Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:20





「ダミー、プラグ…」
 エヴァの勇姿を映し出すモニター、だが誰も素直に喜んではいない。
 過去に同じエヴァを屠ったあの残虐な姿が、どうしてもそこに重なってしまうのだ。
「碇…、どう思う?」
 あまりにも正常に動き過ぎる。
 だがゲンドウは何も答えない。
 画面隅に、今だ動こうとしない二人の姿が写っていた。


「頑張ってたんだ、頑張ってたんだよ!」
 音が消える、シンジのわめきばかりが大きくなる。
「いっぱいいっぱい頑張ってたんだ!、精一杯頑張ったんだよ!、無理してたんだ、でもどうして?、どうして死ぬまでやらせようとするのさ?、好きでも無いのに!」
 そして実際に死にかけた。
「死にそうになったら、今度は泣くんだ…、ごめんなさいって謝るんだ…、それで…、それでまた頑張れって言うんだ…、また死ねって言うんだ」
 気持ちが麻痺しなければ堪えられなかった。
「ねえ?、そんなにエヴァを動かして欲しいの?、そんなに使徒を倒して欲しいの?」
 そんな気持ちで乗られたら!
 困るのはこっち!
 みんな死ぬのよ!
「僕は死んでもいいの?」
 やりたいわけじゃなかったのに。
 でも優しくしてもらいたかったから頑張っていた。
 それでも見て貰えなかった。
 みんな死ぬのよ!
 あたしは死にたくない。
 だから闘え。
「どうして?」
 やりたい事があったのに。
 したいことがあったのに。
「どうしてエヴァなの?」
 エヴァに乗れないから。
 エヴァに乗れるから。
 動かせるから。
「そんなのってないよ!」
 だからエヴァに乗らなきゃいけない。
 使徒と戦わなければいけない。
「なんでパイロットなのさ!」
 パイロット以外のシンジに価値は無いから。
「そんなのってないよ!」
 でもそのシンジに合わせなければいけない。
 他人が求めるシンジにならなければいけない。
 みんながそう望んでいるから。
 でなければ必要ないから。
「僕だってやりたいことがあったのに…」
 誰もそれを望んでないから。
「勝手に決めないでよ」
 シンジがどういう子かはわかっているから。
「そうならなければいけないの?」
 他人の決めた人の形。
 人の決めた偶像のシンジ。
「なら、これは誰?」
 物を考えて思い悩んで、泣いて、苦しんでいるこれは誰?
「誰か答えて!」
「そんなの知らない!」
 ようやくアスカに声が戻った。
「あんた何も言わなかったじゃない!」
「じゃあアスカは何か言ってくれたの!?」
 ビクリと動きが止まってしまう。
 ズゥウウウン…
 その向こうで、蛇が土煙を上げながら横たわった。
「自分は何も言ってくれなかったくせに、わかれだなんて、そんなの無理だよ!」
 アスカは止まったまま言い返せなかった。
 それはいま自分が放った論理だから。
 いつかとは違う、自分でも分かる言葉。
 何も言わなかった自分、それに理解を求めた自分。
 すぅ、はぁ…
 アスカは酷くうつろな呼吸をした。
 シンジを犯したのは、なぜ?
 それは今の言葉が全てだから。
 キキーッ、バタン!
 跳ねるように走ってきたミサトのルノーが、掘り返された地面にスリップしながら停車した。
「アスカ、離れて!」
 銃を構える。
「ミサ…ト?」
 キョトンとしている。
「シンジ君!」
「逃げませんよ」
 悠然と構えるように、そこに立つ。
「でも、使徒を倒すのに銃はないでしょう?」
「くっ!」
 ガン、ガン、ガン!
 赤い壁が銃弾を弾く。
 それを見てアスカの顔色が一気に変わった。
「…あんた」
「僕を殺すのなら、エヴァでないと…」
 一歩二歩と下がる。
 それを見て、ミサトはアスカに近寄った。
「アスカ、立って…」
 無駄だと分かっていても銃口は下げない。
「行くわよ?、走って!」
 二人で車に駆け込み逃げた。
 発進させながら携帯を握る。
「トレースよろしく!」
 シンジ!?
 ドア窓に張り付いて顔を確認する。
 シンジは何故か微笑んでいた。
「また…、嫌われたね?」
 それはアスカに投げかけた言葉。
 寂しげな、だがどこか嬉しげな、わけの分からない笑みを浮かべていた。


