「ほら薫、風邪を引くわ」
「ううん、もうちょっとだけだから、お願い」
病室の窓には温度差のために水滴が付いていた。
曇っていてよく見えない、長い黒髪の女の子は、手できゅっきゅと拭くと、目を凝らして外の様子を眺めた。
「駄目よ、部屋の中でも肩が冷えるわ、ほらちゃんと寝て」
「うん……」
しぶしぶ従う。
「ママ…、雪降ってる?」
「ええ、降ってるわ、綺麗ね…」
バカみたい…。
薫は自分で自分をそう思った。
いつも同じ時間に通りがかる彼。
どこへ行くのかはわからないけれど、いつも彼は独りで微笑んでいた。
あの微笑みを投げかけてもらえたら、どれほど幸せになれるだろうか?
それは淡い夢だった。
「あるはずないのに…」
ぽそりと呟く。
「今日は気分が良いみたいだけど、無理しちゃ駄目よ?、明日はパパも来てくれるから」
「ママ…、窓の外みたい、お願い、もうわがまま言わないから…、これで最後にするから…」
つまされるような母親の表情に、心苦しくなる。
「…しょうがないわね、あと10分だけよ?」
「うん、ママ…」
窓の曇りを拭き取る、ちょうど彼が通りかかるところだった。
雪の中でも傘をささずに、コート姿で歩いていく少年。
景色に溶けこんでしまいそうな、白が似合う少年だった。
ふと、立ち止まる。
彼が振り向いた。
「あ……」
ほんとは違ったのかもしれない。
でも少女は信じた、その赤い瞳で自分を見つけてくれたのだと。
彼女、ナカザキ薫は、運命を信じたかった。
NEON GENESIS EVANGELION
Genesis Q':4
第四話
冬物語
ミズホのお弁当事件があって以来、アスカはもう10分早く起きることにしていた。
シンジの部屋へ忍び込むと、そのままベッドにもぐりこむ。
短いひと時、アスカはシンジのあどけない寝顔を見て満足していた。
何の夢を見ているのだろうか?、幸せそうに口元が笑っている。
だが時間は余りにも短く、早くにすぎていく。
「シンジ…、朝よ、起・き・て・?」
アスカは優しく、耳元で囁いた。
「シ・ン・ジ、シンジってばぁん」
甘ったるく。
「う〜ん、レイ、もうちょっと…はっ!」
凍り付くアスカ、慌てるシンジ。
「あ、ごめ、アスカ!」
遅かった。
「バカシンジーーーー!」
それは見事なエルボーだった。
●
「うえ〜ん、シンジ様ぁ!」
「ほんっとうに大丈夫、シンちゃん?」
ベッド脇でミズホとレイが居場所を争っていた。
慌てて体を起そうとしたのがまずかった、アスカのエルボーはシンジのアバラにヒビを入てしまったのだ。
そういうわけでシンジは今、第三新東京市立総合病院のベッドで寝ていた。
「あたしは悪くないもん」
ぷいっとそっぽを向くアスカ。
言葉はともかく悪いと思っているのだろう、一度たりともシンジをまともに見ていなかった。
「でも困ったわねぇ、スキーどうしようかしら」
ユイが気にしているのは、家族+アスカ+ミズホで行く予定だったスキー旅行のことだ。
「いいよ、行って来てよ、大人しく待ってるからさ」
「シンちゃんが苦しんでるのに、遊んでいられるわけないじゃない」
さり気なくミズホを押しのけ、シンジの手を取るレイ。
しかし楽しみにしていたのも事実だ、レイの部屋には新品のウェアなどが揃えられ、宅急便待ちをしていた。
「たった二泊三日じゃないか、大丈夫だよ」
大晦日を前にして、ちょっとした家族旅行を企画していた。
「私が面倒見ますぅ」
シンジの両手を取り返すミズホ。
「わるいよ、ミズホ…」
「かまいません、だって約束したじゃないですか、私をいつどんな時でもシンジ様のお側に置いてくださるって!」
きゃっと頬を赤らめる。
「ちょ、ちょっとそれどういうこと、シンちゃん!」
「あっ!、レイ、誤解だってばっ、あ、アスカちが…」
胸倉を捕まれて、あうあうとあえぐシンジ。
「いつまでも一緒だってぇ〜♪」
夢見モードに入る。
「あばらがぁーーーーーー!」
「ちょ、ちょっとアスカ、落ち着いて」
