Episode:30 Take4
「それで影の様子はどうかね?」
「はっ…」
VIPルーム、伯爵の部屋も甲斐の部屋と同じように、完全な防御がなされていた。
元々は武装テロはもちろん、ESPを想定してもいる防壁である。
「殿下のコントロールは完全に働いております、人としての判断能力は失われましたが、逆に機械としての質は上がりました」
ふふふと、軽く笑いを漏らす。
「人の意識が残っていましては、メイ様に引きずられてしまう可能性も残りましょうからな?」
伯爵はワイングラスを持って窓辺に立った。
「あの男…、甲斐ヨシハルの部屋を落とすのどれぐらいかかる?」
「もうそろそろかと…」
そして軽く唇を濡らす。
「これで名実ともに彼女はわたしのものとなる…」
もうすぐですよ?、姫…
ふははははっと、高笑いがVIPルームを満たして響いた。
●
「甲斐さん、逃げてください!」
ドンドンドン!っと、何者かが扉を破ろうとしている。
「逃げる?、どこにだい?」
甲斐は肩をすくめて笑いを浮かべた。
「…甲斐さん?」
「湾内に沈んでいる有価証券のサルベージ、よくできた餌だと思うけど、つめが甘かったようだね?」
え?
カスミはキョトンと、扉に向けていた注意をおこたった。
「ごらん?、序曲が終わる、ここから伯爵に手向けられる葬送曲へと繋がるんだ、楽しみだとは思わないかい?」
甲斐のその余裕のある態度は、気がふれていると思われても仕方の無いものだった。
扉は相変わらず激しく叩かれている、何かの破砕道具を使っているのかもしれない。
基が要人警護の名目で作られた部屋だもの、そうそう簡単に破られはしないけど…
それでもいざとなった時、カスミ一人で守りきれるとは思わなかった。
ちらりと甲斐を盗み見る。
でも、最後に一緒にいられるのなら…
カスミはそんなことを考え始めていた。
出番だな?
その「声」にぴんっと耳を立てるツバサ。
「うわ!」
ツバサはヨウコに持ち上げられた。
行ってこい。
「ちょ、ちょっと!」
軽く振り回し、舞台へ向かって強引に放り投げる。
「よっと!」
空中で体を反回転させ、ツバサは器用に着地した。
「もしかして、ギャグメーカーでしかなかった僕が、ついに主役になれる瞬間をつかみかけているってわけ?」
目の前には、呆然としているメイが居る。
「近づいてる、僕が目立つ瞬間が近づいちゃってるよー!」
ツバサはメイを抱きしめると、その額に額をつけた。
「ごめんね?」
後30秒。
ヨウコの容赦のないカウントが始まる。
ざわざわと観客席がざわめき始めた。
だがツバサはこう思っていた。
余裕だね…っと。
●
「なにこれ!?」
ミヤはコンサートホールに入るなり、耳鳴りのようなものを感じて頭を押さえた。
「マイとメイか、なんてことを…」
いくら「声」で呼び掛けても返事が返ってこない。
最後に聞こえたのは、マイの悲痛な泣き声だった。
マイ…
リキの顔に焦りが浮かぶ。
「サヨコを置いて来て正解だったな」
ホール内は異様なまでの興奮に包まれている。
リキは顔をしかめて、甲斐が居るはずのVIPルームへ足を向けた。
「いくぞ?」
そうしてミヤを強引に抱え上げる。
「あ、ちょっと嫌だ!」
「安心しろ、触れるような部分は無いだろ?」
ゲシッと、ミヤの肘鉄がリキのこめかみにヒットしていた。
「なんだろう…」
シンジはじっと陸に見える光を見つめていた。
「どうした、シンジ君?」
「嫌な予感がするんです」
さっきまでのうろたえていたシンジはすでに無く、きりっと表情を引き締めて、シンジは波の冷たさに堪えていた。
加持が運転している、二人を落としてしまわないようにゆっくりと。
シンジとレイは、お互いを繋いでしまうような形で肩を組み、加持の足元に座っていた。
お互い、足は水の中だ。
「…これ以上悪いことが起きるとは思えないけどな」
苦笑する加持。
もう陽は落ちて、はたして陸まで何キロあるのかわからなかった。
あるいは何百メートルかもしれないが、こちらからは新オペラハウスの明かりがチカチカと光って見えるだけである。
初めのうちは「真の闇」に脅えていたものの、シンジの感覚は既に麻痺してしまっていた。
「いえ…」
暗闇がどこまでも続き、星空に繋がっているようにも見える。
「いえ、もっと絶望的な…」
だが水平線上にあるそれは、間違いな新オペラハウスのお祭りの光であった。
「そうか」
シンジ君がそういうのなら、そうかもしれないな。
加持は普段絶対に考えたりはしない、憶測に頼った思考を始めていた。
●
ミヤを抱えたままで走るリキ。
足元には真っ赤な絨毯が敷き詰められていた、それはまるで危険へと流れ込む血の川のようにも見えている。
ミヤはジタバタと暴れながら、リキに教えるように指差した。
「見て、あいつらよ!」
「またか、しつこい奴等だ」
ニヤリと、口の端を狂暴に釣り上げる。
重厚な作りの扉の前に、5人黒づくめがたむろっていた。
扉を破るためのものだろうか?、その手に手斧のようなものを持っている。
「気がついたか」
傷だらけにした扉から、リキへとその刃先を向け変えた。
「きゃん!」
放り出されてお尻を打つミヤ。
「いったぁい…」
そうやってさすってる間に、リキは敵の懐に飛び込んでいた。
ブオン!
