元実習生トリオが絡み合っている頃に、もっと上品に言葉を交わしている二人が居た。
「そうか、あの葛城君がね」
「はい」
「随分と時間が掛かったものだ」
 どこにでもあるようなレストランだ。
 冬月はそう感慨に耽った後で、目の前の席に座っている女性を見やった。
 リツコである。
「君はどうなんだね?」
「わたしは……、ミサトとは違いますから」
「そう卑下する事も無かろう」
「いえ、身を守る方法が違うと言う事です」
「方法?」
 リツコは一旦食事の手を止めて、手布で口元を拭った。
「あの子は……、ミサトには加持君が居ましたから、例え一時的な逃避でしかなかったとしても」
「貪り合いが心の間隙を埋めるか」
「本能的な行為の中に埋没出来れば、壊れて行く自分の心に恐怖を感じることはありませんわ、虚しい行為だったとしても、人はそれを否定して生きていくことは出来ない生き物ですから」
「方法が違うというのは、君にはその相手が居ないと言う事かね?」
「いえもっと悪いですわね、……わたしはその行為に浸って、『自分』を忘れる事が出来ませんの」
「科学者の常、か」
「先生も学者でらっしゃるのですから、ご理解頂けると思いますわ」
「そうかね?、わたしは所詮男だからな」
「同じことですよ、抱かれている女、抱いている男、自分の感じている物がただの幻想で、相手は演技でしかないのだとしたら?、それに気付かれる事が恐くて感じていると演技するしかない、わたしはもっと切実で、そのようなことをしていると子供が出来はしないかと不安になってしまうんです」
「……子供か」
「生んだとしてまともに育てられるはずがありませんわ、わたしには……」
「そうかね?」
「だからと言って堕ろす事も出来ません、殺すなんて……、生まれたての命を」
 悲しく笑う。
「ご存じですか?、妊娠初期の状態であれば薬だけで済みますが、大きく育っていればお腹の中に入れたままで首を切り、頭を潰して引きずり出すんです……」
「残酷だな」
「あれだけ子供が犠牲になった惨状に関わって来て、その上そんな事……、向こう側の人間になるなんて」
 笑みが自嘲に変わった。
「生む事も堕ろす事も出来ない、だから気になって没頭出来ない、でも今更ですわね、こんなこと」
「いや、その悔恨は人にとってとても大事なものに思えるがね」
 嘆息する。
「人の中にはそれを恐れて今更後戻りは出来ぬと突き進む愚か者が多い」
「心に留めておきますわ」
「そうしてくれ、……しかしそうすると君は生涯一人を通すつもりかね?」
「いけませんか?」
「いや、人それぞれだからね、君の妊娠に対する恐怖心が理解できぬほど『遠い』人間ではないと思っているよ」
「ありがとうございます」
「してみるとわたしがマヤと暮らせんのも同じ理由かも知れんな」
「お子さんが恐いと?」
「ああ、恐怖症に近いかも知れん、知られる事が恐いのではなく、幸せに浸る事が罪のように感じるのだな」
「まったくです」
「葛城君はその地獄に踏み込む決意をしたのだろう、なら、我々は出来る限り良い友人で居なければならんな」
「その通りですわね」
 暗い話題は終わりとばかりに食事を再開する。
「それで、碇さんがたは?」
「ああ、式の前日に戻って来るそうだよ、大騒ぎになるだろうな」
 あるいはその『騒ぎ』に対する対処を求められているのではないかと……
 リツコは少々、邪推した。






 情報化社会の縮図のような街が第三新東京市である。
 その進化にも似た成長をともにつげ、常に最新技術に触れてこなれて生きて来た、その代表的な少年が相田ケンスケと言う少年であった。
 情報の受け手は多いが制作者側は少ない、だがそれだけに濃くもある。
 葛城ミサト、彼女がこの数年間に担当した生徒数は二百を越える、これに担任ではなくとも授業を担当した生徒を含むともう切りがない。
