Episode:33 Sequence3



「薫ぅ!」
「和ちゃん!」
 次の移動先は奈良の大仏前だった。
 まるでプラスチックのような光沢を放っていて、ありがたみも何も無い。
 これもまた、ジャイアントシェイクの後に修復されたためである。
 その前で、再会を喜び抱き合う二人。
「ふけつ…」
 はっとして周囲を見回すリツコ。
「どうしました?、赤木先生」
「いえ…、気のせいよね?、きっと」
 幻聴と決め込むリツコ。
「それより、よく連れ戻せたわね?」
「話の分かる方で助かりました…」
 くいっと、顎先で指し示す。
 その先の土産物屋で、帽子を取る男が居た。
「彼が…」
「では、僕はこれからあの人と話しをして来ますよ」
「ちょっと待って」
 思わずリツコはカヲルを呼び止めた。
「なんです?」
 それをさも当たり前のように受け止めるカヲル。
「…あなたには意味を為さないかもしれないけど、気をつけてね?」
 くすっと、笑みを漏らすカヲル。
「あなたから、そのような言葉が頂けるとは思いませんでしたよ…」
「あら、変かしら?」
 カヲルは素直に頭を下げた。
「あの!」
 カヲルが去ろうとしているのを見とがめたのか?、和子も慌てて走りよってきた。
「あ、ありがとうございました!」
 そして勢いよく頭を下げる。
「和ちゃん…」
 親友の未だ見たことのない姿に、おろおろとしてしまう薫。
「やめてよ和ちゃん…」
「いいの!、…正直あたしには何があったのか分からないし、分かることも無いと思うけど…」
 顔を上げる和子。
「でも、カヲル君が連れ戻すと言って、それで本当に薫はこうして帰って来てくれました」
 薫の頭をくしゃっといじって、和子はにこやかにカヲルを見た。
「それを見た時、思ったんです、ああ、この人は本当に不思議な力を持ってて、それで薫の命まで助けちゃったことがあるんだなぁって…、今までは半信半疑だったんですけど、でも今は信じられます」
 その笑みにカヲルは答えようが見つからなかった。
「羨ましいです、薫が…、それじゃ!」
 和子は薫を引っ張っていってしまった。
「…どうしたの?」
 リツコの声に、はっと我を取り戻すカヲル。
「いえ、あんな風に言ってくれる子もいるんだなって…」
「あら?」
 リツコは、本当に意外そうに驚いた。
「あなたの側にも、居るんじゃなかったの?」
 カヲルはいつも周りに振り回されて、面白おかしく過ごしている少年のことを思い出した。
「そうですね?」
 その笑みは、本当に柔らかなものだった。






