Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:13





 コウン…
 真っ暗な部屋に12の灯がともされた。
「人類補完計画、これが君の提唱する真実かね…」
 そしてそこには、それぞれに老人の顔が映し出されていた。
 …だがどれも歳老いていて、先の長さなど知れている。
「人が「何者か」によって産み出されたことは明白です、それは南極のあれが証明してくれていますわ?」
 12のディスプレイは、一人の女性を囲むようにして配置されていた。
 闇の中で一身に光を浴びるただ一人の女、碇ユイ。
 彼女は裸身で、パイプ椅子に腰掛けていた。
「だが人がそれを許容することはありえまい?」
「さよう、人は進化の歴史をたどり、今日に至ったのだ、自らの力によってな?」
 ユイはうすら笑いを浮かべた。
「…何がおかしい?」
 顔を上げる、笑いは潜めない。
「いえ…、神に創られたことを信じていながら、何故に神格化できない、手のとどく所にあるものをお認めになれないのか?、少し疑問に思ったものですから…」
 ユイの中にあって、神と「何者か」は同列の存在であった。
「話を元に戻そう…」
 切れてしまいそうな、信心深い幾人かを制するように、議長格であるキールが先を促した。
「…はい、人は何等かの目的をもって生み出されました、しかしわたし達は違います」
 その言いように、老人の中の一人が眉をひそめた。
「わたし達?、いま君は人と言ったばかりではないのかね?」
 ユイの瞳は誰かを見ているようでもあり、誰も見ていないようでもあった。
「「人」とは、わたし達ではありませんわ…」
「君の言う、アダムとエヴァの子のことかね?」
 はい…
 ユイはようやくキールに目の焦点を合わせた。
「その目的がいかにあれ、どの様な意図をもって産み出されたにせよ、わたし達はわたし達の意志をもって生きております、心がありますから、それを否定することは例え神であってもできるものではありませんわ」
 この女の自信はどこから来るのだろう?
 幾人かが、その凛々しい顔つきに見とれ始めた。
「…神は、現在と過去と未来を同時に見ている、この言葉の意味をおわかりになられておいででしょうか?」
 それは計画書にも書き込まれていたことだった。
「…神、あるいはそう崇められている存在は、確かに万能、またはそれに近い力を持ちえているのかもしれません」
 ユイはわざと話をそらした。
「ですが、初めから「完成品」を作り出す力があるのに、それを構成する「物質」の誕生から行う必要性が、果たして神にとってあるのでしょうか?」
 ごくり…
 誰かの喉が鳴るのがわかった。
「…わたし達は車を作ります、ですがその元は鉱物を採掘する所から始まります、つまり同じ時間軸にあるもので…」
 ユイはキールを見た。
「そうだ、我々に鉱物資源そのものを産み出し、それらが採掘できるようになるまで待つ必要はない…」
 キールは頷いて答えた。
「はい…、神にとっても同じですわ、初めから完成体を作り出す力があるのですから…」
 ユイはようやく話を戻した。
「未来はあるのです、誰にとっても、一秒後、一分後、一年後と確実に、だってわたし達は今ここに存在しているのですから…」
 ユイは自分の下腹部に手を当てた。
 まるで自分の未来がそこに存在しているかの様に。
「ですがわたし達そのものは「過去の存在」なのです、未来に生まれし、人にとっての…」
 そしてそのお腹を愛おしげになでる。
「人、か…」
「はい、まず未来が生まれました、しかしそこに至るまでの経過が必要なのです、でなければ存在するものとしての整合性が取れませんから…」
「なるほど、つまりは完成体があり、それを紐解いていくことで過去が見いだされていくのだな?」
「はい、全ての原子と分子の配列を読めば確定している未来を予測できるように、完成された存在から原子と分子を解放していくことによって、それを構成していくプロセスを世界に知らしめていくことが可能になるのですから…」
 それこそが我々の呼ぶ「過去」の正体か…
 それがユイの持論だった。
「…その「もの」に…、「人」になるためのプロセスは完成体を元にして形作られていきます、だって源体がそこにあるんですもの、そしてその決められた、閉塞された「あらかじめ限定されている」がわたし達を決め付けて、遥かな過去、ゼロ、もしくはゼロに限りなく近いイチを目指して遡っていくのです…」
 未来は常に一つでしか無いのだ。
 ただそこに至るまでの道のりは無数にある。
 そして道のりの始まりもまた一つでしか無い。
「全てがあらかじめ用意されている結論から、帰結するために方式が打ち立てられていくのか…」
「ならば我々の滅びも避けられまい?」
 死海文書。
 その中に記されていた滅びの始まりの日は近い。
「…ですが、先程も申しましたように、わたし達は「過去」の存在なのです」
 それこそが、絶望的状況下にあって、唯一の希望となる基点でもあった。
「紐解かれたものは、元をたどればその完成した形にしかたどり着きません、ですが過去に居るわたし達は、その完成体へ向かわずに別の形を作り出すことが可能なのです」
 人類に人であり続けるための道を用意する。
 道を造り出し、確定していない未来への掛け橋を補完する。
「それこそが人類補完計画なのだな?」
 ユイはゆっくりと頷いた。
「人は生きていく力を備えています、だって希望を持っているんですもの、道はどこにでもあるのです、わたしはその道へ進めてあげる手伝いをするだけ…」
「その見返りは?」
「観客席を一つ…」
 計画書の最後には、ユイの希望が書き添えられていた。
 その意味もだ、だから誰も驚きはしない。
「人類全体の未来を見るか?」
「人はみな人生と言う名の舞台を演じている主人公ですわ?、隣の主人公は脇役、…中には脇役専門で満足されておられる方もいるかもしれませんね?」
 そこでユイは意味ありげに視線をキールに投げかけた。
「ですがわたしは…、わたしはその舞台を見つめ続ける、ただ一人の観客になりたいのです」
 そのようなことに何の意味がある?
 誰しもがそう思った。
 ただ一人、キールを除いては。
「…よかろう、ただし計画書には変更が必要だ、これでは我々が滅びるまでの道標にすぎないのでな?」
「はい、それを元に、生き残る術は見いだせますでしょう…」
 触れていたお腹から手を放す。
「そして手に入れることができます、不確定な未来を…」
 本当の、人の未来を…
 ユイはお腹の子に語りかけた。
 その囁きは、どこか悪魔の囁きにも似た響きを持っていた…
 セカンドインパクト、その悲劇が訪れたのは、それからわずか数日後のことであった。