 ケンスケはネットでどの様な式を演出するか下調べを行おうとした、そして仰天した。
「八十通!?、なんだこのメール」
 それらは全て、ケンスケが取り仕切ると知って送られて来た物だったのだが、当然中には何やら勘違いした物があった。
「ライブ出演の登録?」
 どうも話しが先行してしまっているらしいのだ。
「誰だぁ?、勝手に話し広げてるのは」
 自然発生的に広がる話しと言うのは厄介な物だ。
 こうあればいいと言う希望が、いつの間にかこういう事だと言う話しにすり変わる。
 さらには他人の発言が責任者のものとして受け取られ、揚げ句ごたごたの元になる。
「こりゃまずいな……」
 顔が見えない、語調が分からない文章だけの媒体では、どうあっても言葉に誤解が生まれ出る。
 達者な日本語を扱えない限りは、これを回避することは出来ない、必ず要らぬ誤解を招いてしまう物だ。
 ケンスケもその点は分かっていたが、喧嘩売ってんのか?、としか思えないような物も多数混ざっていて処理に困った。
「しょうがないな……」
 一括に処分するためには、専用のデータ掲載ページを開くしか無い。
 こうしてケンスケの行動は、まずその初段階において躓いた。


「まずいね」
「ええ」
「相田君」
「ここでのスケジュールの遅延は腹切りに相当するよ」
「既に発注した食材の経費」
「この徴収だけでも大変ですぅ」
「回収の見込みはあるの?」
「デコレーション、料理、ウェディングケーキ」
「このままじゃ僕ら首括る事になっちゃうよ」
「世間の動向を抑える事も重要だけどねぇ」
「そのために資金をつぎ込むのは間違ってるわね」
「結婚式」
「そう、あたし達に課せられた使命は客の接待ではなく、いかにしてお祝いするかって事なのよ?」
 碇シンジ以下その面々、いわゆる碇一家とでも言うのだろうか?、その迫力は極道にも相当する。
 その真ん中に立たされていたケンスケは、泣くような声で訴えた。
「待ってくれよ!、だからって式当日に乗り込まれたら祝いも何もなくなるじゃないか!」
「いずれにしろ」
 アスカが仕切る。
「スケジュールの遅延は認められないわ」
「引き受けた以上、今更後戻りも認められないしね?」
「レイの言う通りよ、相田、追加予算は認められないわ、対策についてはあんたの自腹で何とかするのよ」
「鬼だ……」
「何言ってんの!、こっちだって回収出来るか出来ないかも分かんないのに自腹切ってるんだからね!」
 それを口にされては返す言葉も無いだろう。
「ま、まあその辺で……」
「そうですぅ、可哀想ですぅ」
「シンジ君の言う通りだね」
「アスカ酷い!」
「……あんたらねぇ」
 シンジの言葉に手のひらを返されてわなわなと震える。
「とにかく!、情報操作の方はどうなってんの!」
「あ、ああ、メールの数は減ったよ、勘違いも無くなって来てる、完璧じゃないけどな」
「式場内は身内と言い切れる連中だけで占めるのよ?、運動場他の『会場部分』については?」
「自己責任って事で、場所取りの抽選前に希望を集めてるよ、第一から第四までで」
「出席予総数と、野次馬の数は?」
「出席者は二百人、ほとんどが生徒だな、これは百パーセント出席の返答が貰えたよ、外の方は野次馬次第だけど、まあ屋台が繁盛するくらいには」
「じゃあ後は委員会の仕事ね」
 くいくいっとシンジの袖を引くミズホだ。
「委員会ってなんですかぁ?」
「……アスカが仕事が多過ぎるって爆発してさ、勝手に役職振り分けて実行委員会作っちゃったんだ」
「でもアスカさんってぇ」
 こそこそと言った。
「大声出してるだけで、働いてるの見た事ありませぇん」
 まったくだ、とシンジは思った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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