NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':112 


 アスカははっきりと見下した。
 それは剣呑なものを湛え、斬り付けんばかりに鋭さを増していたレイさえも、脅えさせ、後ずさりをさせるに十分な迫力を備えていた。
「アスカ…」
 レイは縋るような声を出した。
 その目をやめて、と。
 だが脅えを見て取ったアスカは、さらにレイを鼻で笑った。
「あたしがずるい?」
 アスカは一言一言、はっきりと、区切るようにそう問い返した。
「…ずっと一緒に居て、ずっと一緒に歌って、楽しそうにして、シンジを独り占めにして来て、行き違ったのはあんたでしょ?、なのにあたしがズルいってぇの?、あんたは」
 レイはそれでも何かを言い返そうとした、だがアスカはそれを許さなかった。
「あんたの言いたいことぐらいわかるわよ…」
 先を封じる。
「でもね?、あんたは何をやってたのよ」
「なに…、って」
「ズルいなんて言う前に、バンドを抜ければ良かったじゃない?、シンジが落ち込んでても側に居れば良かったじゃない…、それをしなかったのはどうしてよ?」
「それは、シンちゃんが!」
「あんたに未練があったからでしょ?」
 レイは虚を衝かれたような顔になった。
「…未練?」
「あんた、好きなんでしょ?」
 アスカは微笑を浮かべた。
「歌が」
 レイはそれこそ、息を呑んだ。


(歌、歌が好き?、好きだもん、でもそれは、シンちゃんが…、シンちゃんと歌うと、だから)
 レイは懸命に言い訳を探した。
 だが見つからず、思いは言葉にはならなかった。
 そして結局、アスカに好き勝手を言わせてしまった。
「あんたは歌が好きなのよ」
 アスカの迫力に負けるように、レイは知らずに後ずさりを起こした。
 アスカもまた逃がすまいと踏み込んだ。
「きっかけはシンジよね?、でもそれが思ったより気持ち良くて、だからシンジにくっついて色々な事を覚えようとした、シンジと一緒にって、違う?」
 恐れるような目、だがアスカはさらに追い込んだ。
「別に悪いって言ってんじゃないわよ?、シンジと一緒に歌うのって気持ち良かったんでしょ?、でもね、あんたは歌を、歌う場所を捨ててまでシンジを追う事はしなかった」
 それが許せないのよ、そんな言外の言葉にレイは耳を塞いで目を閉じた。
「やめて!」
「シンジを追いかけられなかった理由は簡単」
 アスカは止めなかった。
「シンジはギター、それに自分の歌のことで悩んでた、…でもそこには、あんたが割り込む場所が無かった、あんたと一緒にって、シンジは考えてた?、あんた…」
 にぃっと笑う。
「気が付いてたんじゃないの?」
「いやぁ!」
 鞄が路上に音を立てて落ちた。
 そんな悶えるレイの両腕を掴み、アスカはさらに耳に囁いた。
「…あんたは、シンジと歌う事が楽しいって、その楽しさのことばかり考えてたでしょ?、でもあたしはね、楽しそうにしてるシンジが好きなのよ」
 レイは恐る恐る顔を上げた。
「え…」
「だからあんたと遊んでても口出ししなかったの、シンジも頑張ってたし、その頑張ってるんだって顔も好きだったしね?、人の後にくっついてるシンジよりも、護魔化して逃げようとするシンジよりも、よっぽど良いもの」
「あたしだって…」
「でもシンジはあんたを見なくなった」
「……!」
「だからあんたもシンジから離れた、気付くのが嫌だった?、シンジの側に居ると邪魔だって言われるから、言われそうだったから?、もう歌わせてもらえなくなる、だから理由を付けたんじゃないの?」
 シンジはバンドも大事にしてるからって、それを潰さないで欲しいって、きっと考えているって。
 レイは幻聴を聞いた。
「ちが…、違うもん」
 ぽろりと…
 涙がこぼれ落ちた。
 幻聴はすなわち自分の考えだ、アスカは何も言っていない、自分が考えてしまった事だ。
 だからレイは泣いてしまった。
「でもね?、あたしはシンジが好きなのよ」
 アスカは険を取って微笑んだ。
 赤くなるほど強く掴んでいたレイの腕を解放する。
「シンジが笑ってくれた時って、凄く幸せな気分になれるでしょ?」
 アスカが側に居る。
 だがレイには逃げられなかった、逃げたら…、今度こそアスカに軽蔑されそうな気がしたからだ。
 それに…
 アスカの言葉には甘い響きがあった。
