Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:1






(死ぬのは嫌…)
 再び呟く。
(死なせないわ)
 守る者が否定した。
(殺さないわ)
 それは存在を肯定している。
(生きていくのよ)
 それを望む者の声。
(死んではダメよ)
 導く声が聞こえてくる。
(消さないわ)
 アスカの中の死を払拭していく。
「死ぬのは嫌ああああああああ!」
 アスカは叫んでいた。
 その声が大音響となって発令所の全員の動きを止めていた。
 皆が不安に脅えた瞳を弐号機へ向けている。
 キュイイイイイイィィィィィィィィィン、ズガァン!
 その全員が見つめる中で、使徒の炎が奇妙に歪んで消え去った。
「何が起こっているの!」
 と言うよりは、何か不可視の力によって、無理矢理引き裂かれたように見えていた。
「し、信じられない…、弐号機、起動しています、シンクロ率90%以上!?」
 マヤは慌てて同じ情報を複数の回路から確認した。
「アスカ!」
 主モニターを振り仰ぐミサト。
 その中で弐号機は、フェイスを開き四つの瞳をあらわにしていた。
 自らの体をかき抱き、黄金色の光に包まれていく。
「なによ、あれ」
 まるで光の繭だった。
「ATフィールドです、計測限界ぎりぎりのATフィールドを展開しています」
 光の繭には毛細血管のような筋が走っていた。
「アスカは!?」
「精神汚染が始まっています、深層意識にまでくいこんで…、あれ?、変です、エヴァからの侵食を受けているのに、自我意識が急速に浮上してきています!」
 通常、自意識を食い荒らされれば、その精神は崩壊していくはずなのだ。
「どういうこと?」
 なのにアスカの意識は、自らの形を取り戻そうとしていた。
「自我境界線が形を正していきます!、まるでエヴァがアスカちゃんを導いてるみたいに!!」
(エヴァがアスカの心に触れているとでもいうの?)
 メインモニターから目が離せない。
 その中で弐号機がゆっくりと繭を開きはじめていた。
 細長い幾重にも重なりあっていた六角形の翼がひもとかれていく。
 翼は開ききる度に消えていき…
「弐号機が…」
 立ち上がっていた。
 右手で失った目をおさえている、手のひらの間からおびただしい量の血が流れ出していた。
「ずうっと一緒にいてくれたのね?、これからもずっと一緒にいてくれるのね!、ママ!」
 アスカはシートの上に腰を浮かせていた。
 使徒は再びサーベルを突きだし、弐号機の左肩を貫いた。
 グガァン!
 震動がアスカを襲った。
 衝撃にふらつき、レバーに手をつく。
 肩の装甲が吹き飛んでいった、だが弐号機はそれを気にする様子は見せない。
「見ててくれるのね、ママ!」
 アスカはまだ自己の世界に閉じこもっていた。
 まるで自分と弐号機以外の存在を排除しているかの様に。
 なのに弐号機は使徒を突き飛ばした。
「暴走しているの!?」
 アスカの意志の介在も無しに動いている。
 その事に驚くミサト。
「いえ、A10神経接続は問題無し、ハーモニクスは全て正常値を示しています、パルスの逆流もありません!」
 マヤもまたあり得るはずのない弐号機の状態に驚いていた。
「あれがまともだっての!?」
 弐号機の左肩の筋肉が一気に盛り上がった、装甲板と拘束具を吹き飛ばし、無理矢理筋肉で傷を塞ぐ。
「傷が塞がっていきます、ああ!、眼球再成!」
「すごいわ、アスカ…」
 言葉とは裏腹に、ミサトの顔からは血の気が引いていた。
(まるで初号機ね…)
 明らかに今までの弐号機とは違ってしまっていた。
 赤いエヴァが右腕を振り上げ、振りおろした、ATフィールドを引っ掻くように。
 それだけで使徒のATフィールドが寸断された、使徒にも鉤爪の跡が刻まれる。
「ママ、ママなんだ、あなたもママなんだ!」
 血まみれで倒れこむ使徒。
