Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:13
嫌だ、嫌だよ、こんなの嫌だよ、母さん!
体のひしゃげる感触、骨の折れる音。
気持ちの悪い血のぬめりに、肉の焦げる臭い。
それらが汚泥のようにシンジを捉え、どす黒い暗闇へと引きずり込もうとしていた。
死の香りがする。
いやああああ!
助けてくれぇ!
腕がぁああああ!
お腹…、お腹が痛いよぉ…
ママぁ…
絶望も、恐怖を感じる暇も無く、ただ己の身を蝕む苦痛に囚われた命が消えていく。
やめてよ、どうしてこんなものを見せるのさ!?、僕のせいなの?、僕がいけないの?、僕が悪いって言うの!?、母さん答えてよぉ!
返って来たのは、肯定を示す死者達の苦悶の声だった。
「初号機の回収、終わったの?」
ミサトは発令所に戻ると、メインスクリーンに映し出されている初号機に目を細めた。
「まだじゃない、回収班は何をやっているの!?」
急ぎ日向の手元を覗きこむ。
「それが、シンジ君からの応答が無くて…」
日向は一時も手を休めることなく、キーを叩き続けていた。
「応答が無いって…」
初号機を確認する。
紫色のエヴァは、夕日をバックに立ち尽くしていた。
両腕をだらりと下げて、その目は光を失っている。
さらにその向こうでは、焼けた大地に流れ込んだ湖の水が、蒸気を吹き上げ山並みを白く覆い隠していた。
「エヴァ自体の損傷は?」
マヤに確認させる。
「はい、装甲大破、ほとんどが溶解してしまっています」
エヴァのワイヤーフレームを表示させる、そのほとんどの面が赤く塗られていた。
「けど本体側はほとんどダメージを受けていません…、ただ」
「ただ、コンピューター回線を除いては、ね?」
「はい」
苦渋の表情を、マヤは見られまいとうつむいた。
「しかしおかしいですよ」
日向は相変わらず情報をかき集めている。
「なにが?」
「これですよ、シンクロ値は正常値を示しています、なのに心音も脳波も確認できないんです…」
「機械の故障かもしれませんが、気になります」
青葉もずっと同じことを気にかけて、細かなデータから全体を把握しようとしていた。
「ありえるの?、そんなことが…」
「過去一度だけ、実例があります」
「…まさか!?」
シン…っと、全員が黙り込んでしまった。
「取り込まれたの?」
「可能性は…、否定できません」
ミサトは「まずいわね」っと、司令席に目を向けた。
まったく、肝心な時には居ないんだから…
ため息をついて、いないものはと諦める。
「どの道、回収しないことにはどうしようもありませんね…」
「呑気なことを言ってないで!」
ミサトの焦ったような声に、日向は目をまるくした。
「あ、ごめん…」
柄にも無く謝る。
「…いえ、心配なさるのはわかりますから」
「そう言うことじゃないのよ」
日向の手元を奪い、キーを叩く。
「忘れたの?、次に来る使徒はこいつよ?」
ミサトが呼び出したのは、あの本部を自爆寸前にまで追い込んだコンピューター化した使徒の情報であった。
「まずいことになったな?」
ゲンドウと冬月はターミナルドグマに向かっていた。
「いや、これでいい」
冬月の言葉に対し、ゲンドウはいやに落ち着いている。
「もし初号機が侵食されるようなことにでもなれば、s
2
機関を搭載し、なおかつパイロットの制御から解き放たれた初号機が、どの様な行動を起こすか予測もつかないのだぞ?」
ゲンドウは脅しに対して口の端を釣り上げるのみだ。
冬月はそんなゲンドウにため息をついた。
「それも全て計算済みか?」
「いや…」
眼鏡を持ち上げる。
「そのようなことは起きんよ」
それがゲンドウの返答だった。
「まったくぅ!、一人でお家に帰れないなんて、なんて困った坊やでちょうねぇ?」
弐号機が初号機を背後から抱き上げる。
「よいしょっと」
零号機は現在洗浄中、今回出番の無かったアスカに、初号機回収の命令が回って来ていた。
まったくぅ、どうしてこのあたしが後始末なんて…
だがそれ程いやと言うわけでも無い。
ま、毎度のことだしね、しょうがないっか。
アスカの心のどこかに、大きなゆとりが生まれていた。
「あれ?」
その動きを止めるアスカ。
「どうしたの?、アスカ」
ミサトは怪訝そうに尋ねた。
「…うん、これ、シンジよねぇ?」
「何言ってんのよ…」
だが言葉とは裏腹に、目でマヤに問うている。
「どこか…、どこか感じが違うのよ」
「感じ?」
アスカらしくない感覚的な物言いに戸惑った。
「うん、そう、感じ…、なんだろう、これ」
不思議には思ったが、アスカはそれ以上深く考えずに、初号機を回収用ルートに放り込んだ。
なに、これ…
シンジは「それ」を見ていた。
食べる食べる食べる。
生きる生きる生きる。
増える増える増える。
それは酷く単純な行動をくり返していた。
何かを食し、進化適応をくり返して、ただただ増殖を続けていく。
食べる生きる増える。
そこには思考と言える程、上等な物は存在しない。
ただ本能に従うのみだ。
これが生き物?
