NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':110 


 バレンタインデーということで、皆自然と浮かれていたのだが、天気は裏切るように雨であった。
 暗く重苦しく垂れ込めた冬の雨雲。
 それだけでも寒気や冷気がいやましていた。
「雨降ると、なぁんや音の弾けが悪いのォ」
 そう言ってトウジはバスバスとドラムを叩いた。
 緩慢な手つきだ、原因は他にもあると見るのが妥当だろう。
「…やっぱ除湿できるとこで、やりたいよな」
 だが敢えてケンスケはそれを無視した。
 二人はなんとなしにレイを見やった。
 皆との会話に交じりもせずに、レイはぼうっと窓枠に頬杖をついて雨を眺めている。
 自然と皆の目もレイの横顔へと集まった。
 シンジが居なくなったから。
 そんな単純ではない理由を、レイの憂いた姿から見いだしてしまい、どうにも会話が止まってしまう。
「あ、なに?」
 レイはたっぷりと数十秒はかかってから、みんなの視線に気が付いた。
「練習、始めるの?」
 はぁっと、トウジの口から吐息が漏れ出た。
「…そやな、やろか」
「……?」
 レイは急かそうとしたんじゃなかったの?、っと、小さく首をトウジへ傾げた。






 ザァと音が鳴るほど強くでは無く、だがしとしととと表現するほどには弱くない雨の中を、二人は一つの傘を差して歩いていた。
「で、何処に行くのさ?」
 大きな男物の傘とは言え、標準よりも背の高いアスカとの組み合わせである。
 お互いが濡れないように収まるには腕を組むしかなかった。
「ちょっとねぇ、会いたい人が居るの」
 そう言ってアスカはずり下がりかけていた鞄を掛け直した。
「誰?、…男の人?」
 シンジは傘が揺れて余計な雫が落ちないように、やや腕を硬直させていた。
 アスカの胸の感触も手伝っていたが。
 アスカはキョトンとした後で、プッと小さく吹き出した。
「なぁに心配してんのよ!」
「そ、そんなんじゃないけどさ…」
 シンジは照れから赤くなった顔を正面に向けてごまかした。
 とてもころころと笑うアスカの顔は見れないと言った感じである。
「ま、男っちゃあ、男だけどねぇ…」
「そうなんだ…」
「心配してんじゃないわよ!」
 ぐいっと引き寄せて、シンジの耳に息を吹き掛ける。
「シンジも知ってる人よ」
 ますます困惑気な顔をする。
 そんなシンジを放っておくように、アスカは鼻歌を歌って前へと急かした。


 果たして、アスカがシンジを誘った先は、街のほぼ中心街に程近いホテルであった。
 その二階、ラウンジで、シンジは実に懐かしい声を聞いた。
「おじょ〜さぁん」
 やけに軽薄な声である。
 ついでに「きゃ☆」などと言う、あまり嫌がっていない女性の声まで聞こえて来た。
 シンジは何とも言えない表情で振り返ってアスカを見た。
「あの…、ばか」
 顔面を手のひらで覆っているアスカである。
「パパ!」
 アスカは怒鳴り声を上げて彼を呼んだ。


「おおっ!、元気にしていたかい?、我が娘よぉ」
 やけに大袈裟な事を言っている。
 両腕を広げて歩み寄って来るアレクに、アスカは露骨に嫌な顔を見せた。
「なぁに護魔化してんのよ」
「寂しいことは言わないでくれるかい?、これでも娘との感動の再会を喜んでいるつもりだよ」
 ところで、と、アレクは意味ありげな視線をシンジに送った。
「どうだった?」
「何がですか?」
「何がって、やだなぁ、決まっているだろう?」
 はっはっはっと、やけに軽い調子でアレクは笑う。
 その目はいやらしさ満点だ。
「パパ!」
 アスカだけは分かったようだ。
「怒るな怒るな」
 パパは理解しているよ、とうんうん頷く。
「俺も親にバレた時には、恥ずかしい思いをしたもんさ」
「そう言う事言ってんじゃないわよ!」
「…ねぇ、何の話を」
「あんたは黙ってて!」
 何故だかしゅんとさせられてしまったシンジであった。






