NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':79 


『わたしのシナリオにはない計画だな、これは』
 一方その頃、タタキも冷や汗をかきながら電話していた。
「新鋭気鋭の若手ライターってのが失敗しましたよ、キスだの裸だのって、ウケ取ることしか考えてませんからね」
『それは君も同じだろう』
「過剰なサービスはインフレを引き起こすってのが「見えないルール」なんですよ、で、どうしますか?」
 その判断を仰ぎたくて電話していたのだ。
『かまわん、好きにさせろ』
 はぁ?っと間抜けな声を出してしまった。
「…いいんですか?」
『そのためのお膳立てはしてある』
「あの子のことならよくご存じってわけですか」
『結末は見えている、予測修正範囲内だよ』
「捨て鉢になるって事は考えないんで?」
『この程度で頓挫するようであれば、計画に完遂はありえん』
「ま、信じて見ますか」
『ああ、では後は頼む』
 ふぅ…
 携帯をしまいながら、ロケ予定地となるセットを見回す。
 学園物だが、アスカの部分だけ先行収録してしまうので、セットは街中を作っていた。
 その視線の先には電話をしまうカヲルと、側に寄っていくアスカが見えた。
 さてと…
「監督はいるかい?」
「こっちに居るよ」
 ぽんと肩を叩かれる。
「よぉ、お姫様のご様子は?」
「お冠だよ」
 髭面でサングラス、ゲンドウとは違い熊のような体格の男だった。
 二人は並んでアスカを見る。
「重要と言えば重要な役所なんだが…、いけるのか?」
「無理だな」
「おいおい…」
「なあ千葉ぁ、納得できない、やる気もしない、その上本気にもなってない、んで押し付けられた役、プロだって無理だろ」
「そりゃそうだ」
 千葉も頷く。
「ただなぁ…」
 二人はアスカに近寄る男を見た。
 二十歳代後半の青年だが、どこかちゃらけた印象を受ける。
「売れ線のライターとどっちを取るかと言われるとな?」
「わかってるよ」
「ま、ケイタに任せるさ、相手役なんだから、盛り上げてもらわないとな?」
 …盛り上げられても、困るんだよなぁ。
 中間管理職。
 ふいにそんな言葉が脳裏を過った。


「アスカちゃん」
「なによ…」
 カヲルの囁きに不機嫌な声を返し、さらにその視線を追って機嫌を最悪な所までシフトアップする。
「君達か?、アスカとカヲルってのは」
「あんた誰?」
 もちろんアスカは知っている、村雨、このドラマのシナリオライターである。
 ただその「知ってて当然」的な態度が気に入らなかっただけだ。
「ふぅん、可愛いことは可愛いかな?」
 しかしその態度も村雨は受け流した、それも余裕で。
「ごねてるんだって?、またどうして…」
 これ一発で有名になれる、一応脇役子役についてはオーディションも行われ、その応募総数はこれまでに無い数字をはじき出していた。
 だからこそ、アスカの態度が解せないのだ。
「キスシーンなんて、最初の契約にはありませんでしたからね?」
 そっぽを向いてしまったアスカの代わりに、カヲルがその事を口にした。
「ああ…」
 と村雨は余計にニヤつく。
「今時キスもしないドラマってのもね?、そう思ったんだけど」
「必要性のないシーンだとは思いませんか?」
「あるよ、ラストの一番盛り上がるシーンだ、感極まってそれでもなにもしないまま終わるんじゃ肩透かしだろう?」
 にやけた笑みをアスカに向ける。
「君は、キスした事も無いのかい?」
 腕を組んでいるアスカの指が、苛つきを示すように動いている。
「その様子だと無いわけじゃないみたいだな」
「無い方が良かったんですか?」
「まさか」
 相手をカヲルに変える。
「そう言った気持ちも知らないで演技なんかできないだろう?」
「それをするのが演技なんじゃないんですか?」
「演技ってのは騙し合いだよ、ならよりリアルに嘘をつかないとな?」
 ま、ともかくと苦笑いする。
「そこのお堅いお嬢さんに、できるかどうかってのは疑問だけど」
「堅いって誰がよ!」
 にやけた笑みが神経を逆なでした。
「君だよ、今時ゲームでも負ければキスぐらいさせるよ」
「そんなのそいつらの勝手でしょ!」
「それが普通なんだよ、で、君は今時の子とは違うから堅いってわけさ」
 とっさに言い返せなかった。
「まあやりたくなきゃいいよ、悪いけど君程度なら代わりはたくさんいるからね?」
 すぅっとアスカは息を吸い込んだ。
 でなければ傷つけられたプライドが、「やってやるわよ!」と勢いだけで口にしてしまいそうだったから。