その本質的な行動だと気のつくシンジ。
人もこうだと良いのに…
シンジはその方が気楽でいいと考えた。
食べる生きる増える…
なまじ物なんて考えられるから、
夢なんて見ちゃうから…
もう一度、もう一度だけ、今度こそ…
何度同じことをくり返して来たんだろう?
思い返して、シンジは胸に苦しみを覚えた。
アスカ。
学校。
戦い。
今度こそ…嬉しさに変えられるかもしれない。
それを喜びにできるかもしれない。
アスカと分かり合い…
学校で楽しく過ごし…
そして使徒と戦ってみんなに誉めてもらう。
でももう嫌だ…
いつの間にか、彼らはシンジの体まで犯し始めていた。
そうさ、そんなのもう嫌なんだよ、だって空しいんだ…
ピタリ…
あれ程激しくざわついていたものたちが、その感情に動きを止める。
空しいんだよ…、アスカと分かり合って、手を繋いで、キスをして…
あり得ない事を想像して、期待に胸を膨らませて、残念がって、バカみたいで…
そんなの嫌なんだよ!
シンジは強く吐き捨てていた。
エヴァに乗ったって、誰も喜んでくれてなかったんじゃないか!
なのにどうしてあんな風に言われなくちゃならないのさ!
(名誉の負傷か?)
もう嫌だ…、憎まれるのは嫌だ、何もしたくない…
何かをしても、いいことになんて繋がらないじゃないか、だったら。
ボクハ、シニタイ。
ラクニナレルカラ。
空しいと言う言葉が、シンジの心からあらゆる物を奪い去り、そして消し去ってしまおうとしていた。
わああああ…
「あん?、なによあれ…」
アスカはネルフ施設の地上出入り口に、人だかりができているのを見つけて、眉をひそめていた。
何をわめいてんのよ?
かなりの数だ、数百人?、施設への扉の前には本部職員が立ち、銃器を向けて威嚇していた。
うそ!?
その内、一人の暴徒から火炎瓶が投げ付けられた。
パン!
軽い音を立てて防護シャッターに当たり、割れる。
うわああああ!
炎が職員の体に燃え移った、転がり回る、あっという間に燃え上がり、誰も彼を助けられなかった。
パパパパパン!
職員も応戦、ライフルを乱射した。
民間人、非武装どころか、不安に脅えたただの市民。
それらが音の数だけ倒れていく。
「ちょっとミサト!」
「分かってる、今保安部に連絡してるわよ!」
だがどちらも殺気立ってとまりそうには無い。
…間に合わないか。
アスカは弐号機をそちらへ向けた。
「ちょっとアスカ!」
ブツン…、通信を切る。
「っ!、来たぞぉ!」
ビルの合間から、四つ目の赤い顔が現れいでた。
蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくく。
「まったく、いくら数が多いからって、こっちだってシロートじゃないでしょうに…」
だが数百人に及ぶ市民を前に、脅えるなと言う方が無理だった。
死、シヌ?
そう…
何も無かったあの頃に帰りたい…
中学2年、14歳の平穏な日常との決別。
それ以前の、何も無い生活。
おばさん、お菓子買っていい?
ダメです、良い子だからね?
おもちゃが欲しい。
無駄になるからダメよ?
いつまであの子を預かるんですか?
悪い子ではないだろう、あの男とは違う。
けど、うるさいんです。
それだけの金は貰っている。
あなたのために、勉強部屋を作ったのよ?
盗んだだなんて、どうして欲しいと言ってくれなかったの?
はい、おばさん。
ごめんなさい、先生。
ありがとう…
心なんて込めなくて良かった。
ただ上っ面だけ、良くしてればよかったんだ…
だって考えると泣きたくなってしまうから。
欲しい、やりたい、うまくできたの。
ダメです、いけません、それがどうしたの?
何を言ったって、聞いてくれなかったんだ…
黙ってて、邪魔だから…
僕は、要らない子なんだ。
必要だから呼んだ…
よくやったな…
嬉しかったんだ…
でも今は嫌な記憶なんだ…
何が良かったんだよ?、何が嬉しかったんだよ?
結局…、こんな…
思いだしたくない。
反芻して、そればっかり追うのももう嫌だ。
楽しいことばっかり続けるのも嫌だ。
キガツクト、ムナシクナルカラ。
そうさ、あの頃の方がマシ?、帰りたい?
それだってできない事なんだ…
だから死にたい。
全ては自分の思い込みで…、周りには下らないとバカにされてただけだったから。
だから、もういいの?
もういいんだね?
もう…
うん、もういいんだ。
空しさが、シンジを包み込んでいく。
何かに期待するのはもう嫌だ…
だってそうならないのが当たり前だから…
夢を見るのももう嫌だ…
だって、現実が辛くなっていくだけだから。
お願い、誰か僕を殺してよ…
だけど誰も返事をしない。
それがダメなら…
シンジは願う。
誰か世界を壊してよ…
そしてシンジは、深い底へと沈んでいった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。