 壊れたように、アスカは一人で叫び続けていた。
「あたしをずっと見てくれてた、これからもずっと見ててくれるのね!、ママ!!」
 使徒を蹴り飛ばす弐号機。
「わかるわ、ATフィールドの意味!」
 湖に落ちた使徒を追いかけ、跳ね飛んだ。
 着地、ズバァっと円形に水が弐号機を避けて開いた。
 ATフィールドが周囲の水を排除していた。
「あたしを包んでくれてる!」
 その光景が現実の実感となって伝わってきていた。
 目に見えないものが、目に見える形で力を示している。
 穏やかな心地好さと、温かな温もりで包んでくれていた。
「あたしを守ってくれてる!」
 そのことに狂喜するアスカ。
 母親の腕に抱かれるのと同じ抱擁、そこから与えてもらえる安心感。
 それらがATフィールドによって表されていた。
「あたしをずっと見守ってくれてたんだ、ママ!」
 アスカは弐号機に向かって叫んでいた。
 弐号機の歩みに伴って、湖の水が道を開けていく。
 湖をわって進む弐号機、その足は汚泥のぬかるみによって汚れていった。
 その先の湖面が盛り上がる。
 それとほぼ同時に、何か強い力でガクンと後ろに引っぱられた。
 つんのめるように立ち止まり、振り返る弐号機。
 水の中から起き上がってきたのは使徒だった。
 弐号機の背後ではケーブルがピンと張っていた。
「あたし頑張る!、だから見ててね、ママ!」
 アスカはシートにつくと、急ぎケーブルを切り離して弐号機を走らせた。
 ATフィールドが薄らいでいく、元に戻ろうとする湖。
 怒涛のように水が押し寄せて来た。
「頑張るから見ててね、ママ!」
 波立ち、弐号機にぶつかり弾けて飛沫を上げる、その力に少々ぐらつきながらも、弐号機はプログレッシブナイフを抜いて構えてみせた。
 そのポーズは以前のままに、正面で横に向け、左手を添えるというものだった。
「たあああああああ!」
 一歩踏み出す、大きなうねりが起こり、使徒を飲み込んだ。
 わずかに姿勢を崩す使徒、その隙をアスカは見逃さなかった。
「ていやあああ!」
 水しぶきと大波の中で、アスカは使徒の胸元に飛び込み、コアにナイフを突き立てていた。
「アスカ下がって!」
 ミサトが叫ぶ。
 使徒は逃がすまいと、両手で弐号機を抱きこもうとした。
 そのままゴム鞠のように体を歪め、弐号機を包みこもうとする。
「自爆なんて無意味よ!」
 アスカは弐号機ごとATフィールドで使徒を包みこんだ。
(アスカ、ここを守るつもりなの!?)
 声を失うミサト。
 その内側で閃光が弾けた。
 轟音と灼熱。
 使徒は完全に消滅していた。
「アスカ!」
 一瞬の光に目を細めはしても、ミサトはモニターから目を離しはしなかった。
 ATフィールドが消滅する、煙と熱風が流れ、吹き出してきた。
 その中に人の形をしたものの影が見受けられる。
「に、弐号機確認、損傷…、認められず」
 ゴクリと最後に生唾を飲み込む音が付け足されていた。
 赤いエヴァは灼熱の中でさらに赤みを増し、それでも無傷のままで立ちつくしていた。
 その一部始終を見、鳥肌を立てている発令所の面々。
「内部電源限界です、エヴァ弐号機、活動を停止しました…」
「…各機のパイロット回収、急いで」
 何とかと言った風体で声を絞り出すミサト。
「はい」
 返事を確認してから、ミサトは初号機を映しているモニターに目を移してみた。
「レイ?」
 地面に叩きつけられたまま動かなくなっている初号機、そのすぐ側に綾波レイの姿が映し出されていた。
 気づいているのはミサトと…、他にはゲンドウと冬月のみであった。
 エヴァによって荒らされた山肌で、レイは残った大木の一つに手をつき視線を送っていた。
 二体のエヴァを同時に捉えて。
 だが誰もその事を口にしようとはしなかった。
 まるでレイの存在を気づかせたくはないと願うかの様に、ただじっと黙り込んでいた。