「レイ、レイってば」
「どしたのマナ?」
「いいから!、ちょっと来て…」
 教室、なぜかシンジをちらちらと見るマナにレイは戸惑う。
「どうかしたの?」
「知り合いがちょうどね、そのアスカのドラマってのに関係してたから」
 偶然とは恐ろしいものだとマナは感じる。
 もちろん、おそらくは作為だと言うことも承知しながら。
「なにかわかったの?」
 つい内容につられて声を潜めてしまう。
 マナはもうちょっとちゃんと説明すると言い、レイを屋上に引っ張った。


 じきに授業が始まるというのもあってか?、レイ達とは入れ違いに皆屋上から去っていく。
「で、なにがわかったの?」
「これ!」
 台本を手渡す、台本と言ってもA4用紙にプリントアウトしたものをクリップでとめた冊子だった。
「これって…、アスカが持ってた奴の?」
「完成稿!、で、ね?、この最後の部分なんだけど…」
「なにこれ、キス!?」
 食い入るようにその部分を見つめる。
「まさか、アスカが!?」
「ううん、契約外のことらしいんだけど…」
「だけど、なに?」
「変なの」
「え?」
 マナは柵にもたれかかった。
「色々と調べて見たんだけど、どこにもないのよ」
「ない?、なにが?」
「契約書類」
「へ?」
 何を言っているのか分からず間抜ける。
「書類って言っても、結構大事な役なんでしょ?、データベースには登録されてるはずじゃない…」
「…危ないことしてない?」
「これぐらい簡単だし、見つかっても捕まるのは浩一だから」
 …マナも結構手段選ばない方なのね。
 ちょっとだけ冷や汗が流れてしまう。
「でも、アスカアルバイトだって言ってたし、大袈裟にしなかったんじゃ?」
「主役と絡むような役で?、そんないい加減なことするの?」
「むぅ…」
 とりあえず、完成状態の台本を最初から読み返していく。
「出資はゼーレ関連の会社なんだけど、ゼーレがスポンサーについてるのに、放送枠未決定だし」
「未、え?、決まってないの!?」
「そ、放送の系列も決まってないのにお金は出てるの」
「でもタタキさんが絡んでるんだし、第三新東京ローカルなんじゃ…」
「これだけお金使ってて?」
 むむむむっと頭を痛める。
「変なのよ、どこかで一貫してないの、まるでそう…、まるで完成することがないってわかってるような…」
「まさかぁ…」
「お金を使うのは別の目的があるって感じで…、そうそう、これ、タタキって人も知らないと思うけど」
「なに?」
 マナは一瞬だけ口ごもった。
「…レイが出すはずだったCD、ラインを止めたって事だったけど」
「うん」
「ないのよ」
「え?」
「その工場が」
「…どういうこと?」
 マナは落ちついた目をレイに向ける。
 レイもそれを受けて目を細めた。
「ゼーレの持ってる下請けのプレス工場のはずなんだけど、架空のものだったの、あるのは縫製工場の跡地だけだったわ」
「嘘…」
 黒幕だと思っていたタタキも騙されていたと言う事実。
「だから止めるも何も、元からラインは動いてなかったのよ」
 レイはもうどう考えていいのかも困ってしまった。






