Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:19





「色々と、思惑と違う点もあるようだがな?」
「ああ…」
 冬月とゲンドウ。
 相変わらず冬月は将棋を差し、ゲンドウは何かの考えに没頭している。
「しかし委員会め?、何を考えているのやら…」
 ゲンドウの手元には、ダミープラグの資料があった。
「どうする?」
「四号機がある、運用可能なチルドレンが見つかっていない以上、逆らう理由はあるまい?」
 赤いダミープラグ、その型式には「KAWORU」の表記が見受けられる。
「まともな動作は望めまい?」
「ああ…」
「それに今のシンジ君には、初号機への搭乗を認められんぞ?」
「わかっている」
 零号機は修復直後にかかわらずまたも破損。
「終局の時は近い」
「ん?」
「間もなく最後の使者が訪れる…」
「そうか」
「もうネジを巻くこともあるまい?、時は既に残されていないのだからな…」
 ゲンドウは静かに瞳を閉じた。


 ここ出てからなんもなしや…、それ程仲良かったわけやないし。
 トウジは一つの嘘を思い返していた。
 アスカに言った、ヒカリとの関係。
 入れ知恵と言えば、他人のせいに出来る事だ。
「わしは…」
 シュコー…
 呼吸器の音が支配している、妹の病室。
 何もかもが真っ白な部屋の中で、ハルカが静かに眠っている。
「わしはお前のために…」
 嘘をついた。
 アスカを利用した。
「わしは…」
 自分の優越感を満たそうとしたわけではない。
「わしは…」
 あの日。
 部屋は広かった。


 第二新東京市。
 大阪へ帰る前の、一時非難場所として借りたアパートだった。
「わし…、なにしとるんやろ?」
 セミの声がやけにうるさい。
 ヒトゴロシ!っとペイントされたドアに壁。
「おとんもおじんも、おらんようになってしもうて…」
 妹はネルフにいる。
 父と祖父は、一通の郵便によって死亡が通知された。
 ぼうっと壁にもたれ掛かり、たるみ切った指はその通知書を握っている。
 …そんな時に、ミサトが訪れた。
「頼めるかしら?」
 頷いた、ここに居るよりはましだったから。
「鈴原?」
 だからトウジは知らない。
 がらんどうになってしまった部屋に、泣き崩れる女の子が居た事を。


「楽しい?」
 初号機の前で、ブリッジにシンジは座り込んでいた。
「人の未来、永遠に証しを残す?、あなたには命なんて数字と同じなんですね?」
 レイはまさしく空気の如しだ。
 無機質な目でシンジを見下ろしている。
「命には心があるんだ…、だから苦しいと感じる、僕はそれを教えてもらいました」
 立ち上がり、お尻をはたく。
「…もうじき最後の使者が来る、その時に来ますよ母さん」
 停止状態にある初号機。
 だがその漆黒の奥の瞳がシンジを見ている様な感じがした。


「はぁ…」
 特に食べる気はしないのだが、アスカはシンジと顔を会わせぬよう、時間をずらして食堂に来ていた。
「まずい…」
 決してそんな事は無いのだが、目の前のシチューには何か決定的なものが欠けている。
 ちなみにそれはクリームシチューだ。
 バサッ…
 その目の前に、資料用紙が放り出された。
 …カルテ?
 顔を上げる。
「読んでみない?」
 口調は軽いが、ミサトの表情は切迫している。
 食べる気もしないのに、スプーンをもてあそんでいるよりは良い。
 そんな感じで気だるげに、アスカはそれを手にとった。
「…ふぅん」
 特におかしな点は見られない。
「これがどうしたっての?」
 アスカの正面に静かに座る。
「そのカルテが、シンジ君が起きてる時に検診したものだとしたら?」
「まさか…、冗談でしょ?」
 しかしミサトの表情は崩れない。
「ほんとに?」
 ゆっくりと頷かれ、アスカは再びそのいかがわしげな用紙を睨んだ。
 α波が高い、他にも、特に脳波や心拍数は寝ている時のそれである。
「人間の数字じゃないわね…」
「あるいはシンジ君の体が、人間のものじゃなくなってしまったのかと思ったんだけど…」
「んなわけないじゃん?」
 シンジ自身であることは、マヤがちゃんと証明している。
「ええ…、遺伝子情報は人間を示しているわ?」
 ふうっと、アスカは諦めるようなため息をついた。
「それで?、あたしになにを調べてもらいたいわけ?」
 ミサトも気が進まぬと、少し大きめのため息をついた。