 ゴウ!
 風が吹きすさぶ、南極。
「初めの滅びの時か…、僕はまた生きている…」
 その瞳は、鮮血のように赤く染まった大洋を見ていた。
 西暦2000年、9月14日。
 そして何もかもを吹き飛ばすような風が吹いている、だが少年は何事もないように、むくりと無造作に体を起こした。
「アダムとリリスの融合…、だけどリリスの魂はここには無かったようだね?、生まれたものは…、第二の使徒か…」
 少年は自分が手をついているものを見た。
 塩の床だった、周囲に幾本かの柱が見える。
 …手のひらだった。
 少年は立ち上がる前に、手元に転がっている一つの玉を拾い上げた。
 銀髪が風になびく。
 吹き荒れているのは暴風なのに、まるで穏やかな風に吹かれているかの様に、銀糸が優しく揺れていた。
「心が満たされたのか…」
 下方を見やる。
 そこには破壊された施設の残骸が、波間に漂い浮かんでいた。
 人影は無い、服はあっても。
 人はみな黄色の液体に純化していた。
「ATフィールドが紐解かれたのか…、その魂は君と共に還ったんだね?」
 どこへ…、とは言わなかった。
 少年は…、彼は知っていたからだ。
 正しくは魂の帰還に巻き込まれただけだった。
 あまりにも強い心の叫びが、同じ魂を持つ人々の心を飲み込み、自らと他の望みが一つに混ざり合ってしまっただけの結果であった。
「人の心か…、自分を保てない弱さが他人の言葉を自分の心と思い込む…」
 自分の形を忘れなければ、避けられたであろう結末だった。
 ゴウ!
 また大きな風が凪いだ。
「一度目の悲劇の時か…」
 一度閉じた瞼を開いた。
 そこにはもう氷の大陸はどこにもない。
 少年は腰掛けた。
 使徒と呼ばれた塩の塊…、塩の彫像の手のひらの上に。
 それは何かを求めるように天へと腕を伸ばした姿で、塩となり果ててしまっていた。
 その左半身は袈裟がけに削り取られている。
 消えた部分は、恐らくは海中に没しているのだろう。
 カヲルは寂しげに微笑んだ。
「未来に僕が生まれた、だから連なる過去に僕が生まれた…、過去は簡単に分かれてしまうものなんだよ、今はもう、僕が生まれた世界とは違う世界を生きている…」
 15年後の世界において、ゼーレによって最後の使徒が生み出された。
 粒子と波、すなわち波長で構成されている使徒にとって、時間と空間に意味は無い。
「未来に僕が居るのなら、過去にも僕は居なければならない…」
 彼は…、渚カヲルはふいに顔を上げた。
「シンジ君…、君はまた、僕を殺してくれるのかい?」
 彼にとっても、時間に意味はないのだ。
 未来も過去も等しくある、それはどの使徒にとっても同じであった。
 彼に未来に何が起こるのかを知っていたし、そして自分になるための過去が形成されていく様も、永遠、無限に果てと思える所が来るまで見えていた。
 記憶として。
「皆苦しんでいる、叫んでいる、再び死ぬのは、滅ぶのは嫌だと嘆いている…」
 カヲルは使徒と呼ばれる者たちの声を聞いていた。
 だが彼らはまた死ぬことになる。
 それは確定されている未来であるから…
 しかしカヲルは冷たく声に対した。
「僕と同じように」
 カヲルは赤く染まった海を眺めた。
「僕は死ななければならない…、それが分かたれた時間を一つの世界に…、決められた未来に戻すための、定められた道だからだ…」
 遠くから船が来る、空母とそれに随伴する巡洋艦が。
 カヲルは、先程拾い上げたものを見た。
「君もまた、人の苦しみを見ることになる…」
 そこには最初の巨人、アダムと呼ばれしもののかけらがあった。
 それはまるで、赤いガラス玉のようでもあった。
「さあ、行くよ?、リリンの元へ…、それが定められし運命だからね…」
 それが碇ユイによって、渚カヲルに与えられた役割でもあったから。
「僕はこのために生まれ、殺されたのか…」
 産み出した者の、子の手によって。
 バララララ…
 派手なローターとプロペラの音。
 下方から姿を見せたのは大型の輸送ヘリだった。
 そのパイロットがカヲルを見つけ、驚いたように慌てている。
「さあおいで…、リリスの使い、僕をリリンの元へ導いておくれ…」
 その後、渚カヲルは長きに渡る眠りについた。
 そして15年の後に、彼は再びこの世に目覚め、そしてまたチルドレンによって殺されることとなる。
 永遠に、その運命の輪に囚われた者として、永久に命を捧げる者として…







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。