Episode:20 Take5



「ねぇ、アスカぁ?、昨日から変だよ、一体どうしたのさぁ?」
「うっさい!」
 恥ずかしいからポカっと叩く。
「あんたは黙って見てればいいの!」
「見てるって、なにを?」
「……!」
 カヲルの言葉がリフレイン。
「いつも通りにしてればいいのよ!」
「なんだよそれ、わけわかんないよ…」
 シンジは寂しそうな目でアスカを見た。
「ああもう!、いいからほら、急がなきゃお店閉まっちゃうじゃない!」
 シンジの手を取り引っ張る。
「急ぐって…、そっちジオフロントじゃないよ?」
「あんたバカぁ?、なんでレイとあんたが行ったとこに行かなきゃなんないのよ?」
「う、うん…」
 そんな言い方ないよなぁ…
 とは思っても口にできない。
「とにかく任せなさいよ、良いお店知ってるんだから」
 アスカは軽くウィンクした。






 一見すると普通の家にも見える。
 いや、むしろ普通の家を増築したのかもしれない。
 シンジは窓から覗いてみて驚いた。
「へぇ、ここって手作りなんだ?」
「そうよ、凄いでしょ?、ジオフロントの大量生産品なんて目じゃないって感じよねぇ?」
 腰に手をやり、アスカは得意満面に胸を張った。
「でも意外だなぁ、アスカがこんなお店知ってるなんて…」
「あんたあたしをバカにしてない?」
「そ、そんなこと」
「あるんでしょ?」
「ないよ!」
「どうだか…」
 シンジは上目使いにアスカを見た。
「アスカ…、まだ怒ってるの?」
「は?、なにが?」
「何がって…、違うならいいけどさぁ」
「変なの?、それよりほら、入るわよ!」
 シンジの背を押し、アスカはちろっと舌を出した。



「相田に鈴原…、一体何よ?」
 時間は昨日の夕方に戻る。
「いやいやいや、わしら旅の情報屋やけどな?」
「じつはいーい情報があるんだよ」
 カメラを取り出し、再生モードでアスカに見せる。
 数十秒の沈黙。
 レイがデートだなんだとはしゃいでいる映像。
 アスカの顔から不機嫌な色が消える、かわりに氷のような微笑みが浮かび上がった。
「…で?」
「うっ…」
「雪女か、はたまた鬼婆ってとこやのぉ」
「誰がよ!」
 まあまあっとなだめるケンスケ。
「もう起こってしまった事はしょうがない、それよりもこれを前提に、具体的な対処の方法と次なる行動を模索するのが先なんじゃないのか?」
「どういうことよ」
 誰も気にしてないのに、ケンスケはキョロキョロと周囲を確認した。
「つまりぃ、シンジ…、今日はきっと綾波と…」
「もうべったべたの熱々やろなぁ」
 バキバキバキっと、握りこんだアスカの拳が音をたてた。
「で、でもどうせ、いつもみたいになんにも無いんだろうけどな?」
「そやなぁ、これもまぁ、いつものまんま、惣流の前では「ごめん」っつー感じになるやろなぁ?」
「なるほど、で?、あんた達は何が欲しいってわけ?」
「さすが惣流、話しが早い!」
 パンっと手を打つ。
「肖像権の話!、どうにか8:2で手を打たないか!?」
「当然あたしが8よね?」
「うう、じゃあ7:3で…」
「ま、良いわ、そのかわり…」
 ぐわしっとケンスケの頭を挟みこむ。
「うまくやるのよ」
 ほほほほほーっと歩き去るアスカの背中に、トウジは…
「なあ、わしらもしかしてとんでもない奴と取り引きしたんとちゃうか?」
「夏のためだよ、がんばろう…」
 ようやく猛獣から解き放たれたように、ケンスケはほっと胸をなで下ろした。



「あいつら、うまくやってんでしょうねぇ?」
「え?、何か言った?」
「あ、ううん、なんでもないわよ…、それよりも気に入ったのあった?」
 シンジはやはり無地、今度は白を選んでいた。
「コレなんてどうかなぁ?」
「…ほんと地味なの好きねぇ?」
「あんまり派手なのはちょっとね…」
「こういうのは飽きたら取り替えるんだから、派手なくらいでちょうど良いわよ」
「でも、わりと白って好きなんだ」
「ふ〜ん…」
 そうだっけ?っと、記憶を掘り起こしている間に、シンジはそれを買い求めた。
「さてと…、じゃあ帰ろうか?」
「なによ、もう帰っちゃう気?」
 店を出る、アスカは唐突にシンジの手を取った。
「でももう遅いよ?」
「まだ陽が落ちたとこじゃない、ちょっと遊んでいきましょうよ!」
 手を引っ張る。
「もう、しょうがないなぁ…」
 いつものアスカだ。
 それが嬉しくてたまらない。
 シンジはポケットに忍ばせていた何かの券を握り締めた。
 これなら、誘っても大丈夫かなぁ?
 シンジは先先と進むアスカの後を、素直に追いかけついていった。