「それで…、こんな所に呼び出したの?」
 目の前にはネルフのピラミッド。
「そうよ?」
 第十四使徒の進行時にエヴァが踏み荒らして以来、地肌がめくれ上がり、雑草が思い思いに生えている。
 アスカは転がっていたままのベンチを起こすと、座れるかどうか体重を掛けてみた。
「…汚れるよ?」
「いいわよ」
 そのままドカッと座り込む。
「で?」
「でって?」
 とぼけるシンジ。
「あんた…、ほんとにシンジなの?」
 膝の上に肘を立て、組んだ手のひらの上に顎を乗せる。
「アスカとの出会いから語ってみようか?」
「それが証拠になるんならね?」
 ふうっと肩をすくめる。
「ねえ?」
「うん?」
「何がそんなに楽しいわけ?」
 シンジはもう少し詳しくと説明を促した。
「その顔よ…」
「へ?」
「笑ってる…」
 へらへらと、緊張感なく、だらしなく。
「嬉しいんだ…」
「はん?」
「アスカが僕に興味を持ってくれたからね?」
 嫌そうに歪められる眉。
「あんたねぇ…」
「わかってる、わかってるよ」
 嬉しげに遮る。
「アスカを一番大事に考えない僕を嫌ってた、そうでしょ?」
 眉と同じように、視線までがきついものとなる。
「例えばお弁当…」
「はん?」
「宿題を優先して作らなかったら、怒ったよね?」
 アスカは少しだけ込み上げたおかしさを噛みつぶした。
「ま、わりとあんたも優等生だったから…」
「そっかな?」
 シンジは自分を推し量るように、胸に手を当てて目をつむった。
「…癖、だったんだとおもうよ?」
「癖?」
「そう…、預けられていた頃のね?」
 再びアスカと視線を合わせる。
「良い子でいようとしていたから、迷惑をかけないようにちゃんとしよう、なんでもできるようになろうってね?」
 宿題も、食事も、手をわずらわせないように…
「なるほどねぇ…」
「アスカはどうなのさ?」
 からかうように言う。
「ご飯でもなんでも、出来る事をしないのは怠慢だよ、違う?」
「まあ…、ね?」
「じゃあなんで、ご飯やお弁当を押し付けてたの?」
 それ程深い意味は無かったはず、だ。
「だけど心を閉ざした…、あの直前には突然触れ合いを拒みだしたよね?」
 それまでは何でもなかったことだったのに。
「アスカは、何が不満なのさ?」
 覆い被さるような影にハッとする。
 気がつけば、視界がシンジの顔で埋まっていた。
 すっと頬に何が触れる、温かい手のひらだ。
「どうしようか?」
 ふいにシンジは穏やかな微笑みを浮かべた。
 慌ててシンジを押しのける。
「あ、あんたね!?」
「キスされると思った?」
 クスクスと笑うシンジに嫌悪する。
「気持ち悪いのよ!」
「でも迷ったでしょ?」
 立ち上がりかけて、ぴたりととまってしまった。
 勝ち誇ったようなシンジの表情。
「いっつもそうだ…」
 怒りに動けなくなるアスカを見下す。
「トウジも、ミサトさんも…、どうしてさ?」
「なにがよ?」
 今は堪えるべきと、再び腰を下ろす。
「本当のこと、気持ちを隠してる」
「あたしはキスなんてしたかないわよ!」
 はぁはぁっと、吐き捨てる。
「でも迷った」
 シンジは決め付けた。
「知覚では分かっているのに、逃げるべきか、避けるべきか、受け入れるべきか…、とっさに判断できなかった」
「だからって!」
「トウジもさ…」
 いきなり他人のことで遮られる。
「あたしは…」
「トウジもアスカのことが好きなんだ、それは本当のことなのに…」
 アスカから天井へ顔を背ける。
「理屈を付けてそれを隠してる…、なんでさ?、いいじゃないか、別にアスカを犯しても…」
「あんた…」
 シンジの向こうに、ぼろぼろになったビルが見える。
 それは氷柱のように垂れ下がり、いつ落ちて来るかもしれない危うさを持っている。
「想像の中の話だよ?、そんな目で見たからってどうなのさ?」
 アスカはそれを責めたことがあった。
「あたしは嫌よ!」
「でも好きだから、可愛いと思うから、そんな目で見ちゃうんだよ?」
「あたしはここに居るもの!」
 ついに立ち上がってしまった。
「でも触れられない」
 シンジの顔から表情が消える。
「アスカに触れることは出来ない、それはアスカが許さない」
「当たり前よ!、誰があんたなんかに…」
「加持さんだけが、許された?」
 はんっとアスカは笑い飛ばす。
「…結局嫉妬してんの?、あんた」
「嫉妬…、そうだね?、そうとも言えるな」
 シンジはアスカ以上に冷たい光を目に湛えている。
「アスカは…、何が欲しかったの?」
「なんで…」
 あんたなんかに答えてやんなきゃいけないのよ…
 そう思い睨み付けるが、シンジは少しも怯まない。
「家族が欲しかったんだよね?」
 押し掛けて来た理由を言い当てる。
「だから女の子として見て欲しくなかったんだ…」
 甘えたかったから。
 構ってもらいたかったから。
「それ以上の関係は、都合が悪かった」
「違うわよ!」
「ならどんな人が欲しかったのさ?」
 シンジは続ける。
