NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':115 


 黄昏れる夕焼けが白を基調とする彼の体を染め上げていた。
 冬の空気のためだろうか、赤いにも関らずその身に纏っている雰囲気には、どこか冷えたものが窺える。
「歌はいいねぇ……」
 カヲルは呟いた。
「歌は心を潤してくれる、人の生み出した文化の極みだよ、そう感じないか?、ミヤ……」
 ミヤは何とも言えない面持ちで緊張していた。
 峠の茶屋が背後にはある、谷の底から吹き上げて来る風が寒かった。
 ふわりと何かがその風を遮ってくれた、肩を見ると、先程まで隣の少年が来ていたコートが掛けられていた。
 顔を見上げる、微笑、それ以外に表現のしようが無い完璧な造詣がそこにはあった。
 それはまさに、作り出されたと言う印象をミヤに与えた。
「こんなところまで連れて来て……」
 夜景を楽しむ男女などが、普段はこの木材アートのような椅子を利用しているのだろう。
 二人はそこに腰掛けた。
「カヲル、バイクなんて持ってたの?」
「借り物だよ、一度はここへ来てみたくてね」
「あたしのために?」
 カヲルはちょっとだけ目を丸くした後、はにかんだ。
「そうだね、ミヤに会うのなら、ここにしようと思った」
「どうして……」
「ミヤにお願いがあるからだよ」
 ミヤは口をすぼませた。
「ずるい……」
「何がだい?」
「カヲル、あたしが断れないの知ってる」
 床を蹴るように足をぶらつかせる。
「嫌なら……、食事と夜景を楽しんで帰ろう、何も聞かなければ、思い悩む事も無い」
「でも気になって眠れないじゃない」
「君は向こうの側の人間だからね、本来、お願いをする方がおかしいさ」
 ミヤは拗ねた口調で呟いた。
「……それ、レイにも言われた」
 驚きに目を見張るカヲル。
「レイに?」
「レイがね……」
 ミヤはちょっとだけ悩むように言葉を切った。
「シンジ君が力を使えるように、力を引き出せるように、きっかけを……、その感覚を教えて上げてくれないかって、言って来たの」
 カヲルは面白そうにくぐもった笑いを吹いた。
「そう……、レイがね」
「カヲルはどうなの?」
「ん?」
「シンジ君に、あたし達の……」
 そのミヤの唇に、カヲルの人差し指が押し付けられた。
「その必要は無いと思うよ?」
 ミヤは黙って目だけを向けた。
「確かに僕達には力が有る、でもそれは大多数の人間にはない力だよ、僕達にはあって、みんなにはない絶大な力、それって、ズルいとは思わないかい?」
 ミヤはその指を掴むように押しのけた。
「ズルい?」
「そうさ、人間じゃ、僕達には勝てない、それを知っていて、同じ土俵には下りない、ただ思い通りに操って楽しむ、……人形には意志があるのに、糸を断ち切ることは出来ない、彼らは自分と言う人形を自分で操っているのに、僕達はその糸に自在に干渉することができるんだ、これはズルいと思うよ?」
「そんな……」
「僕達もまた人形だよ……、自分で歩けるのに人から干渉を受けている、自分の移し身くらい、自分の思い通りにしたいだろう?、それは僕達も彼らも同じことさ」
「彼ら?」
「僕達『仲間』以外の人間達だよ」
 カヲルは寂しそうに続けた。
「まずは音楽、歌、でも次はどうするんだい?、聴覚の次は視覚かい?、映像、絵画、何に手をつけるつもりかはわからない、でもそうやって六感を支配した先に何が在るのか」
 ミヤはゴクリと喉を鳴らした。
「さぞかし多くの人形達で溢れ返る事だろうね、操られなければ何も出来ない人形で」
「そんな!」
「人にはね、ものを作る能力がある」
 カヲルは柔らかに伝えた。
「誰しも特有のリズムを持っている、その感覚の卓越した人間は、歌や曲を作り出す、それはその人が生み出す力だよ、そして誰もが持っている力だ、でなければ世界にこれほど素晴らしい文化が広がったと思うかい?」
