病室は意外と幾つもの音に満たされていた。
 一つは呼吸だ。
 シーツの上からでも豊かな胸の隆起は分かる、ゆっくりとふくらみ萎んでいく。
 ベッドの隣には少年が椅子に腰掛けていた、ただじっと、彼女の顔を見つめている。
 その少年をまた見守っている少女が居た、レイだ。
(シンちゃん……)
 心電図の音が一定のリズムを刻んでいる、静寂を助長するような雑音である。
 レイはそれを壊す事が出来なくて、ただじっと見守り続けていた。
「シンちゃん……」
 だがそれももう、限界に来てしまったようだった。
「シンちゃん……、少し寝て来たら?、後はあたしが見てるから」
「うん……」
 シンジが返したのは気のない返事だった。
「ごめん……、でも」
 俯く。
「恐いんだ」
「恐い?」
「うん……、もう、アスカの顔を見れなくなりそうで」
「シンちゃん……」
 レイはようやく、しっかりとシンジと顔を合わせた。
「いま離れたら……、逃げ出すみたいで、もう、ちゃんと顔を見て話せなくなる、そんな気がするんだ」
 唇を舌で湿らせる。
「アスカが……、カヲルを呼んだから?」
 辛そうに、それでもシンジは頷いた。
「いいんだ……、仕方ないのかもしれない、ただ、それでも起きて、いつもみたいに話しかけてもらいたいんだ、そうすれば……、きっと、今までみたいに」
「シンちゃん……」
「そんなの嘘だ!」
 シンジは突然吐き捨てた。
「ほんとは悔しいんだ!、アスカは……、アスカが、僕以外の人と」
「嫉妬……、してるの?」
「そうだよっ、最低だ、仕方が無い、しようがないなんてそんなの嘘だ!、ほんとは、ほんとは……」
「シンちゃん……」
 レイは歩み寄ると、シンジの頭を胸に抱いた。
「うっ、う……」
 シンジの泣き声がくぐもった感じで反響する。
「アスカを、誰にも渡したくない」
 レイはちくりと胸を痛めた。
「でもそんなの僕の我が侭だ、僕がいい加減だから」
「そんなこと……」
「諦めなくちゃって、我慢しなくちゃって、でも」
 レイはハッとした。
「だから……、待ってるの?」
 問い詰める。
「アスカがいつものままだったら、なんでもないって顔をして嘘を吐けるから、諦められるから」
「……そうかもしれない」
「そんなの」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
 突き飛ばすようにして離れ、シンジは立ち上がった。
「僕はきっと、レイにも、ミズホにも同じことを思うんだ、同じように捨てないでって思うんだ、でも捨てられるんだ、見捨てられるんだ……、違う、そうじゃない、アスカに捨てないでって縋って、レイやミズホにも同じことを言って」
 はは……、と力無く笑う。
「そりゃ、最低だよね、呆れられて当然だよ、誰とも仲良くやっていこうなんて」
 自虐的な思いが、いくつもの自分の言葉を掘り起こす。
「誰と付き合っても、同じような先しか想像できない?、だから誰を選べばいいか分からないなんて、そんなの傲慢も良い所じゃないか、僕の身勝手だ」
 脅えるように後ずさり、どんとシンジは、壁にぶつかった。
 そのまま手で顔を被って、崩れ落ちる。
「笑ってる顔で護魔化してただけだ、曖昧にしておきたかったんだ」
「シンちゃん……」
「でも分かっちゃったんだよ!、気が付いたんだ、自分がどれくらい、汚い人間か、あの時」
 アスカの悲鳴を、カヲルを呼ぶ叫びを聞いた時。
「胸がえぐられたみたいだった、その場しのぎで、逃げて、……そんな人間が、必要なはず無いんだ」
「そんなことない!」
 レイの叫びは届かない。
『嫌い、あんたのこと、好きで居られるはず無いじゃない』
 聞こえて来るのは、自虐の刃と言う言葉だけだ。
『さよなら、しつこくしないで、もう顔も見たくないの』
 去っていく少女達、捨てないでとみっともない自分の姿。
『その気になってた?、ごめんなさい、友達以上には思えないの』
 それは中学時代の延長線。
『ばいばい、身の程、考えなさいよ』
 次々と現われる、彼女達に相応しい少年達。
『あんたなんて、いてもいなくても同じじゃない』
 自分の生活を見いだし、ばらばらに毎日を消化する日々。
『はっきり言って、迷惑なの、面倒なの』
 時々、足を引っ張るように、自分はうろたえていただけだった。
『これ以上、付きまとわないで、嫌いなの、あんたみたいなの』
 そのくせ、好かれていると言うのを盾に、勝手をしていた。
『腐れ縁だから、勘違いしてただけ』
 一番最初に気が付いたのは、彼女であった?
「シンちゃん!」
「嫌だ……、嫌だよ、こんな思いするくらいなら」
 聞きたくない言葉が紡がれる。
「アスカなんて、好きになるんじゃなかった」
 その言葉の意味が、ただの『好き』ではないと胸に響いて。
 レイは泣きそうになっていた。






 辛かった夜が明ける。
 空が白み出す頃になってようやく、シンジはアスカの側から離れた。
 ロビーに出て、自動販売機を探し、一息つくために適当なジュースを買う。
 何でも良かった、それほどに疲れていた。
「最低だ、最低だって……」
 まだ他にもあった。
(アスカの心配の方が先じゃないのか?)
 なのに捨てられる事ばかりに脅えて。
(でも、嫌なんだ、それじゃあまるで、嫌われたくないって考えを護魔化して、他のことを考えようとしてるみたいで)
 だがどちらを優先させればいいのか分からない。
(こんなことなら、人を好きになんて)
 その思いもまた、冷静さが打ち消してしまう。
(じゃあ好きって言ってくれたアスカのせいだって言うのか?、悪いのははっきりしなかった僕なのに)
 さらに横槍が入れられる。
(違う、それだとモテてたみたいで……、アスカが僕を好きになってくれたのは、勘違いかもしれないのに)
 幼い頃からの付き合いだから。
 はたと気がつく。
(なんだよそれ、なに好きになってくれた訳とか、理由探してるんだよ、そんなのどうだっていいだろ!?)
 自己嫌悪の嵐に飲み込まれる。
(けど僕が好きなんだから、相手の気持ちなんて関係無いなんて、それも違ってる、好きでいたいんじゃないのか?、好きなままで居て欲しかった?、今はどうなんだよ、アスカが……、カヲル君を好きなままでもいいから、嫌いだって、避けられたりしなければそれでいいのかよ、そんなの、そんなのも嘘だ!)
 欺瞞ばかりだ、何を考えてもそれを否定する言葉が思い付いてしまう。
 一枚一枚、皮が剥がされるように、心が剥き出しになっていく。
「こんなところにいたのかい?、シンジ君」
 そんな思考を立ち切ってくれたのは、いや……
 そんな自虐の精神を加速させてくれたのは。
「カヲル君」
 彼だった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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