知らない場所と言うのは心理的に落ち着かないものだ。
 冷静に考えれば民家もマンションもあるのだから道を訊ねればいいのだし、そうでなくても車の音がしている方向へ歩けば大きい通りにも出られるだろう。
 電話ぐらいはあるはずだ、店だってあるだろう。
 そうでなくてもバス停や駅を探しても良い、山奥ではないのだから、道に迷ってのたれ死んでしまう様な事を避けるのは実に容易だ。
 しかし重要なのは今走って来た道を意識的に進む方角として選択できないところにあった、正しくは知り合いの住む地区を、だが。
 その事が道を訊ねても意味が無いと判断させる、またさらに焦っている原因として、シンジは自身の変化に戸惑っていた。
(息が切れない……)
 少しだけ上がってしまったが、走った距離とその速さに比べて異常なほどに疲れを感じられずにいた。
 確か去年の今頃だったか。
 鰯水と言う少年と短距離走をすることになり、無理矢理な特訓を受けさせられた。
 その時には酷い筋肉痛で悩んでいたはずだ、記憶にもある、なのに。
(違う、僕は知っていた?)
 気が付いていたはずだ。
 少しずつ……、少しずつ力が付いて来ていた事に。
 だが忘れていた事でもあった、あまりに些細な事だったから。
(何かがあった時、僕はいつもの僕じゃないくらい頑張ってた)
 ドームの時もそうだったはずだ、信じられないほどの足の速さで走ったはずだ。
(僕は、いつの間に、こんなに)
 はっとする。
 正面、先程と同じようにまた誰かがひっそりと立っていた。
 今度は少年ではなく少女であった。
 髪が長い、濃淡のないのっぺりとした顔。
 体には黒いボロ布を巻いていた、左腕と白い素足が膝の僅かばかり上からすらりとのびていた。
 白と黒、そのハイライトが余りに眩しい、しかし目を引いたのは背中にある『それ』だった。
 翼……、に見える。
 蝙蝠や鳥のものとは違う、まるで粘土で作ったような不細工な翼が四枚、左右に大きなものと小さなものと広がっていた。
「あ、う……」
 −ミツケタ−
 また同じ声がした。
 反射的に逃げ出しかける。
 −ミツケタ−
 背後からも声がした。
 振り向かず、足を止める。
「なん、だよ……、なんなんだよ!」
 心でどれだけ高尚な事を考えたとしても、行動がどうにも伴わない。
 それがまた苛立ちに繋がってしまった、想像の中の自分は勇ましいのに、実際は膝を震わせているだけなのだから。
「なんなんだよ!、僕に、なに……」
 息を飲む。
 正面の少女が左腕を横へ伸ばすようにして外衣をはだけたからだ。
 その下に見えた体の異様さは凄まじかった。
 自分と変わらない歳に思えていた、顔と背丈からそう判断出来た、もっとも外見に騙されないだけの賢さをシンジはちゃんと持っていたが。
 その顔の造りはどこか幼い、少なくとも大人ではない。
 なのに体には大き過ぎる乳房が二つ付いていた、いや二つではない、その下に二列になって、合計六つも胸があった。
 くびれたウエストからヒップに繋がっているラインはふっくらとして、そこからまた少女らしい細い足へと続いている。
 頭身の狂った体を繋げ合わせた様な奇妙なアンバランスさがそこにはあった。
(はぁ、はぁ、はぁ、ぐっ……)
 血の気が引いて吐き気がする、貧血か胃が収縮してしまったのか気持ちが悪い。
 神経がまいって来ていた。
「は、あ?」
 しかし吐くことはなかった、鼻孔をくすぐる甘い臭いに我を忘れる。
(あ……)
 股間に異変を感じた、パンツの裏生地にこすれて気持ちが良い。
 半膨張の状態で生殺しにされている様な……
(は……)
 理由を察する、彼女が……、可愛いからだ、奇麗だからだ、好きだからだ。
 欲しいからだ。
 一歩、足が前に出てしまう。
 とろんとした表情のまま、シンジはふらふらと歩き出した、二歩目以降はもう足取りも軽く、惑わされたまま彼女の胸に倒れようとした。
 妖艶に、それでいて清楚に、軽蔑の目で、嬉しそうに、彼女は胸に顔を埋めようとするシンジを抱き留めようと、倒れ込んで来るシンジを抱き締めようとした。
 −ヒトツニナリマショウ?、ソレハトテモトテモキモチノイイコトダカラ−
 歓喜と切ない吐息をもって、シンジは身を委ねようとした。
 しかし。
 −ダン!−
 平面に彼女の腕と胸を何かが刈り取った、金色の光だった。
 切り落とされた腕と胸が地面に落ちる、餅のように潰れてべったりと崩れる、シンジもその上に倒れ込んだ。
 −ゴン!−
「うっ、つうぅ……」
「大丈夫かい?」
 その声にはっと自分を取り戻す。
「カヲル君」
「遅くなったね」
 真横に人の気配を感じて慌てて見上げる。
「カヲル君……」
 余りにも情けない顔でカヲルに縋る。
