Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:10





「ただいまーって言ったって…」
 ぽいっぽいっと、靴を脱ぎ捨てる。
「だぁれも居ないのよねぇ…」
 静まり返った我が家の空気に、アスカは寒々しいものを感じて体を抱いた。
「シンジ…」
 …は病院。
 退院しても、ここへは戻ってこない。
「ミサトはお仕事…」
 それも私的な。
「あたしは、何もできない…」
 することがない…
 廊下を歩き、自分の部屋を通り過ぎて、アスカはガラッとシンジの部屋の戸を開いた。
 空虚な空間。
 月光、白と黒のコントラスト。
 二つを繋ぎあわせる、淡い青。
「シンジィ…」
 寂しさが込み上げてくる。
 また涙が溢れてくる。
「お帰りって言ってよぉ…」
 アスカは目元を、手の甲でぐいっとぬぐった。
「シンジのバカァ!」
 そして力一杯叫んだ。
 …と同時に、もぞりとベッドの上で動くもの。
「誰!?」
 弾けるように反応して、そのシーツを引っぺがす。
「なっ!?」
「んあ?」
 間抜けな声。
「ななな…」
 紺のジャージに刈り上げた髪。
「なんやぁ、惣流やないかぁ〜」
 ぼりぼりと頭をかく。
「なんであんたがここにいんのよ!」
 ジャージの左足が、足の付け根のところでギュッと結ばれている。
「なんやお前、泣いとんのかぁ?」
 パン!
 寝ぼけて発した不用意な言葉に、アスカは平手打ちで返答した


 キッチン、テーブルにビールの空き缶を並べ、ミサトは困り果てた表情で二人を見比べていた。
「なんや、なんでワシが殴られなあかんねん」
 アスカはプイっと横を向いたままだ。
「まあまあ…、ごめんねぇ鈴原君、仕事でちょっち遅れちゃったのよ」
「ミサトさんのせいとちゃいます!、このダボが…」
「わけ分かんない日本語使ってんじゃないわよ!」
「なんやとぉ!?」
 今にも顔面が一部的接触をしそうな位置で睨みあう。
「大体!、あんたがシンジのベッドで寝てるからいけないんじゃないの!」
「シンジとわしは親友や!、別に寝床借りるぐらいかまへんやろ!」
 それがアスカには大問題だった。
 せっかく、そのままにしておきたかったのに…
 ぷぅっと頬をふくらませる。
 例え嘘でも、家族だったから。
 帰ってくる場所を残しておきたかった。
 違う…、ほんとは帰ってきて欲しいから…
 アスカはそう願っていた。
 その気持ちの現れだった。
「けったいな女やなぁ」
 諦めたように肩をすくめ、トウジはミサトへ向きを変えた。
「んで、シンジはどないしたんですか?」
 ミサトの顔に、苦いものが浮かび上がる。
「…まさかシンジの奴!?」
 血の気のうせるトウジ。
「入院中、まだ意識が回復しないのよ…」
 うつむいて、こらえるように吐き出すアスカ。
 ばさっと降りた髪が顔を隠している。
「いいえ…」
 ミサトは険しい目つきで否定した。
「さっき、戻ったわ」
 アスカは顔を跳ね上げた。


「碇、初号機パイロットの意識が戻ったぞ」
「ああ…」
 司令公務室、電話を置いた冬月に、ゲンドウは生返事を返した。
「精神汚染の心配はない、若干の記憶の混乱が見られるが、それも一時的なものだということだ」
「使徒に取り込まれた時の記憶は」
 冬月は渋い顔をした。
「ないらしい」
「それで?」
「監察局が虚偽の疑いがあると、尋問を要求してきたぞ?」
「放っておけ、無駄なことだ」
 ゲンドウはいつものポーズのまま、視線をまっすぐ固定している。
「無駄…か?」
「ああ…」
 珍しく、口元には感情があらわれていた。
「委員会からの反応がない、この意味がわかるな?、冬月…」
 口の端が、苦々しげに歪んでいた。


 ゆっくりと意識が浮上していく感覚。
 シンジは瞼を開こうとして思いとどまった。
 かわりに大きめのため息をつく。