「でも……」
「どんな力を駆使したとしても、人は自分で道を探り出す……、そう言う生き物なのさ」
『僕は人を、人の持つ力を、人を人として成しえているものを信じているよ』
 ミヤは確かに、言外の言葉を聞いた。
「カヲル……」
「なんだい?」
「カヲルは、何を考えているの?」
 探るような言葉にカヲルは苦笑した。
「何も……」
「何も!?」
 カヲルの顔から笑みが引いた。
「どうでも良いのさ……、いま言った通り、人は何らかの道を探り出し、常に対抗する能力を身に付ける……、そちらで何をやっているかは知れないけれど、必ずそれをくじく人間は現われる」
「シンジ君のこと?」
「かもしれないし、違うかもしれない、僕はね?、無用の混乱を持ち込んで、波風を立てられるのが嫌なのさ」
「え……」
「ミヤになら、わかるだろう?」
 カヲルに促されて目を投じる。
 夕焼けは夕闇に代わり、少しばかり早い夜景が広がっていた。
 温もりを感じさせる闇の色に溶け込む街に、沢山の燈が灯っている。
「うん……」
 ミヤは頷いていた、いや、頷いた。
 そこにある日常を堪能した身では、何事も無くくり返される惰性の日々が、どれだけ平穏で貴重であるのか、とても否定できるものでは無かった。
「だから、ミヤに話そうと思ったのさ、君ならわかってくれると思ってね?」
 ミヤは、はぁと溜め息を吐いた。
「話して……」
 頷くカヲル。
「僕のお願いは、……レイとは反対のことだよ」
「え?」
「何もしないで欲しい」
「どうして?」
(わたしが手助けすれば)
 マイの、メイの情報を与えられる、何を考えているのか、何をしようとしているのか、全て教えてあげられる。
 そんな疑問系の目に、カヲルはかぶりを振った。
「言ったろう?、僕は、平穏な毎日を望んでる……、ミヤも、それを欲していると思ったから話すのさ」
「でも……、甲斐さんはきっと」
 その名前を出した事を、ミヤは少しだけ後悔した。
 カヲルの目が鋭く引き絞られたからだ。
「ごめんなさい……」
「いいさ、ミヤが逆らえないのはわかってる、でも、もう少しだけ、僕はこの街に居たい」
「カヲル?」
 不思議そうにその横顔を眺める。
 憐憫、哀愁、悲哀。
(なに?、この感情は……)
 珍しく『声』が聞こえた。
 それは悲鳴に近いものだったのだが。
「僕には僕にしか出来ない、僕にだけ出来る事がある」
「え……」
「それは君達を傷つける事さ」
「カヲル!?」
 ミヤは愕然として腰を浮かせた。
 呆然としたままカヲルを見下ろす、カヲルは無表情なままに街を眺め続け、話しも続けた。
「……もちろん、シンジ君はそんなこと嫌がるだろうね?、レイも自分の身を守るので精一杯さ、ミズホは論外、それが出来るのは僕だけなんだよ」
「でも!」
「レイの頼んだ、ミヤにさせようとしていることは、そう言う事だよ」
 ここでようやく、カヲルは顔を上げた。
 ミヤを見た目は冷たかった。
「だってそうだろう?、このままじゃみんなには適わない、だからシンジ君を同じ土俵に持ち上げようとしている、その結果は力同士のぶつかり合いさ、そうなると君達は自分の能力を存分に使う、相手も同じ力が使えるんだ、何も遠慮することは無い」
 カヲルは何を考えているのか、自分の肩をさすり始めた。
「リキに斬り落とされたことがある」
 ミヤは目を見開いて驚いた。
「みんなの力の大半は、シンジ君が見せている様な穏やかなものじゃない、そして僕もね?」
「カヲル……」
「でもシンジ君は、僕にも人が救える事を教えてくれた」
 カヲルは薫の笑顔を思い浮かべて微笑した。
 ただ、その薫はベッドの上でやつれた姿をしていたが。
「価値と言う点では、シンジ君にこそ価値がある、そしてそれを守るために、僕はこれまで準備して来た」
「準備?」
 カヲルは頷いた。
「ここでミヤを殺す事にも、ためらいは無いと言う事さ」
