Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:21





 ジオフロント内。
 蛇状の使徒は光を失い、どす黒い姿を晒している。
 半ばまでをナイフで裂かれ、さらにはその片側を引きちぎられた哀れな姿で。
 しかし回収も処理も行われはいなかった。
 そしてまた、エヴァの姿もそこには無かった。


「アスカの様子は?」
 マコトとミサトは閉鎖されたはずの第一発令所でくつろいでいた。
 暗い室内、暖房が無いためか缶コーヒーの湯気がはっきりと見える。
「マヤちゃんの話だと、自我境界線がループ状に固定されてるとかなんとか…」
「それって」
「ええ、以前と同じ、でも自分を隠そうとして意地を張るならまだしも、脅えて身を守ろうとしてますからね、タチが悪いですよ…」
 アスカは精神汚染と判断されて、病院のベッドでうずくまっていた。
 真っ白な部屋の中、シーツを頭からかぶり、膝を抱えて震えている。
 その上がちがちと歯が鳴っていた。
「シンジ君は…」
 マコトは聞きづらそうに追加で尋ねた。
「彼は使徒だったんですか?」
 第十七使徒のこともある、不安になるのは当然とミサトは笑った。
「それはないわね?」
「でも…」
「固有波形パターンは第十五使徒と一致、使徒と人は同じ系列の別の存在だもの、『あれ』がシンジ君であるはずがないわ」
 人は十八種目の使徒である、それがミサトの辿り着いた結論だった。
 そしてそれぞれにはパターンがあり、十五種目と一致したあのシンジが、碇シンジであるはずがないのだ。
「それを…、アスカちゃんには?」
「言うだけ無駄よ」
 フィフスを殺した時、シンジ君はどんな気持ちだったのかしらね?
 あるいはアスカも、ミサトを見るのと同じ目でシンジを見るのかもしれない。
 人殺しと。
「こうなると妖しいのは初号機ね?」
「初号機、ですか?」
「また勝手に動いたもの…」
 マコトは率直に疑問を漏らした。
「使徒は…」
「初号機によって殲滅、あるいは取り込まれたか…」
「でも何のために接触したんでしょうか?」
 セカンドチルドレンに。
「そして初号機に戻っていったのか…」
 目的があるとすれば最下層のはずなのに。
「ああもう!、分かんないことだらけよ!」
 がしがしと頭を掻く。
「こうなると司令が一番怪しいわ?」
「突然の凍結、エントリープラグの破棄、そう言えばシンジ君をチェックしていたのって赤木さんですよね?」
「それも司令の命令よ、まったく…、知っていたのね?、あれがシンジ君では無かったと言う事を…」
 そして碇ユイ、人類初のコンタクトで取り込まれた女性と同様、シンジもまた帰らぬ人となった事もだ。
 ほぞを噛む。
 しかし懸案事項はそれだけではない。
「それで、松代は?」
「はい」
 いつものようにノートを開く。
 ディスプレイのほのかな明りが、二人の顔を浮き上がらせた。
「四号機の受入作業は順調に進んでいます、それと平行した戦力の増強…」
「ここと違って外部の手が入りやすいから?、それにしても異常だわ」
 あまりにも軍備の増強が急がれている。
 諜報戦のためだけの布陣とは思えない。
「これはエヴァのためと言うより…」
「来るつもりよ」
「ここへですか?」
 しん…、っと静まり返った空気が耳に痛い。
「エヴァ弐号機のパイロットが故障してしまったとはいえ、まだ零号機があるんですよ?」
 ミサトは思案顔をさらに深めた。
「量産機ね…」
「え?」
「…MAGIの予想より5%も開発が遅れてるって資料が届いてるのよ」
「5%ですか!?」
 頷く。
「ありえないわ…」
「ええ…、行程毎に見れば5%って、四半期のずれになりますからね…」
 この場合装備装甲については計算に入らない。
 問題はエヴァの素体そのものなのだから。
「何かが動いてるのよ…、あたし達に知られてはまずい何かがね?」
 そのための偽の情報。
 場所の寒さのせいだろうか?、コーヒーはすっかり冷めていた。


 ゴゥン…
 闇の中にモノリス達が浮かび上がる。
「戦自に四号機を提供する?」
「本気か?、碇…」
「はい…」
 特に恐れもいらず、確認のために肯定する。
「君に渡したダミープラグ…」
「その重要性」
「出自については口にするまでもないと思うがね?」
 責めたてるような言葉が続いた。
 だがゲンドウは態度を崩さない。
「壊れたパイロットとダミープラグ…、運用を口にするのならどちらを渡すか考えるまでもないでしょう」
 茶番だな?
 冬月はその劇をただ見守っていた。
 いるかいないかも分からぬようにたたずんでいる。
 パイロット無しで運用できるエヴァの存在、運用性を盾に取った広域での迎撃システムの構築が申し出られたのだ。
 ようするに前線基地の設置である。
 もっともらしい理由が並べ立てられてはいたが、ゼーレが糸を引いているのは明白だった。
「チルドレンは渡せぬと、そういうのかね?」
 エヴァを一体引き渡せ、順当に行けば旧式であり、またパイロットによって制御が可能な弐号機が譲渡されるべきだろう。
 ところがゲンドウはそれを蹴った。
「人の手に収まらぬ力は置くべきではありませんよ…」
「それはエヴァシリーズ全てに言える言葉だろう?」
「ダミープラグが使徒化する可能性は無視できません」
 頑にチルドレンの引渡を拒み続ける。
「もうよい…」
 議長が気だるげに打ち切った。
「碇…、補完計画の修正は終わった、あまり逆らわぬ事だな」
「はい…」
 その返事を最後に、モノリス達は消えていった。