 うわああああああ!
 人の怒声と、それに合わせて銃火器の発射音が鳴り響く。
「ってい!」
 ネルフ本部内通路でロケットランチャーが使用される、正気ではない。
 ゴォン!
 爆発、爆風と炎は本来向かう方向へではなく、彼らに向かって跳ね返って来た。
「無駄だよ、ATフィールドは通常兵器で破れない、そうでしょ?」
 何処かで覗き見ている人達に問いかける。
 シンジの正面には金色の壁があった。
 荒れ狂った力は側面の壁を傷つけるだけで、絶対障壁より向こう側に破壊を巻き散らすことはない。
「ベークライト流して!」
 ミサトの指示に従い通路が放棄される。
『これが答えなの?』
 悲しげな声、シンジはカメラに向かって泣きそうに呟いた。
 信じられないとばかりに顔を上げて『ミサト』を見る。
 アスカはそれからゆっくりと視線をモニターに戻した。
 シンジなのに…
 サードチルドレン。
 シンジなのよ?
 この世で最強の兵器を駆る兵士。
 シンジなんだってば!
 だがミサトの目は、もがく彼を敵として判断している。
 嫌あ!
 アスカはまたも殻に閉じこもった。
 あたしも、あたしもっ、あたしもっ!
 きっとこうして「切り捨て」られる。
 酷く簡単に。
 こんな人があたしの保護者なの?
 姉とは思えない、家族とも認められない。
 だってシンジを捨てたから。
 父のように、母のように。
 アスカと、シンジの、両親のように。
 シンジの動きが鈍くなり、やがてベークライトの中に埋もれていく。
 硬化が始まったのだ。
「シンジ君は何処に向かうつもりなの?」
 しかしミサトはシンジが死んだとは思っていない。
 ボウ…
 シンジが生き埋めにされた通路の真下。
 パイプが這うその天井が熱に膨らみ歪んで爆発した。
「シンジ君…」
 何も無かったように、シンジがゆっくりと下りていく。
 くっ!
 苦々しげな顔をするミサト。
「隔離閉鎖は間に合わんな…」
 冬月が呟くと同時に、ゲンドウは立ち上がった。
「何処へ行く気だ?」
 無言で歩き出す。
「つまらん感傷だな?」
 ゲンドウは冬月の嘲りを甘んじて受けた。