「甘えさせてくれる人?、満足させてくれる人?、逆らわない人?、…どんな想いを向けられても貰っても与えられても満足しないで、それ以上を求めてさ…」
「……」
「わがままなだけじゃないか、せっかく手に入れたものを守ろうともしないで、揚げ句には壊れたと思い込んで、捨てて、壊して!」
「それが…」
「碇シンジとしての、愚痴だよ」
 ようやく元のにやけた顔つきにシンジは戻った。
「アスカは何も言ってくれなかったからね?」
 ギュッと、アスカの手が握り込まれる。
「言ってくれなきゃ、わかるわけない…、みんなもそうだよ、苦しいのを堪えて、隠して、我慢してさ?」
「言えるわけ…」
「ない?、つまりは信用してないから?」
 爪が食い込むほどに、アスカは拳に力を込める。
「そんなの、できるわけ…」
「ないよね?、こっちだってそうさ、なに考えてるか分かんない人に、自分の気持ちや想いなんて見せられないよ」
 バキ!
「あんたなんかに!」
 シンジの頬に拳を打ち付けた。
 よろけはしたが、シンジは倒れない。
「またそうやって隠すの?、それともこれがアスカの表現なの?」
 ガッ!
 反対側の頬も殴られた。
「人の心を勝手に!」
「読むな?、見透かすな?」
 パシ!
 三発目は、シンジの手のひらに収まった。
「くっ!」
 抵抗は無駄、抱き寄せられて、アスカはシンジの胸に収まる。
「まぎれもなくアスカ自身が考えてる事じゃないか?、アスカが隠してる考えだよ?、なのにどうして怒るのさ?」
「離しなさいよ!」
 暴れもがくが、背に回すように肩を抱く、シンジの力が異様に強い。
 あたし…
 ぞっとする。
 自分より強い力を持つものがいる。
 自分を蹂躪しうる存在が間近にいる。
 そして彼には、そのつもりがある。
「離してよ!」
 泣き声が混ざる。
「あんたなんか嫌い、大っ嫌い!」
「もう嫌ってたんじゃなかったの?」
 拍子抜けするほど簡単に手放す。
 アスカは自分を抱くように距離を取った。
「当たり前じゃない!」
「なら…、どうして僕のことを気にするのさ?」
「それは頼まれたからよ!」
「嘘だね?」
 シンジの目が、赤みを増す。
「嘘なもんですか!」
「けど…、アスカはどこか安心してる」
「なんですって!?」
 レイの様に真っ赤な瞳。
「安心してる…、信じてる、だから僕と二人っきりになれるんだ、違う?」
 なによ、こいつ…
 歯がカチカチと鳴り始める。
「僕に酷いことはされない、犯されない、殺されない…、そう思っているんじゃないの?」
「違う」
「アスカには甘くて、優しい僕がまだここに居る」
「違う」
「まるで人形なんだよね?、舞台のアスカって役の子に、ただ拍手をしてくれる人形が欲しかったんだ」
「違う違う違う!」
「それで、人形で満席になったの?、いらないんだ、人間の批評家は」
 暗い劇場。
 舞台の上だけ、明るい照明が落とされている。
 たわいのないお伽話。
 小屋があって、木々があって、花畑があって…
 そこに座り込んでいるのはアスカと言う名の真っ白な少女だ。
 彼女が顔を上げると、場内は満席だった。
 無表情に木の手が打ち合わされ、拍手が巻き起こる。
 全ては人形だった。
 だがそれでも満足げな表情を浮かべる。
 しかしふと、その顔に陰りが落ちた。
 なによ、あいつは?
 座席の中央付近に、しかめっ面の少年が居た。
 なんなんなのよ、いったい…
 まるでアスカを脅えるように、あるいは哀れむように顎を引いている。
 出てって…
 だんだんと、少年を中心にして人形達がそっぽを向いていく。
 出てってよ!
 皆アスカに見向きもしなくなる。
 あんたのせいよ!
 人間だから?
 あんたなんていらないのよ!
 吐き捨てた瞬間、誰かが背中にのしかかった。
 わたしと死んでちょうだい…
 ひぃ!?
 彼女の首は吊ったがために、骨が抜けて長くなってしまっていた。
 だらしなく鼻と口から汁を流し、舌は鬱血したのか膨らんでいる。
 眼球はなく、ウジがぽろぽろとこぼれ出し、しかし枯れた腕はしっかりとアスカを抱いて離さない。
「いやぁ!」
 アスカは泣き叫びながらしゃがみこんだ。
「ほら…、アスカだって、そんなものさ?」
 ガタガタと震えて耳を塞いでいる。
 目は大きく見開かれてはいたが、何も写していないのは明らかだ。
 ただ脅えている、涙が恐怖に滲み出している。
「自分の心を見つめなきゃ…」
 本当に奇麗な自分にはなれないのに。
 変えられないのに。
 乗り越える事も出来ないのに…
「どうして嘘をつくんだろうね?」
 隠してしまうのかな?、自分にまで。
 シンジはアスカの代わりにベンチに腰かけた。
「さあ、最後の使徒だね…、僕たちは見物していようか?」
 ドガァン!
 シンジの背後で、天井都市が貫かれた。
 ビルの残骸、巨大な質量ゆえにゆっくりとそれらは落ちていくように見える。
 一瞬で防御装甲を貫いた光の蛇は、さらに深い所を目指して潜り始めた。




続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。