Episode:32 Sequence2



「薫、こっちだよ」
「パパ、もう起きて大丈夫なの?」
 京大付属病院、その一室。
「ははは、大袈裟だなぁ、ちょっと無理がたたっただけだよ」
「顔見せに寄らなきゃ死ぬって、電話で叫んでたくせに」
 薫の父を見る目には、とても辛そうな物が混じっていた。
「ごめんね…、パパ」
 だからついつい謝ってしまう。
「あん?」
「うちに借金があるの、知ってるの」
 父の手招きに、薫はベッド横の椅子に腰を下ろした。
「あたしのせいでしょ?、それって」
 彼は軽く香るを小突いた。
「借金と言っても些細な物さ…、まあ家は手放さなきゃならなかったけど、もう返済も終わるし、今年中にはまた家族一緒に暮らせるよ」
「パパ…、嬉しそうね?」
 家なき子なのに…との薫の言葉に、父は腹をかかえて笑い転げた。
「か、薫、あまり笑わさないでくれよ、肺が…」
「だってぇ…」
 ぶうっと膨れる。
「嬉しそうなんじゃない、幸せなんだよ」
 涙を拭きながら、彼は薫の頭に手を置いた。
「あきめるしかなかったのに…、今はお前がこうしてお見舞いに来てくれる」
「パパ?」
「俺は何もできなかったし、見ていることも辛かった…」
 頭を優しく撫で回す。
「このベッドから出られて、よかったな?」
「うん…」
 薫の目にも涙が浮かんでいた。


 ヤだなぁ、涙もろくなってるかも…
 薫は目が腫れてないか気にしながら、早足で廊下を歩いていた。
 逃げ出そうとしているようにも見える。
 嫌な匂い…
 外に出て知ったことがある、それは空気の匂いだ。
 …朝の空気が一番好きだな、冷たくて、澄んでて。
 でも電車は嫌い、香水とか化粧品臭くて…、どうしてみんな、お化粧なんてするんだろう?
 こんなに空気って美味しいのにと、薫は中庭に出て思いっきり息を吸い込んでいた。
 服に着いた匂いまで気にしてしまう、薫のそれは病的に近かった。
「人ごみの中にいると髪がタバコ臭くなったり、あ、お店もだな、食べ物も気をつかっちゃう…」
 薫は敷地内を出て北に向かった。
 特に当てがあったわけではない、学生の流れに沿ってみただけだった。
 どこかにお店ないかな?
 食べ物のことを考えていたからか?、急にお腹がすいて来た。
 キョロキョロと左右を見回す、大きな交差点。
「大学って、ここまでなんだ…」
 その北方向には商店街が続いていた。
 あれ?
 薫はふと、引っ掛かる物を感じてしまった。
「あ…」
 またあの子だ。
 あの男の子、赤い瞳をした男の子。
「何してるんだろう?」
 大学の門に続く石垣にもたれて、ビデオウォークマンを楽しんでいた。
 あ、こっち向いた。
 …信号青だ。
 薫は何となく引かれる物を感じながらも、彼を無視するようにしてしまっていた。


 なぜかしら?、こんなに不安になるのは…
 理由も分からないままに、薫はその瞳だけを思い返してしまっていた。
 え?
 それが夢の中の瞳に重なる。
 ううん、違う!
 薫は適当な店に入り込んだ。
 喫茶店かと思ったけど、けっこうメニュー多いな。
 何となくみそカツ丼を頼んでしまう薫。
 その後は、頬杖をついて窓の外を眺めていた。
 あ…
 また白い肌のあの男の子。
 まさか、着いて来てるなんてこと…
 ちょっとだけ恐い考えになってしまった。
 違うっか…
 確かに後を追うように店には入って来たのだが、ちゃんと他にも連れがいた。
 初老の老人と、黒髪のおとなしそうな女の子であった。
「すみません、無理をお願いしてしまいました」
 丁寧な物言いに、見かけ通りの礼儀正しい少年なんだと、薫は会話を盗み聞いた。
「いや、久しぶりの古巣も良いものだよ…」
 ウエイトレスがメニューを持って来る、受け取ったのは眼鏡を掛けた女の子で、後の二人にそれぞれ配った。
「ありがとう」
 彼の微笑みに、その子は頬を染めた。
 むっ、…って、どうして腹が立っちゃうのかしら?
 自分の気持ちが良く分からない。
「検査の結果は健康そのもの、何の問題も無かったよ」
 検査?
 病気なのかしら…
 女の子が頷いていることから、薫はあの子の事なのだと適当に察した。
「それよりすまないね、君まで付き合わせてしまって」
「いえ、他人事じゃありませんしね、それに…」
 ふいに彼は顔を薫へ向けた。
 え?
「楽しい旅行にも、なりそうですし」
 あたしを、知ってるの?
 カヲルの微笑みに、薫は身動きできなくなってしまっていた。






