NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':102 


 シンジは思わぬ歓待を受けた。
 それは『見学』がいつの間にやら『入部』にすり変わっていたからだ。
 シンジの腕前はおおむね好評であった。
 弦楽器を弾ける人間は少なく、また育てるにも二年と少しの部活では足りない。
 そこで元から習っていたシンジの登場である、シンジは期待を込めて歓迎された。
 簡単な曲を弾いただけなのに、皆はシンジに希望を寄せた。
「ごめんなさい」
 しかしシンジは頭を下げた。
 シンジはもう知っていた。
 アスカと同じように、みなすぐに飽きるだろうと言うことを。
 期待はいつか薄れ、当たり前になり、弾く事を強要され、押し付けられるだけになる。
 後は、惰性。
 面白くなくなり、辛くなる。
 だからシンジはチェロをやめたのだ。
 周りの声には耳を塞いで。
 やれ、才能がある、やればできる。
 それはシンジを追い詰めるだけの、酷く的外れな慰めだった。


「あれ?」
 トボトボと夕日の中を下校していて、シンジは言い争う二人に気が付いた。
 少し遠回りした公園である。
 吹奏楽部の勧誘を断った事で、少し冷たかったかなと暗く伏せっていたのだ。
 気分転換、しかしそこで見付けた影の内の一人は。
「霧島さん?」
 吹奏楽部に居た少女だった。
 夕日の中、抱き合う二人、浅黒い肌をした少年は少女の顔を上げさせた。
 そして唇を奪うために顔を近づける。
(あ…)
 シンジは逃げ出すのもどうかと硬直してしまっていた。
 少女は…、少年を拒絶して押しのけていた。
 唇は触れていない、代わりに驚きで目を見開いている。
 少年は戸惑った顔でしばし佇み、それから少女に手を伸ばした。
 肩に触れる寸前、少年はシンジの存在に気が付いた。
 バツの悪そうな顔をするシンジに、少年は弾けたように赤面して…
 逃げ出していった。


「あ、あの…」
 シンジは呆然と取り残されてしまい、焦り慌てた。
 声を掛ける、はっとしたように振り向いたのは、やはりつい先程見た顔だった。
 霧島マナ、シンジと共に吹奏楽部に見学に来ていた女の子だ。
「ご、ごめん…」
 シンジは何故だか謝った、その瞬間、マナの瞳から涙が溢れた。
「う、あ…」
 わぁあああああああああ…
 シンジの胸に縋り付いて泣き始めた。
 本当なら膝を突いていたかもしれない、でも倒れた方向にシンジが居た。
 そこはシンジの胸だった。
 シンジも「危ない」と思ったからマナを支えた。
 その結果、胸で泣かせる事にはなったが、ほっとしてもいた。
 心の奥底で、このまま逃げ出していたら暫くは「どうしたのかな」と憂鬱に過ごさなくてはならなくなってしまっただろうから。
 だからシンジは、マナが泣きやむまで付き合った。