 目を開いたって、どうせなにも見えないもんな…
 隣に人の気配を感じる。
 レイだ、雰囲気でわかった。
 ぱら…
 ほら、ページをめくる音。
 カーテンごしの穏やかな光の中で、レイは物静かに読みふけっていた。
「綾波…」
 ためらいがちに声をかけてみる。
「なに?」
 本から目を離さないレイ。
 ごめん…と謝ろうとしてやめた。
 それはただの癖でしかないからだ。
 次に誰か来た?、と聞こうとして思いとどまった。
 誰か…の指す相手が、アスカ以外に思い当たらない。
「使徒は?」
 だからごまかした。
 ぱたん、と本を閉じるレイ。
「わたしが倒したわ」
「そう…」
 お互い、意味の無い会話だと感じる。
「凄いね、綾波は…」
 レイはちっとも嬉しそうにしない。
「これがわたしの仕事だもの」
 シンジは小さくうなずいた。
 柔らかな枕の感触。
「そうだね…」
 シンジは深く頭を沈める。
「そして、傷つくのが僕の役目なんだ…」
 きゅっと、口を引き結ぶレイ。
 バシュー…
 開きかけた口をもう一度閉じて、レイは扉に目を向けた。
 入ってきた人物を認めて、すっと目を細める。
「おう、久しぶりやなぁ、綾波ぃ」
 コツ、コツ、と、杖をつく音。
 ドクン。
 シンジの心臓が跳ねた。
「シンジィ、寝とるんかいな」
 間が悪かったかと、嘆息。
「トウ…ジ?」
 シンジは探るように聞いてみた。
「お?、なんや起きとったんか」
 ギシッとベッドが傾いだ。
 トウジが腰掛けたからだ。
「トウジ…、トウジ、トウジ…」
 シンジは手を真上に上げ、ふらふらとふらつかせた。
「お前なにしとんねん?」
 怪訝そうにそれを見る。
 ちょうどシンジの目が視界に入った、濁っている。
「お前、もしかして目が見えとらんのか?」
 レイに視線を投げかける。
 レイは小さく、コクンと頷いた。
「そうかぁ、そりゃ災難やったのぉ」
「なに…、言ってんだよ…」
 つーっと、涙が頬をつたう。
「こんなの…、こんなのトウジに比べれば、こんなの…」
「ストーップ!」
 シンジの鼻をつまむ。
「ワシは謝ってもらお思て来たんとちゃうで?」
 離す、シンジはぷはっと息を吸い込んだ。
「じゃ、どうして…」
「妹に会いに来たんや」
 ズクン…
 また胸がうずいた。
「まだ…、入院してたの?」
「他に比べりゃここの方がマシやさかいなぁ」
「ここは危ないのに?」
「そやけど最先端の医療技術っちゅうんはバカにできんで」
 ぱんっと、残った足を大きく打った。
「ワシの足やけどなぁ、なんとかなるらしいわ」
「え!?」
 シンジは思わず起き上がろうとした。
 それをさり気なく手伝うレイ。
「難しい事はわからんのやけどな?、さすがはネルフっちゅう感じやで」
 トウジは明るく笑って見せた。
 小さく息を吸い込むシンジ。
「…治るんだね?」
 胸につかえるものが、声のトーンを控えさせた。
「ま、そういうこっちゃ」
 わだかまっていたものがほつれていく、シンジは胸が軽くなるのを感じた。
 もう、シンジの涙は止まらなかった。
 ぼたぼたと落ち、シーツの上に染みを作る。
「良かった…、ほんとに良かった」
 トウジは優しげに微笑むと、シンジの髪をクシャッといじった。
「なんやぁ、えらい泣き虫になりよったなぁ、もうちょい明るうできんのか?」
「だって…」
「まあええわ」
 ちらりとレイを見る。
「綾波、シンジと付きおうとんのか?」
 ボッと、レイの顔が真っ赤になった。
「な、何を言うのよ…」
 小さく、かき消えそうな声。
「そうだよ、そんなわけないじゃないか…」
 逆にシンジのそれは、事実を告げるだけの事務的なものだった。
「はぁん、さよか…」
 双方をニヤニヤと見比べるトウジ。
「まあええわ、ほならシンジ、惣流にも仲ようしたれや?」
 ベッドが平行を取り戻す。
「なんだよ、それ?」