斧が振り回される。
ガキィン!
だが黄色い光が斧を弾いていた。
「!?」
動揺と狼狽。
困惑が一瞬敵の動きを止める。
「なりふりかまっていられないんだ」
力の出し惜しみはしない、勝敗は瞬時にして決まっていた。
ドサドサと倒れていく男達、その首元からはみなドクドクと血を流している。
「……」
その光景を、目を丸くして眺めているミヤ。
…そっか。
シンジの笑顔を見た時の違和感の正体がわかって来た。
リキもムサシ君も同じ…
守る者のためなら、相手を倒すことをいとわなかった。
それが決定的な違いだったのだ。
けど、シンジ君は…
自分が傷ついても、守ることだけを選んでいく…、誰かを傷つけることを恐れて…
不器用だから、知らず傷つけることはあっても…
自ら傷つけてしまうことを恐れる弱さ。
優しさ?
その違い。
ああ、そうか…
(あなたにも、わかっているはずよ?)
レイの瞳が、鮮やかに思い出された。
恐いと感じた瞳が、今はとても懐かしく近い。
「おい、そこに居るのか!?」
ドンドン!っと、扉を叩くリキ。
ミヤはビクッとして、思考の海から自分に返った。
「…ちっ、ダメか」
並みの防音壁ではない、叩いたぐらいでは気付いてなどもらえないだろう。
「でも、中に居るのなら無事ってことでしょ?」
ミヤはポジティブな思考に切り替えた。
「ああ、まあな…」
押し入ろうとしていた連中はリキが倒したのだ。
中に居ないのであれば、扉を破る必要は無いだろう。
「ならリキはここに居て、甲斐さん達を守って」
「お、おい!」
制止を振り切り、舞台に向かう。
焦って、安売りしちゃったかな?
ペロッと舌を出し、通路を駆け抜けミヤは走った。
「どうせなら、カヲルやシンジ君よりもカッコいい人、見つけないとね?」
ミヤの中で、二つの考えがぶつかり合う。
そんな人居ないだろうと言う諦めと。
カヲルの次にシンジが居たのだからと、また新しい出会いを見付けられる希望との攻めぎあい。
ミヤはその内の後者の方に、強く期待を寄せていた。
●
「これで終わり!、人のかけた催眠ぐらい簡単に解けるさ」
満面に笑みを浮かべて額を離す。
と同時にツバサは背後からの殺気に気がついて振り向いた。
「あ…」
1・0…
ヨウコの無情なカウントが終わりを告げた。
「「「BOOOOO!」」」
観客席からブーイングが巻き起こった。
「わわ!、物は投げないでよぉ!」
頭を庇ってしゃがみこむ。
わあああああ!
暴動、暴徒と化した集団が、ビン、缶、バッグ、携帯電話、とにかく手持ちのあらゆる物を、ツバサに向かって投げ始めたのだ。
だが…
カン!
「え!?」
呆然とするツバサ、それらの物は、ツバサの手前で金色の壁によって全て弾き返されていた。
「…メイ?」
ニヤ…
メイは、これ以上と言うものは無いほどに、邪悪な笑みを浮かべていた。
●
「封印が解かれましたな?」
「後催眠が働き出した、もう誰もメイ様を止めることはできん」
ニヤリ…
メイを同じ笑みをうかねる伯爵。
あるいはメイが伯爵と同じ笑みを浮かべているのかもしれない。
ジョドーは恭しく頭を下げた。
伯爵は窓から混乱に飲み込まれていく会場を見下ろしながら、静かにワイングラスを傾けていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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