Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:9
「プラグを強制射出しろ」
ゲンドウの言葉に、ミサトは「は?」と間抜けな返事をしてしまった。
「強制射出だ」
「し、しかしそれは…」
「サードインパクトを起こすつもりか?」
うぐっと、言葉を飲み込む。
おろおろと、ゲンドウとミサトを見比べるマヤ。
「ダメ」
発令所にレイの声が響いた。
「レイ?」
「まだ助けられるわ」
ライフルを捨てる。
「まって、なにをするつもりなの!?」
使徒の周りには、あいかわらず子蜘蛛達が群がっていた。
地面が見えないほどの数、それを睨むレイ。
「……」
ゴクリと咽喉が鳴る。
瞳に迷いが見える。
確かにまだ余裕があった。
だが助け出す方法は思いつかない。
わたしに何ができるの?
レイはミサトに、ソード系の武器を要求した。
これが、あなたの望んでいた事なのね?
シンジの体を這う、無数の手。
これが、あなたの望んでいた事そのものよ?
その手の感触に、シンジは引き寄せられた。
繊細で、節も無く、そして清らかな手。
シンジの頬を張る手。
シンジと手を繋いだ手。
シンジの鼻をつまんだ手。
親愛。
情熱。
嫌悪。
「僕はアスカのことを何も知らないのに…」
病室でうずくまるアスカが顔を上げる。
「僕はアスカの手の感触だけは知ってるんだ…」
シンジぃ…
アスカは、それでもシンジの名を呼んでいた。
「君は、アスカじゃない」
それは当たり前のこと。
「僕は、アスカじゃない…」
あたしを救えたと思ってたの?
「何もわからなかった…」
それこそ思い上がりじゃない!
「何も気づいてあげられなかった」
あたしの言うこと聞いてりゃ良いのよ。
「それがアスカの優しさだったのに…」
一つだけ判ったことがある。
「僕とアスカは似てるんだ」
優しさを知らないところが。
他人が全部、あんたと同じだなんて!
「似てたんだ、同じに思えるほど…」
叫びたい自分を隠している所が。
「優しくされたことがないから…」
優しさに気づけなかった。
「だから人に優しくできない…」
それは幻のアスカが言ったことだ。
「優しさの伝え方を間違っただけなのに…」
随分とすれ違ってしまった。
「僕達は…」
歯噛みするシンジを中心に、旋風が巻き起こった。
「僕達は仲良くできたかもしれないのに…」
足元から吹き上げる渦が、アスカの幻影達を飲み込んでいく。
「できたかも、しれなかったのに…」
腕が千切れ、首が飛ぶ。
「僕達は…」
その首に、カヲルのイメージが重なる。
「僕は…」
シンジの唇が切れた。
「僕は、僕の心を殺してしまった…」
カヲルの首を落とした時、シンジの中で、何かが壊れた。
「だから、もう、ダメなんだ…」
とても大切なものが消えてしまった。
「僕は、アスカを好きにはなれない」
シンジの冷めた目がアスカを見る。
アスカは笑っていた、笑いながら崩れていく。
…まるでレイのように。
「僕は、人を好きにはなれないんだ…」
好きだと言ってくれた人を殺した。
「好きになっては、いけないんだ…」
それが壊れてしまった心の正体。
「だから、君とも一つになれない」
唇からは血が、眼からは涙が流れていた。
「だから、さよなら」
言葉と同時に、世界が悲鳴を上げて消滅した。
グ、ググ、グググ!
使徒が膨らみはじめた。
「はじまったのか!?」
冬月が乗り出した。
「違うわ、碇君よ」
刀のような武器を構えている零号機。
グ、ヌ…
使徒ののっぺりとした口から、初号機の腕が抜け出てきた。
力のはいった手の平が、ゆっくりと開き、もがいている。
手を差し伸べて欲しい、レイにはそう見えた。
「シンジ君の様子は!?」
ミサトはマヤに確認を求めた。
「自我境界線が形を整えてきています!」
「ATフィールドの出力、増大!」
「え?、なに、これ…」
マヤが慌ててキーを叩きだした。
「どうしたの!」
「シンクロ率低下!、逆に神経回路の接続が…、コントロールできない!」
余裕が無くなる。
「エヴァとシンジ君が直結する!」
マヤの手に余る状況。
「直結って…」
「こんなの、どうすればいいのかわからない!」
マヤは頭を掻きむしった。
エヴァは僕だ…
違うよ、僕がエヴァなんだ…
肉体のほとんどが溶けていた。
消化?
ただの分解吸収だよ。
意識の覚醒、同時に発生するATフィールドが、シンジの形を整えていく。
これが僕だ。
違うよ、これはエヴァ初号機だ。
顎部装甲が外れた、目が異様な輝きを放つ。
シンクロ…、心の壁を無くしていくことなんだよね?
でも僕達は元々同じなんだ。
四肢を伸ばす初号機。
ATフィールドが溶解液から守ってくれている。
それはまるで羊水の中で卵膜に包まれている胎児そのものだった。
わずかに見える光に手を伸ばす。
行ってしまうのかい?
