−−何がやりたいかわからないなんて、当たり前だったんだよな。
 彼は思う。
 −−だって、流されてるだけだったから、自分で何かをやろうって決めた時も、選択を迫られてようやく決めてただけで、だから最初からやりたいことを自分で見付けて、したいことを、したいようにやったことってなかった気がする。
 草むらに寝そべり、彼は空を見上げていた。
 −−何もかもを無視して、自分だけの自分がやりたいだけの、そんな我が侭をどこまでも追及するなんてしたことがなかった、だから一人になってみたかったんだ。
 草原の向こうには林が見える、丘の上、下には灯が見えるがかなり散在していた、田舎なのだろう。
 −−アスカの、レイの、ミズホの、みんなのことを気にし過ぎて、自分勝手に動き回れた事なんて無かった気がする、臆病だったんだな、嫌われるのが怖くて、裏切る事が怖くて、だからその枠から出られなかった。
 月が大きく空に掛かっていた。
 −−みんなを裏切ってまで自分の幸せなんて考えられなかったから妥協してた、流されてただけだったから、何がしたいのかわからない自分になってた、今の僕はかなり身勝手になってると思うけど、好きだよ?、結構ね。
 微笑みが浮かぶ。
 −−好きだったんだ、みんなが。
『シンジ!』
『シンジ様!』
『シンちゃん!』
 −−嬉しげに振り返ってくれるみんなが好きだった、だから決められなかったんだ、誰が一番かなんて、当たり前だよね、僕が好きだったのはみんなの笑顔で、空気で、世界で……、誰かなんて個別なものじゃなかったんだから。
「よ……、っと」
 起き上がって片膝を立てる。
 −−みんながね?、誰か好きな人を見付けて、付き合って、結婚していても、それはそれで今じゃ良いって思えるんだ、前は嫌だったのにね、誰かのものになっちゃうなんて、強がりもあるけど。
「みんなは……、今でも笑ってるかな?」
 −−笑えているかな?
 片側に放り出していたリュックを手に立ち上がる。
 三年分の汚れにかなりくたびれていた。
 長身のカヲルと並んでも遜色の無い背丈を得たシンジの体は、他の男性に決して見劣りしないほど逞しく育っていた。
 幼さが消え、顔には精悍さが備わっている、微々たるものだが、明らかな成長が見て取れた。
「明日には、着けるかな?」


 翌日、大学構内。
 その中庭の芝生にアスカは座っていた、開いたパスケースには何年ぶりかで引っ張り出して来たシンジの写真が……、擦り切れくしゃくしゃの皺だらけになっている写真が収まっていた。
 空を見上げる。
「狭い空……」
(シンジも同じ空を見てるの?、同じ空の下に居るの?)
「惣流さん」
 気まずげな声に顔をしかめ、立ち上がる。
 振り返りもせずに立ち去ろうとして引き止められる。
「離して!」
「ごめん!、傷つけたことは謝るよっ、とにかく謝りたかったんだ!」
「だったらもう良いでしょう!?」
「僕はっ、本気なんだ、だから!」
 ああ、と思う。
 想われている、それは本当だろう、何かが変わった、彼は、そう感じられる。
 後悔と自責の念が不誠実さを誠実さに置き換えている、そう思える。
(けど、だめ!)
 遅いのだ、彼がそれに目覚めたのは良い事だろうが。
(こいつも、あたしを傷つける!)
 だから、だめ。
 人を傷つける事で学習して優しくなっていくのなら……
 シンジと同様に、彼にも多く傷つけられる事になってしまうから。
「離し、て……」
 アスカはもがこうとして……、きょとんとした。
「え?」
 不意にやんだ抵抗に、青年も力を緩めてしまった。
「あっ」
 その隙を突いて、いや、本人はそのつもりは無かっただろうが……
 拘束を逃れて、駆け出した。
(今の……)
 短い髪、高い背丈、広い背中。
(今の!)
 随分と変わってしまっていた、全くの別人だった、それでも……
 見間違えるはずが無い。
 だからアスカは真っ直ぐに走って……
 彼の後を、追い掛けた。


 コンサートホールは別れを惜しむ悲鳴に包まれていた。
「いいのかい?」
 ステージを下りたレイに、同じく下りたカヲルが訊ねた。
「もういいの、自分を犠牲にしてまで誰かに尽くすって、バカだって気付いたから」
「そう……」
「そんなのただの自己満足だって思う、シンちゃんもそれに気が付いたから切り離したのかもしれない、だから、あたしもそうするの」
「なんのために?」
 レイは奇麗過ぎる微笑みを返した。
「もう一度、恋愛するために」
 コンサートホールを出る、ウィッグで変装して。
 力とか、特別さとか、そんなことに関係無く……
 全てをリセットして、素直な気持ちで、会いたいと願う。
 その時ドキドキしたならば、それはきっと、間違いのない『恋』だから。
(初恋の人にもう一度恋するって言うのも、いいよね?)
 そう思って、サングラスを掛けようとして……
 −−!?
 同じようにホールから出て、横断歩道を渡って行く人を見つけてしまった。
 体格も、髪形も、何もかもが変わっているのに。
 −−あ。
 わかってしまって、涙が溢れた。


「あら?」
 碇家。
 ユイはミズホが買って来た夕飯の食材の多さに首を傾げた。
 多過ぎる、まるで……
 −−みんながここに、住んでいた頃のように。
 感傷や勘違いで買い過ぎていたのはもう何年も前のことだ。
 その度に自分の本心に気が付いて、彼女が泣いていたのは昔のことなのに……
 今更また、どうしてと思う。
 それに、冷蔵庫にも入れないで、置きっぱなしで……
「あ……」
 庭に、人影。
「ああ、そう、そうなのね……」
 ユイは微笑み、台所へ戻った。
 庭で二つの影が、抱き合うように重なっていた。
 静かにしゃくりあげる声、愛おしげに髪を撫で付ける青年の姿。
 勘違いではなく、予感がして……
 それに気付けたのは……、奇跡ではなく、当たり前の……
 失う事の無かった、絆の、声。


 一人は電車で、一人はタクシーで懐かしい家に戻ろうとした。
 その途中で鉢合わせしたとしても、もう、反発しあう心は無くて。
「行こう」
「うん」
 ああ、やっぱり、そうなんだ、と。
 確信出来て。
 だから。
「バカシンジぃ!」
「シンちゃん!」
 その家のドアを開けても、確認などしなくとも。
 空気が、優しく、気配が、懐かしくて……
『居る』ことがわかるから。
 思い出す前に、元に戻れて……
 懐かしい、大好きな笑顔があったから。
 多分、それだけで、十分で……

 −ただいま−

 照れはにかむような彼の笑顔に……







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