 カチャ…
 受話器を降ろすマコト。
「初号機のパイロットは無事、意識の回復を待って精密検査を行うそうです」
 マグカップから、ミサトは口を離して答えた。
「そう…、それでアスカは?」
 もたれていた端末からも離れる。
「栄養失調と軽い貧血、今は熟睡しているそうです、まああの状態からの急激な運動だったわけですからね、大したことはないそうですよ」
「そう…」
 ミサトは親指の爪を噛みながら考えていた。
(司令が抹消した初号機のACレコーダーに入っていた、シンジ君と第十七使徒との会話…気になるわね)
 それらは消される前にコピーしていた。
 弐号機は君に止めておいてもらいたかったんだ、そうしなければ、彼女と生き続けたかもしれないからね。
(あれは誰のことをさしていたの?、アスカ?、でもあの時サードインパクトが起こっていたとしても、アスカは弐号機には乗っていなかった、アスカが生き残る事は無かった)
 加持から渡された真実も、その実は一部に過ぎなかったと言う事だ
 歯噛みする、まだようやく入り口に立っただけなのだと思い知らされていた。
「まだ解かなければならない謎が山積みって事なのね」
 ミサトは顔を上げ、意味ありげにマコトと二人で頷き合い、意思の確認をし合っていた。


 ゴウン…
 ゲンドウの前に「SOUND ONLY」と表示されたモノリスが浮かび上がってきた。
「新たな使徒の出現、これは我々のシナリオにはないことだよ」
 だが動揺の色は見えない。
 その隣に立つ冬月についても同じことだった。
「碇、お前のシナリオか?」
 言及するような言葉使いにも、ゲンドウは眉一つ動かしはしなかった。
 両肘をテーブルについて、いつもの通りに目の前で手を組んでいる。
「問題ありませんよ、すべては予想されていた出来事です」
 そして吐いた言葉は落ち着きに満ち溢れたものであった。
「ほう、どのような予想かね?」
 その返答に疑問を抱き、不信感のこもった質問が投げ返される。
「はじめに産み出された人間は雌雄同体でした、口に女を、股間に男を持ち、ニ体一対で互いの存在を確認しあう、原始的な生き物でした」
 唐突な話題の転換に、一瞬だが空白の時間が生まれてしまった。
「…その神話なら知っているよ、やがて人は他人に頼らず、己のものを己で貪ることを覚えた、自己の世界に閉じこもり、自らの快楽のみを追求しはじめた、堕落の始まりだったな」
 まさに今の人類そのものではないか。
 そんな呟きが漏れて来た。
「やがて神は嘆き、一人の人間を男と女の二つに分けた、だから男と女は互いを欲する、自らにない、欠けている己の半身、心の隙間を埋める存在を求めてな…」
 短気な者も居るのだろう、モノリスの一つが会話を遮った。
「それがあの使徒とどう関係し、繋がるのかね?」
 口の端を釣り上げるゲンドウ。
「あの使徒は影…、すでに襲来した使徒のかけらにすぎませんよ、欠けた己の形を求めて彷徨いくる、ただの亡霊というだけの存在です」
 むう…っと、うめき声が返された。
「だが強力ではある」
 問題を現実的な視点に切り替える。
「問題ありません、使徒は同じタイムスケジュールで、同じものが来るのですから」
 どこか自信に満ちあふれているゲンドウ。
「ならば碇、零号機を失い、初号機はまともに動かず、弐号機も妖しいという状況下で、シナリオを進めてみせるのだな」
 モノリス達は捨て台詞を残してフゥン…と消えていった。
 一拍の間を置いて、それまで黙していた冬月が口を開いた。
「良いのか、碇?」
 それはあくまで確認のためのものに過ぎなかった。
「老人達のシナリオからはかけ離れているだろうがな、こちらのシナリオには記載されている事項だよ…、我々はこれまで通りに事を進めていればいい」
 その返答に冬月は嘆息した。
「ゼーレも、第17使徒が災いしたな」
「ああ、第16使徒までの不完全な、男も女もない人間、あれと同じものが来ていれば問題は無かっただろうが…」
 焦り過ぎだな…と、冬月が跡を継いだ。
「第17使徒の存在が種の存続という命題と課題を生み出してしまったか?」
 よくできた言い訳だな…と、心の中で独白する。
「男だけでは、人が生み増える事はない」
(男が司るものは「死」だからな…)
 では女が司るものはなんだろう?
「だがな、碇、せめて初号機だけでもまともに動かなければ、これからの戦いはどうにもならんぞ」
 これ以上の確認は必要ないと、話を打ち切る。
「零号機と四号機のクローニングは順調だ、どうとでもなる」
 本当にそう思っているのかどうかは妖しい。
(なればいいがな)
 冬月の心配性こそ、どこかで切りがつくようなものでは無かった。


「ん…」
 ぼやけた眼で、周囲の様子を探るシンジ。
「いつもの…、病室だ」
「目がさめたのね」
 突然の声にも驚かない。
(アスカ…、いや、ちがう綾波だ)
 ゆっくりと首を動かし、頭を横へ向ける。
 まるで正反対の二人がダブって見えていた。
 レイは隣に座っていた。
 パタンと本を閉じて立ち上がる。
「じゃ、わたし行くから…」
 そっけなく、そのまま部屋を出て行こうとする。
「アスカの声が…、聞こえたような気がしたんだ」
 その背に声をかけてみる。
「ええ、使徒は彼女が倒したもの…」
 プシュっと気圧ロックが外れ、ドアが開いた。
 出ていってしまう綾波。
「そっか、アスカ…、良かったね」
 さほどそうは思っていない感じで呟く。
 一度だけ、シンジは大きく息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出した。
「アスカの病室、聞いておけばよかったかな」
 その一言を最後に残して、ごく自然と瞼を閉じる。
 そしてシンジは、再び深い眠りへと落ちていった。




続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。