 更に一階上のレストランで、三人はちょっとした会食に立ち会う事になってしまった。
 場違いな感じに、シンジは萎縮してしまっている。
 周りは明らかにお偉いさんと言った感じの、スーツ姿の男性達で埋めつくされているのだ。
 そこに私服姿の少年少女が、如何にも学校帰りですと言った風情で紛れ込んでいるのだから、浮き上がること甚だしい。
「で、何しに帰って来たのよ」
 アスカは剣呑な目を向けた。
 手はポークソテーをナイフで切り分けているのだが。
「あれ?、連れないなぁ」
 アレクは苦笑混じりにアスカに返した。
「親が娘の顔を見て何が悪いんだ?」
 さも当然と言った風に肩をすくめる。
「だったら、普通に見に来ればいいでしょうが!」
 場違いな場所に居合わせているためか、声もどうにも潜めがちになっている。
 だがアレクはと言えば、全く悪びれもしなかった。
「生憎と時間が取れなくてな、ならこっちに来てくれと、そう言うわけさ」
 承諾を求めるように片目をつむる。
「だからって…、仕事を終わらせてからにしなさいよねぇ」
「なぁに言ってる」
 楽しげに目の前に並べられている前菜をやっつけていく。
「娘に会えて、退屈な時間が潰せて、その上食事までタダになる、こんなうまい話しがあるか」
「…もうちょっと真面目に人生、生きなさいよ」
「あいにくとこれでも飄々と渡ってる」
 からからと笑う、どうにもアスカ程度の皮肉では通じないらしい。
「ところで…」
 アレクは唐突に真面目な表情を作った。
「シンジ君」
「はい」
「しつこいようだが…、今だに清いお付き合いを続けてるのかい?」
「ぱぁぱぁ」
 にこやかに、あくまでもにこやかに。
 だが背中には怒気が立ち昇った。
「い、いや、パパは真面目な話しをしてるんだよ」
「それのどこが!」
「まぁ待て!、シンジ君、実は君に話したい事があるんだ」
「なんでしょう?」
 小首を傾げるシンジに、アレクは一枚のチケットをテーブルに置いた。
「これは?」
 シンジはアレクの顔と見比べた。
「今度の、三月の始めにドームでコンサートが行われる」
「はぁ…」
 まるで話が見えて来ない。
「そのゲストの中に…、マイとメイと言う二人の少女が混ざっている」
 シンジは目を見開いてアレクを見た。
「え!?」
「それにカイザーも来日する予定だ、ただし、こちらは彼女達に対抗するよう、同じ日に別の会場を押さえるらしいが」
 驚愕する。
「ど、どうして…、そんな」
 アレクは意味深げに溜め息を吐いた。
 シンジは驚倒してしまって声もなくなっている。
「…彼女達は、少々やり過ぎてしまったんだよ」
「え?」
 キョトンとするシンジ。
「どういう…、ことですか?」
 話が見えないで困惑する。
「最初から話そう」
 アレクは背もたれに体を預けるようにし、大揚に頷いた。
 北米、南米、東洋、西欧、東欧…
 正しくは更に細分化されるのだが、音楽はそのように大体大きな枠でもって存在している。
 その一区切りの中は、ブラックミュージックと言ったような、似たようなテンポ、リズムに塗られていくのだ。
「ところが、だ」
 アレクは大袈裟な溜め息を吐いた。
「彼女らの歌が、その枠を壊してしまった」
 二人の歌、正確には『力』なのだが、それが中国大陸を中心にして、それまでの『音楽文化』をないがしろにしてしまったのだ。
「伝統民芸…、そう言ったものまでうち捨てさせてしまっている、影響力が強過ぎたんだな…」
「なにか、いけないことがあるんですか?」
 アレクは肩をすくめた。
「いけない、これは大いにいけないことだ」
 流行のリズムなどと言ったものは実にいい加減な所から発生する。
 例えば何気なく踏んだステップから。
「ところが、だ」
 彼女達の歌は、そのような小さな音を片っ端から潰していった。
 余りにも染み渡る大きな音が、小さな細波を飲み込んでしまうのだ。
「まず新しい音が生まれなくなる、広がらなくなる、そして…」
 市場は彼女達によって独占されていく。
「そんな!、大袈裟なんじゃ…」
「ところがそうでも無いんだよ…」
 現在の時点でも、その影響から逃れているのは、アメリカ、オーストラリア、それに日本のみとなっていた。
「西欧が飲み込まれるまでには、もう暫く時間がかかるだろうが…」
「パパ、質問」
 遠慮がちに話しに割り込む。
「どうして、その三つが?」
「いい質問だ」
 アレクはニヤリと笑った。
「アメリカにはカイザーが居る」
 これにはシンジ、アスカは共に頷いた。
「まあカイザーはギターで、彼女達は歌だ、畑違いと言う事もあって真っ向勝負にはなっていない、そういうこともあるんだろうが」
「後の二つは?」
 アレクはじっとシンジを見つめた。
「…待って、待って下さい!」
 シンジは慌てた。
 アレクの瞳に、何かしら思い当たったのだ。
「そんな、冗談でしょ!?」
「生憎と」
 アレクは真摯な瞳でシンジを捉え、我が意を得たりとニヤリと笑った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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