寂しそうな声。
「だって、謝りたいんだ、アスカに…」
ちゃんと話をしたい…
思っていることを伝えたかった。
「アスカは何も話してくれなかった…」
それは不器用だったから。
「でも僕だって、ちゃんと話をしていなかったんだ…」
同じように、やり方を知らなかったから。
「それからでも遅くはなかったのに…」
離れるのは。
遠くなるのは。
「話しているうちに、自分の望みや、希望や…、心を打ち明けてしまいそうで恐かったんだ」
それを拒絶されてしまうことが。
そうなれば、そこで夢や希望は終わりになってしまうから。
「でも、もういいんだ」
もう後には何も残らないから。
拒絶されても、失うものは何もないから。
「だから、アスカと話したいんだ…」
泣き叫ぶアスカの、心の負担にはなりたくないから…
「だから、帰るんだ」
アスカの元に帰るんだね?
「ああ…」
自分じゃないシンジが微笑んでいる。
自分の笑みに、微笑み返す。
「僕は、帰るんだ」
使徒の唇に手をかけ、初号機は自らを引きずり出した。
「使徒が…、はじける?」
膨らみきった風船。
ブシッ…
使徒の口の端が切れた、流れ出る溶解液に子蜘蛛達が飲み込まれる。
「レイ、下がって!」
ミサトの叫びに反応する。
木々が、子蜘蛛が、腐臭を放って溶け落ちていく。
大地までもが侵食され、腐蝕をはじめた。
「碇君!」
ズルゥ…
まさにそんな感じで、使徒の口から初号機が這い出してきた。
「碇君!?」
「シンジ君!」
おお!
皆が驚嘆の声を上げる。
「綾波…、だめだ」
シンジからの通信。
「まだ…、こいつ、動いてる」
使徒がその長大な足を、ぶるぶると震わせながら振り上げた。
最後の力を振り絞っているのだろう、重さだけで振り下ろす。
ガキィン!
初号機の背を貫く寸前、零号機が飛び込み剣で払いのけた。
右脇から左へ、そのまま頭上へ上げ、斬り下ろす。
使徒の上唇に大きな切れ目が入った、どっと溢れ出る液体に飲み込まれ、零号機の足も溶けだした。
「くっ!」
可愛らしい悲鳴を上げ、耐えるレイ。
初号機を抱き上げ、逃げ下がる。
「使徒は?」
コアにはヒビが入っていた、初号機だろうか?
明滅し、弱まり、消えていく光。
「アスカ…」
シンジは知らずに呟いていた。
どたばたと廊下が騒がしい。
「終わったのかな…」
顔を上げるアスカ。
ドアの開閉ボタンを押してみる。
プシュ…
あっけないほど簡単にロックが外れた。
「…どうせシンジが何とかしたんでしょ」
気の抜けた表情で呟く。
廊下に出て、窓に寄る。
外の景色に見入る。
「結局…、ミサト、シンジを頼ったんじゃない…」
そして何より許せないのは…
「あたしも、シンジに頼ってた…」
恐くてうずくまっていた時、思い浮かんでくるのは初めて自分と同じ立場に現れた少年のことだった。
「張り合う相手なんていなかったのよね…、ドイツじゃ」
よくやったね、アスカ。
皆の誉め言葉が全てだった。
「初めての競争相手…、見せつけてやるつもりだったのに…」
負け続け。
良いとこなし。
「なんであんな奴が…、いつもいつも頼られてるのよ!」
窓に手をつき、嗚咽を漏らす。
「頼らなきゃならないのよ…」
ガー…
そのアスカの背後を、少年を乗せたストレッチャーが通り過ぎた。
「シンジ?」
後をミサトが走っていく。
「ミサト!」
「アスカ、ごめん、後で聞くわ」
アスカはぐっと堪えると、ミサトについてシンジを追った。
集中治療室に連れ込まれるシンジ。
ミサト達の目前で閉まる扉。
「ねえ、シンジどうしたのよ、ねえ!」
ミサトの袖にしがみつく。
「サードインパクトが起きる所だったのよ…」
「え!?」
単純に驚く。
「で、使徒は!?」
「零号機がしとめたわ…、アスカ、よく聞いてちょうだい」
アスカの両肩に手を置き、瞳を覗きこむ。
「シンジ君ね、使徒に精神融合をかけられたの」
「…汚染じゃないの?」
思い出したのか、ぶるっと震える。
ミサトはそんなアスカにうまく説明しようとする。
「詳しくは…、わからないわ、ただシンジ君が一度取り込まれたことだけは間違いないの」
「取り込まれたって…」
想像できない。
「全ては、シンジ君が起きてからよ…、でもね?」
アスカから視線を外し、治療室のレッドランプを見る。
「シンジ君の心は、たぶん壊れているわ」
アスカは息を呑んだ。
それは自分の経験したことだから。
「元どおり、元気に戻ってきてくれることを、祈りましょう?」
ミサトは優しく微笑んだ。
アスカは堪えるように、ミサトの手を握った。
血の繋がらない姉妹が、やはり血の繋がっていない弟を心配している。
それはまるで、そんな光景に見えなくも無かった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。