぁ…」
 迎えに行くまでもなく、シンジの方からやってきた。
「アスカただいまー!」
 やけに陽気な声。
「聞いてよアスカ、あのね…」
「なによバカシンジ!」
 不機嫌な声で遮る。
「どうしたんだよアスカ…」
 明るいシンジの声に、よけいに苛つく。
「なにを怒ってるのさ?」
「なにを…ですって?」
 キレる。
「あんた今日が何の日かわかってんの!?」
「も、もちろんわかってるよ…」
 その迫力に後ずさる。
「わかってる?、わかってないじゃない!、じゃあなんでさっさと帰ってこなかったのよ!」
「だってそれは…」
「あんたなんかに期待したあたしがバカだったわよ!」
 吐き捨ててうつむく。
「アスカ…、泣いてるの?」
「泣いてなんかない!、なによ、なによ、なによ!、そんなにあたし達と一緒にいたくないんなら、好きにすればいいじゃない!」
「アスカさん…」
 ミズホがなだめる。
「うっさい!、なによあんたシンジの味方するつもりなの?」
「あ、あの…ですねぇ…」
「あんただってシンジが遊んでくれないから、寂しいって言ってたじゃない!」
「そ、それはそうですけどぉ…」
 ちらちらとシンジを気にする。
 シンジはミズホよりもアスカのことを気にしていた。
 寂しかったの…かな、アスカも?
「ごめん、アスカ…、でもね?」
「聞きたくない!」
 耳を塞ぐ。
「聞いてよ、僕さぁ…」
「嫌よ!、聞かないって言ってるでしょ!?、優しいぐらいしか取りえないくせにっ、どうしていつも肝心な時に限ってそうなのよ!」
 ぐしっと、手の甲で涙をぬぐう。
 アスカ、酔ってるの…
 レイがこっそりとシンジに教えた。
「アスカ…」
「あたし邪魔?、ねえ、そんなに邪魔なの?」
「邪魔だなんて!、そんなこと言ってないじゃないか!」
「ならなんでよ!、一緒に帰ってくれたっていいじゃない!、勉強だってあたしが見てあげるわよ!、なのになんで?、どうしていつも夜遅くまでどこかで遊んでるのよ、それで帰ってきても、勉強するからってろくに相手をしてくれないし、一人でこもっちゃってさ、そのくせあたし達がいなくなってから、レイと二人っきりで勉強してたんだ、なんて自慢して…」
「あたし、そんなつもりじゃ…」
 酔ってるにしても、アスカの言葉は強烈だった。
「じゃあどういうつもりよ!、レイもミズホもシンジの味方しちゃってさ、誰もあたしの気持ちなんてわかってくれないし、加持さんがいてくれればよかったのに…」
 ぽつりと漏らした。
「あーあ、こんな時加持さんがいてくれたら優しく慰めてくれるのになぁ…、どうして黙っていなくなっちゃったのかしら…」
 いつの間にか、シンジはうつむき、黙り込んでいた。
「加持さんだったら自分のことやってても、ちゃんとこっちのことも見ててくれるのになぁ〜、あんたあたしがどれだけ不安だったかなんて、考えてなかったんでしょう?」
 シンジは答えない。
「そりゃそうよね、どうしてそう加持さんみたいに自然にカッコつけられないのかしら?」
「僕は加持さんじゃないから…」
「あんたばかぁ?、そんなのあったりまえじゃない、あたしはあたしと釣り合うようになれって言ってるのよ!」
「なんだよそれ…」
「なんだ?ですって?、あんた約束したじゃない、温泉で、初めてキスした時に言ったじゃない!」
 ミズホが衝撃の告白に目をむいている。
「なのになんでよ、どうしてちっとも頑張ってくんないのよ!」
「頑張ってるよ、僕だって頑張ってるじゃないか!」
「ちっとも頑張ってないじゃない!」
 はぁはぁと、肩で息をつく。
「もっと強くなってよ、カッコ良くなってよ、あたしの気持ちに気づいてよ…」
 アスカはシンジを見た、だがシンジはアスカを見ない。
「加持さんみたいに?」
「そうよ…、それぐらい、ちょっと頑張ればできることじゃない…」
 もっとあたし好みの、自慢できる奴になってよ…
 その言葉は歯で噛み殺す。
 せめてあたしをずっと見ててよ…。
 そう言いたかった。
「でも、僕は加持さんじゃないから…」
 アスカの思考は、シンジの言葉に遮られた。
「アスカは、加持さんみたいな人がいいんだ…」
 その場にいた全員が、シンジの言葉を理解できなかった。
「あんた…、いまなに言ったのよ?」
 唇を噛んでいるシンジ。
「なんだ…、簡単なことだったんじゃないか、僕が頑張る必要なんて、なかったんだ…」
 アスカの顔から血の気が引いた。
「かっこいいやつが良いんだろ?、だったら、一杯いるじゃないか…」
「シンちゃん!」
 やめさせようとする。
「何も僕でなくてもいいんじゃないか…、加持さんみたいな人に、加持さんみたいになってもらえばそれで…」
 恐い…
 アスカは続きを聞きたくなかった。
「あんた、本気で言ってんの?」
 だから聞いた、力なく…
「僕だって…、僕だって頑張ってるんだ!、頑張ってるんだよ…、でもこれで精一杯なんだ…、しょうがないじゃないか…、命一杯頑張ったって、僕はこの程度なんだからさ…」
 語尾が震えている。
「アスカの理想になんて追いつけないよ…、理想通りになんてなれないよ…」
 僕はアスカたちみたいにデキが良いわけじゃないんだから…
 だんだんと、熱が冷めるように言葉から勢いが消えていく。
「シンジ様…」
 シンジの手を取る、シンジはじっと床を見つめたままだ。
「一緒に高校行きたかったから、頑張ってたのに…」
 アスカは遊んでるって思ってたんだ…
「シンジ…」
 アスカも、すっかり酔いは冷めていた。
「あんたが何考えて、何をしているのかなんて、言ってくれなきゃわかるわけないじゃない…」
「はは…、そうだよね」
 言わないとわかってくれないんだ…
 信じててくれないんだ…
 シンジはそのまま部屋を出て行こうとした。
「ちょっとシンちゃん!」
 ちっとも握り返してこなかったことがショックだったのか、ミズホは簡単に手を離してしまった。
「シンちゃん!、どこに行くの!!」
 無理に振り返らせる。
「自販機…、頭冷やしてくるよ」
 笑って見せた、能面のように、感情のこもっていない冷たい笑みだったが。
「あ、そうだ…」
 玄関に置いたままにしていた鞄、その中から包み紙を取り出す。
「これ、レイの分、あとこっちがアスカで、こっちがミズホの…」
 レイに押しつける。
「シンちゃん…」
「ごめん、渡せる雰囲気じゃなくなっちゃったし…、お願いできないかな?」
 痛々しい笑み。
「ダメだよ…」
 レイは努めて明るく微笑んで見せた。
「ちゃんと自分で渡さなきゃ」
 自分の分の袋を抱き締める。
「ありがと、シンちゃん…」
 シンジはそういうレイの顔を見ることができなかった。
 避けるように扉を開き、出て行く。
 シンジの背中を、扉が隠した。
 そしてレイは後悔した。
 シンジを一人で行かせてしまったことを。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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