「ごめんね…」
 二人は近くのベンチに並んで腰かけた。
 赤く泣きはらした目をハンカチで押さえながら、マナは照れを隠すようにペロっと小さな舌を出した。
「いいよ、別に…」
 そう言いながらも、シンジのシャツはマナの涙で濡れていた。
 透けてアンダーシャツが見えるほどだ。
「みっともないとこ、見せちゃった」
 そんなマナにシンジは進退窮まっていた。
(どうしよう…)
 帰るに帰れない、それはマナがぽろぽろと会話を繋ごうとするからだ。
(何か話したいこと、あるのかな?)
 聞いてあげればいいのは分かる、だがそこに触れた途端、傷つけてしまいそうで恐いのだ。
 泣かれたらどうするか?
 先程なにもできなかったばかりだ、それがまたシンジの恐怖心を強く煽っていた。
「あの…、ね」
 ついに来たかと、シンジはびくりと震え上がった。
 しかしマナは自分の世界に入っていて気が付かなかった。
「ムサシはね…、幼馴染なの」
「幼馴染?」
 コクリと頷く。
「小学校の三年生まで長野に住んでいたんだけど、家が隣同士でね?、いつかまたねって約束して…」
「会いに、来てくれたんだ?」
 またマナは頷く。
 しかし嬉しさよりも先程のことが思い返されてしまうからなのか?、顔色は青い。
「よかったじゃない」
「良くない…」
 マナは呻いた。
「あたしとムサシは小さい頃から良く遊んだだけのただの友達なの…、碇君が考えてる様な事はなにもないのよ?」
 シンジはマナの目を見た事があると感じた。
(そっか…)
 アスカと同じなのだ、アスカが加持に弁解する時と。
「でも…、僕には、ムサシ君の気持ちも分かる気がする」
「え?」
 シンジは何処も見ていない目を作り、膝の上に組んだ手を見下ろした。
「僕にもね?、幼馴染がいたんだ…」
「惣流さんのこと?」
 シンジの言葉が途切れて、マナは慌てた。
「あ、あの…」
「…僕もね?、友達、違うかな」
 シンジは目を閉じて深く考えた。
 マナの焦りを、いらぬお世話と断ち切って。
「何でも無かったんだと思う…、友達でも無かったんだ、当たり前みたいに、楽しかったんだと思う、側に居て、でもね?」
 ふぅと吐息を突く。
「ある時、怒られたんだ…、もう来るなって」
(碇君…)
 マナはシンジの目が暗く澱んでいる事に気が付いた。
 実際、アスカはそこまでのことを口にしたわけではない、シンジがそう受け取っただけの話しである。
 そしてその事はシンジの中において真実として歪んでしまっていた。
「その時はよく分からなかったんだ、…何がいけなかったのかな、僕が悪いのかなってそればっかり考えてたんだ」
「わかったの?」
 マナの好奇心を感じながらも、シンジは頷いた。
「…僕が、友達じゃないから」
「そんな…」
(幼馴染なんだから…、ううん)
 マナにもどこか納得できてしまう部分があった、だから後半は飲み込んだ。
 気が付いたら一緒に遊んでいた、それは親などの都合によって引き合わされたもの。
 それに対して友達とは自分で見付けていくものだから。
「霧島さんは…」
「え?」
「ムサシ君、きっと霧島さんのこと、好きだったんだね?」
 シンジは羨ましげに微笑んだ。
「でも霧島さんは違ってたんだ…」
 んっとマナは頷いた。
 それが責めるような口調なら、もっと強く反応してしまったかもしれないと想いながら…
「好き…、だけど、友達って言うのかな?」
 あたしまだよくわかってないかな?、とマナは照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「いいね、幼馴染って」
 そんなマナを羨ましげに見やる。
 空気が和らいだ事にマナの口が滑った。
「碇君は違うの?」
(あ…)
 マナはその一言がシンジを傷つけたと感じた。
 シンジの顔に、一瞬寂しげなものが浮かんだからだ。
「僕達は、違うから…」
「あ、ごめ…」
「僕が勝手に付きまとってただけだったんだよ」
 それもシンジの勝手な解釈だった、それも後天的な。
「だから邪魔するなって、怒られたんだと思う」
 他に納得できる理由が見つからなかったから、シンジの中の笑っているアスカは、全てが『しようがない』と構ってくれているアスカに置き換えられていた。
「そんなことないんじゃないかな?」
 マナの慰めにもシンジはかぶりを振って答えた。
「見えたんだ、壁が」
「壁?」
「うん…」
 シンジは「それは壁だ」とシンジが感じたものの正体を、「母さんが教えてくれた」と告げた。
「結局、他人だったんだ、僕達は」
 シンジは虚ろな目が深みを増していく。
「惣流さんがどんな気持ちで僕と遊んでくれてたのかなんて、僕はちっとも気付かなかった…」
「碇く…」
「あの人は」
 強引に遮る。
「きっと霧島さんも、同じ気持ちで居てくれてると思ってたんだね?」
「…うん」
 シンジが無理に自分の事から話を逸らそうとしているのを感じながらも、マナには戻す事が出来なかった。
 同時に先程まで泣いていた自分を嘘の様に切り離していることに驚いていた。
(不謹慎なんだ、あたしって…)
 自分よりも深く激しく悩み、傷ついている少年がここに居る。
 その事に気を取られて、気分が楽になっていると気が付いたのだ。
「あたし…、ムサシに、電話してみる」
「そう…」
 シンジは「そうしてあげて」、と微笑んだ。
 はにかみ程度だったが、シンジにはそれ以上なにもできなかった。
 言うべき言葉も知らなかった、自分の想いを暴露する以外に何も思い付かなかった。
 それは恋愛を知らないからだ。
 マナもそのことには感付いていた。
(碇君は、どうなの?)
 自分とアスカの気持ちが同じであるとは思わないのかと訝ってしまう。
 今のシンジを見ていれば容易に察しが付く。
 自分の中をさらけ出す事を恐がっていると。
 想いを吐露しかける度に、言葉を遮ったようにシンジは殻に閉じこもって来たのだろうと。
(きっと、惣流さんとは、もっと…)
 アスカに話しかけられると、最も厚い殻を被る。
 そうやって逃げて来たのだろうと、マナはこれまでに見かけたシンジの姿を思い返した。
 卑屈になるほど視界から外れようとする様子が思い浮かぶ。
(恐いんだ、惣流さんが…)
 好きだったのかな?、とマナは想像した。
 ムサシの様に、自分のように、きっと好きだったのだろうと予想がついた。
 別たれた二人の想い出は、お互い勝手な美化を孕んで違う感情を作り上げていく。
 それが自分達のズレだった。
(でも碇君は…)
 子供が叱られた後でしゅんとして落ち込むように。
 怖々と様子を窺い、側に寄る事を許してくれるかどうか悩むように。
 常に顔を合わせていたがために、辛い現実ばかりを直視させられ、苦しみ続けて、結局は…
(許してもらえなかったのね…)
 理不尽な怒りが沸き起こる。
 きっとこうしてくれていることは好意なのだろうが、シンジがそれ以上の感情を見せてくれないこと、慰めてはくれない理由と原因に、マナは思い至ってしまった。
「…優しいね、碇君は」
「え…」
 マナは透き通るような微笑みを浮かべた。
「なにを、急に…」
 赤くなるシンジに満足を感じる。
 マナにも早過ぎる思春期の想い出はあった。
 それまでのようにムサシにスカートをめくられたある日、何故だか途端に恥ずかしくなって、泣いてしまった。
 それからムサシが気落ちして謝りに来るまで、マナは目も合わせようとはしなかった。
 結局謝りに来たムサシを許しはしたのだが…
(可哀想な碇君)
 シンジの場合は事情が違う、翌日、アスカはもう元通りだった。
 しかしシンジはそこに『仮面』を見た気がした、本当のアスカが分からない不安が、余計な壁を築かせた。
 シンジは壁の向こうが見えなくて、恐くなって後ずさったのだ。
 それからだろう、シンジはおそるそる、機嫌を伺う癖が付いてしまった。
「き、霧島さん!?」
 シンジはぽてっと肩に乗ったマナの頭に戸惑った。
 動くと彼女は倒れてしまう、そんな余分な気遣いが、シンジから逃げる動きを奪ってしまった。
 そして、そんな二人をきつく睨み付けるように見つめている双眸があった。
 その事に二人は、まったく気が付いていなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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