 第二東京郊外には大きな墓地が存在する。
 そこはジャイアントシェイクによって死んだ人達を埋葬するための墓地で、多くの無縁仏が葬られていた。
 味気の無い更地に、大きな石碑が建てられている。
 身元の分かっているものについては、黒曜石の柱…、棒のようにも見えるが、それに名前と生誕日と没年が刻まれて、延々と横並びに並んでいた。
 そんな一角…
「よぉ、葛城」
「加持…」
 しゃがみ込んでいたミサトに、何気ない風を装って加持は近寄った。
「あきれた…、あんたまた後を着けたわね?」
「半分当たりだ」
 苦笑する。
「いくらなんでもいつでも見張ってるわけにはいかないさ」
「リツコね?」
「無断欠勤してるってな、連絡があった」
 加持はミサトの頭ごしにその墓を見た。
「ここに作ったのね、お墓…」
「リッちゃんに聞いたんだって?」
「よく第二東京に行くから何してるのかって思ってたらしいわ?」
 その時加持は、「墓参りさ」と冗談のように語っている。
 名前も日付も無い墓標が、他の無縁仏とは違ってちゃんと立てられていた。
 当然の違和感として、他の妄評のようには名前も没年も刻まれていない。
「ま、もちろんこの下には何も無いよ、ただの飾りさ」
「気は心ってわけ?」
「それもある」
 風が吹く、とても乾燥していて喉に痛い。
「どうしてこんなところに…、聞くまでもないっか」
「ああ、で、どうするんだ?」
「あたしに決めろってぇの?」
「産むのは葛城だからな?」
 見放しているわけではない。
 でなきゃここまで来るわけないわね…
 しかし口からは反対の言葉がついて出る。
「…相変わらずの無責任ね?」
 それが分かるのだろう、加持は苦笑いを浮かべた。
「俺が決めていいのなら、産んでくれって即答するさ」
「…どういう意味よ?」
「なぁ、葛城ぃ…」
 遠い目をする。
「あの時のこと、忘れられたか?」
「忘れられるわけないでしょうが!」
「力」の研究を行っている施設に乗り込み、そして殺してあげるしか無かったあの出来事を。
 加持もまた忘れていない、だからこそここに墓を作っていた。
「…子供を産んで、ちゃんと育てられるか?」
「そんなこと、…わかるわけないでしょうが」
「わかるさ、シンジ君たちをちゃんと育ててるだろう?、それに俺達には味方がいる、一応は頼る相手だっている」
 それでも不安が消えるわけではない。
「しかし少しずつでも幸せを噛み締めていけるようになるさ」
「まぁ、ね…」
 今でも昔に比べれば随分とマシになっているのだから。
「子供と言っても他人だよ、こちらの言うことなんて聞きやしない、理不尽なもんさ、だけど産むのはお前だ、俺は希望はするけど決断はお前がしないとな?」
「だからなんでよ?」
「…ノイローゼにでもなった時、自分の責任を放棄しないって言えるか?、産んだのは間違いだったってな?」
 沈黙。
「自分で決めたんなら多少の我慢は出来るさ、でも俺任せならそりゃ楽だろうけど…、いざって時簡単に逃げ出しちまう、葛城には悪いけど女なんてそんなもんだって思ってるよ、俺は」
 自分が望んだのだから。
 その覚悟をしなければならない。
「なぁんか重みのある言葉ねぇ?」
「安心しろって、他には作ってないから」
「相手があんたじゃ説得力がね?」
 軽く吹き出す。
「これからどうする?」
「…気晴らし、あんたも付き合いなさいよ」
「ああ…、ホテルは取ってある、婚前交渉といくか?」
「バカ…、ってなんであんたとしなくちゃなんないのよ?」
「いや、それは、な?」
「なにが「な?」よ、別に産むときゃ一人で産んでやるから安心しなさいよ」
「おおい、葛城ぃ!」
 情けない声を上げて追いかけていく。
 ミサトはと言えば、その声を聞いて口に微笑を浮かべていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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