 逃げられなかった。
「だからあたしはね?、シンジと遊ぶのが好きなのよ」
 レイは耳をすました、アスカの声が染み入っていく。
「シンジと一緒に居るのが一番なの、シンジと歌うなんて、その方法の一つに過ぎないわ、あたしにとってはね?」
 アスカは微笑を浮かべていた。
 今のレイには浮かべられない絶対の物を掴んだ人間のみが浮かべられる笑みであった。
 それは勝者の微笑みだった。
「…あたしはシンジが居てくれればそれで良いの、わかる?、側に居てくれたらもっといい、だから何でもいいの、ゲームでも、映画でも、勉強でも、理由なんて、何してたって楽しいんだもの、なのにあんたはなんなのよ?」
「なに…、って」
「シンジを放っておいて、心配だけして、でも話しかけもしないで、見てるだけ?」
「違うもん!」
「自分がそうやって、理由をつけて、離れてる間にあたしがくっついたのがそんなに気に入らなかったの?、シンジの愚痴を聞いて、シンジの気晴らしに付き合ってあげてるあたしがそんなに疎ましい?、自分に出来なかった事をしているあたしが…、違うわね、あんたは悔しかったのよ」
「くや…、しいって」
 ごくりと喉が鳴った。
 自分ですら分からなかった自分の心を、アスカが解説してくれている。
 レイはそんな錯覚に陥らされていた。
「悔しくなんか…」
「嫉妬してたじゃない」
 アスカは断じた。
「自分の我が侭を、自分の不満を優先させちゃった自分の後ろめたさを、シンジのせいにして、護魔化して、でも理解するわけにはいかなかった、それはシンジなんてどうでも良いって事だから、だから考えるわけにはいかなかった、シンジより大事なものが在るなんて?、その不満をあたしにぶつけたんでしょ、あたしが一緒に歌えないのに、なんであんたが歌うのよってね?」
 レイの顔は、アスカの物言いに真っ青になってしまっていた。
 正しいかどうかではない。
 アスカの考えが、自分の考えであったかの様に思えてならなかったからだ。
「もちろん、こんなのはあたしの勝手な想像よ」
 その懸念は、アスカが自分から払ってやった。
 肩をすくめる。
 先程のきついものを消してケロッとする。
 だがレイの顔色は戻らなかった。
「その様子だと、ちょっとは当たってる部分もあった?」
 アスカはレイの顔を覗き込んだ。
「レイ?」
「…カ、だって」
「なによ?」
「アスカだって、そうじゃない」
 それはちょっとした逆襲のつもりであった。
「アスカだって、シンちゃんなんかどうでもいいって、自分の勝手で!」
「そうよ?」
 だが痛手は与えられなかった。
 アスカはしれっとそれを躱した。
 開き直って。
「あたしはあたしが楽しいって思える事をやってるだけよ」
「酷い!」
「そうかしら?、シンジは楽しそうにしてるじゃない?」
 言い返せなかった。
 シンジの、嫌がりながらも笑ってる顔が思い浮かんでしまったから。
「あたしは、シンジが好き」
 アスカは自信に満ちた笑顔を見せた。
「でもだからって、どうしてシンジだけが自分の好きな事を出来て、あたしは合わせなきゃならないわけ?」
「でも…」
「あんたはね」
 アスカはレイの鼻面に指を突き付けた。
「いつもと逆のことをやってるから落ちつかないのよ」
「え…」
 キョトンとさせられてしまうレイである。
「自分の我が侭に付き合わせるのはあたしのパターン!、でもね?、あんたはどうなの?」
「どうって…」
「らしくないじゃない?」
 アスカはくすりと笑った。
「シンジのご機嫌を伺って、シンジのために何かをしてあげるなんて、そんなのがあんたのスタンスなわけ?」
 レイは口をすぼめた。
「わかんないもん…」
「分からなきゃダメよ」
 アスカはくしゃっと彼女の髪を掻き混ぜた。
「あんたは、シンジにべったりとくっついてるのがお似合いでしょ?」
「アスカ?」
「それを何?、今更邪魔になったらいけないとか、気を遣っちゃって…」
「どうして…、アスカにそんな事が分かるのよ」
 アスカはニヤリとやり返した。
「じゃあどうして、あたしにその程度の事が分からないと思うわけ?」
 レイはこれには返せなかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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