Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:3





 ブオオオオオオ…
 車の震動が心地良い。
 だがアスカの顔色は冴えないままだ。
「いいかげん仏頂面直したら?」
「何よミサトまで…、あの二人が謝るまで嫌よ」
 ミサトはため息をつく。
「シンジ君はともかく、レイが謝るわけないでしょ…」
 ますますアスカの口が尖る。
「あんたも変ったわねぇ…」
「何がよ!」
「謝らなきゃ…だって、前だったら「知らないわよ!」ですませてたくせに」
 にやにやとからかう。
「それに、自分の気持ちだけぶつけたりしなかったし」
 ふぅっと、アスカもようやく気持ちをやわらげる。
「…前に、ファーストに言われたのよね」
「レイに?、何を?」
 一拍間を置く。
「心を開かなければ、エヴァは動かないって、ほんとそうよね…、ママにはママの心や想いがあるんだもん、怒鳴ってわがままいって、嫌われてとうぜんよね…」
 ミサトにはエヴァに心があるのかどうかわからない、実際に感じていないからだ。
「あたしママに誉めてもらおうって決めたの、誉めてもらえるように頑張るって、でもそれだけじゃ駄目なの、ファーストやシンジや、もちろんミサトにもよ?、誉めてもらえるようになるの、なるって決めたの、だから…、ママの時みたいに、まず心を開いていこうって…」
 うつむく、ミサトはくしゃっと髪をいじってやった。
「なのに何よ!、シンジもファーストも自分の殻に閉じこもっちゃってさ、ほんっとバカにしてるわ!」
「結局かまってもらいたいのね」
 アスカの怒りが爆発した、ルノーが右に左にスリップする。
「あ、あ、あ、あ、あ、あっぶないわねぇ」
「よけーなこと言うからよ!」
 ぷいっとそっぽを向く。
「でもね、シンジ君のやり方も間違いじゃないのよ…」
「なによ、やり方って」
 興味をひかれたようだ。
「殻に閉じこもるって方法…、自分の中に閉じこもって閉じこもって…、殻を厚く、硬くしてしまえば自分の身を護ることができる、全部を否定して拒否すれば期待なんて持たなくなる、そうでしょ?、求めるものがなければ他人と関らなくてすむわ…、人と触れ合わなければ傷つかなくてすむ、今シンジ君はそういう生き方を選び出してるのよ」
 アスカはぐっと親指の爪を噛んだ。
「あたしと反対の道を選んだってこと?」
「そうね…」
「じゃあ、ファーストはどうなの?」
 答えられない。
「…もしかして、ファーストの抹消されてる過去と関係があるの?」
 やはり答えられない。
「シンジも知ってるのね?、だからファーストから逃げるようになったんだ」
「そうね」
 それしか言えない。
「あ〜あ、あたしだけのけものかぁ!」
 どっとシートに倒れこむ。
「あたしも全部を知ってるわけじゃないわ、だから話せないのよ」
「じゃあいつか話してくれるの?」
 一瞬だけ迷う。
「アスカには、知る権利があるわね…」
「じゃあシンジは?」
 ミサトの表情が硬くなった。
「たぶん、かなりのことを知ってるわ…、あたし以上にね」


「信用…、なにを信用するのさ?」
 二人は歩いていた、街中を。
 だがシンジは決して振り向かない、綾波を見ようとはしない。
「信用できるものなんて、何一つ無いのに…」
「ならなぜエヴァに乗るの?」
 シンジはぎゅっと唇を噛んだ。
 立ち止まる、拳を強く握り締めていた、爪が食い込んでいる。
「違う、乗せられてるんだよ、もう、僕の意志なんて関係なくね…」
 肩が震えている。
「泣いているの?」
 シンジは答えずに、ふっと顔を上げた、道のずっと先を見る。
「ほら…ね」
 まるで肯定するかのように、黒い車が近づいてきた、諜報部だ。
 二人並んで、車が停まるのを待つ。
「じゃあ、僕行くから…」
「…ええ」
 一瞬だけ綾波の髪の香りが流れてきた。
 それはシンジのよく知っている血の香りだった。