 真っ暗な部屋、主を失った部屋に、綾波レイが一体化していた。
 ベッドに転がり天井をの一点を、長い時間見つめていた。
 あの人…
 碇シンジ。
 違う感じがした…
 それまで世話をしていた誰かと。
 彼が聞いていた曲を、彼のヘッドフォンで聞いている。
 …わたしは、なに?
 何のためにここにいるというのだろう?
 存在意義。
 命じられなければ動けない。
 一人でいても、息をする以外のことを思い付かない。
 何も知らないから、何かをしたいと言う欲求が起こらない。
 二人目のわたしは…、なにをして過ごしていたの?
 何も分からない、知らない事だし、思い出せるはずも無い。
 ただ感じるから、その右手には誰かの眼鏡が握られている。
 でも…
 布団に残されている残り香の方が、心を乱されるのは何故だろう?
 でも、もう…
 その誰かはいない。
 帰って、こない…
 フレームの歪んだ眼鏡が、レイの手からこぼれて落ちた。


 病室の窓ははめごろしで、エアコンの不自然な風はアスカの神経を逆なでにしていた。
 あたしと一緒に死んでちょうだい…
 いや!
 あたしはママのお人形じゃない、自分で考えて自分で生きるの!
 お願い、みんなのために戦ってちょうだい。
 いや!
 あたしは自分のために戦っているのよ!
 膝を抱えて座り込み、頭からシーツをかぶっている。
 うつろな目はそこにいないはずのシンジを見ていた。
 こっちにこないで…
 シンジはポケットに手を突っ込み、うすら笑いを浮かべている。
 アスカと僕は同じだね…
「違う!、あたしはあたしよっ」
 あんたなんか知らない!
「どうして気をつかわなきゃいけないのよ!」
 考えなくちゃいけないの!?
 そのあがきの返事に、シンジはただただ冷笑した。
「なによ!」
 ふっと皮肉に口元が歪む。
 だから僕はいらないの?
 アスカにとってはいらないの?
 カメラに映っているのは、気がふれているとしか思えないアスカの姿だ。
 勝手だね?
「なんでよ!」
 自分を確立するために利用して…、僕を欲しがったじゃないか、犯してまで…
「それは…」
 言葉が詰まる。
 僕はごめんだった、アスカに付き合わされるのはごめんだった。
「なんでよ!、あんたは優しくしてもらってたじゃない!」
 だからちょっとぐらいあたしに…
 しかしシンジは取り合わない。
 だから勝手だと言うんだよ。
「なんでよ!」
 振り回されるのが嫌なんだ、僕にだって好きな人くらいは居たんだよ?、なのになんでアスカのわがままに付き合わなきゃいけないのさ?
 レイと話す事を否定された。
 話しているだけでアスカにむくれられていた。
 僕は自分の居場所を見付けちゃいけないの?、好きな人を探しちゃいけないの?
「あたしの側に来ないでよ!」
 アスカの願いはそれだけなのだが…
 だから勝手だって言うんだよ!
「なによ!」
 ここへ来たのはアスカじゃないか!、アスカが気に食わないからって、どうして僕が捨てなくちゃいけないんだよ?、そんなの勝手じゃないか!
 シンジが目をやられた時、一人になろうとしていたのに自分の勝手な考えで、アスカは世話を焼こうと近付いた。
 その上レイに嫉妬した。
「じゃああたしだけを見てよ!」
 ママ!
「あたしの言うことを聞いてよ!」
 ママ!
「あたしは、あたしは、あたしは!」
 悔し涙を流しながら顔を上げる。
 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…
 少年が自慰行為をしていた。
「なによ…」
 目を丸くする。
 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…
「何をしてんのよ!」
 だって…、アスカがしてくれないから。
「何であたしがしなくちゃいけないのよ!」
 ほら、嫌った…
 蔑むような笑みと共に、白いものが迸った。
 それはだらしなく飛んだ後、床の上に滴を溜める。
 アスカはそれを凝視した。
 どうしたの?、こんな僕に見てもらいたかったんでしょ?
「…くしょう、ちくしょう、畜生!」
 加持さんならいつでもオッケーの三連呼なのに…
 ねえ、キスしようか?
 求めてもらいたかったのではなく、必要とされたかったはずだったのに。
 なのに求めるように仕向けていた。
 似ていても違うことなのに。
 そしてシンジは、アスカを必要とはしなかった。
 アスカは求める事ばかりで、与えることはしなかったから。
「あんたなんか、嫌いよ…」
 そう、奇遇だね?
 シンジの亡霊は、はにかむようにして消えていった。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。