 トウジは答えなかった。
 立ち上がり、杖を鳴らす。
「もう帰っちゃうの?」
 シンジは名残惜しそうに引き止めた。
「…妹の顔見に行ったらんとあかんやろ?、久しぶりやさかいな」
 頭に空いた一瞬の間に、シンジは嫌なものを感じた。
「ほんならまた来るよって、はよ治さんと…」
「ごめんね…」
 言葉が被る。
「なにがや?」
 トウジは言葉とは裏腹に、怒りを顔に浮かべていた。
「だって…、妹さんに怪我をさせたの、僕だから」
 コツコツコツコツコツ…
 トウジは急ぎシンジの間近くまで歩み寄った、そしてその胸倉をつかむ。
「お前何言うとんねん!?」
「え、あ、ごめん…」
 癖が出る。
「でも、怒って当然だよね…」
 寂しげな表情。
「ああそうや!、わしは怒っとる、何でかわかるか!」
「僕が、傷つけたから…」
「アホがぁ!」
 飛び散った唾が、シンジの顔を汚した。
「妹は入院したわ、わしかてこの有り様や!」
 脅え、身をすくめるシンジ。
「そやけど、ほならお前はなんやねん!」
「え?」
 僕?
 いきなりの言葉に、意味がつかめなかった。
「お前、ここに来てから何回入院したと思っとんのや?、どんだけ怪我したか覚えとんのか!」
「そ、そんなの…」
 覚えていないほど、当たり前になっていた。
「ワシらはなぁ…、ケンスケも、委員長も、お前らの机に誰も座っとらんの見て、またか思て…、どないな想いでおったと思っとんのや!?、ああ!」
 答えにつまるシンジ。
 レイは無表情にトウジを見ている。
「今かてそや、お前自分がどないな目におうとんのか、わかっとんのか?、わしは悲しいで…」
「トウジ…」
 勢いの落ちた声に不安になる。
「ワシの足はこないになってしもうた…、そやけどな、生きとんのや…、まだわしは生きとる、これがどれだけ運のええことかわかっとんのか?」
「…運が、良い?」
 首をひねる。
「そや、ワシはもうエヴァに乗らんですむ…、そやけどお前は、そないになってもまだ乗っとる、乗らされとるやないか…」
 ぐしっと、鼻をすする音が聞こえた。
「トウジ、でも、僕は…」
 見えていないのを忘れて、トウジはつい手を突き出してしゃべるなと止めた。
「ワシらはいつも、安全な所で隠れとるだけや、そやろ?、そやけどお前は…、お前らはずっと、一番危ない場所で命賭けとるんやないか」
 少し、迷う。
 そうだろうか?
 シンジは即答できなかった。
 だっていつもATフィールドに守られているから。
 それはシェルターよりも、よほど安全だと言うことだから。
「そやからお前が謝ったらいかん、いかんのや、体張っとるんはお前や、前に言うたやろ?、お前のことをなじる奴は、ワシがぱちきかましたる!ってな」
 トウジは涙目でウィンクして見せた。
「トウジ…」
 シンジは少し頬を赤らめて感激した。
 トウジはシンジの目が見えていないことに感謝した、照れ臭くてしょうがなかったから。
「ええか、シンジ、お前はまだ戦かわなあかんのやろ」
「うん…」
「そやったら、そないな事考えんのは、もうちょい後にせぇや」
「後?」
 首をひねる。
「そや、今やらなあかんことをやっとかんと、後悔すんで?」
「…うん」
 シンジの声に、落ち着きが戻る。
「そうだね」
 久々の、暖かみのある声だった。
「今、ふり返ったら進めんようになってまうで…」
 トウジはレイに視線を移すと、軽く頷いて扉へ向かった。
「ほなら、また来るさかい」
「あ、うん…、ありがとうトウジ…」
 トウジは照れたまま、ドアを開き歩き出した。
 ドアの向こうで壁の影に隠れようと、赤い髪が翻った。
 一瞬見えたその髪に、嫌悪感をあらわにするレイ。
 そしてドアが閉まり、病室はまた二人だけの世界に戻った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。