「いやはや、まったく申し訳ない…」
 帽子を取り、男はぺこりと謝った。
「あの化生、名を「とら」と申しまして…、わたしに取り憑いてる化け物なのですが…」
「能書きはいい、それより彼がマユミを狙うというのは本当かい?」
 削夜はこくりと頷いた。
 絶望的な話に、顔色が真っ青になってしまうマユミ。
「そんな…、どうして?」
「とらはああ見えても執着心が強くて、一度狙った獲物は口にしなければ気がすまないんですよ」
 獲物って…、あたしのことですか?
 マユミは恐くて、そう聞けなかった。
「大丈夫」
 体ががくがくと震えてしまっている。
 カヲルは安心させるように、ポンと頭に手を置いた。
「君は僕が守るから」
 渚君!?
 一瞬ドキッとしてしまうマユミ。
 だ、だめ、あたしには好きな人が居るんだから…
 なぜだかちらりと過ったのは、空色の髪をした少女だった。
「だけども、こんなに人の多い所で仕掛けて来るとは思わなかったな…」
 すうっと、急に空が陰り出す。
「なんでぇ、気がついてたのかよ…」
 地面の下から湧き出て来るとら。
「ああ、結界…と言うのかい?、人の気配が遠くなっていたからね…」
 実にその通りで、周りに人の姿はあるのに、誰も彼もが彼らが見えないかの様にうろついていた。
 当然、とらが人前に現れていると言うのに、誰も見向きもしようとしない。
「とら!、大人しくわたしと共に帰るのです!!」
「やぁ〜だね」
 べ〜っと、とらは舌を出した。
「それにお前、いつも人を食うなとうるさいだろうが」
「当たり前です!、それがどうかしましたか!?」
 とらはカヲルとマユミをねめつけた。
「お前ら、人か?」
 ゾクッと、マユミの背を悪寒が駆け抜けていった。
 なに?、これなに!?
 まるで「生まれる前の記憶」、「本能的に知っている恐怖」に脅えるような、そんな感じに包まれた。
「人じゃねえなら、食ってもいいよな?」
 カヲルの目が、とらの邪悪な言葉にすっと細まる。
食ってもいいよな!?
 とらは一気に飛び掛かった。
 カヲルは真正面に壁を展開し、それを防ぐ。
 ザシュ!
 地面から伸びたいくつもの金色の槍が、背後からカヲルを串刺しにしてしまっていた。
「きゃあああああああ!」
 驚き、悲鳴を上げるマユミ。
「さっきやって気がついたのよ…、力をとっさに使った時は、一方向にしか界を生み出せないってな」
「なるほどね」
 カヲルは何事も無かったかの様に顔を上げた。
「お前!?」
「どうやら、そう簡単には死ねないらしいね、僕も」
 キキュン!
 光が刃となって、とらの槍、その正体である髪を切り裂いた。
「渚くん!」
「山岸さんは、下がっていて…」
 背後に庇い、立ち上がる。
「おうおう、大変だなぁ、人間もどきって奴は…」
 蔑むような言葉が、傷ついたカヲルの上に降り注いだ。
「人に紛れ、人の振りをして、なおかつ知られないようにしなくちゃならない…、同情するぜ?」
 その顔が、勝ちの確信にかニヤついている。
「死んじまえよ!、それが一番楽になれるさ!」
 だが、そうはいかない。
「死ねば楽になれるだろうけどね…」
 カヲルは口腔に込み上げて来た血を吐き捨てた。
 僕には、帰るべき所がある…
 熱い!?
 マユミは喉元を押さえてもがいた。
 熱い!、熱い、なにこれ?、この感じ、渚くんの心が流れ込んで来る?
 マユミは確かに感じていた。
 これは渚くんの心…、ううん、碇君への思い。
「きっと、泣いてくれると思うよ?」
 だから、死ねない。
「なにをごちゃごちゃと!」
 とらは再び飛び掛かった。
「とら!」
 傍観していた削夜が声を荒げる。
 とらが狙ったのはマユミだった。
「きゃあああ!」
 いけない!
 だが体の「修復」が間に合っていない、カヲルの初動は遅れた。
 ボグ!
 ぼろ布のように、マユミの体は吹き飛んでいた。






「人の形、心の形…」
 彼は淋しげに少女に問いかけた。
「好きかい?、お父さんと、お母さんが…」
 人の形にすらなれなかった子供が、確かに肯定の意志を伝えていた。
「そっか…」
 少年は、傍らに座る黒豹に頷いた。
「君に永遠をあげるよ」
 黒豹がただの肉の塊に等しい彼女を包み込む。
「永遠だけど、有限、その中で君は何を見つけるんだい?」
 彼は…、浩一はそう言って抱きしめてくれた。
 その時にはもう、彼女には「マユミ」と言う人としての形があった。
 暗い海の底で聞いた歌声は、誰のものだったのだろう?
 意識すら無かった、人によっては失敗作、またはダミーと呼ばれていた。
 耳も鼻も口も無い、だから歌声など聞けるはずも無い。
 だけど確かに聞いていた。
 誰?、歌っているのは…
 ジオフロントの情景が目に浮かぶ。
 駆けつけるシンジと、喜び両手を広げて飛び付くレイ。
 ステージ、歌。
 ああ、きっとこの人達だ…
 何故そう思ったのかは分からない。
 だが確信はあった。
 そう、同じだったから…
 包み込むような、温かさが…
 同じようなものを感じる。
 同じようなものを感じてしまった…
 けど、恐い!
 だからマユミは、呆然としてしまっていた。


「いや…、いやあ!」
 髪を振り乱す。
 傍らには壊れた眼鏡、ひしゃげたフレームと割れたレンズ。
「いやあああ!」
 頭からは血が流れている、服はずたぼろになり、がくがくと体は震えていた。
「山岸さん!」
 駆け寄るカヲル。
「こんなの嫌ぁ!、どうして、どうして!?」
 マユミはカヲルに問いかける。
「どうしてあなたはここにいるの?」
 どうしてあたしはここにいるの?
 カヲルはその問いに答えることができなかった。
「もちろん、わしに食われるためさ」
「とら!」
 削夜がとらを捕らえようと結界を張る。
 カヲルとマユミを中心に、4メートル四方の界が張られた。
「ぐぎゃああああああああ!」
 不用意にそれに接触して、悲鳴を上げるとら。
「汚ねえぞ、削夜!」
「あなたに一つ言っておくことがあります!」
 削夜は這いつくばるように痛みを堪えているとらの前に出た。
「この者たちは、人間です」
 誰が、なんと言おうとも。
 削夜の瞳には、とらを許さない気迫があった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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