「みんな?」
 神妙な面持ちで頷くミヤに、アスカは深刻に二度目を訊ねた。
「シンジ……、達にも?」
「ええ」
 顔を手で被い隠す。
「最悪……」
「でしょうね」
 ミヤの顔には軽蔑が浮かんでいる。
「シンジ君……、ショックだったんじゃないかな?」
「ショックって何よ」
「そりゃ……、あんな声で、自分じゃなくて、カヲルを呼ばれちゃ」
「ちょっと待ってよ……、あたしは、別に」
 ミヤは両手で頬杖をついた。
「あたしに言ってもしょうがないんじゃない?」
 その目は冷たい。
「事情なんて知らないし、惣流さんとカヲルの間に何があったかなんて、分からないもの」
 アスカは言葉に詰まった。
 二人のカヲルの情報が、脳の中でぶつかったからだ。
 何もあるはずが無いと憤慨する自分と、確かにあったと言う後ろめたい自分とが。
「でもね?、これは知ってる、『レイ』はあなたを嫌ってる」
 詰まっていた息を吐き出すように言う。
「レイが?」
「そうよ?」
 真剣味を更に増す。
「だって、惣流さんは調和を乱すから」
「調和?」
 ミヤは立ち上がると窓辺に寄って開きあけた。
 夕方の街並み、暮れなずむ夕日に、巨大なビルが揺らいでいる。
「この街は……、良い街ね」
「え?」
「凄く穏やかで……、惣流さんには分からないでしょうね、夜、脅えなくていい、夢を見るくらいゆっくりと寝られる、寝坊も出来る、そんな生活がどれくらい嬉しいかなんて」
 分かるような気がしても、アスカは口にしなかった。
 それが同情によるものか、共感に根付くものか、区別できなかったからだ。
「ここにはね」
 憂いを交えて、ミヤは告げた。
「ここにはね、願っても手に出来なかったものがここにはあるの、だからわたしはこの街に来た、でも……、レイは違う」
「違う?」
「そうよ……、だってね」
 微笑みが夕映えに生える。
「楽しいの」
「楽しいって……」
「覚えてる?」
 何気なく告白する。
「中学の時のこと」
「え……」
「わたしね、あなたと会ってる」
「会う……、って」
 はっとする。
 秋月ミヤ。
 同じ名前の少女、忘れられる筈も無い。
 確信犯的に、人の目の前で、シンジの唇を奪った。
「あんた!」
「そう」
 くすくすと笑う。
「多分……、シンジ君、気が付いてると思う、それでも気付かない振りをしてくれてると思う」
 真実は不明だが、ミヤはオーストラリアでの、船の上でのことを思い出していた。
 隠していたのに、ミヤから唐突に秋月と呼んでいる。
「レイは最初から知ってる、それでも気まずくならないのは、こだわらないでいてくれてるから」
 アスカは複雑な顔をした。
「シンジ……、レイも」
「ええ、でもね、レイはそういうの、不自然なくらい触れないようにしてる」
「え……」
「分からない?、レイも気付いてないかも」
 くすくすと笑った。
「後に引きずったりしない、どうしてかな?、雰囲気が悪くなるから?、気まずくなるから?、違う、シンジ君が嫌がるからだと思う」
「シンジが?」
「そうよ?、惣流さんは分からない?、わたし達がいがみ合ってたら、シンジ君きっと心配しておろおろするわ、気にし続ける、ねぇ?、惣流さんはそんなシンジ君を見たいと思う?」
 アスカははっとした。
「でしょ?、そんなシンジ君をそのままにしておきたいと思う?、ううん、一番良いのは、そんな顔をさせないことでしょう?」
 ミヤの言葉は染み入ると同時に、一つの勘違いを暴き出した。
『わたしは、側に居て欲しいと頼まれたから、ここにいるだけよ、別に、頼んで置いて貰っているわけじゃないわ』
 そう、それは確かにシンジの願いなのだろう。
 誰かが側からいなくなれば、それは寂しいし、悲しいことだから。
(だから、引き止めてるの?)