 誰なんだろう?
 疑問符が、だんだん大きくなって来ていた。
 あなたは誰なんですか?
 わからない、でも知っているような気がする。
 初めて会ったはずなのに…
 とても懐かしい感じがする。
 どうして?
 薫は物思いにふけっていた。
「こぉら薫ぅ」
 薫はぶにっと頬を引っ張られた。
「痛い痛いよ、和ちゃん!」
「ぼけぼけっとしてるからでしょ!」
 う〜っと威嚇するが通じない。
 薫は諦めたように、旅館の窓から外を眺めた。
 夜の街、二人とも浴衣に着替えてしまっている。
 車が通って行く、第三新東京市よりは少しばかり古い感じがする。
「もう!、それが男に会って来た女の子のする顔かぁ?」
 あまりの辛気臭さに、とうとう和子も限界に達しかけていた。
「男って、お父さんだもん」
 ぶもうっと膨れる薫。
「なによそれ、つまんない青春送って来たのねぇ」
「どうせ入院くり返してましたよぉだ」
 べ〜っと舌を出して固まった。
 入院?
 引っ掛かる。
 あれ?、どうして碇君が…
 今まで何度思い出そうとしてもできなかった記憶が蘇って来た。
 斜め向かいのベッドで半身を起こしている少年。
 その隣に…
「ほら!」
 和子は薫の目の前にビデオウォークマンをつきつけた。
「もう!、今大事なこと思い出しかけてたのに…」
「あ、そう、いいんだ、ふぅん…」
 意味ありげな視線に口を尖らせる。
「なによぉ、はっきり言ってよぉ」
 ニヤリと、和子は嫌らしい笑みを浮かべた。
「愛しの碇君がテレビに出てたんだけどねぇ、いらないんなら、あれ?」
 すでに和子の手から、ウォークマンは消えていた。
「ねえ!、どこ?、どの辺!?」
 食い入るように液晶ディスプレイを見ている薫。
 騒動が起こっているのか、右往左往する人ばかりが映っていてよくわからない。
「本人は映ってないよ、けどその歌ってさ…」
「ほんとだ!」
 スピーカー部分に耳をくっつける。
「オーストラリアからの中継だって」
「良く押さえてくれた!」
 両手を取って、親友のできの良さに感激する。
「あ、ダビングはディスク代込みで500円ね?」
 薫は親友のがめつさに感動した。






 二日目、金閣寺。
「金隠し」
「いきなり何言ってるのよ、和子」
「いや、似てるかなぁって」
「なにがち○隠しよ」
「言ってないって」
 二人で池ごしに金閣寺を眺める。
「つまんないねぇ」
「行ったこと無いから描写のしようが無いのよね」
「誰が?」
「さあ?」
 危険な会話を展開している。
「それで?昨日は一体なにを惚けてたのよ」
「うん、あのね…」
「あ、やっぱ良い」
「えー!、どうしてぇ!?」
「どうせまた「あたしの王子様ぁ!」ってのろける気なんでしょ?」
「…ちょっと、違う、かも」
 薫は自信なげに呟いた。
「どうしたのよ?、珍しい」
「珍しいって、どういう意味よぉ」
「だってあんたちとも年上っぽくないんだもん、妹みたい、発育不良だし」
「和ちゃん!」
 胸元をくいっと引っ張られたので慌てて押さえた。
「怒らない怒らない、聞いてあげるから」
「もう!、最初っから聞いてくれるつもりだったくせに」
 薫は頭を撫でられて、本当に妹のような気分になっていた。
「それで?」
 姉の顔をする和子。
「うん、あのね?、赤い目の男の子に会ったの…」
「へえ、京都にもいるんだ」
 薫はその言葉に驚いた。
「京都にもって…、和ちゃん、他にも知ってるの!?」
「あんたほんとに何も知らないのねぇ…、ほら」
 和子はごそごそとリュックの中からビデオウォークマンを取り出した。
 ディスクを差し替え、再生する。
 しばしその映像を見ていた薫は、強ばったように固まってしまった。
「これ、誰?」
「渚先輩、KAWORUって写真集出してるの、これはそれを取り込んだ海賊版」
 間違いなく、あの男の子だった。
「…あたしが見たのも、この人だった」
「うそ!?、こっちに来てるの?」
 がくがくと揺する和子。
「う、うん、女の子と一緒だった」
 和子は思いっきり薫の首を締め始めた。
「ずるぃ〜、なんであんたばっかり、こんちくしょう!」
「か、和ちゃん、苦しいよ…」
「そんな美味しい情報、写真付きなら高く売れたのにぃ!」
 そんなに有名な人だったんだ…
 薫はだから見たことがあるような気がしていたのかと、勝手に解釈してしまっていた。







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