「…でやなぁ、これが中1の時、シンジがバンドやった時の写真や」
 うっわー、似合わないのぉ!っと、レイとミズホはきゃあきゃあとはしゃいでいた。
 一人、少し離れてその様子を見ているカヲル。
 見守っている、という雰囲気。
 皆でなぜかトウジの家に遊びに来ていた。
「ほら、こんなのもあるぜ?」
 きゃー!っと、ケンスケの見せた写真に赤くなる。
 シンジの名誉のためにも内容は伏せておくが…、修学旅行の時にお風呂で撮った写真だった。
「シンちゃん呼ばなくてよかったねぇ?」
「いたらきっと、隠して見せてくださいませんもの!」
 はははっと、汗をぬぐうトウジ。
「おや?、鈴原君、どうしたんだい?」
 急に頬杖をつき、カヲルはトウジを覗きこんだ。
「な、なんにもあらへんがな」
「そうかい?、今日はいつにも増して関西弁がおかしいよ?」
「ほっとけ!、わしのんはこっちのと変にまざっとるんや」
「だけど相田君もおかしい…」
「今度は俺かぁ?」
 ふふふとカヲル。
「ほら、声が上擦ってる…、一体何を隠しているんだい?」
「べ、別に何も隠してないさ!、なあ?」
「そや、変な言いがかりつけんといてもらおやないか!」
 ぐるっと面子を見渡すカヲル。
「…アスカちゃん、それに洞木さんがいないね?」
 ギクギクっと二人。
「そ、惣流はほら、この写真のことって知ってるし…」
「ヒカリもや!」
「違うね…」
 すっと目元が引き締められる。
「アスカちゃんなら、それでもレイ達と大騒ぎするはずだよ、きっと「この時こんな事があって」とね?、違うかい?」
 口元の笑みは、逆に皮肉の度合を増した。
「鈴原君」
「なんや!」
 上擦った。
「君は必ず洞木さんを遠ざける時があるね?」
 動揺した。
「…ヤッパリ何か隠してるようだね?」
 その反応に満足する。
「さあ、話してもらおうかな?」
 ずりずりと下がる、とんっと何かに当たった。
「ふふふ、逃がさないからねぇ?」
 レイだった。
 見るとケンスケはミズホに取り押さえられていた。
「わ、ワシらが何したっちゅうねん!?」
「それはこれから取り調べますぅ!」
「うう、割が合わないよなぁ、これじゃあ…」
 絶望的な呷きをケンスケは漏らした。






「Do you love me?」
 昨日と同じ映画を、昨日とは違う場所で見ていた。
 肩でアスカの存在を感じているシンジ。
「大人しいじゃない、どうしたの?」
 そんなシンジに不満顔を向ける。
「おかしいかな?」
「おかしいわよ…」
 ずりっと頭を擦り付けるように、アスカは位置を正した。
「いつもなら慌てるくせにさ…」
 シンジは何気にアスカの髪の香りをかぐ。
「…カヲル君が言ったんだ」
 嫌な奴の話題に、ピクっと反応する。
「寂しいんだろって…」
 映画の会話が流れていく。
 だが今の二人には意味を成さなかった。
 ただ右から左へと流れていく。
「恋人同士って…、きっとこんな雰囲気よね?」
 シンジの手に手を重ねる。
「かもね」
 いつもより大胆に、シンジは手の平を返して握り返した。
「奈落の底へ落ちていくぅ!」
 それもいいかな?
 シンジは前と違う思いに囚われていた。






「ねえ、お腹すいたね?」
 手を繋いだまま、シンジとアスカは映画館を出た。
「ん〜〜〜、ほんと!」
 っと伸びをしたところで、ここ二日の我慢を思い出してちょっとがっくり来た。
「じゃあ、帰りましょうか?」
 ホントはまだ…
 不満をなんとか抑えこむ。
 でももう8時だもんね?
 今日はここまでかぁ…
 そのアスカの目の前に、ぴらっと何かの券がちらついた。
「え?」
「これ、アスカが前から行きたがってた…」
「レストラン魔鈴のディナー券!?、どうしたのよ、これ」
「母さんに貰ったんだ、ここから近いでしょ?」
「あ、でも…」
 体重が気になるなどとは、口が裂けても言えない、言えないが、しかし…
「ダメならいいんだ…」
 淋しそうにうつむき、視線をそらすシンジ。
「あ、ほら、だっておば様、夕食の用意してくれてるでしょ?」
「大丈夫だよ、だって母さんには食べてくるって言ってあるから」
「え?」
 アスカの驚きに、シンジは笑みを浮かべて顔を上げた。
「だからこれくれたんだ、母さん」
「あ、そうなの?」
「うん!」
 幸せそうに…
 バカ!、そんな顔されたら、断れないじゃない!
 赤くなってるのがわかる、一瞬見惚れたのだ。
「わかった、じゃあ行きましょうか?」
 腕を組め、と、シンジに抱きつく。
 シンジは黙って、緊張気味にポケットに手を入れた。
 できた三角形に、アスカが腕を絡める。
「…でも」
「ん、なに?」
「なんでもないわよ!」
 はしゃいでごまかす。
 鈴原達、無駄な事させちゃったかな?
 この時間、まだトウジ達への拷問は続いていた。







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