 レイを、ミズホを、カヲルを。
「その中でもね……」
「え?」
「惣流さんは、特別なんじゃない」
「特別って」
「だって……、小さな頃から、ずっと一緒だったんでしょ?」
 ミヤの嫉妬交じりの視線は、アスカから言葉を奪った。
「そんなの……」
 少し、照れる。
「だから、シンジ君が落ち込んでるのも分かるわ」
「落ち込んでる?、シンジが?」
「気付いてなかったの?」
 呆れた目を向ける。
「マナから聞いたの、シンジ君、レイやミズホ、惣流さんの目だって気にしなくなってるって、誘えば絶対に嫌だって言わない、ううん、それどころか即答でオッケーしてくれるって、レイの目の前でも、レイが見てても関係無いって、教室で、よ?、他の人達も聞いてるのに……、この頃じゃ付き合ってるって勘違いされてるって言ってた」
「そんな……」
「けど、嬉しくないみたい」
「へ?」
「シンジ君、優しいし付き合いもいいけど、前みたいに慌てたり、恥ずかしがったりしなくなったって、目がもう、女の子を見るような目をして無いって言うのよ、女の子として区別してくれないって言うの、分かる?、女の子だって意識しなくなってる、気遣ったり、特別視しないの、レイにもね」
 アスカは困惑した。
「なによ、それ……」
「分かんない?、多分……、間違いなく、惣流さんのせいよ」
「あたしの?」
「あの声が……、シンジ君に聞こえたはずだって言ったでしょ?、あたしでも動揺したのに、なのにシンジ君が何も感じ無かったはずないじゃない」
「けど……」
 縋るように言う。
「けど、シンジも、レイだって、何も言わないわ!」
「聞けるはず無いじゃない」
「どうして!」
「じゃあ」
 目を鋭く細める。
「惣流さんだったら、聞けるの?」
「え……」
「レイがカヲルを好きだって……、直接じゃないけど、そんな事を口走ってるのを聞いちゃって、問いただせるの?、レイの口から、シンジ君よりもカヲルが好きって言われて、良かったわねって応援できる?、素直にシンジ君と付き合える?、脱落してくれたって喜んで」
 アスカは沸き起こる怒りに身を震わせた。
 だが冷静な部分は、確かにそうだと告げていた。
「でしょ?、シンジ君は落ち込む、それを慰めてあたしがいるじゃない?、そんなこと言えるはず無いじゃない……」
 ミヤはアスカから顔を逸らした。
「真実がどうだったにしても、想像してみてよ、シンジ君だって、そんなに簡単に割り切ってくれるはず無い、じゃあ、一番なのは?」
「一番って……」
「この辺りはもう完全にあたしの想像なんだけど」
 迷いがちに口にする。
「自然消滅……」
「へ?」
「なるべく自然に……、お互い疎遠になっちゃう、何も感じなくなるように遠ざかる、距離を広げる……、それが一番だと思うの、惣流さんはシンジ君にとって、一番近い友達だったから……、完全には切り離せないと思う、だって想い出とか、振り返ったら必ず出て来るんでしょ?」
 アスカは自分のアルバムのことを思い出した。
 ほとんどがシンジとの写真で埋まっている、変化が出たのは中学二年生の時からだろう。
 シンジの家に、レイが来てからだ。
「だったら、他人になるしか無いんじゃない?、別の想い出を別の人と作って、ああ良い想い出でした、なんて」
 ミヤの口調は僅かに震えていた。
 それはカヲルを思い出し、自分を重ねているからなのだが、アスカは気が付かない。
「そんな……、だって、だってあたし」
「ねぇ」
 ミヤは訊ねた。
「どうして……、何があったの?」
 アスカは縋るような、目を上げた。






 夜も暮れると、ビルの中からは人気が無くなる。
 それでも一晩中、いつ帰っているのかと思うほど、この二人の姿はあった。
「やれやれだな」
 冬月はそう言って、書類の束を纏めて机に立てた。
「碇がいた頃よりも忙しい気がするよ」
「お手数をおかけします」
 くつくつと笑うアレクだ。
 ゲンドウのように両手で机の上に橋を作っている、彼が目を合わせているのは……、カヲルだった。
「やはり、黒幕はあなたでしたか」
 カヲルは両手をポケットに入れ、胸を張り、腰を突き出すようにしていた。
 背筋を伸ばしているというよりも、上半身を腰に乗せていると言った感じだ。
「何を考えてのことです?」
「さてね」
 はぐらかすアレク。
「娘への愛情、と言うだけでは納得してもらえないかな?」
「できませんね」
 不敵に笑み合う。
「おかげで僕は、いい迷惑を被ってますよ」
「それは信頼が足りないな」
 ぴくりと、カヲルは反応を示した。
「信頼?」
「そうさ」
 足を組み、その膝に手を掛ける。
「信じ合っているのなら、まず何があったかを言及すべきだよ、それがどうだい?、君達はお互いの関係のことばかりだ」
 カヲルは肩をすくめた。
「認めますよ……、だけど」
 一旦目を閉じて、また開く。
 眼光は赤く、鋭い。
「あなたは、やり過ぎた」
「ほう?」
 面白げに問いかける。
「その様子だと、もう、僕が何をしたか、知ったようだね?」
「ええ……、その手の方面には、とても詳しい友人が居ましてね」
「甲一号君、かい?」
 笑みを消し、無表情になるカヲルだ。
「あなたはそうして、死ぬ時も冗談を口にするのでしょうね」
「おどしかい?」
「そう取ってもらってもかまいませんよ」
 僅かに動こうとした冬月を目で制す。
「僕は覚悟を決めていますから」
「覚悟?」
「あなたは、僕達にとって危険過ぎる」
 ポケットから、のたうつように光が垂れた、それは内側の手から発したものだ。
 生地を透過している。
「メリットとデメリットを秤にかける、そんな単純な事で君は人を殺すというのかい?」
 カヲルは失笑をこぼし、頭を振った。
「違いますよ」
「違う?」
 危険な光を目に宿して宣告する。
「排除、ですよ」
 ポケットから右手を抜く、光は刃となって固まった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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