「人は心で憂さを晴らす…」
 それは誰もがする事だ。
 嫌な事をされたら頭の中で殴り返し、すっきりとした自分を想像する。
 でも本当に気は晴れるの?
 シンジは問う。
 ガタン!、震動に車内が揺れた。
 電車の中、外の景色は黄昏、昼から夜へと揺れる狭間の世界。
「しなかった、そうでしょ?」
 正面にもう一人シンジが座って居た。
 ニヤついているあのシンジが、うなだれている元のシンジに問いかけている。
「…だって、嫌なんだ」
 シンジは答えた。
 ほんとは何も出来ないくせに。
 怒鳴り返し、殴り倒し、むさぼり犯す。
 平伏させて、命乞いさせて、かっこいい自分を想像する。
 頼られる自分を夢想する。
「そんな自分が…」
 情けない。
 気弱な表情、泣きそうな感じ。
 だけどこのシンジは、腐ってはいない。
「だから君は壊れたんだね?」
 ガタン、ゴー…
 トンネルに入った、白くてしらじらしい電灯が二人を照らす。
「君が弱ければ良かったのに…」
 シンジは呆れていた。
「そうだね?」
 二人とも呆れていた。
「つまらない、どこにでもいる、人のせいにして、自分は悪くないと泣き叫んで…」
「だらしなくて、怠けているだけの、救い様の無い人間になれれば良かったんだ…」
 二人は同じ考えを持っていた。
「「どうして、なの?」」
 それは碇シンジなのかと言う疑問。
「僕で無ければ良かったんだ」
「君でなければ良かったんだ」
「つまらない生き方をして、死んでいければ良かったんだ」
「くだらない考えに染まって、見捨てられれば良かったんだ」
 でも、彼は求められた。
 エヴァに対する才能を。
 仕組まれた天才を。
「なんであんたがそこに居るのよ、そう言っていたね?」
 ニヤついた笑みと、脅えるような泣く寸前の表情。
 だが二人は視線を外さない。
「だって…、逃げられなかったから」
 ミサトから?、エヴァから?
「優しさから?」
 情けない方のシンジが頭を抱えた。
「だって恐かったんだ、恐かったんだよ!」
 捨てられるのが。
 見限られるのが。
「優しくしてもらえたんだ、誉めてもらえたんだよ!」
 エヴァに乗っていれば。
 なんでそこに居るの?
「そんなの知らない…」
 返して。
「知らない」
 返してよ!
「知らない、知らない、知るもんか!」
 シンジはついに吐き出した。
「優しくしてもらえるんだ!、第一ここは僕の場所じゃないか!、なんで来るんだよ?、勝手な事言わないでよ!」
 優しくしてよ。
「してただろ?」
 もっと優しく。
「僕の分まで持っていこうとしたくせに!」
 ダン!
 二人のシンジの両側に足が蹴り出されるアスカだ。
「取らないでよ…」
 やっと見付けたんだ。
「見付けたんだ」
 安らぎ、友達、家族…
「それなのに…」
 気の強そうなアスカだ。
「なのに」
 そんなの、言えるわけ、ない…
 アスカもまた一人で居ようと無理をしていたから。
 だからシンジは口をつぐんだ。
 ただ物言いたげに立ち尽くすしか無かった。
 内罰的に見られても、言葉を濁し続けるしか無かった。
 恐かったから?
「違うよ、嫌だったんだ」
 叫ぶ自分が。
 あさましい自分が。
 それは嫌な人間だから。
 嫌われてしまうから。
 言えなかった、恐くて…
「僕は、優しくない人間なんだ…」
 自分のことしか考えてはいないから。
「でも、それを口にすれば彼女は傷つき、でも気がついて、きっと君に場所を譲ったんじゃないのかい?」
 現実のシンジが口を開いた。


 初号機のケイジ。
 目の前にL.C.L.に浸かった顔。
「それを恐れたんだ…、人を傷つけてまで場所を取り合いたくなかった…、傷ついた人を作るのが恐かったから」
 傷つけたくなかったんじゃない。
「恐かったんだ、傷つけたと言う事実が」
 だから避けた、衝突を…
「でもそれもまた優しさなんだよ…」
 ゴォオオオオオ…
 ブリッジの中央に歩み出た時、いきなりL.C.L.の排水が始まった。
 見上げる、遥かな高みに碇ゲンドウの姿があった。
 ニヤリ…、シンジが軽く笑む。
 ブリッジがスライドを始めた。
 だがシンジの位置は全くずれない。
 拘束具が外される、シンジは宙に浮いたままだ。
「リリスの、分身…」
 突如初号機の目に光が宿った。
 凶悪な手のひらがシンジをつかむ、ガコン、額部ジョイントが外れた。
 ゴフゥウウウウウ…
 白息がシンジに降りかかる、あまりにも『臭い』
 それは野獣の口臭だった。
「人を滅ぼす事が、目的じゃないんだ…」
 それはただの競争だった。
 精子が卵子へ結び付こうとするように。
 複数の雄の精液が、互いに攻撃し合うように。
 ただ一つの卵核、リリスを目指す下等な争い。
 それが新たなる人を産み落とす事になる。
 たった一つの精子がリリスと結び付く時、新たな命、『人』が生まれ落ちる。
 かのモノは全ての命を糧として誕生する。
 リリスの体を分け与えられ、精子の持ち込んだ遺伝子にそった形の者たちが歩き始める。
 どれ程多くとも、結び付く遺伝子はたったの一つなのだ。
「似てたよ、君に…、彼女はね?」
 そして彼は、不可解な言葉を呟いた。
「ただいま、シンジ君」
 ブシュ!
 何かが何かを噛み千切った。




続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。