その夜。
 シンジが薪を拾いに行っている間、マユミは持って来ていた本を開いて読んでいた。
 スクール水着のままだ、肩にかけているシャツはシンジのものである。
 キョキョキョキョキョ…
 奇怪な声が聞こえて来る。
 真上を見上げれば星空に大きな月が、木々の葉の合間からわずかに覗けた。
 キョロッと、わずかに不安になって周囲を確認する。
 暗闇の向こうに誰かが居るような気配がある。
 それはこちらを見ている、じっと様子をうかがうように。
「…考え過ぎ」
 すべてはマユミの想像で、本当にはなにもいない。
「気のせいよね?、きっと」
 ふっと視線を戻してぎょっとした。
「きゃっ!」
「……」
 ポイッと薪をくべる手。
「お、脅かさないで下さい…」
 マユミは相手の正体を知って胸をなで下ろした。
「どうしたんですか?、こんな所に、浩一君…」
 浩一はマユミの隣を指差した。
「え?」
 そこにコンビニのビニール袋が置かれていた。
「これ?」
 開けて見ると、中には洗顔クリームなどが入っている。
「マナから?」
 ふっと微笑むと、浩一の形をした物は、崩れるように形を変えた。
「ロデム?」
 黒い豹は、そのまま地面に溶け込むように姿を消す。
「そう…」
 マユミも小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう、心配してくれて…」
「あったよ、薪!」
 シンジが大きな声を出しながら戻って来た。
「ありがとうございます」
「うん、仕方が無いよ、それにこんなことまで山岸さんにお願いできないからね?」
「え?」
「だって山岸さんに付き合わせちゃってるのは僕なんだから、僕に出来る事は僕がしないとね?、あ、そうだ」
 シンジはニコッと微笑んだ。
「洗う物があったら言ってよ、洗濯もするからさ」
 ついハイと言いそうになって、マユミは慌てて遠慮した。






「失敗したかも…」
 今日はテントを立てていた。
 だが一つしか無い、シンジはマユミに譲ると、外で寝ると出ていった。
 Tシャツなどしか持って来なかったために、水着の上に羽織る物が無かった、だからシンジのシャツを借りていたのだ。
 今はそのシャツと、膝で切ったジーンズを履いている。
 明日はTシャツとジーンズで…、水着を洗わなくちゃ。
 洗濯物を洗う事までは考えていなかった。
 代えの服も、一週間保つとは思えない、と言うのも暑くて汗をかき過ぎるからだ。
「夕方の冷え込む前に汗を洗い流さなきゃ風邪引いちゃうし…」
 だが一日に何度も着替えていては、代えがもたない。
「碇君は、どうするつもりなのかしら?」
 外に意識を向ける。
 え?
 シンジががさごそと、何か動き回っている音が聞こえた。


「これとこれと…、それと」
「なにを…、してるの?」
 マユミは小さく声をかけた。
「あ、起こしちゃったかな?」
 苦笑い、シンジは汚れものをまとめていた。
「それ…」
「うん、今のうちに洗っておこうかと思ってね?」
 シンジは森の奥の方を見た。
「奥に水場があるのを見付けたんだ、奇麗な水だからね?、あ、あそこなら汗を流すのもいいと思うよ?」
「え、ええ…」
「よいしょっと…」
 シンジは洗濯物をリュックに詰めて歩き出し、マユミは何となくその後を着いていった。






「ここだよ…」
「わあ…」
 直径で5メートル程はあるような池だった。
 岩場になっていて、奇麗な水は月明かりを反射している。
 2メートルほど段になっている壁面から染み出し、流れる水。
「上は?」
「やっぱり森だよ、水は海に流れてっちゃうみたい」
 マユミは靴を脱ぐと、ちょっとだけ水に入ってみた。
「冷たい…」
「湧き水だからね?」
 シンジはマユミがいるよりも、なるべく水が流れ出していく場所に鞄を下ろした。
「ごめんね?」
「え?」
「水、少し汚すよ?」
「ああ、手伝います」
 マユミも慌てて駆け寄ろうとした。
「え?」
 パシャ!
 何かが跳ねた。
「なに?」
 深くてもマユミの腰までしかないような深さだ、何かがいるのなら気がつくはずである。
「な、あ!」
 マユミはそれが跳ねたのではなく、何かが落ちて来た、あるいは何かを落とされたのだと気がついた。
「碇君!」
「え?」
 シンジが振り向く、段になっている上に、大きな獣が一匹いた。
「なに?」
 白い体毛に黒い縞。
 体長は1メートルもないだろうが、それにして大きかった。
 獣毛が月明かりで銀色に光っている、月を見上げ、そしてシンジ達を見下ろす。
「碇君、ここ…」
「うん、あいつの水飲み場なんだ」
 シンジはそこを汚そうとした自分がバカだったと思った。
 じっと見る赤い瞳。
 でも…
 別に怒ってない?
 シンジはじっと見つめ返した。
 一歩を踏み出す。
「い、碇、く…」
 マユミの言葉を、手だけで制する。
「…ごめんよ?」
 シンジは獣に向かって歩み寄った。
「言い訳はしないよ、僕たちもここを使っていい?」
 そんな言葉、通じるわけ…
 だが獣は怒らず、その場に伏せるように寝そべった。
 ぷらんと段の上から尻尾が垂れる。
「…ありがとう」
 シンジは微笑むと、ゆっくりと振り返って洗濯物へと歩み寄った。
「碇君?」
 まだ恐怖に引きつっているマユミ。
「あれ、猫だよ」
「え!?」
 マユミは驚いた。
「大きさは変わってるけど、間違い無いよ」
「で、でも…」
 それだけ大きくなれば、猫も虎と同じである。
「大丈夫だよ、きっと人間を知らないんじゃないのかな?」
「人間を?」
 二人でその猫を見る。
 猫はうっすらと瞼を開き、観察している。
「ここは人の来ない場所らしいから、人の恐さや酷さなんて知らないんじゃないのかな?」
 都会の野良猫が、人の影を見ただけで逃げ出すような事はしない。
「でも、自然に生まれて来た生き物じゃないですよね?」
「…うん」
 この島の奥に、何かがあるのかもしれない…
 シンジは猫を眺めながら、明日調べて見ようと決めていた。






 翌朝。
 きゃああああ!
「ど、どうしたのさ!」
 シンジは悲鳴に飛び起きていた。
「い、碇君!」
 マユミは慌ててテントから飛び出して来た。
 すがり付くようにシンジに抱きつく。
「一体なにがあったのさ!?」
 シャツはマユミには多少大きいのか?、白い胸元が覗けてしまう。
 しかしマユミの慌てように、シンジに気がつくゆとりは無い。
「あ、あれ!」
 見るとのそりと、夕べの猫がテントから出てきた。
「…なんだ」
 シンジはほっと息をつくと、マユミを背に庇ってしゃがみこんだ。
「おいで?」
 手首を返して人差し指を突き出し、猫の首の下を掻いてやるよと仕草で伝える。
 すると猫は、ゆっくりと指を嗅ぐように近寄って来た。
「ほら…」
 シンジはそのまま、顎の下を掻いてやった。
「気持ち良いんだね?」
 ごろごろと喉が鳴っている。
「い、碇君…」
「恐くないよ?」
 だが腰を下ろしているシンジよりも大きく見えてしまう。
「恐くないって言っても…」
 今ひとつ信用できない。
「どうしたのさ?、遊びに来たの?」
 マユミは急に悟っていた。
 あの感じ!
 誰かに見られていたような感じ、それはこの子のものだった。



続く








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