 両手を突いて起き上がろうとして、ぐにゃりと言う手の感触に「ひっ」っと悲鳴を上げてしまった。
 切り落とされた真っ白な胸が、ぐにゃぐにゃと動いて一つに纏まろうとしていたのだ。
 腰を抜かしたまま後ずさりする、少女を見上げると元の無表情に戻って突っ立っていた。
 その体には腕と胸がなく、臀部も僅かに平坦にスライスされておへそが無くなってしまっていた。
「痛い……」
 じわりと染み出すように血が白を塗り変えていく。
 −ビョン!−
 そこへ肉の塊が生き物のように跳ねて彼女の元へと戻っていった、胸に張り付き、そのまま融合、吸収されていく。
 ぶよぶよと蠢き、泡吹くようにして失った部位を再構成していった、腕も生えて、元の白い指先を手に入れる。
「二対一、か」
 カヲルの言葉に思い出す、背後にももう一人居たことを。
「カヲル君……」
「大丈夫、と安請け合い出来る状況ではないね、これは」
 そんな……、そう漏れそうになった言葉を、シンジは必死になって飲み込んだ。
 一人では逃げ回る事しか出来なくても、今はカヲルが居る。
 脅える事しか出来無かった自分に、今は縋れる存在がある、それだけでも心の支えとするには十分だった。
 少しは見栄もあったのだろうが。
 とにかくシンジは、膝の震えを何とか抑えて立ち上がった。
 へたり込みそうだった、崩れ落ちてしまいそうだった。
 それでも膝を掴み、腰と背骨に活を入れた。
 頭の中で様々な質問が浮かんではうねり、消えることなくただ渦巻いた。
 何が起こっているのか、これは何なのか、何故自分の前に現われたのか?、何故誘惑しようとしたのか、魅了して何をするつもりだったのか。
 違う、そうではないとの感情が全てを包んで制していった。
「どうすれば、いいの」
 シンジは唸るようにして訊ねた。
 今はそれが一番大切な事だから。
「シンジ君?」
 カヲルはシンジの目を見て息を飲んだ、いつもと違うシンジに驚き、目を丸くした。
「シンジ君……」
「恐いんだ……、戦うなんて出来ない、でも逃げたけど駄目だった、ねぇ?、僕はどうすれば……、違う、何をすれば良いの」
 喚いたり騒いだりするでも無く、対処する方法を求めていた。
 力が足りないし、及ばないし、無いのなら。
「僕は……」
(悔しがっているのかい?)
 カヲルはそこに、シンジの成長を見て取った。
 またそれを悪くはないと感じる、ただ闇雲に先に進むだけでは間違いや勘違いが大きくなる。
 意味も無く力を求めた揚げ句に誤った使用をし、例えばこの様な場合、勘違いも甚だしく自分も戦おうとするかもしれないからだ。
 だがシンジは正しく今の自分を噛み締めていると感じられた、自分がしてしまった遠回りを、シンジはちゃんと回避している。
(ここにもまた差があるのか、僕とシンジ君の間には)
 少し、悔しい。
 しかしカヲルは気が付いていないが、カヲルとシンジの違いは縋って頼れる相手が居る事にこそあった。
 シンジにとってカヲルは導き手であり、いつでも頼りに出来、甘えられる相手である、それに、シンジにはそうして手を引いてくれる人が実に多い。
 しかしカヲルには、カヲルの成そうとしていること、その果てに成ろうとしている自分、それに対する指針は誰にも示す事が出来ない、故にカヲルには誰も居なかった。
 誰にも助けを求められなかった。
 ならシンジとカヲルを比べた時、未来に対する成長の度合はカヲルの方が格段に難しいと言うことになる。
 誰にも甘えられないから、誰に頼る事も出来ないから、誰も答えを持っていないから、自分で見つけるしか無いから、それだけシンジの方が安易でもある、人に聞くだけで済むのだから。
 それでもカヲルはそんなシンジを尊重し、尊敬し、学び取ろうと観察をした。
「手伝ってくれるかい?」
「手伝う?」
 カヲルは頷く。
「彼らはシンジ君に何かを感じているらしいよ、多分、僕以上にね」
「え……」
「目で物を見る以上って事さ、直接僕達が抱えているものを探り取って警戒しているんだよ、大丈夫、彼らにはシンジ君が力を操れない事なんて分からないさ」
 不安を感じさせないようにか、カヲルはいつもの笑みを崩さず伝えた。
「僕の背に背を合わせて、恐くても崩れてしまわないようにもたれてもいいから、睨むんだ」
「睨む?」
「そう、恐くないぞと念じてね」
 それに意味があるのかどうかは分からなかったが。
「うん」
 シンジはなんとか、従った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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