「離して、ヒカリ!」
傍観していたヒカリが割ってはいる。
「だめよ、病院だってこと忘れたの?、あたしたちだけじゃないんだから!」
「そや、静かにしてくれんか」
たしなめるトウジ。
めずらしく、せっせと人のためにリンゴを剥いていた。
「あ、鈴原、あたしがやってあげるから…」
「そうかぁ、すまんなぁ委員長」
「あー、おねぇちゃん赤くなってるぅ」
鈴原の隣に寝ていた少女が、ヒカリを指差して笑った。
一気に赤くなるヒカリ。
「こらハルカ、善意で言うてくれとんのや、からかうもんやない」
「は〜い、おにいちゃん」
鈴原の妹、鈴原ハルカは風邪をこじらせて入院していた。
「でも毎日ちゃんとお見舞いにきてるなんて、えらいわね」
ユイの微笑みに何故かトウジは赤くなった。
「ホンマは家で看病してやりたいんです、けどうちはおじんもおとんも働きに出とるし、ワシもバイトがあるもんやさかい…」
「でもシンジおにぃちゃんが来てくれたから寂しくないよ♪」
にこやかにハルカ。
複雑な顔をするシンジ。
「お前はええ子やなぁ!」
トウジは妹の頭を抱きかかえると、髪をくしゃくしゃになでまくった。
「あとおねぇちゃんもいるし」
ハルカはトウジを押しやり、隣のベッドを見た、今は誰もいない。
四人部屋で、現在はシンジ、ハルカと、そのもう一人がこの部屋に入っていた。
「あんまり見かけへんなぁ、そういうたら」
深くは考えないトウジ。
「それで、スキーとかなんとか、どうすんのや」
「別に病気ってわけじゃないしさ、ヒビ入っただけだし、心配しなくていいって」
シンジは笑ってみせた。
「わかった…、あたしが責任取る!」
拳を振り上げて宣言するアスカ。
「あたしのせいだもん、あたしが面倒みます!、だからレイたちは安心して楽しんで来て?」
しおらしくアスカ、しかし目線をそらせる時の小さな含み笑いをレイは見逃さなかった。
この状況を利用して二人きりになるつもりなのね!
「あ、あたしも…」
「アスカちゃん頼むわ…、といいたいところだけど、シンジも子供じゃないもの、いいわよね?」
「え〜〜〜〜〜〜っ!」
やたらと派手にがっくりするアスカ。
「あう〜ん、だめですぅ、シンジ様ぁ」
諦めの悪いミズホはシンジに甘えた声を出す。
「だめだよ、ミズホ」
珍しく真剣な面持ちで諭すシンジ。
「この間も言ったろ?、幸運だと思えるものを見つけていこうって、だから僕が居なくても楽しんでくるの、ね?」
「シンジ様…」
「残って看病してもらっても、悪いって気が消えないもん、だから楽しんで来てよ」
「シンジ様…、私のことをそこまで考えてくださってるなんて…」
なにやら感極まっている。
「シンジ様ぁ!」
抱きつこうとするミズホ。
「なに二人だけの世界作ってんのよ!」
その首ねっこをつかむアスカ。
レイが後を継ぐ。
「シンちゃ〜ん?、ゆっっっくりお話しする必要があるみたいねぇ?」
目が笑ってない。
シンジは十字を切りたい想いだった。
●
「そうか」
いつもの部屋にいつもの二人。
一人は携帯を取り、一人は将棋の駒を動かしていた。
「ああ、わかっているよユイ、シンジのことは彼に任せる、問題はない」
ちらちらと盗み見する冬月。
「今日は早く帰る、旅行には抜けた二人の代わりを彼らに頼もう」
じゃ、早く帰って来てね、と、ユイは電話の向こうでキスをした。
「シンジ君、大丈夫なのか?」
「ああ、心配はない」
携帯をしまうゲンドウ。
「旅行に行けるほどではないがな、冬月、後を頼む」
「ああ、良い旅行をな」
「ああ」
無愛想に返事をしながらも、珍しく鉄面皮の頬はゆるんでいた。
「そんなにスキー旅行が楽しみなのかね…」
一人残された会議室で、冬月は呟いてみるのだった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
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