「リンクスタート」
 アスカの呟きに反応して、プラグ内のモニターに灯がともる。
「アスカよく聞いてちょうだい、形状はともかくとして使徒が第五使徒と同じく加粒子砲を装備している可能性が高いの、もちろん今までの使徒から見ても、それ以外に新しい能力を備えてきていることも考えられるわ、十分に注意して…」
「資料は見たわよ…、でもこっちだって強くなってるんだから、問題無いわよ」
 確かに…、二号機は以前とは比べ物にならないぐらい強力なATフィールドを展開できるようになったわ…
 サブモニターに映る初号機を見る。
 二機同時展開できれば、少しは安心できるんだけどね。
 シンジを呼び出す。
「やれる?」
「…あの光からは逃げられないと思いますけど…」
 ささやかな抵抗だった、もしかしたらエヴァから降りられるかもしれないという…
 ミサトは思い返した、レイが防いだ光を。
「…碇司令、よろしいんですね?」
「かまわん、シンジ…」
 ぎくっとシンジは震えた。
 …いや、怯えた。
「初号機を無駄に傷つけるな」
 それだけ!?
 ミサトはゲンドウを睨んだ。
 シンジを見る、落ち着いていた、表面上は。
「…なるほどね」
 アスカの呟き、ミサトは守秘回線を開いた。
「アスカ?」
「今のシンジには、期待や心配をしてもらう方がよっぽど恐い事なんだ…、むしろ無視してくれてた方が安心できるのね」
 殻を壊されることを恐れているのよ。
「ミサト…、鏡の話知ってる?」
「なに?、鏡?」
 唐突な話に戸惑う。
「やっぱいい!」
 これまたいきなり切れる。
「なんなのよ、あの子」
 アスカは初号機を見ていた。
「そうよね、加持さんが同じ話を別の子にしてるわけないっか…」
 それはアスカの心が初めて壊れた時の話だった。


「やあ、君がアスカちゃんだね?」
 加持だった、初めての出会い、だが幼いアスカは顔を背ける。
 病院、その庭、芝生の上、樹々の木漏れ日と穏やかな風、アスカはパジャマのままでしゃがみこんでいた。
「無理もありません、母親の首吊り死体を見たんですから…」
 加持は看護婦を無視して、アスカの前にしゃがみこんだ。
「お母さん、とうとうアスカちゃんを見てくれなかったね」
 アスカは弾けたように顔を上げた。
「ママは、ママは…」
 えっぐ、えっぐとしゃくりあげる。
「どうして…、どうして?、あたし頑張ったのに、頑張ったのに!」
 とめどなく溢れ出る涙が止まらない。
 加持はアスカを抱き上げた。
「アスカちゃんは、ママを映すには幼すぎたんだよ」
 泣いている、聞いているのかどうかもわからない。
「人は自分自身を見ることのできない生き物なんだよ、自分の奥底にある穢れや汚れたものを自覚しているから、恐がるんだ」
 タバコ臭い、加持の襟元に噛り付く。
「だから人を見て、その「人」と言う鏡に映った自分を見て、自分を知ろうとするんだ」
「わかんない、そんなのわかんない!」
 だが加持はやめない。
「合わせ鏡だな、その人に映る自分を見る、相手も自分を見る、合わさった鏡は多重に、その奥底にあるどこまでも深いところにたどり着くまで、永遠に映し続けるんだ、小さくなって、見えなくなるまでね」
「ママは…、ママはあたしを見てくれなかったもん」
「アスカちゃんに映る自分を見るのが恐かったんだ」
 シャツに顔を押し付けたままで、もごもごと話すアスカ。
「だからあたしを見てくれなかったの?、あたしを置いてったの?」
「わからないな」
 アスカは混乱した。
「本当のところはわからない、だけどアスカちゃんはママの壊れた鏡を見て、ばらばらになった鏡にばらばらになった自分が映っていたから、自分も壊れたと思っちゃったんだね」
 優しく髪をなでる。
「そんなの知らない、そんなのわかんない…」
 よっと、アスカを抱きなおした。
 アスカは顔を上げてしまった、離されてしまうのかと怯えたのだ。
「壊れてたの?、直せばよかったの?」
 加持は否定する。
「割れた鏡は直せないだろう?、ばらばらになった破片をかき集めることは不可能だ、ひびだって消せない」
「じゃあ、ママは…、ママは…」
 死んじゃうしか無かったの?
 言いたくても言えない。
「お互いを映しあえないのなら、他の誰かに頼めばいい、三人、四人、もっと大勢で囲めばいい、様々な角度で映る自分を見ればいい、自分は人を映せなくても、人は他の誰かに映る自分を見ることができる」
「あたし頑張ったもん…」
 アスカは認めない。
 母は傷つき、父は裏切った、冷たい人たち。
「誰かなんて、信じない…」
 だが加持からは離れられない…
「人が一人では生きていけないと言うのは、そういうことなんだよ…、誰かが自分を映してくれないと、自分自身を知ることができないから安心できないんだ、不安をぬぐいされないんだな、それが「人の目にどう映っているか」ってことなんだよ、どう映っているのか、どう思われているのか、それを知ることがなければ、「じゃあこうしよう」なんて気持ちは思い浮かんでこない」
「ママは…、ママはあたしで自分を見てくれなかったの?」
「かもしれない、アスカちゃんを見なかったんじゃない、自分を見れなかったのかもね」
 加持はアスカのぷくっとした頬に口付けた。
「だからアスカちゃんはまだ壊れてなんかいないんだよ」
「でももう誰もあたしを見てくれないの…」
 加持はアスカを降ろした。
「じゃあ俺がアスカちゃんを映してあげるよ」
 一瞬だけ嬉しそうな笑みを浮かべた、だがすぐに曇る。
「でも、ママを映せなかったあたしじゃ、だめ…」
 そう、加持だって大人だから、アスカの小さな鏡では映しきれない。
「大丈夫さ、俺は他にも俺を映してくる奴を知ってる」
 その言葉はアスカの独占欲を刺激した。
「どうした?」
「やっぱヤだ」
 すねた。
「おやおや…、まあ俺には他の奴を映しても、アスカちゃんを映すだけの余裕があるからな…、でもアスカちゃんだっていつかは大人になるだろう?」
 その言葉はアスカにとって魅力的な言葉だった。
「じゃあ大人になる、すぐ大人になる!、そしたら…、そしたら!」
 あたしだけを映してくれる?
 あなただけを映させてくれる?
 あたしだけを見てくれる?
 あなただけを見ていていい?
 どれ程の想いを並べ連ねただろうか?
 昔のこと、だが覚えている。
 加持の返事が、穏やかな陽射しの中に溶け込んでいる微笑みだったことを。