 ミヤは息を飲んだ。
 ゾッとするような殺意が、カヲルの背後から立ち上っていた。
 疑う余地も無く、カヲルのそれは本気であった。
「あ、う……」
「僕はね、いまさら人殺しの名をどうこう感じることは無いよ、ミヤ達が……、いや、みんなが僕のように、破滅的な方向ではなく、生産的な力の使い方に目覚めてくれないのなら、いつかはぶつかる事になる、その時、僕はシンジ君を巻き込むつもりはない」
「だから……、殺すの?、あたしを」
「同じ土俵で、同じ力を競うと言うのなら、傷つけ合う以外に方法は無いんじゃないのかい?」
「だって……、だってそんな!」
「でも今、僕達はこうしている……」
 カヲルは翳を潜めて言った。
「みんなともこんな風になれれば良いと思う、僕達の間には優劣なんて無いはずだからね?、穏やかに時を過ごせないのは、脅えているからじゃないのかい?」
「なにに……」
「僕達が、異端であると言う事に」
 ミヤは目を背けた。
 余りにも痛々しかったからだ、そう告げたカヲルの表情が。
「でもここに住めるようにしてくれた人が居る、暮らしていく喜びを教えてくれた友達がいる、でも僕は教えてもらったものを上手く伝えられない、人に幸せを与える事なんて出来ないんだよ、僕は幸せを知った、そして幸せも掴んだ、でも、だから人を幸せに出来るだなんて、そんな傲慢さは持てない、なら、大事なのは……」
「大事なのは?」
 カヲルの笑みに、優しさが戻った。
「同じ幸せを知る人が、一人でも増えるように努力する事だと僕は思う、そのためにはこの命を失う事も厭わない」
「カヲル!」
「シンジ君が好きだよ」
 カヲルは真顔で言った。
「そのシンジ君に感化されてるレイも、ミズホもね?、だから僕はシンジ君を守る、例え嫌われる事になっても、人殺しになっても、そうさせたくないのなら、彼をそっとしておいて」
 ミヤは蒼白になって言葉を失ってしまった。
「簡単な事さ、シンジ君が力に目覚めなければ、みんなだって、そんなシンジ君に真っ正面から挑んだりはしないだろう?、頼むから、シンジ君を僕達の居る場所に連れて来ないで欲しい、これはお願いだよ、シンジ君が……、シンジ君が人であるように、人として僕を導いてくれたように、彼はきっと、また人の力で答えを見付けてくれるはずだから」
「でもっ、オーストラリアだって、その前だって、力で、メイ達に!」
「人の心と僕達の力の両方を持つのがシンジ君だよ、それを偏らせてはいけない」
 ミヤはハッとした。
(あの大きな力が……)
 どちらかに傾いた時、果たしてどうなってしまうのか?
 欲望や欲求は人を変える、そしてそれだけの力をシンジは有してしまっている。
 その枷となっているのが……
(人の心)
 あるいはアスカ、レイ、ミズホと言った、好意の塊と思いやる優しさ。
 ゾッとした。
(凄く、危ない……)
 もしアスカが、レイが、ミズホが、誰かに傾いていたとしたら?
 シンジを裏切っていたとすれば?
 あるいはシンジの信用を、愛情を無下にしたとすれば。
 シンジを取り合っている人数が三人で無かったら。
 その力関係が拮抗していなければ。
 お互いが理解と好意を持ち合って、尊重していなければ。
 シンジを中心とした正三角形を描き、回り続けていなければ……
 その力は、何処かに強く引かれ、安定することは無かっただろう。
 ではどのように暴れて吹き出していた事か……
「お願いだから、今と言う時をそっとしておいてくれないかい?」
 どれだけその基盤が磐石でありながらも、危ういほど薄弱であるか知った今、ミヤは歯をかち鳴らせるばかりで、頷く事すら出来なかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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