「偽薬じゃないの?」
出番は次だ。
あすかはちらっと振り返った。
そこにシンジが居る。
でもま、騙されてあげるわよ。
あすかはシンジに見えるように薬を飲んだ。
喉に引っ掛かったりしないでしょうね?
念のために、水のペットボトルを貰って口に含む。
あすか、行くわよ?
あすかは「わーーーー!」っと盛り上がっているステージへ、右手を高く挙げて走り出た。
その手に金色のマイクを握って。
ズッダンダダダン!
ドラムの音が心地良い。
なんだろう?、いつもより興奮してるのかな?、あの薬?
原因は特定できない。
でもいいわ。
いつもより感覚が鋭くなっている。
リズムが分かる。
メトロノーム並にはっきりと計れる。
あすかはマイクに向かって、いつもにない勢いを発した。
はぁげーしい、雨が今♪
あすか、なんだ凄いじゃないか…
シンジにはどうしてこの歌で自信を無くしてしまうのか?、理解できなかった。
「カバーとかアレンジとかでオリジナル歌わないけど、今日のはいけてるじゃないか」
そう言う話しが聞こえて来た。
そっか、自分の歌じゃないからなんだ…
シンジは知らなかったが、あすかがゲンドウに詰め寄ったのはそのことについてであった。
自分の作って来た曲を歌わせてくれと頼み込んでいたのだ。
これならオリジナルでもいいのに…
今はふっ切れている。
「この勢いが足りなかったのだ…」
シンジは驚いて振り仰いだ。
「父さん!?」
ゲンドウはじっとあすかを見ている。
「なにしてるの?」
「…仕事だ」
仏頂面で答えるゲンドウ。
「…父さんって、サラリーマンじゃないの?」
「偏見か?」
シンジはまあいいやと前を見た。
「どうだ?、彼女は…」
シンジには答えられなかった。
「どうだって、聞かれても…」
困ってしまう。
「お前にも失望した」
「なんだよ?、急に…」
ゲンドウはくいっとメガネを持ち上げた。
「良いものはいい、それだけの事がなぜ言えん?」
「なんだ、そんなことなら…」
シンジは観客席の方を見た。
「みんなわかってるよ」
その勢いが凄過ぎる。
この後に出て行くのか、僕たちは…
場が白けてしまったらどうしようかと思う。
シンジは震え上がりそうになっていた。
ダダン!
あすかは二曲歌って戻って来た。
明るい表情でシンジに駆け戻ろうとして、表情を強ばらせた。
「プロデューサー…」
え!?っと驚くシンジ。
「良くふっ切れたな?」
ゲンドウは穏やかな笑みを見せた。
ドキッとして赤くなるあすか。
「は、はい…」
ぽんとその肩に手を置く。
「その自信があれば歌えるだろう」
「え!?」
ゲンドウは楽譜を渡した。
「これ!?」
「君のマネージャーに頼まれて、君の歌詞に曲を付けた」
「ほんとですか!?」
あすかの全身から堅さが取れた。
代わりに見えるのは、全身から滲み出して来る喜びだ。
「頑張ります!」
「ああ…、シンジ」
「え?」
え?
シンジが呼ばれた事に、あすかも驚いて二人を見た。
「にやり」
「口に出して言わないでよ…」
呆れるシンジ。
あすかはちょっとだけ、「これがあのプロデューサーなの!?」っと愕然としていた。
●
まだ興奮で盛り上がっている。
この勢いを消しちゃいけないのか、僕たちは…
数万人の前に出るというのは、それだけでも根性がいる。
「それでは新人ユニット、Dearです、どうぞぉ!」
えええええ!?
わーっと盛り上がる会場とは逆に、シンジの視界は暗転しかけてしまっていた。
ユニットって、どういう事なのさ!?
自分もデヴューしなければいけないなんて話は聞いていない。
「シンちゃん…」
レイが心配げに話しかけてきた。
「大丈夫だよ、大丈夫…」
しかし逃げ出すわけにもいかなかった。
空元気を見せるシンジ。
大丈夫なわけないってば…
それはシンジの顔色を見れば分かる。
でも負けられないんだ…
シンジは肩越しにあすかへと振り返った。
あたしはできたわよ!