「ずっと忘れてたな、こんな風になってから思い出すなんて…」
 今度はシンジを呼び出す。
「なに?」
「別に…」
 だがモニターは消さない、シンジは怪訝そうにアスカを見た。
 加持さんがいなくなって、エヴァにも乗れなくなって、あたしも鏡が壊れちゃったの…
 でも加持さん…、ママはあたしを映してくれるって。
 でもママだけじゃ駄目なの、いろんな人に映してもらいたいの、あたしの姿を。
 でないと、不安なの、恐いのよ、あたしが今どんな顔をして、どんな事をしているのか確かめられないから…、もっといろんな角度から映してもらいたいのよ…
 みんなに囲まれていたいの…、この不安をぬぐい去りたいから、きっとあたしの壊れた鏡も、もう直しようが無いから、だから頑張るの。
 だからわかるのよ、シンジ、今のあんたはあたしのママと同じ…
 人に映る自分を恐がってる、人に映されることを恐れてる。
 歪んだ鏡に映った自分が、本当の自分だと思いこんでる、人の都合に歪められた自分を見てね…
 間違いなのよ、ミサトはそういう方法もあるって言うけど、それじゃ最後は死んじゃうしかないじゃないの、誰もいない、最後に逃げる場所なんて他にはないんだからさ。
 ママがしたように、あたしもそうしようとしたようにね。
 だからシンジ、今のあんたに映るあたしを、本当のあたしだとは思わない、あんたの鏡は真実を映してないから、映そうとしていないから。
 だからシンジ、まずはあんたを立ち直らせるわ、あんたがどれだけ嫌がって、あたしから逃げようとしたって逃がしてやんないんだから!
 あたしの鏡は壊れちゃってる、だからあんたには現実を突きつけてやるわ、あんたのお父さん、ファースト、ミサト、誰からも目をそらすなんてこと許してやんない。
 あんたはあんた自身を見て、あんたを知るのよ、あたしのためにね。
 あんたの鏡で、あたしを映すために。
「発進よ、いいわねシンジ」
「うん…」
「がんばんなさいよ、もしうまくやれたら、御褒美にいいことしてあげるから」
 といって投げキッス。
「え?」
 シンジは言葉の意味をつかみ損ねた。
「発進!」
 自分のセリフに照れるよりも早く、アスカは強烈なGに押し付けられたのだった。




続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です・