そう言い現わすかの様に腕を組んで立っている。
ここで逃げたら、きっとあの子はがっかりしちゃう…
あたしの頑張りで自信がつくって言ったじゃない!
ダメだ、ダメだ、ダメだ!
シンジはポケットに手を突っ込んだ。
逃げちゃ、ダメだ!
そしてシンジも、その禁断の薬を飲み込んだ。
●
わあああああ…
喚声すらも、地震のような地響きを誘発する。
これが本物のステージなんだ…
照り付けて来るライト。
でも前に立つのはレイなんだ…
シンジは小さく、客席に向かって手を振っているレイに感心した。
ギターを持つ手が、汗でねたっとし始めている。
この内のどれぐらいの人達が、僕たちのことを知ってるんだろう?
ほとんどはこの街の人間のはずである。
レイがちらっとだけ振り返った。
頷くシンジ、それを合図に、ドラムがスティックでタイミングを取った。
1・2・3・タン!
ゆめにぃ、まぁで見ぃた♪
きみの、う〜でだぁき…
そして、あーるくぅ、とてもかろやぁかぁにぃね…
練習期間の短かったオリジナル曲、それでもシンジはレイとはもる事ができた。
出だしはなんとかなったと、気を引き締め直す。
ひざしと、苦笑ーお♪
それが似ー合うぅ、君にこころ、うぅばわれて!
「まあまあってとこね…」
あすかはレイを見ていた。
レイの歌がどんなものか気になっていたから。
でも自然と、いつの間にかシンジを追いかけてしまっていた。
「どう?」
突然話しかけられて、あすかはビクッと反応した。
「あんた…」
「年上にあんたは無いでしょ?」
アスカはウィンクした。
「ありがとう…」
「なにが?」
あすかはせっかくお礼を言ったのに!っと目を釣り上げた。
「もういいわよ、バカ!」
怒る、だが声はシンジの邪魔をしないようにと、自然と抑えてしまっていた。
二人は並んで、シンジを見た。
「不思議でしょ?」
あすかも気がついていた。
「…みんなリズム取ってる」
レイよりも、シンジのビートに乗ろうとしている。
「まだまだよ…」
アスカは何かを確信しているような瞳を向けた。
「きゃー!、シンジ様ですぅ」
「危ないよ?、ミズホ」
カヲルはミズホの腰を抱くようにして、シンジ達を見下ろしていた。
ステージ上部のライト、それを支えているフレームの上に居るのだ。
客席からは看板が隠してくれている。
いくらなんでも二人の体重を支えきれるほどしっかりした作りはしていない。
カヲルが力で、体重の半分以上を持ち上げていた。
僕はやれるんだ。
ほえ?
ミズホは急にきょろきょろとした。
僕にだってできるんだ!
「聞こえたのかい?」
ミズホはカヲルに頷いた。
ニコッと微笑むカヲル。
「シンジ君だよ…」
「シンジ様が?」
慌てて見下ろす。
僕にだってできるんだ。
僕にだってやれるんだ!
その自信に溢れた感じに違和感を感じる。
こんなのシンジ様じゃないですぅ…
どこか尊大な感じを受ける。
でもすぐにあらためた。
でも頑張った振りだけじゃ意味が無かったんだ、僕は何のために頑張りたいのか忘れてた…
シンジが見上げたような気がした。
シンジ様…
瞳を潤ませるミズホ。
「シンジさまが気付いて下さいました、そのうえ心が通じ合ってるなんて、なんて幸せものなんでしょうかぁ!?」
こらこら…
カヲルは「僕にも聞こえているよ?」と言ったが無視された。
だけど今はレイの…、レイのためだけに弾くよ、ギターを!
キュィン!
シンジのギターが異音を放った。
なに!?
レイも驚く、背中から突き出されるようなサウンド。
でも、温かい…
レイの体を包み込む。
シンちゃん?
音がシンジだった。
シンジの形を取っていた。
シンちゃん!
レイを抱きしめようと、両腕を広げて飛んで来るシンジが見えた。
シンジは後ろでギターを弾いているはずなのに、その金色に光るシンジはレイをしっかりと抱きしめていた。
歌いながら目を伏せ、その包容を受け入れる。
そして次に上げたその時には、瞳が赤く輝いていた。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。
本元Genesis Qへ>Genesis Q